隕石が空から降ってくることを、
昔の学者はなぜ信じなかったの? ― 決め手は、村人の証言と石の中の金属でした
いまでは誰もが知っている「隕石」。けれど200年あまり前まで、空から石が落ちてくるという話は、多くの学者に迷信として笑われていました。その考えをひっくり返したのは、望遠鏡ではありません。石を溶かして調べた化学者と、村を歩いて聞き取りをした物理学者でした。
畑で働いていると、晴れた空でとつぜん大砲のような音が何度も鳴りました。そのあと、黒い石がばらばらと降ってきます。
あなたは石を拾い、町の学者に見せに行きました。ところが学者は笑って、「空に石があるはずがない。雷が地面の石を焼いたのを見まちがえたのだろう」と言います。
これは作り話ではありません。18世紀のヨーロッパでは、こうしたやりとりが実際に何度もあったと伝えられています。
学者の考えを変えた決め手は、2つだけ
別々の国に落ちた石を化学者が調べると、どれも同じように金属の粒をふくみ、その金属にはニッケルが混じっていました。近くの岩にはない特徴です。
1803年、フランスの村に数千個の石が降りました。調査に入った物理学者は、証言と石の落ちた範囲を丁寧に記録し、見まちがいでは説明できないと示しました。
では、そもそもなぜ学者たちは信じなかったのでしょうか。そこには、当時としては筋の通った理由がありました。
信じなかったのは、頭が固かったからではない
当時の天文学では、星や惑星のあいだの空間はほとんど空っぽだと考えられていました。小さな石がただよう場所がある、という発想自体がありませんでした。
また、「空から降ってきた」という話には、カエルや血の雨のような明らかな作り話も混じっていました。学問を迷信から切り離そうとしていた時代です。証拠が農民の証言だけでは、慎重になるのは自然なことでした。
ただ、記録そのものは古くからありました。1492年にはフランスとドイツの境に近いエンシスハイムで大きな石が落ち、教会につるされたと伝えられています。日本でも、福岡県直方市の神社に伝わる石が、861年に落ちたとされる「目撃つきの隕石」として知られています。
流れが変わった10年間
転機は1794年です。ドイツの物理学者クラドニが、「空から落ちる石や鉄のかたまりは、宇宙から来たものだ」とする本を出しました。同じ年、イタリアのシエナで石の雨が起き、話題になりました。
1802年には、イギリスの化学者ハワードが、各地に落ちた石を分析しました。どれも金属の粒をふくみ、その金属にはニッケルが入っていました。ふつうの地面の岩からは、こうした石はまず見つかりません。これが理由の1つ目です。
そして翌1803年、フランスのレーグルという村に、数千個もの石が降りました。フランスの科学アカデミーは、若い物理学者ビオを送りこみます。ビオは村々を歩いて証言を集め、石が落ちた範囲が細長いだ円の形になっていることを確かめました。これが理由の2つ目です。流れを年表にしたのが図1です。
証言は「数」と「形」で、証拠に変わった
ビオの調査が強かったのは、一人ひとりの話を信じてもらおうとしなかった点です。たくさんの村の証言をつき合わせ、石の落ちた場所を地図にしました。
もし雷が地面の石を焼いただけなら、落ちた場所はばらばらになるはずです。ところが実際には、空を飛んできた方向に沿って細長くまとまっていました。空から一度に降ったと考えると、この形がすなおに説明できます。
化学分析という「石の中身」と、分布の地図という「降り方」。性質の違う2つの証拠が同じ答えを指したことで、学者たちの多くは考えを改めたとされています。
隕石は大気に飛びこむとき、空気との摩擦ではなく、前の空気を強く押し縮めることで表面が高温になります。表面だけがとけて固まり、薄い黒い皮ができるとされています。落ちてすぐの隕石でも、中まで熱いとは限らないと言われています。
信じがたい報告の多くは本当にまちがいです。けれど、ときどき本物が混じります。数を集め、形を調べ、別の方法で確かめる。隕石の歴史は、この手順が迷信と発見を見分けた例として、よく語られます。
まとめ
空から石が降るという話は、長いあいだ迷信とされてきました。考えを変えたのは、遠く離れた石の中身が同じだったという化学分析と、村人の証言を地図にまとめた現地調査です。どちらか一方だけではなく、2つがそろったことが決め手でした。
証言は、ひとつなら噂。
集めて地図にすれば、証拠になります。
流れ星の正体がどれくらいの大きさなのかは、流れ星は、どれくらいの大きさなの?で解説しています。
- 雨どいの出口などにたまった砂を、スプーン1〜2杯ほど集めて、水で洗い、乾かします。
- ポリ袋に入れた磁石を砂に近づけ、くっついた粒だけを白い紙の上に落とします。
- 虫眼鏡やスマートフォンの拡大撮影で、ぴかっと光る小さなまん丸の粒をさがしてみましょう。
丸い粒の多くは工場や車などから出たものですが、ごくまれに宇宙から降ってきた微小な隕石が混じるとされています。本物かどうかは専門家でないと判別できません。高い屋根には登らず、手の届く場所だけで行ってください。近くの科学館や博物館で、本物の隕石に触れられる展示をさがすのもおすすめです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「地学」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(惑星科学・隕石学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 流星物質:宇宙空間をただよう、ちりや岩のかけら。大気に入って光ったものが流れ星です。
- 隕石:流星物質のうち、大気の中で燃えつきずに地面まで届いたもの。
