油のついた布は、なぜ火の気がないのに燃え出すことがあるの?
― 熱は、たまると自分で加速します
マッチもコンロも使っていないのに、丸めて置いておいた布から煙が上がる。魔法のような話に聞こえますが、しくみはとても単純です。油は、空気に触れているだけで、ごくわずかずつ熱を出しています。その熱が逃げられない置き方をすると、温度が自分で上がっていくのです。
揚げ物をしたあと、コンロのまわりに飛んだ油を布でふきました。ふき終わった布は、そのまま丸めてゴミ袋に入れ、袋の口をしばって台所のすみに置きます。
油をふいただけの布です。火は使っていません。コンロもとっくに消してあります。
それでも数時間後、その袋から煙が上がることがあります。日本でも海外でも、実際に火災として記録されている出来事です。
理由は、大きく2つあります
植物油は、空気中の酸素とゆっくり結びつきます。これは燃えるのと同じ種類の変化で、量はごくわずかですが、必ず熱が出ます。ふだんは気づかないほど小さな熱です。
布に染みた油は、うすく広がって空気とよく触れます。ところが布を丸めると、内側で出た熱は外に逃げられません。たまった熱が温度を上げ、温度が上がると熱を出す速さがさらに増します。
つまり、火をつけたものは誰もいません。油自身が出した小さな熱が、外に逃げるより速くたまっていったのです。ここからは、この2つを順に見ていきます。
「燃える」と「さびる」は、同じ仲間の変化です
ものが燃えるとき、空気中の酸素がそのものと結びつきます。このとき熱が出ます。実は、鉄がさびるときにも同じことが起きています。酸素と結びつき、熱が出ているのです。
ちがうのは速さだけです。燃えるのは一瞬で、さびるのは何年もかかります。出る熱の合計は似ていても、速さがちがうので、片方は炎になり、もう片方は何も起きていないように見えます。
植物油は、この2つのちょうど中間にいます。油の中には、酸素と結びつきやすい構造をもつ成分が含まれています。だから油は、放っておくと少しずつ変化していきます。古い油が粘っこくなったり、いやなにおいを出したりするのは、この変化が進んだ結果です。
そして、この変化が進むあいだ、ずっと熱が出ています。コップに入れた油なら、その熱はすぐ空気に逃げるので温度は上がりません。問題は、熱の逃げ道をふさいだときに起きます。
熱は「出る量」と「逃げる量」の引き算で決まります
ものの温度は、出た熱がそのまま積み上がって決まるのではありません。出る熱から、逃げる熱を引いた残りで決まります。逃げるほうが多ければ、温度は上がりません。
ここで効いてくるのが、形です。熱が出るのは布のすみずみ、つまり全体の量に比例します。いっぽう熱が逃げるのは、まわりの空気に触れている表面からだけです。布を丸めて大きなかたまりにすると、量は増えるのに、外に触れている表面はあまり増えません。
図1を見てください。左は広げて干した布、右は丸めて積んだ布です。左では、出た熱がすぐ四方の空気へ逃げていきます。右では、内側で出た熱が外へ出られず、中心の温度だけが上がっていきます。
温度が上がると、熱を出す速さも上がります
ここまでなら「少し温かくなる」で終わりそうです。ところが、もう一段しかけがあります。酸素と結びつく変化は、温度が高いほど速く進むのです。目安として、温度が10度上がると速さが約2倍になるとされています。
すると、こうなります。熱がたまって温度が上がる。温度が上がったので、熱を出す速さがさらに増える。だからもっと熱がたまる。この輪が回りはじめると、温度の上がり方はだんだん急になります。
最初の数時間は、外から見ても何も起きていないように見えます。そのあと急に煙が出て、火が見えることがあります。「気づいたときには手遅れ」になりやすいのは、この加速のしかたのためです。
酸素と結びつきやすいのは、あまに油・えごま油・くるみ油など、乾くと固まる性質をもつ油です。絵の具や木工の仕上げに使われる油も同じ仲間です。オリーブ油やなたね油では起こりにくいとされていますが、揚げカスのように油をたっぷり含んだものは別で、実際に発火の事例が知られています。
同じことは、積み上げた干し草や、たまった落ち葉、家庭の生ゴミの山でも起こります。これらの場合は微生物のはたらきが最初の熱をつくり、その熱がこもって温度を上げます。堆肥の山から湯気が上がるのは、その途中の姿です。
じゃあ、どうすればいいの?
- 油をふいた布は、丸めない広げて干すか、いったん水にひたしてから捨てます
- ビニール袋にまとめて口をしばらない熱がいちばん逃げにくい形になります
- 揚げカスや古い油を紙にしみこませたら、その日のうちに外へ出す台所や物置に置いたままにしない
まず、まわりの熱源を止めます。コンロや暖房の電源を切ってください。そのうえで、すぐに119番へ連絡します。火は酸素がなければ続きません。まだ煙だけで、手が届く範囲にあるなら、金属のふたや厚手のなべぶたをかぶせて空気をさえぎると、それ以上進みにくくなります。ただし、無理はしないでください。煙が出ているものを抱えて運ぶのは危険です。炎が広がりはじめたら、消し止めようとせずその場から離れてください。まわりの人にも声をかけ、建物の外へ避難することを最優先にしてください。
まとめ
油のついた布が火の気なしに燃え出すのは、油が出しつづけている小さな熱が、丸めた形のせいで逃げられなくなるからです。たまった熱が温度を上げ、上がった温度がさらに熱を出す速さを増やします。火をつけた人がいなくても、条件がそろえば火は生まれます。
燃えるかどうかを決めるのは、熱の大きさではありません。
出た熱が、逃げられるかどうかです。
熱がたまるかどうかで結果が変わるという見方は、ほかの場面でも役に立ちます。火のついた油の扱いについては「天ぷら油の火に水をかけると、なぜ火柱が上がるの?」を、熱が逃げにくいことがかえって役に立つ例は「魔法瓶は、なぜ何時間も冷めないの?」をあわせてどうぞ。
- 同じ温度のお湯を2つのコップに、同じ量だけ注ぎます。
- 片方はそのまま、もう片方はタオルでぐるぐる巻きにして置きます。
- 30分後、それぞれに温度計を入れて温度を比べます。巻いたほうが、はっきり温かいはずです。
同じ量の熱でも、逃げ道の有無で温度がこれだけ変わります。油の場合は熱が出つづけるので、差はもっと大きくなります。この観察は火を使わずに行い、やけどを避けるため熱すぎないお湯を使ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎・化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(反応工学・燃焼学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 酸化:ものが酸素と結びつく変化のことです。燃焼もさびも、この仲間に入ります。
- 自然発火:外から火を近づけていないのに、内部で温度が上がって燃え出すことです。
- 蓄熱:出た熱が逃げきれず、その場にたまっていくことです。今回の主役はこれです。
中学高校式で確かめる:大きなかたまりほど、熱が逃げにくいのはなぜか
熱が出る量は体積に比例し、熱が逃げる量は表面積に比例します。そこで、立方体の形をした2つのかたまりで、表面積を体積で割った値を比べます。長さの単位はセンチメートルで、記号の意味は下のとおりです。
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| a | 立方体の一辺の長さ(センチメートル) |
| V | 体積(立方センチメートル)。熱が出る量に比例します |
| S | 表面積(平方センチメートル)。熱が逃げる量に比例します |
| 小さいかたまりの一辺 | 1 センチメートル |
| 大きいかたまりの一辺 | 10 センチメートル |
| 立方体の面の数 | 6 面 |
| 大きいほうの一面の面積 | 10 × 10 = 100 |
| 大きいほうの体積 | 100 × 10 = 1000 |
| 大きいほうの表面積 | 100 × 6 = 600 |
| 大きいほうの逃がしやすさ | 600 ÷ 1000 = 0.6 |
| 小さいほうの逃がしやすさ | 6 ÷ 1 = 6 |
| 両者の比 | 6 ÷ 0.6 = 10 |
一辺が10倍になると、同じ量あたりで熱を逃がす力は10分の1になります。丸めて大きくするほど不利になる、ということです。
| はじめの温度 | 20 ℃ |
| 熱がたまったあとの温度 | 60 ℃ |
| 上がった分 | 60 - 20 = 40 |
| 10度きざみで何段か | 40 ÷ 10 = 4 |
| 2倍を4回かける(1回目) | 2 × 2 = 4 |
| (2回目) | 4 × 2 = 8 |
| (3回目) | 8 × 2 = 16 |
40度上がるだけで、熱を出す速さは16倍ほどになります。ゆっくりだった変化が、途中から一気に速くなる理由がここにあります。なお10度で2倍というのは、あくまで大まかな目安とされています。
高校高校+油のどこが酸素と結びつくのか
高校植物油は、脂肪酸とグリセリンが結びついた分子でできています。脂肪酸の鎖の中に、炭素どうしが二重に結びついた場所があると、そこは酸素の攻撃を受けやすくなります。この場所が多い油ほど、酸化が速く進みます。
高校+この酸化は、いったん始まると自分で連鎖していく形で進みます。酸素と結びついてできた不安定な分子が、となりの分子から水素を引き抜き、新しい不安定な分子をつくる。この繰り返しです。乾く油が空気中で固まって塗膜になるのも、同じ連鎖の結果です。
大学発熱と放熱のつり合いが崩れる条件
大学の反応工学では、この状況を「発熱の曲線」と「放熱の直線」の交わり方として扱います。温度が上がるほど発熱は急に増えますが、放熱は比例して増えるだけです。かたまりが大きくなると放熱の傾きがゆるくなり、ある大きさを超えると2つの線が交わらなくなります。交わらないというのは、つり合う温度が存在しないということです。温度は上がり続けます。この境界の大きさを求める考え方は、肥料や粉体の貯蔵設計などで実際に使われています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- いつ起きるかの予測 どの油が、どれだけの量で、何時間後に発火するかを事前に正確に当てるのは、いまも難しいとされています。湿り気や布の種類が結果を大きく変えるためです。
- 水分の役割 少しの水分は変化を助け、多すぎる水分は熱を奪う、という両方の働きが報告されています。どこで切り替わるのかは、条件によって変わります。
- 大量に積んだ場合 綿や飼料、木くずなどを大量に積んだときの内部の温度を、外から測らずに推定する方法は、いまも改良が続けられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。起きるかどうかを自分で見きわめようとせず、丸めて放置しないという行動のほうを守ってください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・酸化と燃焼/熱の伝わり方 | 燃えるとさびるは同じ仲間、という話 |
| 高校 | 化学基礎・化学/熱化学と反応の速さ | 温度が上がると速さが増える話 |
| 高校+ | 化学・有機/油脂と不飽和結合 | 油のどこが酸素と結びつくのか |
| 大学 | 反応工学・燃焼学/熱暴走の条件 | 発熱と放熱のつり合いが崩れる条件 |
| 研究 | 安全工学・火災科学 | いつ起きるかの予測、水分の役割 |
| ― | 生活とのつながり | 油をふいた布の捨て方、揚げカスの片づけ方 |
- 総務省消防庁(火災の出火原因に関する統計・広報資料)
- 日本火災学会 編『火災便覧』(自然発火・蓄熱発火の章)
- 製品評価技術基盤機構(身のまわりの製品による事故情報の公開資料)
- 日本油化学会 編『油化学便覧』(油脂の自動酸化に関する章)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際に煙やこげたにおいに気づいたときは、自分で判断せず、消防・自治体等の指示に従ってください。