使い捨てカイロは、なぜ袋を開けると温かくなるの?
― 中では、鉄の粉が大急ぎで錆びています
電池も燃料も入っていないのに、袋を開けて数分で、カイロはじんわり温かくなります。中で起きているのは、雨ざらしの自転車と同じ「錆び」です。錆びるときには、実は熱が出ています。カイロは、その熱を手で感じられるほど速く、しかも半日かけてゆっくり出すように作られています。
寒い朝、外袋を破ってカイロを取り出します。最初はひんやりしているのに、ポケットの中で揉んでいるうちに、だんだん温かくなってきます。
袋の裏を見ると「原材料:鉄粉、水、活性炭、バーミキュライト、塩類」と書いてあります。燃えそうなものは何も入っていません。
一方、庭に置きっぱなしのくぎは、真っ赤に錆びても冷たいままです。同じ鉄なのに、この違いはどこから来るのでしょう。
温かくなる理由は、2つだけ
錆びは、鉄が空気中の酸素とくっつく変化です。このとき、たき火で木が燃えるのと同じ種類の熱が出ます。くぎでは錆びるのが遅すぎて、熱がすぐ逃げてしまうだけです。
鉄を細かい粉にして空気に触れる面を広げ、塩水と炭で錆びを速めています。そのうえで、袋の小さな穴が酸素の入り方を絞り、熱くなりすぎないようにしています。
つまりカイロは、「錆びを速くする工夫」と「速くしすぎない工夫」を、1枚の袋の中で両方やっている道具です。順に見ていきましょう。
くぎは錆びても冷たいのに、粉だと温かいのはなぜ?
錆びる変化は、鉄の表面でしか起きません。酸素は、鉄のかたまりの奥まで入りこめないからです。ですから、同じ時間にどれだけ錆びるか、つまりどれだけ熱が出るかは、空気に触れている面の広さでほぼ決まります。
図1を見てください。1グラムの鉄を1cm角のかたまりにすると、表面は1円玉の面よりも狭くなります。ところが同じ1グラムを、直径0.05mmほどの粉にすると、表面ははがき1枚分ほどに広がります。かたまりの約200倍です。つまみで粒の大きさを変えると、細かくするほど面が広がっていくのが分かります。
錆びを速める工夫は、粉にするだけではありません。中に入っている塩水は、鉄が錆びる変化を何倍も速めます。海辺の自転車が早く錆びるのと同じ理由です。黒い粉の活性炭は、すき間に空気をため込み、鉄に酸素を渡す役をしています。
それなら、なぜ一気に熱くならないの?
速く錆びさせるだけなら、鉄の粉をもっと細かくすれば済みます。実際、とても細い鉄の糸を束ねたスチールウールは、火を近づけると火花を散らして燃えます。燃えるのも錆びるのも、鉄が酸素とくっつく同じ変化で、違うのは速さだけです。
カイロでは、袋そのものがブレーキ役です。図2のように、中袋は目に見えないほど小さな穴のあいた布でできています。酸素はその穴からしか入れません。穴の数と大きさで入ってくる酸素の量が決まり、熱の出方が一定に保たれます。売られるまで外袋に密封されているのは、空気を断って錆びを止めておくためです。
計算してみると、ふつうの大きさのカイロが出している熱は、平均で3ワットほどです。スマートフォンの充電器より小さな力ですが、手のひらほどの面に半日ずっと出し続けるので、十分に温かく感じます。
錆びは、鉄に酸素がくっついたものです。くっついた酸素のぶんだけ、中身は重くなります。計算では、鉄20グラムが全部錆びると、9グラム近く増えることになります。何もないように見える空気から、カイロは半日かけて重さを取りこんでいるのです。
靴の中や重ねた布団の中など、空気が入れ替わりにくい場所では、酸素が足りなくなって温まりにくくなります。足先用のカイロは、少ない空気でも温まるように中身の配合を変えてあるとされています。
まとめ
使い捨てカイロは、鉄が錆びるときに出す熱を使っています。細かい粉と塩水と炭で錆びを何百倍にも速め、袋の小さな穴で酸素を絞って、ちょうどよい温かさを半日保っています。
カイロの中にあるのは、半日かけて錆びる鉄。
温かさの正体は、空気中の酸素です。
