川の水は毎日海へ流れこむのに、なぜ海はあふれないの?
― 海の表面からは、1年で1メートル以上の水が空へ出ていきます
世界中の川は、昼も夜も休まず海へ水を注いでいます。それでも海はあふれません。理由は、海の表面から目に見えない形で、川よりずっと多くの水が出ていっているからです。そして川の水は、もともと海から出ていった水が帰ってきたものなのです。
お風呂にお湯をためながら、ついうっかり蛇口を閉め忘れたとします。しばらくすると、お湯はふちを越えてあふれ出してしまいます。
海にも、蛇口のようなものがたくさんあります。大きな川の河口に立つと、茶色い水がいつまでも海へ流れこんでいます。止まる日はありません。
子どもに「じゃあ、どうして海はあふれないの?」と聞かれたら、なんと答えますか。「海は広いから」では、半分しか答えていません。
海があふれない理由は、2つの事実を合わせると分かります
太陽に温められた海の表面からは、水が水蒸気になって空へのぼっていきます。その量は、川から入る水の10倍をこえます。海には、見えない「排水口」が空に向かって開いているのです。
空へのぼった水蒸気の一部は、風に乗って陸まで運ばれ、雨や雪になります。それが集まって川になり、海へ戻ります。川は新しい水を足しているのではなく、借りた水を返しているだけです。
つまり海は、入る水と出る水がつり合った、大きな器です。お風呂でいえば、蛇口を開けたまま、同じ速さで排水口からも水が抜けている状態です。では、それぞれ実際にどれくらいの量なのでしょうか。
海の表面からは、1年で1メートルぶんの水が出ていく
海の水が蒸発しているといわれても、ぴんとこないかもしれません。海辺で見ていても、水面が下がっていくようには見えないからです。
研究者たちは、船や人工衛星の観測をもとに、地球全体の水の出入りを見積もってきました。その推定では、海から1年に蒸発する水は、およそ41万立方キロメートルとされています。
この量を、海の表面全体に同じ厚さで広げてみます。すると、厚さはおよそ1.1メートルになります。海は毎年、大人の腰より高いぶんの水を、空へ出しているのです。1日あたりにすると約3ミリです。少しずつなので、目には見えません。
出ていった水蒸気の大部分は、そのまま海の上で雨になって戻ってきます。残りの約1割が、風で陸の上空まで運ばれます。図1を見てください。左の海から上向きの矢印で出ていく水と、下向きの矢印や右下の川で戻る水の数字が、ちょうど同じになっています。
川の水だけを足し続けたら、どうなる?
世界中の川が1年に海へ運ぶ水は、およそ4万立方キロメートルとされています。数字だけ見ると巨大です。けれども、海の表面全体に広げると、厚さはわずか11センチほどにしかなりません。
では、もし蒸発がぴたりと止まり、川の水だけが入り続けたらどうなるでしょう。現実には雨も止まるので川もやがて干上がりますが、思考実験として考えてみます。図2のつまみで、年数を動かしてみてください。
100年で11メートル。海辺の町の多くが水の下です。実際にそうならないのは、毎年1.1メートルぶんの蒸発が、川と雨の両方を打ち消しているからです。川の水が「少ない」から平気なのではありません。出ていく水と、ぴったり同じだけが戻っているから平気なのです。
この帳簿のつり合いは、海の水が入れ替わる時間も教えてくれます。海の水をすべて蒸発させるには、およそ3000年あまりかかる計算になります。いまあなたの前にある海の水は、平均すると数千年に1回、空と陸を旅して戻ってくるのです。
中東の死海は、出口のない湖です。入ってくる川の水と蒸発がつり合って、水面が保たれてきました。ところが流れこむ川の水を人が使うようになり、水面は1年に1メートルほど下がり続けているとされています。地中海も、蒸発が川と雨より多い海です。足りないぶんは、ジブラルタル海峡から大西洋の水が流れこんで補っています。約600万年前にこの海峡が閉じたときは、地中海がほとんど干上がったと考えられています。
近年、海面は1年に3〜4ミリほど上がっているとされます。これは川の水が増えたからではありません。陸の上に氷河や氷床としてしまわれていた水がとけて海に戻ったことと、温まった海水がわずかにふくらんだことが主な理由です。帳簿でいえば、長いあいだ陸に「預けっぱなし」だった水が、引き出されている状態です。
