銀のスプーンやアクセサリーは、なぜ黒くなるの?
― 銀は酸素には知らん顔で、硫黄とだけ手を組みます
しまっておいた銀のスプーンや指輪が、いつの間にか黒ずんでいる。鉄のサビと同じだと思われがちですが、銀の相手は空気の酸素ではありません。卵や輪ゴム、温泉にひそむ「硫黄」です。黒く見えるのは、厚さ1万分の1ミリほどの薄い膜。そして、この膜は元の銀に戻すことができます。
引き出しの奥から、銀のネックレスを久しぶりに出してみました。買ったときはまっ白に光っていたのに、ところどころ茶色く、ふちは黒っぽくなっています。
温泉旅行で、指輪をつけたままお湯につかった人もいるかもしれません。上がってみると、指輪が一晩もたたずにまっ黒。ゆで卵を銀のスプーンで食べたら、スプーンの先だけ黒くなった、という話もよく聞きます。
空気中に置いた鉄は赤くサビます。でも銀は、空気に何年さらしても、それだけではほとんど変わりません。では、銀を黒くしているのは何なのでしょうか。
黒くなる理由は2つだけ
銀は酸素とはほとんど反応しません。ところが硫黄とは、とても強く結びつきます。空気や食べ物にほんのわずか含まれる硫黄の成分を拾い集め、表面に「硫化銀」という黒い物質をつくります。
硫化銀の膜は、はじめは光の波長より薄く、黄色や茶色、紫や青に見えます。厚さが1万分の1ミリほどに育つと、光をほとんど吸いこみ、黒く見えるようになります。
つまり銀の黒ずみは、サビのように中までぼろぼろになる現象ではありません。表面のごく薄い一皮だけが、別の物質に入れかわったものです。順番に見ていきましょう。
銀は、なぜ酸素ではなく硫黄を選ぶの?
鉄は、空気中の酸素や水と反応してサビます。アルミも酸素と結びつき、一瞬で表面に透明な膜をつくります。ところが銀は、ふつうの温度では酸素とほとんど手を組みません。銀と酸素の化合物(酸化銀)は、熱すると約300℃以上で分解して、銀と酸素に戻ってしまうとされています。それだけ結びつきが弱いのです。
一方、硫黄との結びつきは、けた違いに強いものです。硫化銀は水にきわめて溶けにくく、化学の世界でも最も溶けにくい物質のひとつに数えられています。銀にとって硫黄は、出会ったら離さない相手なのです。
その硫黄は、身のまわりのあちこちにあります。卵の白身や黄身のタンパク質には硫黄が含まれ、加熱すると、腐った卵のにおいの気体(硫化水素)が少し出ます。ゴム製品は、作るときに硫黄を加えて弾力を出しているため、輪ゴムで銀を束ねると、そこだけ黒くなることがあります。硫黄泉の温泉は、その気体をたっぷり含んでいます。都会の空気にも、ごくわずかに硫黄の成分が漂っているとされています。
量はほんのわずかでも、銀は何か月、何年もかけてそれを拾い続けます。だから、しまっておいただけでも黒くなるのです。
黄色から黒へ。膜の厚さで色が変わるのはなぜ?
黒くなる途中の銀をよく見ると、黄色っぽい部分、茶色の部分、紫や青に光る部分があります。これは、硫化銀の膜の厚さが場所ごとにちがうためです。下の図1で、つまみを動かして膜を育ててみてください。
膜がとても薄いうちは、膜の表と裏で跳ね返った光どうしが重なり合います。重なり方は膜の厚さと光の色(波長)で決まるため、ある色は強め合い、ある色は打ち消し合います。シャボン玉や水たまりの油膜に色がつくのと同じしくみです。
膜がさらに厚くなると、硫化銀そのものが光を吸いこむ性質が勝ってきます。厚さが100ナノメートル(1万分の1ミリ)ほどになると、見た目はほぼ黒になるとされています。図1の左の断面を見ると、膜の一部が点線より下にも食いこんでいます。この食いこんだ分は、もともと銀だった部分です。
卵を長くゆですぎると、黄身の表面が灰色がかった緑になります。これは、白身から出た硫黄の成分が、黄身の鉄分と結びついてできた「硫化鉄」の色です。銀のスプーンが黒くなるのと、根は同じ反応です。ゆで終わったらすぐ水で冷やすと、できにくくなります。
磨くと、銀はどれくらい減るの?
