石工は、なぜ大きな岩をくさびだけで割れるの?
― 石には、割れやすい「目」が隠れています
重機もない時代に、石工は家ほどもある岩を、鉄のくさびと槌だけで割っていました。力まかせに叩いたのではありません。石が「どう押すと弱いか」と「どの向きに割れたがるか」を、経験で知っていたのです。
お城の跡を歩いていると、石垣の大きな石のふちに、四角いくぼみが点線のように並んでいることがあります。
くぼみの長さは、10センチほどのものが多いとされています。まるで、切り取り線のようです。
これは「矢穴(やあな)」と呼ばれる、石を割った跡です。一列に穴を掘り、そこへくさびを打ちこんで、岩をまっぷたつにしていました。
くさびで岩が割れる理由は、2つだけ
石は上から押しつぶす力にはとても強いのに、引きはがす力には弱い材料です。くさびは、槌で叩く力を「横に押し広げる力」に変え、石を内側から引きはがします。
花崗岩(みかげ石)などの中には、目に見えないほど細かいひびが、同じ向きにそろって入っています。その向きに沿って割ると、少ない力でまっすぐ割れます。
どちらも、石工が「石の目を読む」と呼んで、経験で使い分けてきた性質です。順番に見ていきましょう。
くさびは、叩く力を「引きはがす力」に変える
石は、押す力にはめっぽう強い材料です。石垣の下の段が、上の石の重さを何百年も支え続けられるのはそのためです。
ところが、引きはがす向きの力には弱くなります。花崗岩では、引っぱりに耐えられる強さは、押しつぶしに耐える強さの10分の1ほどしかないとされています。
くさびは、この弱点をつく道具です。図1を見てください。上から槌で叩くと、細長いくさびは穴の左右のかべを横へ押し広げます。
くさびが細長いほど、横へ押す力は大きくなります。長さが厚みの10倍のくさびなら、摩擦が無い理想の場合で、叩く力のおよそ10倍の横向きの力になります。
横に押し広げられた穴の底では、石が左右に引っぱられます。そこから、ひびが下へ走ります。
穴を1つだけ掘っても、ひびはどちらへ走るか分かりません。そこで石工は穴を一列に並べ、くさびを順番に少しずつ叩きました。ひびが穴から穴へつながり、切り取り線どおりに割れていきます。
石の中には、そろった「ひびの向き」がある
もう1つのこつが「石の目」です。花崗岩は、溶けた岩が地下でゆっくり冷えて固まった石です。
冷えて縮むときや、長い年月に地面から押されるうちに、中には肉眼では見えない細かいひびができます。このひびが、同じ向きにそろって並んでいることが多いのです。
図2の左のように、そろったひびに沿って割ると、ひびどうしが次々とつながり、面はまっすぐに割れます。右のように逆らって割ると、ひびは曲がりくねり、割れ面はでこぼこになります。
花崗岩には、割れやすさの違う向きが3つあるとされています。いちばん割れやすい向き、2番目の向き、いちばん割れにくい向きです。石工は石の表面に見える粒の並びや、叩いたときの手ごたえを手がかりに、この向きを見分けていたといわれます。
瀬戸内の小豆島などには、江戸時代に大坂城の石垣用に切り出されながら、運ばれずに残った石があります。「残念石」と呼ばれ、矢穴の列がそのまま見られます。穴の並びを見ると、石工がどこを「目」と読んだのかを想像できます。
今はドリルで丸い穴を並べて開け、「セリ矢」という金具を差しこんで割る方法がよく使われます。道具は変わっても、穴を一列に並べてくさびで押し広げる考え方は、江戸時代と変わっていません。
まとめ
くさびで岩が割れるのは、叩く力を横に押し広げる力に変え、引っぱりに弱い石の弱点をつくからです。さらに、石の中にそろって並ぶ細かいひびに沿えば、割れ目は少ない力でまっすぐ進みます。
石工は、石を力で砕いたのではない。
石が割れたがる向きを、そっと押しただけ。
力を一点に集めると、硬いものでも意外なほど簡単に割れます。たまごの殻でも同じことが起きています(たまごの殻は、なぜ手で握っても割れないのに、ふちで軽く当てると割れるの?)。木材にも、乾くときに割れやすい向きがあります(木を切り出すのは、なぜ秋から冬なの?)。
- 新聞紙を1枚用意し、縦と横にそれぞれ手で裂いてみます。片方はまっすぐ裂け、もう片方はぎざぎざになるはずです。紙の繊維がそろった「紙の目」があるためです。
- チョークを1本、両端を指で押してつぶそうとしてみます。なかなかつぶれません。次に、両手で持って軽く曲げると、簡単に折れます。曲げると外側が引っぱられるためです。
- お城の石垣や公園の大きな石を見かけたら、ふちに四角いくぼみが並んでいないか探してみましょう。見つけたら、その列が割れ面にそろっているかを見てください。
石を自分で叩いて割るのはやめましょう。鋭い破片が目や手に飛ぶことがあります。石垣には登らず、外から観察してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・破壊力学・岩盤力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 石の目(石目):石の中で割れやすい向きのこと。花崗岩では、細かいひびの向きがそろっていることが主な原因と考えられています。
- 矢穴とセリ矢:くさびを差しこむために一列に掘った穴が矢穴です。セリ矢は、穴に入れる2枚の当て金と、そのあいだに打ちこむくさびを組にした道具です。
- 花崗岩(みかげ石):マグマが地下深くでゆっくり冷えて固まった深成岩の一種。石英・長石・雲母などの粒がつまっています。
中学高校式で確かめる:面をまるごと引きはがすには、どれだけの力が要る?
