身近な不思議 食と農 予備知識なしでOK 読了 約7分

りんごの「蜜」は、本当に甘いの?
― 透けて見えるのは、すき間の空気が汁に置き換わったからです

10月の終わりから11月にかけて、店先に「蜜入り」のりんごが並びはじめます。切ると芯のまわりが、あめ色に透けている、あの部分です。実はこの蜜、まわりより特別に甘いわけではありません。透けて見えるのは、細胞のすき間をふさいでいた空気が、糖の汁に入れかわったからです。

公開:2026.10.24 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

秋の夜、もらったりんごを半分に切ります。芯のまわりに、ガラスのように透けた黄色い模様が広がっていました。「当たりだ」と思わずうれしくなります。

透けた部分をかじると、しゃりっとした歯ざわりで、たしかにおいしい。けれど、まわりの白い果肉とくらべて、何倍も甘いかと言われると、そうでもない気がします。

では、この透けた「蜜」の正体は何なのでしょう。そして、なぜ透けて見えるのでしょうか。

蜜の秘密は、2つだけ

1
正体は、運びきれなかった糖の汁

りんごの木は、葉で作った糖を「ソルビトール」という形で実へ送ります。熟しきった実では、これを細胞の中へ取りこむのが追いつきません。あふれた分が、細胞のすき間にたまります。

2
すき間が汁で満ちると、光が素通りする

ふつうの果肉が白いのは、細胞のすき間にある空気の境目で、光が何度も跳ね返るからです。そこが汁で満ちると、跳ね返りがほぼ消え、光が奥まで通って透けて見えます。

つまり蜜は、甘さの「かたまり」ではありません。木の上で十分に熟した、という「しるし」なのです。順に見ていきましょう。

蜜は、実へ届いた糖が「あふれた」もの

植物は、葉で光合成をして糖を作ります。多くの植物は、この糖を砂糖の形で体じゅうへ運びます。ところがりんごやナシ、モモなどのバラ科の果樹は、運ぶ糖の多くがソルビトールだとされています。

実に届いたソルビトールは、ふだんは細胞の中へ取りこまれ、果糖などに作りかえられます。実が若いうちは、この作業がよく進みます。熟しきると細胞の働きがゆるみ、届く量に処理が追いつかなくなります。

行き場をなくしたソルビトールは、細胞と細胞のすき間にたまります。糖が濃い場所には、まわりから水が引き寄せられます。こうして、すき間が糖の汁で満たされます。これが蜜です(図1)。

葉:光合成で糖を作る ソルビトールという糖の形で運ぶ 透けた部分=蜜 熟す前 届いた糖は、すぐ細胞の中へ すき間は空気のまま(白い果肉) 熟しきると 取りこみが追いつかず、すき間にあふれる 糖が水を引き寄せ、汁で満ちる(蜜)
図1:蜜ができる流れ。左上の葉で作った糖が、矢印のようにソルビトールの形で右のりんごへ届きます。左下の枠は熟す前で、糖はすぐ細胞の中に取りこまれます。右下の枠は熟しきった実で、取りこめなかった糖が細胞のすき間にたまり、断面の芯のまわりが透けて見えます。

白い果肉と透けた蜜は、光の通り方がちがうだけ

りんごの果肉は、もともと半透明の細胞が集まったものです。それなのに白く見えるのは、細胞と細胞のあいだに小さな空気のすき間があるからです。

光は、細胞と空気の境目を通るたびに、少しずつ跳ね返されます。1枚の境目で返る光はわずかでも、果肉1センチの中には境目が100枚ほどあります。光はあちこちへ散らばり、奥まで届きません。だから白く見えます。

すき間が汁で満ちると、細胞と汁の「光の曲げやすさ」がほぼそろいます。この曲げやすさを表す数を、屈折率といいます。すると境目での跳ね返りが、ほとんどなくなります。図2のつまみで、すき間を満たすものを空気から汁へ変えてみてください。

2.78% 境目1枚で 跳ね返る光 果肉の中を、左から右へ進む光 まっすぐ 抜ける光 6% 境目を100枚くぐったとして計算
1.00が空気、1.35前後が蜜の汁です。つまみを右へ動かすと、跳ね返りが減って光が抜けます
図2:すき間を満たすものと、光の通り方。左の棒は、細胞との境目1枚で跳ね返る光の割合です。右は、左から入った光が果肉を通るようすで、短い斜めの線が跳ね返って散らばる光です。空気のすき間では、右へまっすぐ抜ける光は約6%しかなく、白く見えます。つまみを汁の値へ動かすと、棒がほぼ消え、抜ける光は9割を超えます。

では、蜜入りりんごが甘いのはなぜ?