黒ずんだ銀は、研磨剤の入ったクロスで磨くと光が戻ります。ただし、磨いて取れた黒い膜の中には、もとは銀だった原子が含まれています。磨くたびに、銀はほんの少しずつ削られていくのです。
折りたたみの中で計算すると、スプーン1本を黒い状態から磨き上げるたびに、およそ2.5ミリグラムの銀が失われる計算になります。純銀の重いスプーンなら気にするほどではありません。しかし、表面に薄く銀をかぶせた「銀めっき」の品は事情がちがいます。磨きすぎると、下の金属が透けて見えてきます。
磨く代わりに、硫黄だけを引きはがす方法があります。図2を見てください。耐熱の容器にアルミホイルを敷き、重曹を溶かしたお湯を注ぎ、銀をホイルに触れさせて沈めます。アルミは銀より電子を手放しやすい金属です。アルミから銀へ電子が移ると、硫化銀は銀に戻り、硫黄はアルミの側へ移ります。削らないので、銀めっきの品にも向いた方法です。
まとめ
銀が黒くなるのは、酸素ではなく硫黄と結びついて、表面に硫化銀の膜ができるためです。膜が薄いうちは光の重なりで黄・紫・青に見え、1万分の1ミリほどに育つと黒くなります。銀を長く白く保つには、卵料理や輪ゴム、温泉から離し、袋に入れて空気を断つのが近道です。
銀の黒ずみは、サビではなく「硫黄の日記」。
どこで何に触れてきたかが、表面に書きこまれています。
鉄がサビるしくみと比べてみたい人は「鉄はなぜサビるの?」を、使い捨てカイロの中で鉄が酸素と結びつく話は「使い捨てカイロは、なぜ袋を開けると温かくなるの?」をどうぞ。温泉地で硫黄の気体がたまる危険については「火山や温泉地で、なぜ「くぼ地」に入ってはいけないの?」で解説しています。
- 黒ずんだ銀のスプーンか、使わなくなった銀のアクセサリーを1つ用意します。黒ずみがなければ、ゆで卵の黄身を表面に1時間ほどのせておくと、その部分が茶色っぽくなります。
- 耐熱の容器にアルミホイルを敷き、大さじ1ほどの重曹を入れます。大人がお湯を注ぎ、銀をホイルに触れるように沈めます。
- 数分待って取り出し、水で洗って拭きます。黒い部分が銀色に戻っているか、ホイルに触れていた面と触れていない面でちがいがあるかを見くらべます。
腐った卵のようなにおいが少し出るので、窓を開けて行ってください。お湯でのやけどに注意し、熱湯を扱う工程は大人が担当します。真珠や石のついたアクセサリー、表面に加工のある品は傷むことがあるので使わないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(腐食科学・無機化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 硫化銀:銀と硫黄が結びついた黒い物質。銀の黒ずみの正体です。
- 変色(曇り):金属の表面に薄い化合物の膜ができて、色やつやが変わること。中まで崩れるサビ(腐食)とは区別されます。
- 硫化水素:腐った卵のにおいの気体。卵の加熱や硫黄泉で出て、銀を黒くする主な相手のひとつです。
中学高校式で確かめる:黒い膜1枚で、銀はどれだけ削られるのか
黒い膜をつくっている銀は、もとは表面にあった銀です。銀の原子は消えも増えもしないので、膜の厚さから、失われた銀の量を逆算できます。
| 記号で書くと | m = A × ( d ÷ R ) × ρ |
| 言葉で書くと | 失われる銀の重さ = 表面積 ×(膜の厚さ ÷ 体積の比)× 銀の密度 |
| どこから来る式か | 反応 4Ag + 2H₂S + O₂ → 2Ag₂S + 2H₂O で、銀の原子の数が保存されること。銀を硫化銀に変えると体積が R 倍にふくらむので、厚さ d の膜のもとになった銀の厚さは d ÷ R になる |
| m | 失われる銀の重さ(グラム) |
| A | 黒くなった面の面積(平方センチメートル) |
| d | 硫化銀の膜の厚さ(センチメートル) |
| R | 銀1粒あたりの体積が、硫化銀になると何倍になるか(単位なし) |
| ρ | 銀の密度(グラム毎立方センチメートル) |
| 銀1モルの体積 | 約10.3 立方センチメートル |
| 硫化銀のうち、銀1モルぶんの体積 | 約17.1 立方センチメートル |
| 見た目がほぼ黒になる膜の厚さ(目安とされる値) | 約100 ナノメートル |
| スプーン1本の黒くなった面の面積(仮定) | 約40 平方センチメートル |
| 銀の密度 | 約10.5 グラム毎立方センチメートル |
| 体積の比 R | 17.1 ÷ 10.3 ≒ 1.66 |
| 膜のもとになった銀の厚さ(ナノメートル) | 100 ÷ 1.66 ≒ 60 |
| センチメートルに直すと | 60 × 0.0000001 = 0.000006 |
