藍染めは、なぜ液から引き上げると緑から青に変わるの?
― 職人は、空気に「色を出させて」います
藍染めの甕から引き上げた布は、青ではなく黄緑色です。それが、空気にさらすと見る見るうちに青へ変わります。実は、甕の中の藍は「わざと青くない形」にされています。青い藍は水に溶けないので、そのままでは布に入っていけないからです。
藍染めの工房で、職人が白い布を大きな甕に沈めます。甕の液は、青というより茶色がかった黄緑です。表面には、紫がかった泡がこんもり浮いています。
しばらくして布を引き上げ、固くしぼります。広げた布は、くすんだ黄緑色です。ところが、職人がそれを振るようにして空気に当てると、端のほうから緑に、そして青へと色が移っていきます。
1分もたたないうちに、布ははっきりした青になります。職人はそれをまた甕に沈め、同じことを何度も繰り返します。なぜ一度で濃く染めないのでしょうか。
色が変わる理由は、2つだけです
青い藍は水にほとんど溶けません。そこで職人は、微生物の力で藍に水素をくっつけ、水に溶ける黄色っぽい形にします。これを「藍を建てる」と呼びます。
糸のすき間にしみこんだ溶ける形の藍は、空気に触れると酸素に水素を奪われます。すると元の青い藍に戻り、水に溶けない粒として糸の中に閉じこめられます。
つまり藍染めは、「溶かして運び、空気で固める」という2段の作業です。色を出しているのは、甕ではなく空気のほうなのです。
青い藍は、なぜそのままでは染まらないの?
藍の青い色のもとは、インジゴという物質です。この分子どうしは、手をつなぐように強く引き合っています。そのため水の中に入れても、粉が沈むだけでほとんど溶けません。溶けないものは、糸の細いすき間に入っていけません。青い粉を水に混ぜて布を浸しても、表面にうっすら付くだけで、洗えば落ちてしまいます。
そこで昔の職人は、藍を「溶ける形」に変える方法を見つけました。日本の伝統的なやり方では、タデアイの葉を発酵させた「すくも」を、木の灰から取ったアルカリ性の水(灰汁)に入れます。そこに、ふすまや酒など微生物のえさを足し、温度を保って待ちます。数日から2週間ほどで、液の中の微生物が藍に水素を渡し、溶ける形に変えていくとされます。
この溶ける形の藍は、青くありません。黄色っぽい色をしています。甕の液が黄緑に見えるのは、溶けた黄色の藍に、まだ青いままの藍が少し混ざっているからです。表面の泡が紫がかって見えるのは、泡の膜が空気に触れて、そこだけ青い藍に戻りかけているためです。職人はこの泡を「藍の華」と呼び、甕の調子を見る目安にしてきました。
空気に当てると、何が起きているの?
引き上げた布の糸のすき間には、溶ける形の藍がしみこんでいます。図1の中央のように、これが空気に触れると、酸素が藍から水素を奪います。すると藍は元の青い形に戻ります。青い形は水に溶けないので、その場で小さな粒になり、糸のすき間に引っかかって出られなくなります。
このとき必要な酸素は、思ったより少しです。下の「式で確かめる」で計算すると、Tシャツ1枚を濃く染めるぶんの藍でも、大人がひと呼吸で吸う空気くらいで足ります。布を振ったり広げたりするのは、すき間の奥まで空気を行きわたらせるためです。
では、なぜ1回で濃く染めないのでしょうか。溶ける形の藍は、糸に強くはくっつきません。長く浸しても、糸に入る量はすぐ頭打ちになるとされます。一方、空気で青い粒に変えてから次に浸すと、その上に新しい層を重ねられます。職人が「浸す・しぼる・空気に当てる」を何度も繰り返すのはこのためです。うすい水色の「甕覗き」から、深い「紺」まで、色の名前は重ねた回数の違いとも言われます。
重ねた布は、最後に水でよく洗います。表面に乗っているだけの粒を落とし、糸の中に閉じこめられた藍だけを残すためです。
ジーンズの青も、多くはインジゴで染められています。いまは工場で作った藍を、微生物の代わりに薬品で溶ける形にして染めています。インジゴは糸の表面近くにとどまりやすいので、こすれる所から色が落ち、白い芯が見えてきます。ジーンズの「色落ち」が味になるのは、この性質のおかげです。
甕の中の働き手は微生物なので、寒すぎたり、えさが切れたりすると、藍は溶けなくなります。そのため職人は、甕を温めたり、えさを足したりして世話を続けます。液の色や泡の様子、においで調子を見分ける技は、長い経験で受け継がれてきたものです。
まとめ
青い藍は水に溶けないので、そのままでは糸に入れません。職人は微生物の力で藍に水素を渡し、溶ける黄緑色の形にして糸にしみこませます。引き上げた布を空気に当てると、酸素が水素を奪って元の青に戻り、溶けない粒として糸の中に残ります。
藍は、甕で溶かして、空気で染める。
緑から青への一瞬は、色が糸に閉じこめられた合図です。
酸素で色が変わる身近な例は、ほかにもあります。銅が時間をかけて緑色になる話は「銅が緑色になる「緑青」は、なぜ「毒」と言われていたの?」で、葉の色素が入れかわる話は「紅葉は、なぜ赤や黄色に色づくの?」で読めます。
- 濃い色の新しいジーンズのすそ裏を、白い布や紙で強めにこすってみましょう。青い色が移れば、藍が糸の表面近くに乗っている証拠です。
- すそのほつれた糸を1本取り、指でほぐして断面を見てみましょう。外側は青いのに、芯が白っぽい糸が見つかることがあります。
- 藍染めの体験工房に行く機会があれば、引き上げた布の色を時計で測ってみましょう。黄緑から青に変わるまで何秒かかるか、振った場合と振らない場合で比べると、空気の役割が分かります。
藍の甕の液はアルカリ性なので、体験のときは工房の指示に従い、手袋をして目に入らないようにしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(有機化学・染色化学・微生物学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 酸化と還元:物質が酸素と結びついたり水素を失ったりすることを酸化、その逆を還元といいます。甕の中は還元、空気中は酸化です。
- インジゴ:藍の青い色のもとになる物質。水にほとんど溶けません。
- 藍を建てる:発酵の力で藍を溶ける形にし、染められる状態の液を作ること。職人の言葉です。
- すくも:タデアイの葉を数か月かけて発酵させた、藍染めの原料です。
中学高校式で確かめる:布を青くするのに、空気はどれくらい要る?
