やけどは、なぜお湯より湯気のほうがひどくなるの?
― 同じ100℃なのに、渡される熱がけた違いです
熱いお湯も、そこから立ちのぼる湯気も、温度はどちらも100℃くらいです。それなのに、湯気のほうが重いやけどになりやすいことが知られています。理由は温度ではありません。湯気が肌の上で水のつぶに戻る、そのときに出る熱のほうがずっと大きいからです。
電子レンジで温めたおかずのラップをはがした瞬間、もわっと白いものが手のひらに当たりました。指をお湯につけたわけでもないのに、思わず手を引っこめるほど熱い。
鍋のふたを手前に開けてしまい、顔に当たったことがある人もいるかもしれません。中の汁がはねたわけではないのに、なぜかその一瞬がいちばん熱いのです。
同じ100℃どうしなら、同じくらいの熱さのはずではないのでしょうか。ところが体に渡される熱の量は、まったく同じではありません。
理由は2つだけです
水が湯気になるには、温度を上げる熱とは別に、たっぷりの熱を吸い込む必要があります。その熱は湯気の中にしまわれたままです。肌の上で水のつぶに戻った瞬間、いっぺんに放り出されます。
お湯は下に落ちますが、湯気は上や横に広がります。袖の内側、指のあいだ、めがねの裏側にも入りこみます。逃げるより先に、広い面積へ触れてしまうのです。
ひとつめが「1グラムあたりの熱の大きさ」の話、ふたつめが「どれだけの面積に触れるか」の話です。順に見ていきます。
かたちを変えるときの熱は、けた違いに大きい
水を火にかけると温度が上がっていきます。ところが100℃に届いたあと、ふしぎなことが起きます。火を強くしても、温度はそれ以上ほとんど上がりません。上がらないまま、湯気になって出ていくだけです。
加えている熱は、どこへ行ったのでしょうか。答えは「水のつぶをばらばらに引きはなす仕事」に使われている、です。液体の水の中では、つぶどうしが手をつなぐようにくっついています。その手をぜんぶ外して自由に飛びまわれるようにするには、大きな熱が要ります。温度計には出てこない、かくれた熱です。
この熱の大きさが、けた違いなのです。水1グラムの温度を1℃上げるのに要る熱を1とすると、同じ1グラムを100℃で湯気に変えるには、その約540倍の熱が要るとされています。図1を見てください。温度の上がり方を横に描くと、100℃のところで線が長く平らになります。この平らな区間の長さが、かくれた熱の大きさです。
湯気が肌に触れると、この流れがそっくり逆に進みます。まず湯気が水のつぶに戻り、しまわれていた熱がいっぺんに出ます。そのあとで、できた100℃の水が体温まで下がりながら、さらに熱を渡します。二段階で熱を渡すぶん、はじめから水だったお湯より多くの熱が肌に入るのです。
あとの折りたたみで計算しますが、同じ1グラムなら、湯気が渡す熱はお湯の約9.5倍になります。お湯を10滴あびたのと、湯気を1回あびたのが、同じくらいということです。
湯気は、逃げる前に広い面積へ触れる
もうひとつの理由は、熱を渡される場所の広さです。熱いお湯は重力にしたがって下へ落ち、当たった場所からすぐ流れ去ります。当たる面積はかぎられ、時間も短くて済みます。
湯気は違います。軽いので上へ向かい、まわりの空気といっしょに横へ広がります。手のひらだけでなく、指のあいだ、手首、袖の内側へも回りこみます。鍋のふたを手前に開けたときに顔が熱いのは、湯気が顔の前をひとなでするように通り過ぎるからです。図2を見てください。左がお湯、右が湯気で、触れる範囲の広さがまるで違います。
しかも湯気は、水のつぶに戻るときに体積が大きく縮みます。縮んだぶんだけまわりの湯気が吸い寄せられ、同じ場所へ次々に届きます。熱を渡す流れが、当たっているあいだ続くわけです。
やかんの口から出る白い煙のようなものは、すでに冷えて水のつぶに戻ったものです。ほんとうの水蒸気は目に見えません。やかんの口と白い部分のあいだに、何も見えないすきまがあります。いちばん熱いのはその見えないすきまで、白く見えはじめた場所より手前が危ないのです。
ラップや袋の内側には、行き場のない湯気がたまっています。手前から一気にはがすと、その全部が顔や手に向かいます。開けるときは体から遠い側の角から、少しずつすきまを作るほうが安全です。
じゃあ、どうすればいいの?