- 溶融皮殻:大気に突入したときに表面がとけて固まってできる、薄い黒い皮。
- 散布楕円:一度に落ちた多数の隕石が地面に散らばる、細長いだ円形の範囲。
中学高校式で確かめる:宇宙から来る石は、どれほどのエネルギーを持っているか
大気に飛びこむ直前の石が、1kgあたりどれくらいの運動エネルギーを持っているかを計算します。運動エネルギーは「質量 × 速さ × 速さ ÷ 2」です。
| 石の質量(例) | 1 kg |
| 大気に入る速さの例(秒速11〜72kmの範囲とされる) | 秒速 20 km = 秒速 20000 m |
| TNT火薬1kgのエネルギー(目安) | 4200000 J |
| 速さ × 速さ | 20000 × 20000 = 400000000 |
| ÷ 2 で運動エネルギー(質量1kg) | 400000000 ÷ 2 = 200000000 J |
| TNT火薬の何kg分か | 200000000 ÷ 4200000 ≒ 48 |
重さ1kgの石が、火薬およそ48kg分のエネルギーを持って飛んでくる計算です。このエネルギーの大半は、上空で空気を押し縮めて熱と光に変わります。多くの石が途中で割れ、減速して、最後は地面に「降る」ように落ちてくるのはこのためと考えられています。
| 記号 | 意味と単位 |
| J | ジュール。エネルギーの単位 |
| kg | 質量の単位 |
| m | メートル。速さは1秒あたりに進むメートル数で表す |
高校高校+なぜ「ニッケル」が決め手になったのか
高校地球ができたとき、重い鉄やニッケルの多くは中心へ沈んで核になったと考えられています。そのため地表の岩石には、金属のままの鉄とニッケルの粒はほとんどありません。
高校+一方、多くの隕石は、惑星になりきれなかった小さな天体のかけらです。金属と岩石が分かれきっていないため、ニッケルをふくむ鉄の粒が岩の中に散らばっています。ハワードの分析は、この「地表らしくない組み合わせ」を初めて系統的に示したものとされています。
大学隕石はどこから来るのか
いまでは、隕石の多くは火星と木星のあいだの小惑星帯から来ると考えられています。落下を複数のカメラで撮影して軌道を計算すると、小惑星帯にさかのぼる例が多いためです。また、ごく一部は月や火星に別の天体がぶつかって飛び散ったかけらであることが、成分の比較から分かっています。隕石は、太陽系ができたころの材料を手に取って調べられる、数少ない試料になっています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 地球に毎日どれだけ降っているのか 微小なちりまで含めた量は、見積もり方によって何倍も違い、まだ幅があります。
- 丸い粒(コンドルール)はどうやってできたのか 多くの隕石にふくまれる小さな球状の粒は、何かで一瞬とけて固まったものですが、その熱源は議論が続いています。
- どの隕石がどの小惑星から来たのか 探査機が持ち帰った試料との比較で対応づけが進んでいますが、多くはまだ特定できていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。200年前の学者のように、いまの常識もまた書きかえられる可能性があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・太陽系と恒星 | 流れ星と隕石のちがい |
| 高校 | 物理・運動エネルギー/地学・太陽系の天体 | 式で確かめる、ニッケルの話 |
| 高校+ | 地学・地球の層構造のでき方 | 金属の粒が地表にない理由 |
| 大学 | 惑星科学・隕石学 | 隕石の故郷と軌道計算 |
| 研究 | 太陽系形成論 | 丸い粒のでき方、降ってくる量 |
| ― | 生活とのつながり | 信じがたい話を、数・形・別の方法で確かめる考え方 |
- Chladni, E. F. F. (1794) 『Über den Ursprung der von Pallas gefundenen und anderer ihr ähnlicher Eisenmassen』(宇宙起源説を唱えた本)
- Howard, E. (1802) 「Experiments and observations on certain stony and metalline substances, which at different times are said to have fallen on the earth」 Philosophical Transactions of the Royal Society of London(落下した石の化学分析)
- Marvin, U. B. (1996) 「Ernst Florens Friedrich Chladni (1756–1827) and the origins of modern meteorite research」 Meteoritics & Planetary Science(隕石研究の成立史)
- Burke, J. G. (1986) 『Cosmic Debris: Meteorites in History』 University of California Press(隕石が認められるまでの歴史)
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(流星・隕石の項)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の出来事の細部には諸説があります。隕石らしきものを見つけた場合は、むやみに削ったり割ったりせず、博物館などの専門機関に相談してください。