指をポキッと鳴らすと、何が鳴っているの?
― 骨ではなく、関節の中の液に「泡の空洞」が生まれる音です
指を引っぱったり反らしたりすると鳴る、あのポキッという音。骨どうしがぶつかる音だと思われがちですが、骨は鳴っていません。音が生まれているのは、骨と骨のすき間を満たしている、ほんの少しの液の中です。
パソコン仕事の合間に、両手の指を組んでぐっと前へ伸ばす。ポキポキッと小気味よい音がして、なんとなく手が軽くなった気がします。
ところが、同じ指をすぐにもう一度鳴らそうとしても、なぜか鳴りません。しばらく時間をおくと、また鳴るようになります。
そして子どものころ、大人から「そんなことをしていると、指が太くなるよ」と言われた人も多いはずです。あれは本当なのでしょうか。
鳴る理由と、すぐ鳴らない理由は2つだけ
関節は、液で満たされた小さな袋に包まれています。骨を引き離すと袋の中が広がり、液の圧力がぐんと下がります。すると液に溶けていた気体が一気に出てきて、空洞をつくります。
一度できた気体の空洞は、すぐには液に戻りません。溶け戻るまでには、およそ20分かかるとされています。そのあいだは、同じ関節を引っぱっても鳴りません。
炭酸飲料のふたを開けると、圧力が下がって泡が出てきます。関節の中でも、それとよく似たことが一瞬で起きています。順に見ていきましょう。
骨と骨のあいだには、液を閉じこめた袋がある
指の骨と骨は、直接こすれ合ってはいません。つなぎ目は「関節包」という丈夫な袋で包まれています。中には「滑液」という、とろりとした液が少しだけ入っています。滑液は、関節がなめらかに動くための潤滑油の役目をしています。
この液には、酸素や窒素、二酸化炭素などの気体がわずかに溶けこんでいます。ふだんは袋の中が一定の圧力に保たれているので、気体は液に溶けたままです。
ここで指を引っぱると、骨と骨のすき間が広がります。ところが、液の量はその一瞬では増えません。袋の中は、液の量はそのままで、入れ物だけが大きくなった状態になります。
液体はほとんど伸び縮みしません。そのため、入れ物がわずかに広がっただけでも、液の圧力は大きく下がります。圧力がある所まで下がると、溶けていた気体が耐えきれずに出てきます。こうして液の中に、ぽっかりと気体の空洞が生まれます(図1)。
一度鳴らすと、しばらく鳴らないのはなぜ?
1971年、イギリスの研究者たちが、指を鳴らす前と後の関節をエックス線で撮りました。鳴らした後の関節には、すき間に気体のかたまりが写っていました。そして、同じ関節がふたたび鳴らせるようになるまでには、およそ20分かかることを確かめました。
空洞の中の気体は、少しずつ液に溶け戻っていきます。溶け戻りきるまでは、引っぱっても新しい空洞はできません。すでに空洞があるので、圧力がそこまで下がらないからです。これが、すぐに2回目が鳴らない理由です(図2)。
じつは、音が「空洞が生まれる瞬間」に出るのか、「空洞がつぶれる瞬間」に出るのかは、長く議論されてきました。1971年の研究は「つぶれる音」と考えました。ところが2015年、カナダの研究チームが指を鳴らす様子を磁気の力で体の中を写す装置で動画に撮りました。すると、音が出た瞬間に空洞が生まれ、その後も空洞が残っていました。いまは「空洞が生まれるときの音」という見方が有力です。
「指を鳴らすと関節が悪くなる」は本当か。アメリカのある医師は、自分の体で確かめました。左手の指だけを毎日少なくとも2回鳴らし、右手は鳴らさずに、およそ60年続けたのです。結果、どちらの手にも関節の病気は見られず、左右の差もなかったと報告しています。この報告は2009年にイグ・ノーベル賞を受けました。
より多くの人を調べた研究でも、指を鳴らす習慣と指の関節の病気との関係は見つかっていないとされます。ただし、握る力が少し弱いという報告も過去にあり、まだ結論が出きってはいません。鳴らすときに痛みや腫れがあるなら、それは別の問題のサインかもしれません。その場合は無理に鳴らさず、整形外科で相談しましょう。
まとめ
指の関節は、液を閉じこめた袋に包まれています。引っぱると液の圧力が急に下がり、溶けていた気体が空洞をつくります。そのときの音がポキッです。空洞が液に溶け戻るまでの約20分は、同じ関節は鳴りません。
鳴っているのは、骨ではなく液。
指の中で、小さな「炭酸のふた」が開いています。
