蚊は、なぜ人によって刺されやすさが違うの?
― 蚊が追いかけているのは、あなたの吐く息です
同じ庭に同じ時間だけ立っていたのに、刺されるのはいつも自分ばかり。そんな経験はないでしょうか。「血がおいしいから」とよく言われますが、蚊は血の味を知ってから飛んでくるわけではありません。蚊が最初に見つけているのは、血でも肌でもなく、あなたが吐き出した息のほうです。
夏の夕方、家族で庭に出て花火を見ています。数分たったころ、あなたの足首がかゆくなります。となりに立っている人は、まだ一度も刺されていません。
ふしぎなのは、蚊が近づいてくる道すじです。まっすぐこちらへ飛んでくるのではなく、少し行き過ぎては戻り、ふらふらと寄ってきます。
この「ふらふら」こそが、蚊の探し方の正体です。蚊は目的地を知っているのではなく、手がかりをたどっている最中なのです。
理由は、大きく2つです
人が吐く息には、まわりの空気よりずっとこい二酸化炭素がふくまれています。この息は風にのって細長い帯になって流れます。蚊はその帯にぶつかると、流れをさかのぼるように飛びはじめます。
数十センチまで来ると、蚊は肌から立ちのぼる温かさと水蒸気を感じ取ります。同じ場所にいても、体の表面が温かい人、汗をかいている人は、この最後の合図を強く出しています。
つまり「刺されやすさ」は、血の質ではなく、体から出ている合図の強さの差だということになります。順番に見ていきましょう。
遠くの蚊は、あなたの「息の帯」を見つけている
吸血する蚊は、二酸化炭素のこさの変化をとらえる感覚を持っています。ただし、こさを地図のように読んでいるわけではありません。こい空気にぶつかった瞬間に、飛び方そのものが切りかわります。
まっすぐ進んでいた蚊は、息の帯に入ると急に向きを変え、風上へ向かってジグザグに進みはじめます。帯からはずれると、また横へ探しに戻ります。この繰り返しで、蚊は結果として発生源へ近づいていきます。人が息を吐き続けているかぎり、帯は途切れません。
そして、ある程度近づくと手がかりが切りかわります。図1を見てください。蚊が人を見つけるまでには、距離ごとに三つの段階があります。
では、刺されやすい人とそうでない人の差は?
ここまでの三段階を見ると、差が生まれる場所が見えてきます。息を多く吐く人、体の表面が温かい人、汗の成分が肌に多く残っている人は、どの段階でも合図が強く出ます。
たとえば、走ったあとの体は息の量が増え、体温も上がり、汗もかいています。三つの手がかりが同時に強まるので、蚊にとってはとても見つけやすい相手になります。逆に、体を冷やして汗をふき取ると、合図はどれも弱まります。
肌の上のにおいも関係します。汗そのものはほとんど無臭ですが、肌にすむ細菌が汗を分解すると、蚊が好むにおいの成分がつくられます。同じように汗をかいても、肌にすむ細菌の種類や量には個人差があります。そのため、においの出かたにも差が生まれると考えられています。
血液型と刺されやすさの関係を調べた研究はいくつかありますが、結果は一致していません。人数の少ない実験も多く、いまのところ「はっきり決まっている」とは言えない段階です。少なくとも、息の量や体温ほど大きな差を生む要素ではないと考えられています。
蚊のふだんの食事は、花のみつや植物の汁です。血を吸うのはメスだけで、しかも卵をつくるときに限られます。卵の材料になるたんぱく質を、ほかの食べ物からは十分に得られないためだとされています。
まとめ
蚊は、血のおいしさで相手を選んでいるわけではありません。遠くでは吐く息の二酸化炭素、中くらいの距離ではにおいと見え方、すぐそばでは体温と湿り気。この三つの手がかりを順に乗りかえながら近づいてきます。刺されやすさの差とは、この合図をどれだけ強く出しているかの差なのです。
蚊が探しているのは、血ではありません。
あなたが吐き出した息の、細長い帯です。
においを手がかりに進む生きものは、ほかにもいます。アリの行列は、なぜ迷わず一列にまとまるの?では、においの道しるべが一本道を生むしくみを説明しています。「ハチに2回刺されると危ない」は、本当なの?では、刺されたあとに体の中で起きることを取り上げました。夜に飛ぶ虫のふるまいは、虫はなぜ、夜になると明かりに集まってくるの?もあわせてどうぞ。
- 夏の夕方、外へ出る前に腕や首の汗を乾いたタオルでふき取ってみます。ふき取った日とそうでない日で、刺される回数を数えて比べます。
- 白い布と黒い布を並べて地面に置き、夕方の30分間に虫がどちらへ多くとまるかを数えます。蚊は暗い色にとまりやすいとされています。
- 階段を10往復した直後と、座って10分休んだあとで、蚊が寄ってくるまでの時間を比べます。息の量と体温が変わると、寄られ方が変わるかどうかを見ます。
観察のあいだは長そで・長ズボンで肌をおおい、虫よけを使ってください。刺された跡をかきこわすと、傷から細菌が入ることがあります。はれや痛みが強いときは、医療機関に相談してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物行動学・昆虫生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 走性:外からの決まった刺激に対して、生きものが決まった向きに動く性質のことです。においに対する走性は化学走性と呼ばれます。
- 誘引物質:生きものを引き寄せるはたらきを持つ物質のことです。蚊にとっては二酸化炭素や、汗が分解されてできる成分がこれにあたります。
- におい分子の帯:風にのって細長く流れる、においのこい空気のかたまりのことです。一様に広がるのではなく、途切れながら流れます。
中学高校式で確かめる:吐く息の二酸化炭素は、まわりの空気の何倍こいの?