温かいからといって、肌に長く当て続けるのは禁物です。理由はカイロや湯たんぽで、なぜやけどするの?で解説しています。鉄と同じように、金属が空気とくっついて色が変わる話は銅が緑色になる「緑青」の記事、たまった熱が自分で加速する話は油のついた布が燃え出す記事もどうぞ。
- 温まり始めたカイロを、チャックつきの袋に入れ、空気をできるだけ押し出して閉じます。しばらくすると、温かさが弱まっていくのが分かります。
- 袋を開けて空気に戻すと、また温かくなってきます。酸素が入るかどうかで、熱の出方が切り替わっています。
- 台所のはかりで、開けた直後と、冷たくなった翌日のカイロの重さをくらべます。数グラム増えていれば、酸素が鉄にくっついた証拠です。
中の水分が少し抜けるので、重さの増え方は計算より小さめになることがあります。中身は出さずに、袋のまま行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電気化学・反応工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 酸化:物質が酸素とくっつく変化。錆びることも、燃えることも酸化です。違うのは進む速さです。
- 発熱反応:変化が起きるときに、まわりへ熱を出す反応。鉄の酸化は代表的な発熱反応で、中学理科ではカイロの実験として登場します。
- 表面積:物の表面の広さ。同じ量でも細かく分けるほど大きくなり、表面で起きる変化は速くなります。
中学高校式で確かめる:カイロは何ワットで温めているのか
カイロの中の鉄がすべて錆びたときに出る熱を見積もり、それを使える時間で割って、平均の発熱の強さ(ワット)を出します。1ワットは、1秒に1ジュールの熱を出す強さです。
| 記号で書くと | P = ( m ÷ M ) × Q ÷ t |
| 言葉で書くと | 発熱の強さ = 鉄の量(モル)× 鉄1モルあたりの反応熱 ÷ 温まる時間 |
| どこから来る式か | エネルギーの保存。鉄と酸素がくっついて錆びになるとき、結びつきのエネルギーの差が熱として出てくる。出る熱は、反応した鉄の量に比例する |
| 記号 | 意味と単位 |
| P | 平均の発熱の強さ(ワット) |
| m | カイロの中の鉄の質量(グラム) |
| M | 鉄1モルの質量(グラム) |
| Q | 鉄1モルが錆びるときに出る熱(キロジュール) |
| t | 温まっている時間(秒) |
| ふつうの大きさのカイロの鉄の量 | およそ 20 グラム前後とされます |
| 鉄1モルの質量 | 55.8 グラム |
| 鉄1モルが赤錆(酸化鉄)になるときの熱 | およそ 400 キロジュール(錆の種類で多少変わります) |
| 温まっている時間 | およそ 12 時間(製品により前後) |
| 鉄の密度 | 1cm³あたり 7.87 グラム |
| 鉄の量をモルに直す | 20 ÷ 55.8 ≒ 0.36 モル |
| 全部錆びたときの熱 | 0.36 × 400 = 144 キロジュール |
| 12時間を秒に直す | 12 × 3600 = 43200 秒 |
| 平均の発熱の強さ | 144000 ÷ 43200 ≒ 3.3 ワット |
| 錆びるのに使う酸素(鉄1モルに0.75モル) | 0.36 × 0.75 = 0.27 モル |
| 増える重さ(酸素1モルは32グラム) | 0.27 × 32 ≒ 8.6 グラム |
| 密度 × 粒の直径(0.005cm) | 7.87 × 0.005 ≒ 0.0394 |
| 粉1グラムの表面積 | 6 ÷ 0.0394 ≒ 152 cm² |
| 1cm角のかたまり1グラムの表面積 | 6 ÷ 7.87 ≒ 0.76 cm² |
| 粉はかたまりの何倍の面で触れるか | 152 ÷ 0.76 = 200 倍 |