- 白いもやの「手前」がいちばん熱い見えないところがいちばん熱い、と覚える
- ふたは、自分と反対の向きへ開ける湯気が顔に来ない向きにする
- もし当たったら、すぐ流水で冷やす水道の水を弱く出して、長めに当てる
まず、痛みがやわらぐまで流水で冷やします。目安として15分から30分ほどとされています。服の上から当たった場合は、無理に脱がさず、服の上から水をかけます。氷や保冷剤を直接当てるのは、冷えすぎて組織を傷めるおそれがあるため避けます。水ぶくれはつぶさず、そのまま清潔な布で覆ってください。広い範囲に及ぶとき、顔や手や関節に及ぶとき、子どもや高齢の方が受けたときは、自己判断で様子を見ずに医療機関を受診してください。意識がはっきりしない、呼吸が苦しいといった場合は119番へ通報します。熱い湯や湯気が出ている場所からはまず離れ、加熱している熱源は止めてから手当てをしてください。実際の対応は、消防・自治体・医師の指示に従ってください。
まとめ
湯気が危ないのは、温度が高いからではありません。かたちを変えるためにしまわれていた熱を、肌の上でいっぺんに手放すからです。そのうえ、かたちがないぶん広い面積に回りこみます。この2つが重なって、同じ100℃でも差がつきます。
同じ100℃でも、湯気は「熱をしまった水」です。
肌の上で水に戻る一瞬に、しまっていた分をぜんぶ渡します。
反対に、氷が水に変わるときにも同じくらい大きな熱が出入りします。冷たいほうの話は氷は、なぜ0℃の水よりずっとよく冷やせるの?で扱いました。100℃という温度そのものが場所によって変わる話は富士山ではご飯がうまく炊けないのに、圧力鍋だと早く煮えるのはなぜ?をどうぞ。白く見えるしくみは吐く息は、なぜ冬になると白く見えるの?が詳しいです。
- やかんでお湯をわかし、口から出る白いもやを、離れた場所から横向きに観察します。口と白い部分のあいだに、何も見えないすきまがあるのが分かります。
- そのすきまの位置を、目で覚えておきます。手やスプーンを近づける必要はありません。見えない部分がどこまで続いているかを、目で確認するだけで十分です。
- 火を止めたあと、白いもやが消えるまでの時間を数えます。空気に混ざって見えなくなるまで、意外に長くかかることが分かります。
※ 手をかざす、のぞきこむ、といったことはしないでください。観察は横から、離れた場所からだけにします。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・伝熱工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 潜熱(せんねつ):ものが状態を変えるときに出入りする熱で、温度計には現れません。この記事の主役です。
- 蒸発熱・凝縮熱:液体が気体になるときに吸う熱が蒸発熱、気体が液体に戻るときに出す熱が凝縮熱です。同じ温度なら大きさは同じです。
- 比熱(ひねつ):ものを1グラム、1℃だけ温めるのに要る熱の量です。水は身のまわりの多くの物質より大きい値を持ちます。
中学高校式で確かめる:湯気とお湯は、何倍ちがうのか
肌に1グラムだけ触れた場合で比べます。どちらも最初は100℃、肌の温度は37℃として、体温まで下がるあいだに渡す熱を数えます。熱の単位はジュール(記号はJ)です。
| 記号 J | 熱の量の単位。1グラムの水を約0.24℃上げる大きさ |
| 水の比熱(1グラムを1℃上げる熱) | 約 4.2 J |
| 水の凝縮熱(100℃、1グラムあたり) | 約 2257 J とされています |
| 肌の温度の目安 | 約 37℃ |
| 下がる温度の幅 | 100 - 37 = 63 |
| お湯1グラムが渡す熱 | 4.2 × 63 = 264.6 |
| 湯気1グラムが渡す熱の合計 | 2257 + 264.6 = 2521.6 |
| 湯気はお湯の何倍か | 2521.6 ÷ 264.6 ≒ 9.5 |