高さ0.5メートル、奥行き1メートルの面で、花崗岩を一度に引きはがすとします。必要な力を、引っぱりの強さから見積もってみます。
| 記号 | 意味と単位 |
| 花崗岩の引っぱりの強さ(目安) | 約10 MPa(1平方メートルあたり約1000万ニュートン)とされる |
| 割りたい面の大きさ | 高さ0.5 m、奥行き1 m |
| くさびの形 | 長さ10 cm、厚み1 cm |
| 1キログラムの物にかかる重力 | 約9.8 ニュートン |
| 割る面の面積(平方メートル) | 0.5 × 1 = 0.5 |
| 面全体を一度に引きはがす力(ニュートン) | 10000000 × 0.5 = 5000000 |
| 重さに直す(キログラム) | 5000000 ÷ 9.8 ≒ 510000 |
| くさびが力を増やす倍率(摩擦なし) | 10 ÷ 1 = 10 |
面をまるごと一度に引きはがすには、500トンの物を吊るすほどの力が要る計算です。くさびで10倍にしても、人の力では到底届きません。それでも割れるのは、ひびの先端に力が集中し、割れ目が「一度に」ではなく「少しずつ」進むからです。石の目に沿えば、進む先にすでに細かいひびが待っています。
高校高校+くさびの力の分解と、ひびの先端への集中
高校先の角度の小さいくさびを押しこむと、左右の面から石へ、面に垂直な力がはたらきます。これを縦と横に分解すると、縦の成分の合計が叩く力とつり合います。角度が小さいほど、横の成分が大きくなります。摩擦を無視すると、横向きの力は叩く力の「長さ÷厚み」倍になります。
高校+ひびの先端は、とがった切れこみになっています。まわりの石が受けるはずの力がこの先端に集まるため、先端付近の応力は平均よりずっと大きくなります。これを応力集中といいます。紙に小さな切れこみを入れると簡単に裂けるのも、同じ理由です。
大学破壊力学と、岩石の異方性
グリフィスは1921年、材料の中の小さなひびが先端で力を集め、材料全体の強さを決めていると示しました。現在の破壊力学では、ひびの先端の力の集中の度合いを応力拡大係数で表し、それが材料ごとの破壊じん性を超えるとひびが進むと考えます。花崗岩の破壊じん性はおよそ1〜2 MPa・√mとされています。また、花崗岩の割れやすい3方向は、英語圏の石材業界でリフト・グレイン・ハードウェイと呼ばれてきました。研究では、方向によって超音波の伝わる速さや引っぱり強さが変わり、それが細かいひびの向きのそろい方と対応することが報告されています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- ひびの向きがそろう原因 マグマが冷えて縮むときの力、その後に地殻から受けた押す力、地表近くへ持ち上がって上の岩が削られたときの力など、複数の候補があります。岩体ごとにどれが効いたのかは、はっきりしないことが多いとされています。
- 割る前に「目」を測る方法 超音波の速さの方向差などで目を推定する試みはありますが、現場で職人の目利きと同じ精度で使える方法として確立しているとは言いにくい状況です。
- 職人の手がかりの正体 熟練の石工が、表面の粒の並び・叩いた音・手ごたえのどれを、どう組み合わせて目を読んでいるのかは、十分に計測・言語化されていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。現場の知恵が確かに働くことと、そのしくみが細部まで説明できていることは、別のことです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「力のはたらき」/2分野「火成岩」 | くさびが力の向きを変えること、花崗岩のでき方 |
| 高校 | 物理基礎「力の分解・つり合い」/地学基礎「深成岩」 | くさびの力を縦と横に分ける考え方 |
| 高校+ | 物理の発展/材料の強さ | 応力集中、引っぱりと押しつぶしの強さの差 |
| 大学 | 材料力学・破壊力学・岩盤力学 | グリフィスの理論、破壊じん性、岩石の異方性 |
| 研究 | 岩石物理学・構造地質学 | ひびの向きがそろう原因、目の非破壊での推定 |
| ― | 生活とのつながり | 石垣の矢穴の観察、新聞紙やチョークの割れ方 |
- A. A. Griffith (1921) The phenomena of rupture and flow in solids, Philosophical Transactions of the Royal Society A 221
- J. C. Jaeger, N. G. W. Cook, R. W. Zimmerman『Fundamentals of Rock Mechanics』第4版, Blackwell Publishing(岩石の引っぱり・圧縮強さ、破壊)
- T. L. Anderson『Fracture Mechanics: Fundamentals and Applications』CRC Press(応力集中と破壊じん性)
- 北垣聰一郎『石垣普請』ものと人間の文化史, 法政大学出版局(矢穴による石の切り出し)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算で、岩石の種類や産地によって大きく変わります。石を割る作業は破片が飛ぶなど危険をともなうため、ご自身では行わないでください。史跡の石垣では、管理する自治体等の案内に従ってください。