| 失われる銀の体積(立方センチメートル) | 40 × 0.000006 = 0.00024 |
| 失われる銀の重さ(グラム) | 0.00024 × 10.5 ≒ 0.0025 |
黒くなったスプーンを1回磨き上げるごとに、約2.5ミリグラム、厚さにして約60ナノメートルの銀が失われる計算です。銀めっきの厚さを仮に3マイクロメートル(3000ナノメートル)とすると、3000 ÷ 60 = 50 で、真っ黒からの磨き上げ50回ほどで、めっきを削りきる見積もりになります。
高校高校+電子のやりとりで見る:黒くなる反応と戻す反応
高校銀が黒くなる反応は、銀が電子を失う「酸化」です。相手が酸素でなくても、電子を失えば酸化と呼びます。アルミホイルで戻す反応は、その逆の「還元」です。アルミは銀よりイオンになりやすい(イオン化傾向が大きい)ため、アルミが電子を出し、硫化銀の中の銀イオンがそれを受け取って銀に戻ります。全体は 3Ag₂S + 2Al → 6Ag + Al₂S₃ と書け、硫化アルミニウムは水と反応して硫化水素を出すため、作業中ににおいがします。
高校+膜が薄いうちの色は「薄膜干渉」で説明されます。膜の表面で跳ね返る光と、膜の底(銀との境目)で跳ね返る光の道のりの差が、特定の波長で半波長のずれになると、その色が打ち消されます。膜が厚くなるにつれ、打ち消される色が青から赤へと移っていくため、見た目の色が順に変わっていきます。
大学大気中での銀の腐食
実際の大気中では、銀を硫化させる主な相手は硫化水素と硫化カルボニルとされ、濃度は十億分の一(ppb)の桁と非常に低いものです。それでも反応が進むのは、表面に吸着した薄い水の層の中で反応が起こるためと考えられており、湿度が高いほど黒ずみは速くなります。膜の成長の速さは、膜の中を原子が拡散する速さにも左右されます。金属がその化合物になるときの体積比は「ピリング・ベッドワース比」と呼ばれ、膜が表面を守るかどうかの目安に使われます。硫化銀の溶けにくさは「溶解度積」で表され、その値は極端に小さいことが知られています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:酸化還元反応(ウィキペディア) / 薄膜干渉(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 膜が育つ速さを決める段階はどれか。 気体が表面に届く速さ、水の層での反応、膜の中の拡散のどれが律速になるかは、湿度や汚れ、塩分によって変わり、条件ごとに研究が続いています。
- 美術品の銀をどう守るか。 博物館では、展示ケース内のわずかな硫黄の気体を抑える素材や、変色を防ぐ薄い保護膜が試されていますが、見た目を変えずに長く守る方法は今も模索されています。
- ナノサイズの銀粒子の変化。 衣類や医療品に使われる銀の微粒子が、環境中で硫化されてどう性質を変えるのかが調べられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。色と厚さの対応や、膜が黒く見える厚さは、条件によって前後する目安として受け取ってください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「化学変化」(金属と硫黄の結びつき) | 銀と硫黄が結びついて硫化銀ができる |
| 高校 | 化学「酸化還元」「イオン化傾向」 | 黒くなる反応と、アルミで戻す反応 |
| 高校+ | 物理「光の干渉(薄膜)」 | 膜の厚さで色が変わるしくみ(図1) |
| 大学 | 腐食科学・無機化学 | 大気中の硫化、ピリング・ベッドワース比、溶解度積 |
| 研究 | 文化財保存科学・環境化学 | 美術品の変色対策、銀の微粒子の行方 |
| ― | 生活とのつながり | 銀製品の保管、銀めっき品の手入れ |
- ウィキペディア「硫化銀」
- ウィキペディア「硫化水素」
- T. E. Graedel, "Corrosion Mechanisms for Silver Exposed to the Atmosphere", Journal of the Electrochemical Society, 139 (1992)
- J. P. Franey, G. W. Kammlott, T. E. Graedel, "The corrosion of silver by atmospheric sulfurous gases", Corrosion Science, 25 (1985)
- 日本化学会 編『化学便覧 基礎編』丸善出版
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。高価な品や文化財、宝石つきのアクセサリーの手入れは、購入店や専門業者の指示に従ってください。