🥣 日常のふしぎ 🌾 食と農 予備知識なしでOK 読了 約8分

脚気(かっけ)は、なぜ白いごはんで起きたの?
― 原因を突き止めたのは、軍艦とニワトリでした

白いごはんに毒が入っていたわけではありません。足りなかったのは、精米のときに「ぬか」といっしょに捨てられていた、ほんのひとつまみの成分でした。それが分かるまでに、日本とアジアの国々は数十年と、たくさんの命を費やしました。

公開:2026.09.27 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

学校の健康診断で、ひざの下を小さなハンマーでたたかれたことはありませんか。足がぴょんと跳ねれば「正常」です。

あの検査は、昔は脚気を見つけるための代表的な方法でした。脚気になると神経が弱り、たたいても足が跳ねにくくなるからです。

明治の日本では、この病気で毎年たくさんの人が亡くなっていました。しかも、白いごはんを腹いっぱい食べられる人ほど、かかりやすかったのです。

白いごはんで病気になった理由は、2つだけ

1
大事な成分は、捨てる側にあった

米の「ビタミンB1」の大部分は、外側のぬかと芽の部分にあります。白米にすると、およそ8割が削られてしまいます。

2
ごはんを燃やすのに、その成分が要る

ビタミンB1は、ごはんの糖分を体のエネルギーに変えるときの「道具」です。白米をたくさん食べるほど、必要な量も増えます。

つまり白米だけの食事は、「燃料はたっぷりあるのに、火をつける道具が足りない」状態でした。ただ、これは今だから言えることです。当時は、この答えにたどり着くこと自体がとても難しかったのです。

なぜ原因が分からなかったの? ― 病気は「何かがいる」せいだと考えられていた

19世紀の終わりは、病気の原因となる細菌が次々に見つかった時代です。結核菌やコレラ菌が発見され、医学は大きく進みました。

そのため多くの医師は、脚気も細菌か毒のせいだと考えました。「何かが足りないと病気になる」という発想は、まだ一般的ではありませんでした。

ところが脚気は、同じものを食べている集団で一斉に広がる一方、人から人へうつる様子がありませんでした。町の人より兵士や学生、そして白米をたっぷり配られる人に多かったのです。

米つぶの断面 胚乳(白米として残る) ぬか層(外側の薄い皮) 胚芽(芽になる部分) B1が多いのは、外側の皮と端の芽 100gあたりのビタミンB1 0.41mg 玄米 0.08mg 白米 精米で約8割が消える
図1:左は米つぶの断面。外側の茶色い「ぬか層」と、左端の「胚芽」にビタミンB1が集まっています。右の棒グラフのとおり、精米してそこを削ると、100gあたりの量は5分の1ほどに減ります(点線の矢印)。

最初のヒントは、2隻の軍艦から ― 高木兼寛の航海実験

海軍の医師・高木兼寛(たかき かねひろ)は、イギリスで医学を学んだ人です。彼は、イギリス海軍にはほとんど脚気がないことに気づいていました。

日本の海軍では、1882年から翌年にかけて遠洋航海に出た軍艦「龍驤(りゅうじょう)」で、乗員376人のうち169人が脚気にかかり、25人が亡くなったとされています。

高木は、食事の中身に原因があると考えました。そこで1884年、軍艦「筑波(つくば)」を同じ航路に送り出します。ちがうのは食事だけで、白米を減らし、麦や肉、牛乳を増やしました。

結果は、脚気にかかったのは14人で、亡くなった人はいなかったと伝えられています。しかもその14人は、新しい食事の一部を食べなかった人たちだったとされています。その後、海軍は麦を混ぜたごはんを取り入れ、脚気はほとんど見られなくなりました。

ただし、高木自身は原因を「たんぱく質の不足」だと考えていました。対策は正しかったのに、理由の説明はまちがっていたのです。

陸軍では、なぜ止まらなかったの?