液が引っぱられると何が起きるかは「木はなぜ、100メートルの高さまで水を吸い上げられるの?」、体の中の圧力の差がどう感じられるかは「飛行機が着陸する前に、なぜ耳が痛くなるの?」でも取り上げています。圧力が下がって気体が出てくる話は「火山はなぜ噴火するの?」ともつながっています。
- 針のついていない注射器(薬局の計量用や工作用のもの)に、水を半分ほど吸いこみます。中の空気は押し出しておきます。
- 先の穴を指でしっかりふさぎ、押し棒をぐっと強く引きます。水の中に、細かい泡や空洞が現れるのを見てください。
- 押し棒から手を離すと、空洞は小さくなります。炭酸水で同じことをすると、泡はもっと勢いよく出てきます。溶けている気体が多いからです。
関節の中で起きているのは、これをとても小さくしたものです。自分の指で「何分たつとまた鳴るか」を時計で測ってみるのも、立派な観察です。ただし痛みがある指では試さないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・生体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 関節包と滑液:関節を包む丈夫な袋と、その中を満たす粘りけのある液。関節の動きをなめらかにします。
- キャビテーション(空洞現象):液体の圧力が下がったとき、液の中に気体や蒸気の空洞が生まれる現象。船のスクリューのまわりでも起きます。
- 不応期:一度鳴らしたあと、同じ関節が鳴らせない時間。指の関節ではおよそ20分とされています。
中学高校式で確かめる:すき間が少し広がると、液の圧力はどれだけ下がる?
液体がどれくらい「伸び縮みしにくいか」を表す量を、体積弾性率といいます。これを使うと、入れ物がわずかに広がったときの圧力の下がり幅を見積もれます。ここでは袋の壁が動かず、液も出入りしないという、単純にした場合で考えます。
| 記号で書くと | ΔP = K × ( ΔV ÷ V ) |
| 言葉で書くと | 圧力の下がり幅 = 液の伸び縮みしにくさ(体積弾性率) × 体積が広がった割合 |
| どこから来る式か | 体積弾性率の定義そのものです。ばねの伸びと力が比例する「フックの法則」を、液体の体積に当てはめたものです。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| ΔP | 液の圧力の下がり幅(パスカル) |
| K | 体積弾性率。液の伸び縮みしにくさ(パスカル) |
| ΔV | 入れ物が広がった体積(立方ミリメートルなど) |
| V | もとの液の体積(ΔV と同じ単位) |
| 水の体積弾性率(滑液の大部分は水) | 約 2,200,000,000 パスカルとされます |
| 体積が広がった割合(仮定) | 1万分の1、つまり 0.0001 |
| ふだんの大気の圧力 | 約 101,300 パスカル |
| 圧力の下がり幅 | 2,200,000,000 × 0.0001 = 220,000 パスカル |
| 大気の圧力の何倍か | 220,000 ÷ 101,300 ≒ 2.2 倍 |
| 医師が1年に鳴らした回数(1日2回) | 2 × 365 = 730 回 |
| 60年間の合計 | 730 × 60 = 43,800 回 |
体積がたった1万分の1広がるだけで、圧力は大気の2倍以上も下がる計算になります。もとの圧力は大気と同じくらいしかないので、液は「引っぱられた」状態になります。その前に、溶けていた気体が出てきて空洞をつくり、圧力の下がりを止めます。実際には袋の壁も少したわむので、下がり幅はこれより小さくなります。それでも「液はほとんど伸びないので、少し広げるだけで圧力が大きく下がる」という点は変わりません。医師の4万回を超える実験でも、関節は無事だったわけです(本人は少なくとも3万6千回と見積もったとされます)。
高校高校+気体はなぜ液から出てくるのか
高校液に溶ける気体の量は、その気体の圧力に比例します。これを「ヘンリーの法則」といいます。圧力が下がると溶けていられる量が減り、あまった気体が出てこようとします。炭酸飲料のふたを開けると泡が出るのと同じしくみです。