蜜の汁の主成分であるソルビトールは、甘さが砂糖の6割ほどとされています。舌にとって、特別に甘い糖ではありません。蜜の部分だけを取り出して測っても、まわりより飛びぬけて甘いとは限らないとされています。

それでも「蜜入りはおいしい」と言われるのには、理由があります。蜜が出るのは、木の上で長く熟した実です。実全体に糖がたまり、酸味がほどよく抜けた状態になっています。蜜は、その熟し具合を外から見えるようにした「しるし」なのです。

蜜は「ふじ」などの品種に出やすく、秋が深まって冷えこむころに増えるとされています。いま店先で蜜入りが目立ちはじめるのは、そのためです。

💡 蜜は、しまっておくと消えていく

蜜入りりんごを長く置いておくと、透けた部分は少しずつ小さくなります。すき間の汁が、まわりの細胞に吸いこまれていくためと考えられています。長く置きすぎると、蜜のあった所が茶色く変わることもあります。蜜を楽しみたいなら、買ったら早めに食べるのがよいでしょう。

💡 海外では「欠点」あつかいのことも

欧米では、蜜は「ウォーターコア(水の芯)」と呼ばれ、日持ちを悪くする症状として嫌われることが多いとされます。同じ現象が、日本ではごちそう、海外では傷み扱い。見方しだいで価値が逆になる、めずらしい例です。

まとめ

りんごの蜜は、熟しきった実で、運ばれてきたソルビトールが細胞のすき間にあふれ、水を引き寄せてできた汁です。すき間の空気が汁に置き換わると、光の跳ね返りがほぼ消え、そこだけ透けて見えます。蜜そのものが特別に甘いのではなく、よく熟したことを示すしるしです。

蜜は甘さのかたまりではなく、熟しきったしるし。
白さの正体は、すき間の空気でした。

空気のすき間が白さを生むしくみは、冷凍庫の氷が真ん中だけ白く濁る理由と同じです。果物が熟して甘くなる話はバナナの黒い斑点や干し柿が甘くなる理由、糖が水を引き寄せる力ははちみつが腐らない理由でも読めます。

🧪 台所で確かめてみよう
  1. りんごを横向きに輪切りにして、芯のまわりのどこに蜜が出ているかを見ます。透けた部分は、芯の近くや筋に沿って広がっていることが多いはずです。
  2. 薄く切った一切れを、明るい窓や電灯にかざします。蜜の部分だけ光が透けて、白い部分は光をさえぎることが分かります。
  3. 白いティッシュペーパーを1枚、半分だけ水でぬらしてかざします。ぬれた所だけが透けます。繊維のすき間の空気が水に入れかわったためで、蜜と同じしくみです。

蜜の部分と白い部分を食べくらべて、甘さの差がどれくらいあるかも試してみてください。思ったほど差がないことに気づくかもしれません。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「生物」「化学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(光学・植物生理学・園芸学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:すき間が汁に変わると、光はどれだけ抜けやすくなるか