陸軍の医師たちは、高木の説明を受け入れませんでした。理由がはっきりしない対策より、細菌説のほうが科学的に見えたからです。その中には、作家としても知られる森鷗外もいました。

陸軍では、兵士に1日6合(約900g)の白米を配る方針が続きました。日露戦争では、陸軍で約25万人が脚気にかかり、約2万7千人が亡くなったとされています。これは戦闘で亡くなった人の数に迫る規模だったといわれます。

ニワトリが教えてくれたこと ― 足りないものがある

同じころ、オランダの医師エイクマンは、いまのインドネシアで脚気の原因を探していました。細菌を見つけようとしていたのです。

ある時、病院で飼っていたニワトリが、脚気によく似た症状でふらつき始めました。エサは、病院の残りものの白米でした。

ところが、新しく来た管理者が「兵隊用の白米をニワトリに与えるな」と言い、エサが安い玄米に戻りました。するとニワトリは回復したのです。

エイクマンは、白米だけで病気になり、ぬかを加えると治ることを確かめました。これが、「食べ物の中の何かが足りないと病気になる」という考え方への大きな一歩になりました。彼はのちに、この業績でノーベル賞を受けています。

米ぬかから、正体を取り出す ― 鈴木梅太郎

1910年、農芸化学者の鈴木梅太郎は、米ぬかから脚気に効く成分を取り出したと発表しました。のちに「オリザニン」と名づけられます。

ところが、その論文をドイツ語に訳したときに「新しい栄養素である」という大事な一文が抜け落ちたと伝えられています。そのため、翌年に同じような成分を「ビタミン」と名づけたポーランド出身の化学者フンクのほうが、世界で広く知られることになりました。

この成分こそ、現在ビタミンB1と呼ばれているものです。

どれくらい足りなかったの? ― 食べるほど、足りなさが増える

ここで、理由2の「ごはんを燃やすのに要る」という話が効いてきます。ビタミンB1の必要量は、食べるエネルギーにほぼ比例するとされています。

白米をたくさん食べれば、入ってくるB1は増えます。けれども、必要な量も同じ割合で増えてしまいます。図2を見てください。白米は3合でも6合でも、必要量の4割ほどしかまかなえません。

1日に必要なB1と、米から入るB1 左の棒:必要な量 右の棒:米から入る量 0.83 0.36 白米 3合 足りるのは約43% 1.66 0.72 白米 6合 量を倍にしても約43% 1.66 3.69 玄米 6合 必要量の2倍以上 単位:ミリグラム/日
図2:各組の左の灰色の棒が1日に必要なビタミンB1、右の棒が米から入る量です。白米は、食べる量を倍にしても割合は約43%のまま変わりません。右端の玄米だけが、必要量を上回ります。数値は成分表と摂取基準をもとにした概算です。

これが、白米を腹いっぱい食べられる人ほど脚気になりやすかった理由です。当時の兵士は、おかずが少なく、ごはんで力を出していました。量を増やすほど、足りなさの「大きさ」も一緒にふくらんでいったのです。

💡 体には、ためておけない

ビタミンB1は水に溶ける性質で、体にためておける量は多くないとされています。とらない日が続くと、数週間ほどで足りなくなり始めると考えられています。毎日の食事で少しずつとる必要があるのは、このためです。

💡 いまの日本でも、ゼロではない

1970年代には、甘い飲みものやインスタント食品に偏った若者に脚気が見られたと報告されています。お酒を多く飲む人も、B1が不足しやすいとされています。豚肉、豆、玄米や胚芽米は、B1を多く含む身近な食べものです。

まとめ

脚気は、白米の中に悪いものがあったのではなく、ぬかといっしょに大事なものを捨てていたために起きました。しかも、ごはんを多く食べるほど必要な量も増えるので、量でおぎなうことはできませんでした。その正体は、軍艦の航海実験、ニワトリの観察、米ぬかの化学という、まったく別の場所で進んだ3つの研究が合わさって、ようやく見えてきたのです。

原因は「いるもの」ではなく「いないもの」だった。
脚気は、足りないことが病気になると人類に教えた病気です。

茶わん1杯のごはんが何粒なのかは「お茶碗1杯のごはんは、お米何粒なの?」で数えています。食べものを体が燃やすしくみは「食べ物の「カロリー」って、そもそも何を測った数字なの?」もどうぞ。

🧪 お米の袋と、食品の表示で確かめてみよう
  1. 家にあるお米の袋を見て、「精白米」「胚芽米」「玄米」のどれかを確かめます。胚芽米は、芽の部分を残すように削ったお米です。
  2. 玄米が手に入ったら、白米と並べて色と形を見比べます。玄米のはしにある小さなくぼみのような部分が、胚芽のついていた場所です。
  3. 加工食品の栄養成分表示で「ビタミンB1」が書かれたものを探し、1食分で何ミリグラムとれるかを見てみましょう。

成人の1日の推奨量は、男性でおよそ1.4mg前後、女性で1.1mg前後とされています(年齢で変わります)。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物基礎・生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・栄養学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:白米6合で、B1は何割まかなえる?