同じ1グラムでも、湯気はお湯の約9.5倍の熱を肌に渡します。お湯が1滴あたり約0.05グラムだとすると、湯気1グラムはお湯190滴ぶんに相当します。ほんの一瞬のことなのに、渡される熱はそれだけ大きいのです。
高校高校+なぜ水の潜熱は、とくべつ大きいのか
高校水の分子は、酸素の側がわずかに負、水素の側がわずかに正に偏っています。この偏りのせいで、隣の分子と弱い結びつきを作ります。水素結合とよばれるものです。液体の水の中では、1個の水分子が平均して数本の水素結合につながれています。
高校+気体になるには、この結びつきをすべて切らなければなりません。1本あたりのエネルギーはそれほど大きくありませんが、本数が多いため合計すると大きくなります。似た大きさの分子でも、水素結合を作らない物質は蒸発熱がずっと小さくなります。同じ質量で比べると、エタノールは水の半分以下とされています。水はこの点でかなり特異な物質です。
大学やけどの重さを決めるのは、熱の量だけではない
伝熱工学では、皮膚の温度変化を熱伝導の方程式で追い、たんぱく質が変質していく速さを温度と時間の関数として積み上げて評価します。重要なのは、渡された熱の総量そのものではなく、皮膚の深さごとの温度が何度まで、どれだけの時間保たれたかです。表面が一瞬だけ高温になるより、やや低い温度が長く続くほうが深い層まで傷むことがあります。湯気の場合は、凝縮してできた水が皮膚に残って熱を渡し続けるため、この「続く時間」の面でも不利になります。また凝縮は表面で起きるので、熱が入る位置が皮膚のいちばん外側に集中します。空気の層をへだてて熱が伝わる場合より、渡し方がずっと効率的なのです。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 冷やす時間の最適値 流水で冷やすことの有効性は広く認められていますが、何分がもっともよいかは研究によって幅があり、決着していません。動物を使った実験では20分前後を支持する結果が多い一方、受傷から時間が経ってから始めた場合の効果については見解が分かれています。
- 深さの早期判定 受傷の直後に、どこまで深く傷んでいるかを見ただけで判定するのは専門家でも難しく、数日かけて見え方が変化します。レーザーを使った血流の測定などが試されていますが、決め手はまだありません。
- 湿った空気からの伝熱 空気に水蒸気が混じった状態での凝縮のしかたは、表面の細かい構造や汚れに左右されます。皮膚のような複雑な面での実測は難しく、計算の前提が十分に検証されているとはいえません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。手当ての具体的なやり方は、医療機関や自治体の最新の案内を優先してください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野・状態変化 | 温度が上がらないまま変化が進む区間(図1) |
| 高校 | 物理基礎・熱量と比熱/化学基礎・化学結合 | 渡される熱の計算と、水素結合の話 |
| 高校+ | 化学・分子間にはたらく力 | 水の蒸発熱がとくべつ大きい理由 |
| 大学 | 熱力学・伝熱工学・生体の熱輸送 | 皮膚の深さごとの温度と時間の評価 |
| 研究 | 熱傷の医学 | 冷やす時間と、深さの早期判定 |
| ― | 生活とのつながり | 鍋のふた、電子レンジのラップ、加湿器の吹き出し口 |
- アメリカ国立標準技術研究所 ― 流体の熱物性データベース REFPROP(水の蒸発熱・比熱の基準値)
- 総務省消防庁(応急手当と119番通報の案内)
- 日本熱傷学会『熱傷診療ガイドライン』(初期対応と重症度の評価について)
- 日本機械学会『伝熱工学資料』(凝縮による伝熱と、水の熱物性の表)
- 国立天文台編『理科年表』丸善出版(水の比熱・蒸発熱の数値)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。やけどの手当てについては、消防・自治体・医療機関の指示に従ってください。症状があるときは自己判断で済ませず、医師の診察を受けてください。