まとめ
海があふれないのは、海の表面から1年に1メートルあまりの水が蒸発し、空へ出ていくからです。川の水は、その一部が陸に雨として降り、また戻ってきたものにすぎません。海と空と陸は、1つながりの水の帳簿で結ばれています。
川は、海に水を足しているのではない。
海が空へ貸した水を、返しているだけ。
海がなぜしょっぱいのかは「海の水はなぜしょっぱいの?」で、川が運ぶ塩の話として読めます。地球の水全体の量の感覚は「地球の水を全部集めて1つの玉にしたら、どれくらいの大きさになるの?」もどうぞ。
- 平たいお皿か浅い容器に水を入れ、水面の高さに油性ペンで印をつけます。定規で深さも測っておきます。
- 晴れた日に、ベランダなど日の当たる場所に置き、ちょうど1日後にもう一度深さを測ります。
- 減った深さを365倍して、1年あたりの厚さに直してみましょう。海の表面の1年に約1.1メートル(1日約3ミリ)と比べてみてください。
天気・風・気温で結果は大きく変わります。くもりの日や室内でも測ると、日差しと風が蒸発をどれほど速めているかが分かります。容器は子どもやペットが倒さない場所に置きましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(水文学・気候学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 水の循環:海や陸の水が、蒸発・雨・川を通って、形を変えながらめぐり続けるしくみ。
- 蒸発:液体の表面から、水が気体(水蒸気)になって出ていくこと。沸騰しなくても常に起きている。
- 水収支:ある場所に入る水と出る水の量を、帳簿のようにくらべたもの。入りと出が等しければ量は変わらない。
中学高校式で確かめる:海の水の帳簿はつり合っているか
海全体を1つの器と考え、1年間に入る水と出る水をくらべます。数値はトレンバースらの推定(参考文献1)にもとづく概算です。単位は立方キロメートル(km³)で、記号の意味は下の表のとおりです。
| 記号で書くと | ΔV = P + R − E |
| 言葉で書くと | 1年の海の水の増え方 = 海に降る雨 + 川から入る水 − 海から蒸発する水 |
| どこから来る式か | 水は消えも生まれもしない(質量の保存)。海という器の「入り」と「出」の差だけが、たまる量を決める |
| ΔV | 1年間の海の水の増減(km³) |
| P | 1年間に海へ直接降る雨や雪(km³) |
| R | 1年間に川や地下水で陸から入る水(km³) |
| E | 1年間に海面から蒸発する水(km³) |
| 海から蒸発する水 E | およそ 413,000 km³(1年あたり)とされる |
| 海に降る雨 P | およそ 373,000 km³(1年あたり)とされる |
| 川などで入る水 R | およそ 40,000 km³(1年あたり)とされる |
| 海の表面の広さ | およそ 361,000,000 km² |
| 海の水の全量 | およそ 1,340,000,000 km³ とされる |
| 海に入る水(P + R) | 373,000 + 40,000 = 413,000 |
| 1年の増え方 ΔV(入る水 − E) | 413,000 − 413,000 = 0 |
| 蒸発を海面の厚さに直す(km) | 413,000 ÷ 361,000,000 ≒ 0.00114 |
| メートルに直す | 0.00114 × 1000 = 1.14 |
| 川の水だけを厚さに直す(km) | 40,000 ÷ 361,000,000 ≒ 0.000111 |
| メートルに直す | 0.000111 × 1000 = 0.111 |
| 海の水が入れ替わる年数(全量 ÷ E) | 1,340,000,000 ÷ 413,000 ≒ 3245 |
入りと出の差 ΔV はゼロで、海の水の量は変わりません。蒸発は1年に約1.14メートル、川の水は約0.111メートル(11センチ)の厚さにあたります。蒸発は川の10倍以上です。
| 1日あたりの蒸発(mm) | 1140 ÷ 365 ≒ 3.1 |
