自然のふしぎ 電磁気 予備知識なしでOK 読了 約7分

雷が多い年は米が豊作って、本当?
― 「稲妻」という名前には、空気を肥料に変える化学がかくれています

稲が実るころに光る雷を、日本では昔から「稲妻」と呼んできました。稲の実りをもたらすもの、という意味だとされています。ただの言い伝えに聞こえますが、雷は本当に、空気から肥料のもとを作っています。それなら豊作の話も本当なのでしょうか。量を数えてみると、答えは「半分だけ本当」でした。

公開:2026.09.10 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

九月の夕方。田んぼの稲が重く頭をたれ、遠くの空が音もなくぼんやりと光ります。

しばらくして、雨が降り出します。次の日、田んぼのわきの草は、なんとなく色が濃くなったように見えます。

昔の人はこの光を見て、「今年は米がとれる」と言いました。その言葉は、どこまで当たっているのでしょうか。

結論からいうと、理由は2つに分かれます

1
雷は本当に「空気から肥料」を作っている

空気の約78%は窒素です。しかしそのままでは、植物はまったく使えません。雷の通り道の高い温度が、その窒素を植物の使える形に作りかえます。これは言い伝えではなく、実際に起きている化学反応です。

2
でも、量がまったく足りない

作られる量を計算すると、田んぼが1年に必要とする窒素の、およそ1000分の1にしかなりません。雷が肥料をまいて豊作にしている、という筋書きでは説明がつかない量です。

つまり「稲妻」という名前は、化学としては正しいところを突いていて、量としては大きく外しています。まず、なぜ空気の窒素がそのままでは役に立たないのかから見ていきます。

空気は窒素だらけなのに、なぜ植物は肥料不足になるの?

肥料の三大要素のひとつが窒素です。葉やたんぱく質を作るのに欠かせません。そして窒素は、私たちのまわりにあり余っています。空気の約78%が窒素なのですから、田んぼの上にも大量にただよっています。

ところが植物は、その窒素に手を出せません。空気中の窒素は、原子が2個ずつ、三重の結びつきでがっちり組み合わさっているからです。この結びつきをほどくには、とても大きなエネルギーが要ります。植物が窒素を取りこめるのは、水にとけた硝酸イオンやアンモニウムイオンの形になったときだけです。

そのほどけない結びつきを、力ずくでほどくものがあります。雷です。雷の通り道の空気は、およそ3万℃まで熱せられるとされています。太陽の表面の温度の何倍もの高さです。ここでは窒素も酸素もばらばらになり、冷えるときに一酸化窒素という別の物質として結びつき直します(図1)。

空気の窒素が、雨にとける形に変わるまで ① ふだんの空気 N N 3本の線で 強く結ばれている ② 雷の通り道 およそ3万℃ 結びつきがほどける ③ 雨にとけて土へ 一酸化窒素 NO 二酸化窒素 NO2 硝酸 HNO3 雨で土にしみこむ 左から右へ。植物が使えるのは、いちばん右の形になってからです。 空気の窒素を使える形に変えることを、窒素固定といいます。
図1:左の場面が三重の線で結ばれたふだんの窒素、中央のギザギザが雷の通り道、右の場面が雨にとけて土に入るまでの流れです。左右をつなぐ2つの矢印が、変化の向きを示しています。

では、その量はどれくらい?

ここからが本題です。雷が作る窒素は、田んぼの足しになるほどあるのでしょうか。世界中の雷が1年に作る窒素は、およそ数百万トンと見積もられています。とほうもない量に聞こえます。

ところが、これは地球全体に降る分です。地表の面積で割ってしまうと、1平方キロメートルあたり10キログラムほどにしかなりません。田んぼ10アール分に直すと、わずか10グラム前後です。いっぽう稲が1年に使う窒素は、10アールあたり9キログラムほどとされています。差はおよそ1000倍です(図2)。

10アールの田んぼに、1年で入る窒素 稲が使う量 9 kg 雷が届ける量 0.0098 kg(約10 g) 下の黄色い帯は、実際にはこの太さよりさらに細くなります。 差は、およそ1000倍。
図2:上の青い長い帯が稲の使う量、下の黄色い細い帯が雷から届く量です。左端の縦の点線が、2本の帯をそろえた出発点を示しています。

では、田んぼの窒素はどこから来るのでしょうか。ひとつは土の中の微生物です。空気の窒素を使える形に変えられる細菌が、根のまわりや水の中でせっせと働いています。もうひとつは人がまく肥料です。この2つに比べると、雷の分は誤差といってよい量です。

💡 「稲妻」という言葉の成り立ち

稲妻の「妻」は、古い日本語では夫婦のどちらも指しました。雷が稲と結ばれて実らせる、という見方から生まれた名前だとされています。稲刈り前の時期に雷が多いことを、昔の人はよく見ていたわけです。観察は正確で、原因の説明だけがずれていた、といえます。

💡 雨あがりに草が青々として見えるのは?

