濡れた髪は、なぜ切れやすいの?
― 水が、髪の中の「つなぎ目」を外しています
髪は、乾いていれば1本でりんご半分ほどの重さを支えられる、意外に丈夫な糸です。ところが濡れると、半分の力で同じだけ伸びるようになり、表面のうろこも浮き上がります。犯人は、髪の中に何億もある小さな「つなぎ目」を、水がいったん外してしまうことでした。
お風呂から上がって、濡れた髪にブラシを通します。途中で引っかかり、ぐいっと引くと、ブラシに切れた髪が何本も残りました。
美容師さんには「濡れたまま寝ないで」「とかすのは乾かしてから」とよく言われます。でも、水はただの水です。髪を溶かすわけではありません。
しかも朝の寝ぐせは、水で濡らすとあっさり直ります。濡れると弱くなることと、濡れると形を変えられること。この2つは、実は同じしくみから来ています。
濡れた髪が弱くなる理由は、2つだけ
髪の中では、細長いたんぱく質の鎖どうしが、無数の弱いつなぎ目で結ばれています。水が入りこむとこれが外れ、乾いたときの半分ほどの力で同じだけ伸びてしまいます。
髪の表面は、うろこ状の薄い膜が屋根がわらのように重なっています。濡れて髪がふくらむと、このうろこが浮き上がり、ブラシや枕とこすれてはがれやすくなります。
順番に見ていきましょう。どちらも、水が髪を「ふやかす」ことから始まります。
理由1:水が、鎖どうしの「つなぎ目」を外す
髪の主な材料は、ケラチンというたんぱく質です。ケラチンの鎖は、ばねのようならせん形にねじれています。このらせんを形のまま保ち、となりの鎖とつないでいるのが、2種類のつなぎ目です。
1つは、硫黄どうしががっちり結びついた、強いつなぎ目です。もう1つは、水素を仲立ちにした、弱いつなぎ目です。弱いつなぎ目は、1つ1つは弱くても数がけた違いに多く、乾いた髪の「かたさ」の多くを受け持っています。
髪は水につけると、自分の重さの3割ほどの水を吸い、太さが1割以上ふくらむとされています。入りこんだ水の分子は、弱いつなぎ目の相手を横取りしてしまいます。鎖どうしの結びつきがゆるみ、髪は弱い力でずるずると伸びるようになります。
図1で確かめてみましょう。上の段が乾いた髪、下の段が濡れた髪で、同じ力で右へ引っぱっています。つまみで力を変えると、濡れた髪だけが先に右の点線へ近づいていくのが分かります。
点線より左なら、髪は引っぱるのをやめると元の長さに戻ります。点線を越えると、中のらせんがほどけ始め、わずかな力の上乗せで大きく伸びます。濡れた髪は、乾いた髪の約半分の力でこの境目に着いてしまいます。
ブラシが絡まった髪を引くと、力は少ない本数に集中します。濡れた髪では、そのとき大きく伸ばされる髪が増えます。切れる力そのものも、濡れると1〜2割ほど下がるとされています。
理由2:ふくらんだ髪の表面で、うろこが浮き上がる
髪の外側は、キューティクルと呼ばれる薄いうろこが、根元から毛先へ向かって何枚も重なっています。うろこは中の柔らかい部分を守る、よろいの役目をしています。
図2の左のように、乾いた髪ではうろこがぴったり寝ています。ところが濡れて中がふくらむと、右のようにうろこのふちが浮き上がります。浮いたふちはブラシの毛や枕の布に引っかかり、こすれるたびに欠けていきます。
寝ている間に曲がった髪は、弱いつなぎ目が「曲がった形」でつなぎ直された状態です。濡らすとつなぎ目が外れ、乾かすときに今の形でつなぎ直されます。乾かす瞬間の形が残るので、ドライヤーで形を整えると髪型が決まるのです。一方、パーマ液は強いつなぎ目まで切ってつなぎ直すので、洗っても形が残ります。
まとめ
濡れた髪が切れやすいのは、水が髪の中の弱いつなぎ目を外し、半分ほどの力で大きく伸びるようにするからです。さらに、ふくらんだ髪の表面ではうろこが浮き、こすれてはがれやすくなります。濡れた髪はなるべくこすらず、目の粗いくしで毛先から少しずつほどき、早めに乾かすのが髪にやさしい扱い方です。
水は髪を溶かさない。
髪をつなぎとめている「手」を、いったん離させるだけ。
髪が生え替わるしくみは「秋になると、なぜ抜け毛が増えるの?」で、引っぱると性質が変わる別の素材の話は「輪ゴムを引っぱると、なぜ温かくなるの?」で読めます。
- 自然に抜けた長めの髪を2本用意し、1本はそのまま、もう1本はコップの水に5分ほどつけておきます。
- 両手の指で髪の両端をつまみ、同じくらいの力でゆっくり引っぱります。濡れた髪のほうが、ぐにゅっと伸びる感じがあるはずです。
- 濡れた髪をペンに巻きつけたまま乾かし、ほどいてみます。くるんと巻いた形が残れば、弱いつなぎ目がつなぎ直された証拠です。
髪の太さや傷み具合で結果は変わります。強く引くと指を切ることがあるので、細い糸を扱うつもりでゆっくり試してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・高分子物性・皮膚科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- ケラチン:髪や爪、皮膚の表面をつくるたんぱく質。髪の中では、らせん形の鎖が束になっています。
- 水素結合:水素を仲立ちにした弱い結びつき。本文の「弱いつなぎ目」です。水の分子もこれをつくるので、相手を横取りできます。
- ジスルフィド結合:硫黄の原子どうしの強い結びつき。本文の「強いつなぎ目」で、水では外れません。
- キューティクル(毛小皮):髪の表面を覆う、うろこ状の薄い層です。
中学高校式で確かめる:髪1本は、何グラムで「戻れる範囲」を越えるのか
髪を細い棒とみなして、引っぱる力と伸びの関係から計算します。まず切れる重さを、次に元に戻る範囲(伸び2%)を越える重さを、乾いた髪と濡れた髪で比べます。記号の単位は、力が N(ニュートン)、長さが mm です。