陸軍の兵士が1日に配られた白米6合(約900g)だけで、必要なビタミンB1の何割をまかなえたのかを計算します。おかずからの分は、ここでは入れません。

⓪ もとになる式
記号で書くとR = ( m × b ) ÷ ( m × e × k ) = b ÷ ( e × k )
言葉で書くと足りる割合 = 米から入るB1 ÷ 必要なB1。米の量は分子と分母の両方にかかるので、打ち消し合って消える
どこから来る式か「入る量」と「要る量」の比べ合い。要る量が、食べたエネルギーに比例するという栄養学の考え方(食事摂取基準の決め方)から来ています
R必要量のうち、米でまかなえる割合(1なら過不足なし)
m1日に食べる米の量(単位は100g)
b米100gあたりのビタミンB1(単位はmg)
e米100gあたりのエネルギー(単位は1000kcal)
kエネルギー1000kcalあたりに必要なB1(単位はmg)
① もとになる数値
1日に配られた白米(6合)約900g
白米100gあたりのビタミンB10.08mg とされる
玄米100gあたりのビタミンB10.41mg とされる
白米100gあたりのエネルギー約342kcal
1000kcalあたりに必要なB1(推奨量)0.54mg とされる
② 計算してみる
900gは100gの何倍か(m)900 ÷ 100 = 9
白米から入るB19 × 0.08 = 0.72 mg
白米6合のエネルギー9 × 342 = 3078 kcal
1000kcalが何個ぶんか3078 ÷ 1000 ≒ 3.08
必要なB13.08 × 0.54 ≒ 1.66 mg
足りる割合(R)0.72 ÷ 1.66 ≒ 0.43
玄米6合なら入るB19 × 0.41 = 3.69 mg
玄米での割合3.69 ÷ 1.66 ≒ 2.2

白米だけでは必要量の約43%しかまかなえません。式の形から分かるとおり、米の量 m は消えるので、3合でも6合でもこの割合は変わりません。玄米なら同じ量で必要量の2倍以上が入ります。

③ 実感に直す
足りない分1.66 − 0.72 = 0.94 mg
豚ヒレ肉100gのB1約1.3mg とされる

毎日の不足分は、豚ヒレ肉なら70〜80gほどでうめられる計算です。高木の食事改革で肉や麦を足したことが効いたのは、まさにこの穴をふさいだからだと考えられます。

高校高校+体の中で、B1は何をしているの?

高校生物基礎で習う「呼吸」では、ブドウ糖はまず解糖系でピルビン酸に分けられ、そのあとミトコンドリアのクエン酸回路へ送られます。酵素の働きを助ける小さな分子を「補酵素」と呼び、多くのビタミンがこの補酵素のもとになります。

高校+ビタミンB1は体の中でチアミン二リン酸という補酵素に変わり、ピルビン酸をクエン酸回路へ送り込む入り口で働きます。これが足りないと、糖から取り出せるエネルギーが大きく減ります。糖を主な燃料にする神経や、休みなく動く心臓が真っ先に弱るのはこのためと考えられています。

大学ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体と、欠乏の現れ方

チアミン二リン酸は、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体、α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体、ペントースリン酸経路のトランスケトラーゼの補酵素です。欠乏すると血中のピルビン酸や乳酸が増えます。臨床的には、心不全やむくみが目立つ湿性脚気、末梢神経障害が主の乾性脚気、脳に現れるウェルニッケ脳症などに分けられます。必要量をエネルギー1000kcalあたりで決めるという考え方は、日本人の食事摂取基準でも採用されています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:チアミン(ウィキペディア) / ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに歴史の人数は、資料によって少しずつ違うことを覚えておいてください。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科2年「動物の体のつくりと働き(消化と吸収)」、家庭科「栄養素」ビタミンの役割、米つぶのつくり
高校生物基礎「代謝とエネルギー(呼吸)」糖からエネルギーを取り出す流れ
高校+生物「酵素と補酵素」B1が補酵素として働く場所
大学生化学・栄養学・医学史ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体、欠乏症の分類
研究臨床栄養学・医学史軽い不足の実態、当時の統計の読み方
―生活とのつながり胚芽米・豚肉・豆の選び方、偏った食事への注意
参考・出典
  1. 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
  2. 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」
  3. 脚気(ウィキペディア日本語版)
  4. 板倉聖宣『模倣の時代』仮説社、1988年(脚気をめぐる明治の論争の詳しい歴史)
  5. 松田誠『高木兼寛の医学 ― 東京慈恵会医科大学の源流』東京慈恵会医科大学、2007年

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上の人数は資料により異なります。体調や食事の不安がある場合は、医師や管理栄養士に相談してください。