細胞との境目1枚で跳ね返る光の割合を、すき間が空気のときと汁のときで計算し、果肉を通り抜ける光の量をくらべます。

⓪ もとになる式
記号で書くとR = { ( n₁ − n₂ ) ÷ ( n₁ + n₂ ) }² 、 T = ( 1 − R )N
言葉で書くと境目1枚で跳ね返る割合 =(屈折率の差 ÷ 屈折率の和)の2乗。まっすぐ抜ける割合 =(1 − 跳ね返る割合)を、境目の枚数だけかけ合わせたもの
どこから来る式か光が、屈折率のちがう2つの物質の境目に垂直に当たるときの反射を表す「フレネルの式」から。光(電磁波)が境目の両側でなめらかにつながる条件から導かれます
R境目1枚で跳ね返る光の割合(単位なし)
n₁細胞(壁と中身)の屈折率
n₂すき間を満たすものの屈折率(空気または汁)
T境目を N 枚くぐって、まっすぐ抜ける光の割合
① もとになる数値
細胞の屈折率 n₁(目安)およそ 1.4 とされます
空気の屈折率1.0
蜜の汁(糖の水溶液)の屈折率(目安)およそ 1.35 とされます
果肉1センチの中の境目の数 N(おおざっぱな目安)100 枚ほど
② 計算してみる
空気のすき間:屈折率の差1.4 − 1.0 = 0.4
空気のすき間:屈折率の和1.4 + 1.0 = 2.4
差 ÷ 和0.4 ÷ 2.4 ≒ 0.167
2乗して、跳ね返る割合 R0.167 × 0.167 ≒ 0.0279
汁のすき間:屈折率の差1.4 − 1.35 = 0.05
汁のすき間:屈折率の和1.4 + 1.35 = 2.75
差 ÷ 和0.05 ÷ 2.75 ≒ 0.0182
2乗して、跳ね返る割合 R0.0182 × 0.0182 ≒ 0.000331
跳ね返りは何分の1になったか0.0279 ÷ 0.000331 ≒ 84
空気のとき、100枚くぐって抜ける割合 T0.9721 の100乗は およそ 0.059 とされます
汁のとき、100枚くぐって抜ける割合 T0.99967 の100乗は およそ 0.967 とされます
まっすぐ抜ける光は何倍になったか0.967 ÷ 0.059 ≒ 16

境目1枚あたりの跳ね返りは、空気のときの80分の1ほどに減ります。果肉1センチを通ると、まっすぐ抜ける光は約6%から約97%へ、16倍ほどに増えます。白かった果肉が、蜜の部分だけガラスのように透ける理由が、数字でも確かめられます。なお、屈折率や境目の数は目安なので、結果も「けた」の感覚としてとらえてください。

高校高校+屈折率と、浸透で引き寄せられる水

高校光は屈折率のちがう物質の境目で、一部が反射し、残りが屈折して進みます(物理の「光の反射と屈折」)。屈折率の差が小さいほど反射は弱くなります。すりガラスに水をつけると透けるのも、同じ理由です。また、すき間に糖がたまると、細胞の中より外のほうが濃くなり、水が外へ引き出されます。これは化学・生物で習う浸透圧の考え方です。

高校+ソルビトールは、ブドウ糖のアルデヒド基を還元してできる糖アルコールです。甘さは砂糖のおよそ6割とされ、虫歯の原因菌に利用されにくいことから、ガムなどの甘味料にも使われます。

大学フレネルの式と、ソルビトールの代謝

境目での反射率は、マクスウェル方程式の境界条件から導かれるフレネルの式で与えられ、垂直入射では上の R の形になります。果肉の白さは、細胞と空気の境目が無数に並んだ「多重散乱」の結果で、紙や雪が白いのと同じ現象として扱えます。植物生理学では、ソルビトールは葉でソルビトール‐6‐リン酸脱水素酵素によって作られ、師管で実へ運ばれます。実の中では、ソルビトール脱水素酵素によって果糖へ変えられます。みつ症は、熟した実でこの取りこみや変換が落ち、ソルビトールが細胞の外(アポプラスト)にたまって起きると説明されています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:フレネルの式(ウィキペディア) / ソルビトール(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。身近な果物の、毎年見ている模様の中にも、まだ答えの出ていない問いが残っています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科1分野「光の反射・屈折」、2分野「光合成と養分の移動」果肉が白く見える理由、葉で作った糖が実へ運ばれること
高校物理「光の反射と屈折」、生物「浸透」屈折率の差と反射、糖が水を引き寄せること
高校+化学「糖類」発展糖アルコールとしてのソルビトール
大学光学、植物生理学、園芸学フレネルの式、多重散乱、ソルビトールの代謝とみつ症
研究果樹園芸学・収穫後生理学品種差、気温の効き方、褐変の予測
―生活とのつながりりんごの選び方と保存、ぬれた紙が透ける理由
参考・出典
  1. Marlow, G. C. and Loescher, W. H. (1984) Watercore. Horticultural Reviews, 6, 189–251.
  2. 農研機構 果樹茶業研究部門 公開資料(リンゴの品種・果実品質に関する解説)
  3. 文部科学省「日本食品標準成分表」(りんごの成分)
  4. ウィキペディア「ソルビトール」
  5. ウィキペディア「フレネルの式」

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。屈折率や境目の数は代表的な目安で、品種や熟し具合によって変わります。