| 記号で書くと | F = E × A × ε (切れる力は F = σ × A、断面積は A = π × r²) |
| 言葉で書くと | 引っぱる力 = 素材のかたさ(ヤング率) × 断面積 × 伸びの割合 |
| どこから来る式か | ばねの「力は伸びに比例する」というフックの法則を、太さの違う棒にも使えるよう、断面積あたりの力(応力)で書き直したもの |
| 髪の直径(半径 r) | 約0.08 mm(半径 0.04 mm)とされる |
| 切れるときの応力 σ(乾いた髪) | 約200 N/mm²(研究によって150〜250程度の幅)とされる |
| ヤング率 E(乾いた髪) | 約4000 N/mm²(4 GPa)とされる |
| ヤング率 E(濡れた髪) | 乾いたときのおよそ半分、約2000 N/mm² とされる |
| 元に戻る範囲の目安 ε | 伸び約2%(0.02)までとされる |
| 半径の2乗 | 0.04 × 0.04 = 0.0016 mm² |
| 断面積 A | 3.14 × 0.0016 = 0.005024 mm² |
| 切れる力(乾いた髪) | 200 × 0.005024 ≒ 1.0 N |
| 重さに直す(1 N は約102グラム) | 1.0 ÷ 9.8 ≒ 0.10 kg |
| 乾いた髪:E × A | 4000 × 0.005024 ≒ 20.1 N |
| 乾いた髪:伸び2%に必要な力 | 20.1 × 0.02 ≒ 0.40 N |
| 濡れた髪:E × A | 2000 × 0.005024 ≒ 10.0 N |
| 濡れた髪:伸び2%に必要な力 | 10.0 × 0.02 = 0.20 N |
| 重さに直す(濡れた髪) | 0.20 ÷ 9.8 ≒ 0.020 kg |
乾いた髪は約100グラムで切れ、約40グラムまでなら元に戻ります。濡れた髪は、わずか約20グラムで戻れる範囲を越えてしまいます。20グラムは、1円玉20枚ぶんです。ブラシが絡んだときに1本にかかる力としては、十分ありうる大きさです。
高校高校+髪は「3つの区間」で伸びる
高校ばねの伸びが力に比例するフックの法則は、髪でも伸び2%ほどまでは成り立ちます。この区間のかたさを表す量が、ヤング率(縦弾性係数)です。
高校+髪を引っぱり続けると、力と伸びの関係は3つの区間に分かれるとされます。最初の比例する区間、ほとんど力が増えないまま25〜30%ほど伸びる「降伏区間」、そして再びかたくなって切れるまでの区間です。降伏区間では、らせん形の鎖がほどけて、まっすぐな形へ移ると考えられています。水はこの区間に入る力を大きく下げます。
大学応力–ひずみ曲線と、水による可塑化
材料力学では、この関係を応力–ひずみ曲線として描きます。ケラチン繊維では、らせん構造のα(アルファ)ケラチンが、引き伸ばされてβ(ベータ)シート構造へ移る「α–β転移」が降伏区間の正体とされます。水は鎖のあいだの水素結合を切り、鎖を動きやすくします。これを高分子物性では「可塑化」と呼び、水は髪にとって代表的な可塑剤です。湿度が高いほどヤング率が下がることも、同じ理由で説明されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:応力–ひずみ曲線(ウィキペディア) / ケラチン(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 水がどこまで入りこむのか。 髪の中には水を通しやすい部分と通しにくい部分が入りまじり、水がどの順に、どの深さまで入るのかは、測定法によって見え方が違うとされています。
- 傷んだ髪の「切れ方」。 繰り返しの乾燥や摩擦で、どの段階から小さなひびが広がり始めるのか。疲れによる破断のしくみは、今も調べられています。
- 表面の油の役目。 健康な髪の表面には、水をはじく薄い脂の層があるとされます。これがはがれたあと、水の吸い方や強さがどれだけ変わるかは、研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくにヤング率や強さの数値は、髪の太さ・人種・傷み具合・測り方で大きく変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「力のはたらき(ばねの伸び)」 | 力と伸びの比例(図1) |
| 高校 | 化学「水素結合」、生物「たんぱく質の構造」 | 弱いつなぎ目と強いつなぎ目(図2) |
| 高校+ | 物理の発展「ヤング率・応力」 | 伸び2%を越える力の計算 |
| 大学 | 材料力学・高分子物性 | 応力–ひずみ曲線、α–β転移、可塑化 |
| 研究 | 繊維科学・皮膚科学 | 水の入り方、傷んだ髪の破断 |
| ― | 生活とのつながり | 濡れた髪のとかし方、寝ぐせ直し、ドライヤーでの髪型づくり |
- C. R. Robbins, Chemical and Physical Behavior of Human Hair, 5th ed., Springer (2012)
- M. Feughelman, Mechanical Properties and Structure of Alpha-Keratin Fibres, UNSW Press (1997)
- ウィキペディア「水素結合」
- ウィキペディア「ケラチン」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。髪や頭皮の悩みがある場合は、皮膚科医や美容の専門家に相談してください。