松ぼっくりは、なぜ濡れると閉じて、乾くと開くの?
― 動かしているのは細胞ではなく、水です
枝から落ちた松ぼっくりは、もう生きていません。それなのに、水につけるとゆっくりかさを閉じ、乾かすとまた開きます。動かしているのは細胞のはたらきではなく、水そのものです。しかもこの動きは、種をいちばん遠くへ飛ばせる日を選ぶための、時計のような役割をしています。
公園で拾った松ぼっくりを、水を張ったコップに入れてみます。しばらく目を離して戻ってくると、さっきまで大きく開いていたかさが、きゅっと縮んでいます。
驚いてタオルの上に置き、そのまま一晩。翌朝には、また元のように開いています。何度水につけても、同じことが起きます。
松ぼっくりは、とっくに枯れています。栄養も水も、もう枝からは届いていません。それなのに、なぜ動けるのでしょうか。
理由は、大きく2つあります
かさを作っている「うろこ」は、水を吸うとよくのびる層と、あまりのびない層が背中合わせになっています。水がしみこむと片側だけが長くなるので、うろこは内側へ曲がり、かさが閉じます。
この動きに、生きた細胞は必要ありません。だから拾ってきた松ぼっくりでも動きます。逆に言えば松は、「湿った日は閉じ、乾いた日は開く」という判断を、水まかせで自動的に行っているのです。
まず1つめの、うろこの中身から見ていきましょう。
片側だけがのびると、なぜ曲がるの?
細長い板を2枚、ぴったり貼り合わせたものを想像してください。もし片方だけが少し長くなったら、板はまっすぐではいられません。長くなった側を外側にして、弓のように反ります。
松ぼっくりのうろこは、これと同じことをしています。うろこの中には、細い糸のような繊維がびっしり詰まっています。この糸は水を吸うと横に太りますが、長さの方向にはほとんどのびません。そして糸の向きが、うろこの上側と下側で違っているのです。片側では糸が長さの方向にそろい、もう片側では横向きにそろっています。
すると、水を吸ったときに「長さがのびる割合」が、上側と下側で変わります。図1を見てください。乾いているとき、うろこはまっすぐに近く、かさは開いています。水を吸うと、軸に近い側の層だけが長くなり、うろこは内側へ曲がって、隣のうろことぴったり重なります。
なぜ「乾いた日に開く」ことが得なの?
松の種には、うすい羽がついています。うろこのすき間から出た種は、この羽で風に乗り、くるくる回りながら遠くへ運ばれます。親の木の真下に落ちてしまうと、日かげと根の競争で育ちにくくなります。だから、なるべく遠くへ届けたいのです。
種がよく飛ぶのは、空気が乾いていて、風のある日です。雨の日は種の羽も湿って重くなり、すぐ足元に落ちてしまいます。松ぼっくりは、この「飛ぶのに向いた日」を、湿り具合そのもので言い当てています。乾けば勝手に開き、湿れば勝手に閉じるからです。判断のための器官も、合図の信号も要りません。
枯れたあとも動くのは、欠点ではなく利点です。木の上で何年も待ち、落ちてからも開いたり閉じたりを繰り返しながら、種を少しずつ、条件のよい日に手放していきます。
この動きは、電池のように使い切って終わるものではありません。水が入れば閉じ、抜ければ開く。乾湿を何十回繰り返しても、うろこはたいてい同じように動きます。ばねを押して離すのに近い、もとに戻れるしくみです。
種類によっては、うろこがやにで固く閉じられていて、強い熱を受けたときにだけ開くものがあります。まわりの木が枯れて日当たりがよくなった土地に、真っ先に種をまくためだとされています。開く合図は、松の種類によって違うのです。
まとめ
松ぼっくりのかさは、水を吸うとのびる層と、のびない層の貼り合わせでできています。濡れれば片側だけが長くなって内側へ曲がり、かさが閉じます。乾けば戻って開きます。生きた細胞の力を使わないので、枝を離れたあとも、この動きは何年も続きます。
松ぼっくりは、湿り気を読む道具です。
開いた日は、種が遠くまで飛べる日。
水と繊維の関係は、身のまわりの別の場面にも顔を出します。紙はなぜ、濡れると破れやすくなるの?では同じ繊維と水の話を、タンポポの綿毛は、なぜあんなに遠くまで飛べるの?では種を飛ばす別の工夫を扱っています。木の年輪は、なぜ1年に1本ずつできるの?もあわせてどうぞ。
- よく開いた松ぼっくりを拾い、開いた状態の見た目を写真に撮っておきます。土がついたものは、水で軽く流します。
- コップに水を入れ、松ぼっくりを沈めます。浮くときは上に小皿などをのせて押さえます。30分ごとに様子を見ると、外側のうろこから順に閉じていくのが分かります。
- 閉じたら取り出し、風通しのよい場所に一晩置きます。翌日また開いていれば、同じ松ぼっくりで何度でも繰り返せます。
閉じるまでの時間は、松ぼっくりの大きさや乾き具合で変わります。数時間かかることもあるので、あせらず待ってください。中から種が出てくることもあります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(植物形態学・材料力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 球果(きゅうか):松ぼっくりのこと。うろこ状の部分がたくさん集まって、その内側に種を抱えています。うろこ1枚は種りん(しゅりん)と呼ばれます。
- セルロース:植物のかべを作っている、糸のような物質。水を吸うと糸の間隔が広がりますが、糸の長さそのものはほとんど変わりません。
- 吸湿変形:まわりの湿り具合が変わることで、材料の形が変わること。木のとびらが梅雨に閉まりにくくなるのも、これです。
- 可逆:もとの状態に戻れること。松ぼっくりの開閉は可逆で、乾湿を繰り返せば何度でも往復します。
中学高校式で確かめる:わずかなのびで、どれだけ曲がるの?
