はちみつは、なぜ腐らないの?
― 水を「奪う」ことで守られている理由
戸棚の奥から、何年も前に買ったはちみつが出てきた。賞味期限はとうに過ぎているけれど、フタを開けてみると、カビも生えていなければ、腐った様子もない。ほかの食品なら、とっくに傷んでしまいそうな期間なのに、なぜはちみつはこれほど長持ちするのでしょうか。
パンやご飯は、数日も置いておけばカビが生えたり、傷んだにおいがしたりします。ところがはちみつは、常温で長期間保存しても、腐ることはほとんどないとされています。時間がたつと白く固まる(結晶化する)ことはありますが、これは腐敗ではなく、糖の性質による現象だと考えられています。
実はこの長持ちの秘密は、はちみつが「水分をとても少なくする」という、たった1つの性質を徹底的に追求した食品だからだとされています。
なぜ水分が少ないと、腐りにくくなるのでしょうか。
はちみつの水分はおよそ2割以下とされ、残りのほとんどが糖分で占められています。
濃度の高いはちみつの中に微生物が入りこむと、浸透圧のはたらきで、微生物側から水が奪われてしまうと考えられています。
この「水を奪う」しくみを、順番に見ていきます。
なぜ「水分が少ない」と、腐りにくいのか:浸透圧のしくみ
カビや細菌などの微生物は、体の中にある程度の水分がなければ、生きたり増えたりすることができません。ここで重要になるのが「浸透圧」という現象です。濃度の異なる2つの液体が薄い膜(細胞の膜など)で仕切られていると、水は、濃度の低いほうから高いほうへと移動しようとするとされています。
はちみつのように、まわりの糖分の濃度が非常に高い環境に、水分の多い微生物の細胞が触れると、細胞の中の水が、濃いはちみつ側へと引き出されてしまいます。水を奪われた微生物は、活動に必要な水分を失い、生きて増えることができなくなると考えられています。
ただ徹底的に水分を減らすことで、微生物が生きられない環境をつくっているだけなのです。
ミツバチが花のみつを「濃縮」するしくみ
ミツバチが花から集めてくる「花みつ」は、もともとはちみつよりもずっと水分の多い、薄い液体だとされています。ミツバチは、この花みつを巣に持ち帰ったあと、羽であおいで風を送り、水分を蒸発させることで、少しずつ糖分を濃縮していきます。この作業を経て、水分の多かった花みつは、水分がおよそ2割以下という、非常に濃いはちみつへと変わっていくと考えられています。
古代エジプトの遺跡から発見されたはちみつが、非常に長い年月を経てもなお、食べられる状態を保っていたというエピソードが、しばしば紹介されています。真偽の細部まで確かめるのは難しいものの、はちみつの保存性の高さを象徴する話として、広く知られています。
酸性であることも、腐敗を防ぐ助けになっている
はちみつは、弱い酸性の性質を持っているとされています。多くの微生物は、酸性の強い環境では増えにくいことが知られており、この酸性の性質も、水分の少なさとあわせて、腐敗を防ぐ一因になっていると考えられています。
自分で確かめられること
- 小さな容器を2つ用意し、片方には純粋なはちみつ、もう片方にははちみつに少量の水を混ぜたものを入れる
- 両方にフタをせず、常温の同じ場所に置く
- 数日〜1週間ほど、それぞれの見た目やにおいの変化を観察する(食べる前提ではなく、あくまで観察用にする)
- 水を加えたほうが、濃度が下がり、カビなどが生えやすくなっていないかを確認する
水分が加わって濃度が下がると、浸透圧による「水を奪う力」が弱まり、微生物が育ちやすくなることがあります。純粋なはちみつの濃さが、いかに重要かを実感できます。
まとめ
はちみつが腐りにくいのは、水分がとても少なく、糖分が非常に濃いという性質のためだと考えられています。この濃さのおかげで、はちみつに触れた微生物は浸透圧によって水を奪われ、生きて増えることができなくなります。ミツバチが花みつを羽であおいで濃縮する手間こそが、はちみつを長持ちする食品に変えている、というわけです。
はちみつの甘さの向こうには、水を奪うことで身を守るという、静かで巧妙なしくみが隠れています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:はちみつをめぐる言葉