蚊がたどっているのは、まわりの空気との差です。その差がどれくらいなのかを数字にしてみます。ここで使う単位は、空気の量がリットル、こさがパーセント、時間が分です。記号は使わず、日本語のことばのまま計算します。
| 大人が静かにしているとき、1分間に吐く息の量 | およそ6リットル |
| 吐く息にふくまれる二酸化炭素のこさ | およそ4パーセント |
| まわりの空気にふくまれる二酸化炭素のこさ | およそ0.04パーセント |
| 息は空気の何倍こいか | 4 ÷ 0.04 = 100 |
| 1分間に出る二酸化炭素の量(リットル) | 6 × 0.04 = 0.24 |
| 1時間ぶんに直す(リットル) | 0.24 × 60 = 14.4 |
まわりの空気の100倍というこさの差が、風にのって細長く流れていきます。1時間で14.4リットルというのは、2リットルのペットボトル7本分をこえる量です。じっと立っているだけでも、これだけの目印を出し続けていることになります。
高校高校+なぜ「ジグザグ」に飛ぶほうが見つけやすいの?
高校においは、水にインクを落としたときのようになめらかには広がりません。風は場所ごとに向きも速さも少しずつ違うため、においは細く引きのばされ、途切れ途切れの帯になります。こさをたどって坂を登るような探し方は、この途切れのせいでうまくいきません。
高校+そこで蚊がとるのは、「においに当たったら風上へ、はずれたら横へ」という単純な決まりです。こさの値そのものではなく、当たったか・はずれたかという合図だけを使います。情報が少なくても働く、こわれにくいやり方だといえます。この飛び方は、ガの仲間でもよく調べられています。
大学感覚器のレベルで何が起きているのか
蚊の触角や口の近くの感覚器には、二酸化炭素、におい成分、熱、水蒸気に、それぞれ反応する神経細胞があります。研究では、これらの入力が別々に脳へ届くのではなく、たがいに影響し合うことが示されています。たとえば二酸化炭素を感じた直後は、暗い色の物体へ向かう反応が強まるといった具合です。手がかりが重なるほど、蚊の反応は確実になります。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 個人差の正体 肌の細菌の種類や、皮ふから出る成分の組み合わせが関係するとみられています。ただし、どの成分がどれだけ効いているかは、まだ完全には整理されていません。
- 効きにくくなる薬剤 一部の地域では、よく使われる薬剤への抵抗力を持つ蚊が増えていると報告されています。人にとって安全で、長く効き続ける方法の探索が続いています。
- においを隠す物質 引き寄せる物質だけでなく、人のにおいを蚊に感じさせなくする物質も探されています。実験室では効果が出ても、屋外では思ったほど働かない例が知られています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに個人差の部分は、これから書きかわる可能性があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物のからだのつくりとはたらき/呼吸 | 吐く息に二酸化炭素が多くふくまれること |
| 高校 | 生物基礎・生物/動物の反応と行動 | 刺激に対して決まった向きに動く走性 |
| 高校+ | 生物/行動の発現と情報の統合 | ジグザグに飛ぶ探し方のしくみ |
| 大学 | 動物行動学・昆虫生理学 | 感覚器どうしが影響し合うしくみ |
| 研究 | 医動物学・化学生態学 | 個人差の正体と、においを隠す物質の探索 |
| ― | 生活とのつながり | 汗をふく・体を冷やす・虫よけを使うという対策の意味 |
- 国立感染症研究所「感染症の話」(蚊が媒介する感染症の項)
- 世界保健機関 ファクトシート Vector-borne diseases
- 日本衛生動物学会編『衛生動物の事典』(蚊の生態と吸血行動の項)
- デイビス・クレブス・ウェスト『行動生態学 原著第4版』共立出版(走性と探索行動の章)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。刺されたあとに強いはれや息苦しさなどの症状が出たときは、自己判断せず医療機関を受診し、消防・自治体等の指示に従ってください。