| 川の水だけで100年たつと(m) | 0.111 × 100 = 11.1 |
1日に約3ミリなので、観察で測った皿の水と同じくらいの減り方です。川だけが流れこみ続ければ、100年で海面は約11メートル上がる計算になります(図2の右端と同じ値)。
高校高校+水をめぐらせているのは、太陽のエネルギー
高校地学基礎では、地球の水の循環を「海洋・大気・陸」の間の流れとして学びます。水が海から空へ持ち上げられるのは、太陽からのエネルギーが海面を温めるからです。陸に降った水が川として海へ戻るのは、重力で低いほうへ流れるからです。
高校+水が蒸発するには、蒸発熱(気化熱)と呼ばれる大きな熱が必要です。地球の表面が吸収する太陽のエネルギーのうち、およそ半分が、この蒸発に使われているとされます。海は熱を水蒸気に乗せて空へ運び、雲の中で水に戻るときにその熱を放します。水の循環は、地球の熱を運ぶしくみでもあります。
大学水収支と平均滞留時間
水文学では、ある領域の貯留量の変化を「降水 + 流入 − 蒸発散 − 流出」で表す式を水収支式と呼びます。また、貯留量を出入りの流量で割った値を平均滞留時間といいます。海水の平均滞留時間は約3000年あまりですが、大気中の水蒸気はわずか約9日で入れ替わるとされます。同じ水の循環でも、たまり場によって時間の尺度がまったく異なります。全球の水収支の数値は、トレンバースらが観測と再解析データを組み合わせて推定したものがよく引用されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:水循環(ウィキペディア) / トレンバースらによる全球水収支の推定(2007年)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 海の蒸発量は、どこまで正確か。 海の上での直接の観測は少なく、推定は研究によって1割前後ちがうとされます。人工衛星の観測で精度を上げる試みが続いています。
- 温暖化で、水の循環は速くなっているのか。 空気が温まると、ふくめる水蒸気が増えます。海の塩分の分布の変化から、循環が強まっている可能性が指摘されていますが、その大きさには議論があります。
- 地中海は、本当に干上がったのか。 約600万年前の「メッシニアン塩分危機」で、地中海の底に厚い塩の層が残りました。完全に干上がったのか、浅い塩湖が残ったのかは、いまも研究が続いています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は推定値であり、研究が進むと少し変わる可能性があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「気象とその変化」(水の循環) | 蒸発・雨・川のめぐり(図1) |
| 高校 | 地学基礎「大気と海洋」 | 太陽のエネルギーが水を持ち上げる |
| 高校+ | 地学・物理(蒸発熱と熱の運搬) | 水の循環は熱を運ぶしくみでもある |
| 大学 | 水文学・気候学 | 水収支式と平均滞留時間 |
| 研究 | 全球水循環の観測・古海洋学 | 蒸発量の精度、循環の強まり、地中海の干上がり |
| ― | 生活とのつながり | 洗濯物が乾く・水たまりが消えるのも、同じ蒸発 |
- Trenberth, K. E. ほか (2007) Estimates of the Global Water Budget and Its Annual Cycle Using Observational and Model Data. Journal of Hydrometeorology 8
- ウィキペディア「水循環」
- ウィキペディア「メッシニアン塩分危機」
- IPCC (2021) 第6次評価報告書 第1作業部会報告書 第9章「海洋・雪氷圏・海面水位の変化」
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(地球の水の量)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。地球全体の水の出入りの値は推定値で、資料によって多少異なります。