- 浸透圧:濃度の異なる液体のあいだで、水が移動しようとする力。
- 濃縮:水分などを飛ばして、成分の濃さを高めること。
- 水分活性:食品中の水分のうち、微生物が実際に利用できる分の割合を表す指標。
高校式で確かめる:花みつが、どれだけ濃縮されるか
単純化した目安の数値を使って、ミツバチが花みつを濃縮していく様子を計算してみます。
濃縮後の全体の重さ = 糖の重さ ÷ 濃縮後の糖の割合
| 糖の重さ | 濃縮の前後で変わらないと考える |
| 濃縮後の糖の割合 | 水分を飛ばしたあとの、糖が占める割合 |
| 濃縮後の全体の重さ(g) | 200 ÷ 0.8 = 250 |
| 蒸発させた水の量(g) | 1000 − 250 = 750 |
| もとの花みつに対する割合 | 750 ÷ 1000 = 0.75 |
| パーセントに直す(%) | 0.75 × 100 = 75 |
| 結果 | もとの花みつの75%にあたる水分を飛ばして、250gの濃いはちみつができる |
もとの花みつの4分の3にあたる水分を飛ばすことで、これほど濃いはちみつがつくられることになります。
※ ここでの数値は、計算をわかりやすくするための目安の値です。実際の花みつやはちみつの濃度は、花の種類などによって変わるとされています。
高校+「水分活性」という、腐りやすさの指標
食品科学の分野では、食品中の水分のうち、微生物が実際に利用できる分の割合を「水分活性」という指標で表します。多くの細菌が育つには、水分活性がおよそ0.9以上必要とされ、多くのカビでも0.7〜0.8程度が必要だと言われています。はちみつの水分活性は、これらの目安を大きく下回るとされ、微生物にとって非常に過酷な環境になっていると考えられています。
大学糖以外にも、腐敗を防ぐ成分がある
食品科学の分野では、ミツバチが花みつを加工する過程で、「グルコースオキシダーゼ」という酵素のはたらきにより、ごく少量の過酸化水素がつくられることが知られています。この過酸化水素にも、微生物の増殖を抑えるはたらきがあると考えられています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- はちみつに含まれる抗菌成分の種類や強さが、蜜源となる花の種類によってどう変わるのかは、食品科学の分野で、いまも研究が続けられているテーマです。
- 特定の花から採れる、抗菌力が特に高いとされるはちみつを、医療現場での傷のケアに応用する研究も進められています。
- はちみつの長期保存における、成分の変化や品質の詳しい経時変化についても、継続的な調査が行われています。
身近なはちみつのびん1つにも、化学と食品科学が交わる、いまも研究が続く豊かなテーマが詰まっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・水溶液の性質 | 浸透圧・濃縮・水分活性の基本用語 |
| 高校 | 化学基礎・溶液の濃度 | 花みつが濃縮される量の計算 |
| 高校+ | 生物・浸透(発展) | 水分活性という指標の考え方 |
| 大学 | 食品科学 | グルコースオキシダーゼによる過酸化水素の生成 |
| 研究 | 食品科学・医療応用(研究中) | 抗菌成分の詳細解明、医療用途への応用 |
- 食品科学関連の教科書・資料における、浸透圧と食品保存に関する解説。
- 食品微生物学関連の資料における、水分活性と微生物の増殖条件に関する解説。
- 養蜂学関連の資料における、ミツバチによる花みつの濃縮過程に関する解説。
- 食品化学分野における、はちみつ中のグルコースオキシダーゼと過酸化水素生成に関する研究レビュー。
- 医療関連分野における、はちみつの抗菌性を応用した創傷ケア研究のレビュー。
※ 水分量・水分活性などの数値は、よく紹介される目安の値です。実際の値は、はちみつの種類や産地によって変わることがあるとされています。
※本記事は一般向けの科学解説です。1歳未満の乳児にはちみつを与えると、乳児ボツリヌス症のリスクがあるとされています。1歳未満の子どもには、はちみつを与えないでください。