平均3ワットあまりの熱を、半日出し続ける計算になります。人の体は、じっとしていても80〜100ワットほどの熱を出しているとされます。カイロの熱はその数十分の一ですが、手のひらや腰の一点に集めて当てるので、はっきり温かく感じます。実際には鉄が全部は錆びきらないこともあり、この値は目安です。
高校高校+錆びる変化は、なぜ熱を出すのか
高校鉄が酸化鉄になる反応は、反応熱(生成熱)が大きな発熱反応です。反応の前後で、原子どうしの結びつきのエネルギーが下がり、その差が熱として出ます。反応熱は途中の道すじによらず、最初と最後の状態だけで決まります(ヘスの法則)。ゆっくり錆びても、一気に燃えても、同じ量の鉄から出る熱の合計は同じです。
高校+違うのは熱の出る速さです。反応の速さは、触れ合う面の広さ、温度、まわりの水や塩の量などで変わります。粉にすると表面積が大きくなり、塩水があると電気が流れやすくなって反応が進みます。カイロは、速さを上げる条件をそろえたうえで、酸素の入り口だけを絞って全体の速さを決めています。
大学鉄と炭が、塩水の中で小さな電池になる
鉄の腐食は、電気化学では局部電池による反応として扱います。鉄の表面のある場所で鉄が電子を放して溶け出し(陽極)、別の場所でその電子を受け取って酸素が水と反応します(陰極)。カイロの活性炭は電気を通すので、この陰極の役を広い面積で引き受け、反応を速めると説明されます。塩は水の中の電気の通りをよくします。粉の中では、酸素がすき間をしみこむ速さ(拡散)と、表面での反応の速さの両方が全体の速さを決めます。これは反応工学で不均一反応と比表面積として扱われる問題です。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ヘスの法則(ウィキペディア) / 比表面積(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 錆の中身は、条件しだいで変わる。 鉄の錆には、水を含んだものや結晶の形が違うものが何種類もあります。湿り気や塩の量でどれができるかが変わり、細かい仕組みは今も調べられています。
- 粉の中の酸素の通り方を正確に予測するのは難しい。 粒の大きさや詰まり方、水の広がり方が少し違うだけで温まり方が変わります。製品の配合は、計算だけでなく試作と測定を重ねて決められているとされます。
- 錆びはじめの一瞬に何が起きているか。 鉄の表面に水の膜ができて腐食が始まるごく初期の段階は、橋や船を長持ちさせる研究としても調べられている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。熱が出る理由ははっきりしていますが、粉の中で反応がどう広がるかには、まだ測ってみないと分からない部分が残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「化学変化と熱」「酸化」 | 錆びるときに熱が出る |
| 高校 | 化学「反応熱」「ヘスの法則」 | ゆっくり錆びても燃えても、熱の合計は同じ |
| 高校+ | 化学「反応の速さ」 | 粉と塩水で速める、穴で絞る |
| 大学 | 電気化学(腐食)・反応工学 | 局部電池、不均一反応と比表面積 |
| 研究 | 腐食科学 | 錆の種類、錆びはじめの仕組み |
| ― | 生活とのつながり | カイロが靴の中で冷める理由、自転車が海辺で早く錆びる理由 |
- 懐炉(カイロ) - ウィキペディア
- 日本産業規格 JIS S 4100「使いすてカイロ」
- 日本化学会 編『化学便覧 基礎編』丸善出版(酸化鉄の生成エンタルピー)
- 腐食防食学会 編『腐食・防食ハンドブック』丸善出版(局部電池による腐食)
- 文部科学省『中学校学習指導要領解説 理科編』(化学変化と熱)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。カイロの中身は出さず、使い方は製品の注意書きに従ってください。