雷のあとに緑が濃く見えるのは、届いた窒素のためというより、土がたっぷり水を含み、ほこりが洗い流されたためと考えられます。雨そのものの効きめのほうが、はるかに大きいのです。

⚠ 雷の音が聞こえたら、観察はここまで

雷は空気の窒素をほどくほどの高い温度になります。人がそばにいてよいものではありません。ゴロゴロという音が聞こえたら、田んぼや広場からすぐに離れ、建物の中か自動車の中へ避難してください。木や電柱など高いものには近づかないでください。倒れている人を見つけたら、すぐに119番へ通報します。

まとめ

雷は本当に、空気の窒素をほどいて植物の使える形に変えています。ただしその量は、田んぼが必要とする量の1000分の1ほどです。「稲妻」という名前は、現象をとらえた目の確かさと、原因を取りちがえた推理とが、そのまま一語に固まったものだといえます。

雷は、空気から肥料を作っている。
ただし、田んぼを満たすには1000年分足りない。

雷そのものの形については稲妻は、なぜまっすぐ落ちずにギザギザに折れ曲がっているの?で、身の守り方については雷のとき、木の下に隠れてはいけないのはなぜ?でくわしく書いています。田んぼの土の中で何が起きているかは田んぼの水は、なぜ夏にわざと抜くの?もあわせてどうぞ。

🧪 自分で確かめてみる
  1. 安全な屋内から、稲光を見てから音が届くまでの秒数を数えます。秒数に340をかけると、雷までのおよその距離がメートルで出ます。
  2. 同じ場所の草や畑の色を、雨の前と、雨の2日後に写真で撮って見比べます。変化があるとしたら、それは水のせいか窒素のせいか考えてみてください。
  3. 市販の土壌用の硝酸イオン試験紙があれば、雨の前後で庭の土の水を測ってみます。雷雨1回では、まず読み取れるほどの差は出ません。

3つめは「差が出ないことを確かめる」観察です。予想どおりにならないことを見るのも、りっぱな実験です。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学基礎・化学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(大気化学・土壌学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:雷が田んぼに届ける窒素は、どれくらい?

世界全体の量を、田んぼ1枚ぶんまで割り算で下ろしていきます。単位はキログラムにそろえます。記号は使わず、数字だけで進めます。

① もとになる数値
雷が世界全体で1年に作る窒素およそ50億キログラム(500万トン)
地球の表面積およそ5億1000万平方キロメートル
稲が1年に使う窒素(10アールあたり)およそ9キログラム
② 計算してみる
1平方キロメートルあたりに直す5000000000 ÷ 510000000 ≒ 9.8
10アール(0.001平方キロメートル)ぶんにする9.8 × 0.001 = 0.0098
稲が使う量と比べる0.0098 ÷ 9 ≒ 0.0011

最後の0.0011は、およそ1000分の1という意味です。0.0098キログラムは約10グラムで、小さじ2杯ぶんの水と同じくらいの重さしかありません。田んぼ1枚に1年でこれだけ、というのが雷の貢献です。

高校高校+なぜ、そんなに高い温度が要るの?

高校窒素分子の結合を切るのに必要なエネルギーは、1モルあたりおよそ940キロジュールとされています。身のまわりの分子の中でも、飛びぬけて大きな値です。ふつうの火の温度では、ほとんど何も起こりません。

高校+窒素と酸素から一酸化窒素ができる反応は、熱を吸いこむ向きの反応です。高い温度ほど進みやすくなります。雷の通り道で作られた一酸化窒素は、急に冷やされることで分解せずに残り、その後ゆっくり二酸化窒素へ、さらに硝酸へと変わっていきます。

大学大気化学から見ると、雷は「窒素酸化物の発生源のひとつ」

大気化学では、雷は自動車や工場と並ぶ窒素酸化物の発生源として扱われます。地表から遠い高いところで作られるため、オゾンの生成にも効いてきます。一方で土壌学の側から見ると、雷由来の窒素は降水にとけて地面に届く「湿性沈着」のごく一部にすぎません。同じ物質でも、どの分野から眺めるかで重みがまったく変わります。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに世界全体の量は、今後の研究で書きかわる可能性があります。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・気象/植物のつくりとはたらき空気の成分と、植物が窒素を必要とすること
高校化学基礎・化学(結合と熱化学)三重結合をほどくのに要るエネルギー
高校+化学(平衡と温度)高温で一酸化窒素ができ、急冷で残ること
大学大気化学・土壌肥料学窒素酸化物の発生源と、湿性沈着としての扱い
研究大気化学・農業気象見積もりの幅と、豊作との関係の検証
生活とのつながり雷鳴が聞こえたら屋外の作業をやめて避難すること
参考・出典
  1. Schumann, U. and Huntrieser, H.「The global lightning-induced nitrogen oxides source」Atmospheric Chemistry and Physics, 2007
  2. 気象庁「雷」に関する解説(雷の発生と身の安全の確保について)
  3. 農林水産省・各県の施肥基準(水稲の窒素施用量の目安)
  4. 日本土壌肥料学会編の土壌肥料学の教科書(窒素循環と窒素固定の章)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。雷が近づいたときの行動は、気象庁の発表や消防・自治体等の指示に従ってください。