田んぼの水は、なぜ夏にわざと抜くの?
― 稲の根も、土の中で息をしています
真夏の田んぼが、水もなくカラカラにひび割れていることがあります。枯れてしまったのかと心配になりますが、あれは農家がわざと水を抜いた「中干し」です。目的は、土の中の空気を入れかえること。根も呼吸している、という当たり前のことが効いています。
七月の終わり、田んぼの横を通りかかります。春にはたっぷり水が張られていたはずなのに、今日は水が一滴もありません。
土の表面は乾いて、かかとが入るほどの深いひび割れが走っています。それでも稲は青々として、倒れる気配もありません。
数日後にもう一度通ると、また水が入っています。まるで、わざと一度だけ乾かしたかのように。
農家が水を抜く理由は、大きく2つです
水でふさがれた土には、空気が入りこめません。根は呼吸ができなくなり、しかも土の中では根に有害な物質がたまっていきます。一度乾かしてひびを入れると、そこから空気が土の奥まで届きます。
稲は1本の苗から茎を次々に増やします。ところが遅く出た茎は、穂をつけないまま養分だけ使ってしまいます。水を切ると稲は「増やす」から「実らせる」へ切りかわります。
どちらも、教科書に書いてあるというより、田んぼの現場で何百年もかけて確かめられてきた知恵です。順に見ていきます。
水の中には、空気の30分の1しか酸素がない
植物は光合成をするので、酸素を出す側だと思われがちです。ですが同時に、動物と同じように呼吸もしています。とくに光の届かない根は、呼吸しかしていません。
ここで問題になるのが、水と空気の酸素の量の差です。空気にはたっぷり酸素が含まれていますが、水に溶けられる酸素はごくわずかです。同じ体積で比べると、その差はおよそ30倍にもなります(あとの折りたたみで計算します)。
田んぼに水を張ると、土の粒と粒のすきまが水で埋まります。すると土の中の酸素はすぐに使い果たされ、酸素のない世界に変わります。この状態を「還元状態」と呼びます。土が青黒くなり、独特のにおいがするのはそのためです。図1を見てください。左が水を張ったまま、右が中干しをしたあとの土の中です。
「増やす」から「実らせる」への切りかえ
もう一つの理由は、稲の育ち方にあります。稲は1本の苗を植えると、根もとから新しい茎を次々に出します。これを「分げつ」といい、多いときは20本以上に増えます。
ところが、この茎が全部お米になるわけではありません。遅く出てきた茎は、穂を出す時期に間に合わず、養分だけ使って終わります。農家はこれを「無効分げつ」と呼びます。水を切って土を乾かすと、稲は茎を増やすのをやめ、すでにある茎を太らせるほうに切りかえます。
さらに、乾いて締まった土は、根をしっかりつかまえます。台風で倒れにくくなり、秋には重い収穫機械が入っても沈みません。ひとつの作業で、いくつもの効き目があるわけです。
そもそも稲が水の中で育てるのは、茎や根の中に「通気組織」というすきまだらけの組織を作れるからです。葉から取り込んだ空気を、ストローのように根まで送っています。ただし送れる量には限りがあり、夏に根が大きくなると追いつかなくなります。中干しは、その足りない分を外から補う作業ともいえます。
観葉植物を枯らす原因でいちばん多いのは、水切れではなく水のやりすぎだといわれます。受け皿に水をためたままにすると、土のすきまがずっと水で埋まり、根が酸素ぎれを起こします。稲以外の植物には通気組織がないので、田んぼよりずっと早く弱ります。「土の表面が乾いてから」という園芸の定番の教えは、根に息をさせるための決まりごとです。
まとめ
中干しは、稲を乾かして苦しめる作業ではありません。水でふさがれた土に空気を通し、根に呼吸をさせ、そのついでに茎の数をそろえ、株を踏ん張らせる。田んぼの現場が積み上げてきた、理にかなった一手です。
水は根に必要ですが、水だけでは足りません。
根が本当にほしいのは、水と空気の両方です。
根が土の中で何を感じているかについては植物の根はなぜ下に、芽は上に伸びるの?を、土の中の分解者のはたらきについては森の落ち葉は、なぜ積み上がって山にならないの?もあわせてどうぞ。
- 同じ大きさのコップを2つ用意し、どちらにも豆苗を根つきで入れます。片方は根の先だけが水につかるように、もう片方は根も茎の下も完全に水に沈めます。
- 同じ明るさの場所に置き、水は2日に1回入れかえます。入れかえは両方同じ回数にします。
- 1週間、葉の色と根の色を毎日メモします。完全に沈めたほうは、根が茶色くにごり、葉が黄色くなってくるはずです。
水そのものが悪いのではなく、水が空気のすきまをふさぐことが問題だと分かります。透明な容器を使うと、根の色の変化が横から見えて分かりやすくなります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(土壌学・作物学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 中干し:田植えからおよそ1か月後、田んぼの水を数日から1週間ほど抜いて土を乾かす作業のこと。
- 通気組織:稲などの湿地の植物が、茎や根の内部に作るすきまだらけの組織。地上の空気を根まで送る通路になります。
- 還元状態:酸素が尽きた土や水の中の状態。鉄などが酸素と離れた形に変わり、土が青黒く見えるようになります。
- 分げつ:稲や麦で、根もとから新しい茎が枝分かれして増えること。穂をつけずに終わるものを無効分げつといいます。
中学高校式で確かめる:水と空気では、酸素の量がどれだけ違うか