高校+ただし、あまった気体があっても、すぐに泡になるとは限りません。泡の「種」ができるには、最初の小さな泡を押しつぶそうとする表面張力に打ち勝つ必要があるからです。関節では、ぴったり合わさった面が急に引き離されることで、この種がつくられると考えられています。これを「トリボ核生成」と呼ぶ研究者もいます。
大学泡の生まれ方とつぶれ方を式で追う
液の中の泡がふくらんだりつぶれたりする速さは、「レイリー・プレセットの式」で表されます。泡のまわりの液の慣性、表面張力、粘りけ、泡の中と外の圧力差のつり合いを1つの式にまとめたものです。2018年には、この式をもとに指の関節の泡を計算した研究が出ました。泡が一部だけつぶれるときの圧力の波で、実際の音の大きさや周波数を説明できたと報告しています。液体の伸び縮みを表す体積弾性率と合わせて、流体力学の教科書で扱われる内容です。
📖 式の導出や、さらに先の内容:キャビテーション(ウィキペディア) / 体積弾性率・圧縮率(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 音は「生まれる瞬間」か「つぶれる瞬間」か。 動画では、音と同時に空洞が生まれ、その後も残っていました。一方で計算からは、泡が一部だけつぶれる音だとする説明も出ています。両方が起きている可能性もあります。
- 鳴る人と鳴らない人の違い。 どの関節でも鳴る人と、ほとんど鳴らない人がいます。関節のすき間の大きさや袋のかたさが関わると考えられていますが、はっきりしていません。
- 長い年月の影響。 関節の病気との関係は見つかっていないとされますが、握る力や腫れとの関係を調べた研究は少なく、結果もそろっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。指を鳴らすという身近な動作ひとつにも、50年以上続く議論があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「圧力」「動物のからだのつくり」 | 関節の袋と液、圧力が下がると泡が出ること |
| 高校 | 化学「気体の溶解度」、物理「圧力」 | ヘンリーの法則、圧力の下がり幅の計算 |
| 高校+ | 物理・化学の発展「表面張力」「核生成」 | 泡の種がどうやってできるか |
| 大学 | 流体力学、生体力学 | キャビテーション、体積弾性率、レイリー・プレセットの式 |
| 研究 | 整形外科学、音響学 | 音が出る瞬間の特定、長期の影響 |
| ― | 生活とのつながり | すぐに2回目が鳴らない理由、痛みがあるときは受診 |
- Unsworth A, Dowson D, Wright V. "Cracking joints": a bioengineering study of cavitation in the metacarpophalangeal joint. Annals of the Rheumatic Diseases, 1971.
- Kawchuk GN, Fryer J, Jaremko JL, et al. Real-Time Visualization of Joint Cavitation. PLOS ONE, 2015.
- Chandran Suja V, Barakat AI. A Mathematical Model for the Sounds Produced by Knuckle Cracking. Scientific Reports, 2018.
- Unger DL. Does knuckle cracking lead to arthritis of the fingers? Arthritis & Rheumatism, 1998.
- deWeber K, Olszewski M, Ortolano R. Knuckle cracking and hand osteoarthritis. Journal of the American Board of Family Medicine, 2011.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。指や関節に痛み・腫れ・動かしにくさがある場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。