うろこは、上側と下側の「のびる割合」の差だけで曲がります。その差はごくわずかです。ほんの少しの差で、すき間をふさぐだけ曲がれるのかを確かめてみましょう。長さの単位はミリメートル、角度の単位は度とします。記号のかわりに、ことばで書きます。
| うろこ1枚の長さ | 約 30 ミリメートル |
| うろこの厚み | 約 1 ミリメートル |
| 上側と下側で、のびる割合の差 | 約 1 パーセント(0.01)とされています |
| 角度の換算のもとになる数 | 1 ラジアンは約 57 度 |
| 上側が余分にのびる長さ | 30 × 0.01 = 0.3 |
| 曲がりの大きさ(のびの差を厚みで割る) | 0.3 ÷ 1 = 0.3 |
| 度に直す | 0.3 × 57 ≒ 17 |
つまり、上下でたった1パーセントのびる量が違うだけで、うろこの先は約17度も向きを変えます。うろこの厚みが薄いほど、同じのびの差でよく曲がることも、2行目のわり算から読み取れます。薄い板ほどよく反る、というわけです。
高校高校+なぜ繊維の向きで、のび方が変わるの?
高校セルロースの糸は、水の分子と手をつなぎやすい性質を持っています。水が入ると糸と糸の間に割りこみ、間隔を押し広げます。ただし押し広げられるのは糸と直角の向きで、糸に沿った向きにはほとんど広がりません。だから「どの向きにのびるか」は、糸がどちらを向いているかで決まります。
高校+このように、向きによって性質が違うことを異方性といいます。うろこの上側では糸が横向きにそろっているため、うろこの長さの方向によくのびます。下側では糸が長さの方向にそろっているため、その向きにはのびにくいのです。貼り合わせた2枚のうち片方だけがのびるので、うろこ全体が曲がります。金属の板を2枚貼り合わせて、温度で曲げる部品と原理はよく似ています。
大学曲がりの大きさは、何で決まるの?
二層の板が湿りや温度で曲がる問題は、材料力学で古くから扱われてきました。曲がりの大きさは、2層の「のびる割合の差」に比例し、板の厚みに反比例します。さらに、2層の硬さの比と厚みの比によって係数が変わります。上の計算で使った「のびの差を厚みで割る」という形は、この関係のいちばん簡単な場合にあたります。植物では、細胞かべの中でセルロースの糸がどの角度で巻いているか(配向角)が、この差を生む主な要因です。同じ原理は、湿ると回転して地面に潜る種の付属物などにも見つかっています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 層は本当に2つだけか。 うろこの中には、性質の違う組織がもっと細かく分かれているという報告もあります。何層として扱うのが実態に近いのかは、種類ごとに調べられている段階です。
- 速さを決めているのは何か。 閉じるまでに数時間かかりますが、その速さが水のしみこむ速さで決まるのか、繊維のまわりの構造が変わる速さで決まるのか、まだ整理しきれていません。
- 何回まで繰り返せるか。 乾湿を何百回も繰り返したときに、うろこの動きがどれだけ鈍るのか、長期のデータは十分ではありません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。松ぼっくりのように単純に見えるものでも、細かく見ると分からないことが残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・植物のからだのつくりと種子 | 球果と種、うろこのすき間から種が出る話 |
| 高校 | 生物基礎・細胞かべ/物理基礎・力と変形 | セルロースと水、片側だけのびると曲がる話 |
| 高校+ | 発展・向きによって性質が違う材料 | 繊維の向きでのび方が変わる節 |
| 大学 | 植物形態学・材料力学(二層板の変形) | 曲がりの大きさが厚みに反比例する話 |
| 研究 | 植物のからだの動きを扱う力学 | 層の数・動く速さ・繰り返しの限界 |
| ― | 生活とのつながり | 木のとびらや引き出しが、湿った時期に動きにくくなること |
- Dawson, C., Vincent, J. F. V., Rocca, A.-M.「How pine cones open」Nature 第390巻(1997年)
- Reyssat, E., Mahadevan, L.「Hygromorphs: from pine cones to biomimetic bilayers」Journal of the Royal Society Interface 第6巻(2009年)
- Harlow, W. M., Cote, W. A., Day, A. C.「The opening mechanism of pine cone scales」Journal of Forestry 第62巻(1964年)
- 日本植物生理学会「みんなのひろば 植物Q&A」
- 巌佐庸ほか編『岩波 生物学辞典 第5版』岩波書店(2013年)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。松ぼっくりを水につける観察は、こぼれた水で足元がすべらないよう気をつけて行ってください。屋外で拾うときは、その場所の管理者や自治体の指示・決まりに従ってください。