「水の中には空気の30分の1しか酸素がない」という本文の数字を、実際に確かめます。土1リットル分のすきまに、どれだけの酸素が入っているかで比べます。
| 空気1リットルに含まれる酸素の質量 | およそ280 mg(空気の密度は1.2 g/L、酸素は質量で約23%) |
| 20℃の水1リットルに溶けられる酸素の質量 | およそ9 mg(空気とふれあって飽和したとき) |
| 畑や田んぼの土のすきまの割合 | およそ0.4(体積の4割が土の粒のすきま、という目安) |
| 同じ体積での酸素の量の比 | 280 ÷ 9 ≒ 31 |
| 土1リットル(=1000 mL)のすきまの体積 | 1000 × 0.4 = 400(mL) |
| すきまが空気のとき(1 mLあたり0.28 mg) | 400 × 0.28 = 112(mg) |
| すきまが水のとき(1 mLあたり0.009 mg) | 400 × 0.009 = 3.6(mg) |
同じ土1リットルでも、すきまが空気なら酸素は112 mg、水で埋まると3.6 mgしかありません。約31倍の差です。土の中の生き物と根がこれを使い切るのに、そう時間はかかりません。中干しは、この3.6 mgの世界を112 mgの世界に戻す作業だといえます。
高校高校+酸素がないと、根はどれだけ損をするのか
高校細胞は糖を分解してエネルギーを取り出します。酸素があるときは糖を最後まで分解できますが、酸素がないと途中までしか進めません。取り出せるエネルギーは、酸素があるときの十数分の1程度まで落ちるとされています。根が水びたしで弱るのは、まずこの理由です。
高校+さらに、土の側でも変化が起きます。酸素が尽きた土では、微生物が酸素の代わりに硝酸イオンや鉄・硫酸イオンから酸素を受け取ろうとします。この過程で硫化水素などが生じ、根の表面を傷めることが知られています。水を張り続けた田んぼで根が黒ずむのは、この物質と鉄が結びついたためだと説明されます。
大学水田は、地球規模のメタンの出どころでもある
酸素のない土のいちばん奥では、メタン生成菌という微生物が働きます。有機物の分解の最終段階を担い、メタンを作る仲間です。図1の左で描いた泡は、これが土から抜けていくところです。水田はメタンの人為的な発生源として大きなものの一つに数えられており、土壌学と大気科学が交わる場所になっています。中干しをして土に酸素を入れると、メタン生成菌の働きが抑えられ、発生量が減ることが分かっています。つまり中干しは、収量のための作業でありながら、温室効果ガスを減らす作業でもあります。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 期間を延ばすとどこまで効くのか。 中干しの期間を通常より1週間長くするとメタンが減ることが報告され、排出削減の方法として制度化も進んでいます。ただし土質や気候による効き方の差は、まだ十分に整理されていません。
- 別のガスとの差し引き。 土に酸素が入ると、今度は一酸化二窒素という別の温室効果ガスが増える場合があります。差し引きでどれだけ得になるかは、条件によって結論が分かれています。
- 根が酸素ぎれを感じ取るしくみ。 植物が酸素の不足をどう検知し、通気組織を作る指令に変えているのか。関わるたんぱく質の分解のしくみが2010年代に見つかりましたが、全体像はまだ描き切れていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。中干しの最適な時期や長さは、地域や品種ごとに今も調整が続けられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物「植物のからだのつくり」「呼吸」 | 根も呼吸しているという話 |
| 高校 | 生物基礎「呼吸と発酵」/化学基礎「気体の溶解」 | 酸素がないときのエネルギーの目減り、水に溶ける酸素の量 |
| 高校+ | 化学「酸化と還元」 | 還元状態の土と、硫化水素ができるしくみ |
| 大学 | 土壌学・作物学・環境科学 | メタン生成菌と水田からの温室効果ガス |
| 研究 | 温室効果ガス収支、植物の低酸素応答 | 期間延長の効果と、ガスの差し引き |
| ― | 生活とのつながり | 鉢植えの水のやりすぎ、受け皿の水を捨てる理由 |
- 農林水産省「水稲栽培における中干し期間の延長」に関する温室効果ガス排出削減の解説資料
- 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)「水稲の生育と水管理」に関する技術資料
- 川口桂三郎『水田土壌学』講談社 ― 湛水した土の還元過程についての古典的な解説書
- 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「2019 Refinement to the 2006 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories」Volume 4, Chapter 5
- 日本土壌肥料学会編『土壌サイエンス入門』― 土のすきまと通気性についての基礎
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の水管理の時期や日数は、地域・品種・その年の天候によって異なります。営農の判断は、お住まいの地域の農業改良普及センターや農協など、専門機関の指導に従ってください。