溶ける形の藍が青い藍に戻るときに使う酸素の量を、反応式から見積もります。布に入る藍の量は、ここでは仮に2 gとします(濃く染めたTシャツ1枚ぶんほどの目安)。
| 記号で書くと | 2 C16H12N2O2 + O2 → 2 C16H10N2O2 + 2 H2O |
| 言葉で書くと | 溶ける藍 2 個 + 酸素 1 個 → 青い藍 2 個 + 水 2 個。必要な空気の体積 =(藍の重さ ÷ 藍1モルの重さ)÷ 2 × 気体1モルの体積 ÷ 空気中の酸素の割合 |
| どこから来る式か | 酸化還元の反応式。溶ける藍は青い藍より水素原子が2個多く、その2個を酸素原子1個が水として持ち去ります。原子の数が反応の前後で保存されることから、藍と酸素の比が 2対1 に決まります。 |
| 布に入る藍の重さ(仮定) | 2 g |
| 青い藍1モルの重さ | 約 262 g |
| 室温の気体1モルの体積 | 約 24 L |
| 空気中の酸素の割合 | 約 0.21(21%) |
| 藍の量(モル) | 2 ÷ 262 ≒ 0.0076 |
| 必要な酸素の量(モル) | 0.0076 ÷ 2 = 0.0038 |
| 酸素の体積(L) | 0.0038 × 24 ≒ 0.091 |
| 必要な空気の体積(L) | 0.091 ÷ 0.21 ≒ 0.43 |
答えは約0.43 L、大人が静かにひと呼吸する空気(約0.5 L)より少ない量です。部屋の空気は何万倍もあるので、酸素が足りなくなることはありません。青くなるのに数十秒かかるのは、酸素の量ではなく、糸のすき間の奥まで酸素が届くのに時間がかかるためと考えられます。
高校高校+水素のやりとりとして見る酸化還元
高校高校の化学では、酸化還元を電子のやりとりとして学びます。溶ける藍は、青い藍が電子2個と水素イオン2個を受け取った形です。空気中では酸素がその電子を受け取り、水ができます。記号の意味は、C が炭素、H が水素、N が窒素、O が酸素の原子です。
高校+溶ける形の藍は「ロイコ体(白い体という意味)」と呼ばれます。アルカリ性の液の中では、水素イオンを手放して陰イオンになり、そのために水に溶けます。灰汁や石灰でアルカリ性に保つのはこのためです。このように、溶ける形にして染め、空気で元に戻す染め方を「建染め」といいます。
大学なぜ青く、なぜ溶けないのか
インジゴの分子は平らで、分子の中と分子どうしの間に水素結合を作ります。分子どうしが積み重なって強く結びつくため、水にも多くの有機溶媒にも溶けにくいとされます。青く見えるのは、分子が600 nm付近の橙色の光を強く吸収し、残りの光が青として目に届くためです。還元されると、分子全体に広がっていた電子の通り道(共役系)が途中で切れ、吸収が短い波長側へ移るため、色は淡い黄色になります。発酵建てでは、アルカリに強い細菌が糖などを分解して得た電子を、インジゴに渡していると考えられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:酸化還元反応(ウィキペディア) / 藍染め(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 甕の中で、どの微生物が何をしているのか。 発酵建ての甕からは、藍を還元する細菌がいくつも見つかっています。ただ、どの細菌がどの段階で主役になり、電子をどうやって藍に渡しているのかは、まだ調べられている最中です。
- 職人の「調子の見分け方」を数値にできるか。 液の色・泡・においで甕の状態を判断する技を、酸性度や微生物の構成と結びつける研究が進められています。
- 環境への負担が少ない染め方。 工場で使う還元の薬品は排水の負担になります。電気や微生物を使って藍を溶かす方法が、試されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。何百年も続いてきた職人の技の中には、科学がまだ追いついていない部分も残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科(化学変化・酸化と還元) | 甕の中は還元、空気中は酸化 |
| 高校 | 化学(酸化還元・物質量) | 反応式と、必要な空気の計算 |
| 高校+ | 化学(有機化合物・染料) | ロイコ体と建染め |
| 大学 | 有機化学・染色化学・微生物学 | 水素結合と共役系、発酵建ての細菌 |
| 研究 | 応用微生物学・環境化学 | 甕の微生物、環境負担の少ない還元 |
| ― | 生活とのつながり | ジーンズの色落ち、藍染め体験 |
- ウィキペディア「藍染め」
- ウィキペディア「酸化還元反応」
- Jenny Balfour-Paul, Indigo: Egyptian Mummies to Blue Jeans, British Museum Press
- 吉岡幸雄『日本の色辞典』紫紅社, 2000
- