飛行機は、なぜ東へ向かうほうが早く着くの?
― 上空の「風の川」を最初に見つけたのは、つくばの気象台長でした
同じ距離を飛ぶのに、行きと帰りで1〜2時間も違う。その差を生んでいるのは、高さ10キロあたりを西から東へ流れる、とても速い風です。そしてこの風を世界で最初に記録したのは、100年ほど前、毎日小さな風船を空へ放ち続けた一人の日本人でした。
ハワイ旅行の航空券を調べていて、ふと気づきます。行きの便はおよそ7時間なのに、帰りの便は8時間半ほどかかると書いてあります。
同じ空港どうしを結ぶのですから、距離は同じはずです。帰りだけ遠回りをしているのでしょうか。
実は、飛行機は遠回りをしているわけではありません。空の上に、目に見えない「川」が流れているのです。
行きと帰りの差を生む理由は、2つだけです
飛行機が飛ぶ高さ10キロ前後には、ジェット気流と呼ばれる強い西風が、地球をぐるりと巻くように流れています。冬の日本の上空では、新幹線より速くなることもあります。
飛行機は、まわりの空気に対して決まった速さで進みます。その空気そのものが東へ流れていれば、東行きは速さが足され、西行きは引かれます。
ふつうの川で、下りの船が速く、上りの船が遅いのと同じことです。ただし、この空の川は、100年前まで誰もその存在を知りませんでした。
風船を毎日追いかけた、館野の気象台
1920年、いまの茨城県つくば市に、上空の空気を調べるための高層気象台が作られました。初代の台長になったのが、大石和三郎という気象学者です。
当時、飛行機はまだ高く飛べず、上空の様子を直接測る手段はほとんどありませんでした。そこで大石たちは、水素を入れた小さな風船を空へ放ち、その行方を望遠鏡のついた測量器で追いかけました。風船は決まった速さで上っていくので、時間から高さが分かります。見上げる角度と高さから、風船が横にどれだけ流されたかが計算できます。
こうした観測を、大石たちは数年にわたって千回以上くり返したとされます。そして、冬になると上空で決まって強い西風が吹いていることを、数字で示しました。1926年に、その結果を報告書にまとめています。
ところが、この発見は世界にほとんど知られませんでした。大石は国際語として期待されていたエスペラントで報告書を書きましたが、その言葉を読める気象学者は多くなかったのです。
図1が、その測り方です。必要な道具は、風船と時計と、角度を測る器械だけでした。
風の速さが、そのまま飛行時間に足し引きされる
飛行機は、まわりの空気に対しておよそ時速900キロで進みます。地面に対する速さは、これに風の速さを足したり引いたりしたものになります。追い風が時速100キロなら地面に対して時速1000キロ、向かい風なら時速800キロです。
図2のつまみで、上空の西風の強さを変えてみてください。風が強くなるほど、東行きは短く、西行きは長くなります。しかも、西行きの伸び方のほうが大きいことに気づくはずです。速さが遅くなるほど、同じ距離にかかる時間は急に増えていくからです。
実際の便では、航空会社は毎日の風の予報を見て、東行きはジェット気流に乗る道を、西行きはなるべく避ける道を選びます。それでも、時刻表を見ると東行きのほうが1〜2時間ほど短いことが多いとされます。
赤道のあたりは暖かく、北極のあたりは寒いため、上空の空気は暖かい側から寒い側へ流れようとします。ところが地球が回っているせいで、北へ向かう流れは東向きにそれていきます。こうして、南北の温度差が大きい冬ほど、上空の西風は強くなります。
1944年ごろ、日本の上空を飛んだアメリカの大型爆撃機は、予想もしない猛烈な向かい風に驚いたといわれます。同じころ日本は、この西風に風船を乗せて太平洋を渡らせる計画に、大石たちの観測結果を役立てたとされます。上空の風は、悲しい形で世界に知られることになりました。
まとめ
東行きの飛行機が早く着くのは、高さ10キロあたりを西から東へ流れるジェット気流に乗っているからです。飛行機は空気ごと運ばれるので、風の速さがそのまま足し引きされます。この風の川を最初に数字で示したのは、つくばの空に風船を放ち続けた大石和三郎でした。
飛行機の時刻表には、
100年前に風船で測られた、空の川の速さが書きこまれています。
地球の自転が風の向きを曲げるしくみはお風呂の渦と南半球の記事で紹介しています。天気が西から変わってくる理由は夕焼けの翌日は晴れの記事で、上空の空気が飛行機雲をどう残すかは飛行機雲の記事で紹介しています。
- 航空会社の時刻表や予約サイトで、日本とアメリカ(またはハワイ)を結ぶ便の、行きと帰りの所要時間を調べます。時差の影響を避けるため、出発と到着の時刻ではなく、表示されている「飛行時間」を見ます。
- 冬の便と夏の便で、行きと帰りの差を比べます。冬のほうが差が大きければ、冬に西風が強まっている証拠です。
- 差から、風の速さを逆算してみます。下の折りたたみの式に、距離と時速900キロを入れれば、平均の風の速さが分かります。
実際の便は風を避けて道を変えたり、空港で待つ時間が含まれたりするので、計算はおおまかな目安になります。それでも、季節による差は時刻表からはっきり読み取れることが多いとされます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 偏西風:中緯度の上空を、西から東へ吹き続けている風の帯です。
- ジェット気流:偏西風のなかでも、特に速く細く流れているすじです。高さ10キロ前後にあり、冬の日本付近では秒速100メートルを超えることもあるとされます。
- パイロットバルーン(測風気球):上空の風を測るために放つ小さな風船です。大石たちが使ったのもこの方法で、いまでも補助的に使われています。
中学高校式で確かめる:行きと帰りで、何時間違うのか
東京とロサンゼルスのあいだを、空気に対して一定の速さで飛ぶ場合を考えます。途中の平均の西風を時速100キロと仮定し、行きと帰りの飛行時間そのものを計算します。記号の意味と単位は、すぐ下の表のとおりです。
| 記号で書くと | t = L ÷ ( V ± U ) (東行きは+、西行きは−) |
| 言葉で書くと | かかる時間 = 距離 ÷(空気に対する飛行機の速さ ± 風の速さ) |
| どこから来る式か | 速さの合成(相対速度)です。飛行機は空気に対して速さ V で進み、その空気が地面に対して速さ U で流れているので、地面に対する速さは両者の和や差になります。あとは「時間 = 距離 ÷ 速さ」です。 |
| t | 飛行時間(単位は 時間) |
| L | 飛ぶ距離(単位は キロメートル) |
| V | 空気に対する飛行機の速さ(単位は 時速キロメートル) |
| U | 航路にそった平均の西風の速さ(単位は 時速キロメートル) |
| 東京とロサンゼルスの距離 L | およそ 8800 キロメートル |
| 旅客機の空気に対する速さ V | およそ 時速 900 キロメートル |
| 航路の平均の西風 U(仮定) | 時速 100 キロメートル |
| 冬のジェット気流の中心(日本付近) | 秒速 100 メートルを超えることもあるとされる |
| 東行きの、地面に対する速さ | 900 + 100 = 1000 |
| 東行きの飛行時間(時間) | 8800 ÷ 1000 = 8.8 |
| 西行きの、地面に対する速さ | 900 − 100 = 800 |
| 西行きの飛行時間(時間) | 8800 ÷ 800 = 11 |
| 行きと帰りの差(時間) | 11 − 8.8 = 2.2 |
| 差を分に直す | 2.2 × 60 = 132 |
| ジェット気流の中心の速さを時速に | 100 × 3.6 = 360 |
平均の西風が時速100キロでも、行きと帰りで2時間あまり違ってきます。ジェット気流の中心は時速360キロにもなるので、うまく乗れれば追い風の効果はさらに大きくなります。逆に西行きの便が、この流れを避けて北や南へ回り道をするのは、そのためです。
高校高校+なぜ上空ほど西風が強いのか
高校地学では、低緯度と高緯度の温度差によって大気の大循環が生まれ、中緯度の上空には偏西風が吹くことを学びます。暖かい空気の柱は背が高く、冷たい空気の柱は背が低いので、上空ほど南北の気圧の差が大きくなります。
高校+気圧の差で動き出した空気は、地球の自転によるコリオリの力で向きを曲げられます。両者がつり合うと、風は気圧の差と直角の向き、つまり西から東へ吹きます。これを地衡風といいます。日本の上空は、低緯度側の亜熱帯ジェット気流と高緯度側の寒帯前線ジェット気流が冬に重なりやすく、世界でも特に西風の強い場所とされます。
大学温度風の関係
気象力学では、地衡風が高さとともにどう変わるかを、温度風の関係という式で表します。南北の温度の傾きが大きいほど、上へ行くにつれて西風が強まる、という関係です。この西風は、対流圏界面(高さ10キロ前後)の少し下で最も強くなります。南北に大きくうねる偏西風の波は、ロスビー波として扱われます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:温度風(ウィキペディア) / ジェット気流(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 温暖化でジェット気流はどう変わるか。 北極が速く暖まると南北の温度差が小さくなり、偏西風のうねりが大きくなるという説があります。一方で、それを支持しない解析もあり、議論が続いています。
- 上空の乱気流は増えるのか。 ジェット気流の近くでは、雲がないのに機体が揺れる「晴天乱気流」が起きます。温暖化で増えるという研究がありますが、どの程度かは見積もりに幅があります。
- 大石の発見は、なぜ埋もれたのか。 言葉の壁だけでなく、当時の欧米の研究者が上空の風にどれほど関心を持っていたかなど、科学史の研究でも見方が分かれています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上空の風の姿は、いまも観測と計算で少しずつ描き直されています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「天気とその変化」 | 偏西風と、天気が西から変わること |
| 高校 | 物理基礎「速度の合成・相対速度」、地学「大気の大循環」 | 飛行時間の式、上空ほど西風が強いこと |
| 高校+ | 地学(発展) | 地衡風、2つのジェット気流 |
| 大学 | 気象力学 | 温度風の関係、ロスビー波 |
| 研究 | 気候科学・科学史 | 温暖化とジェット気流、大石の発見が埋もれた理由 |
| ― | 生活とのつながり | 航空券の飛行時間、冬と夏の差 |
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の飛行時間は、航路・機材・その日の風や空港の混雑によって変わります。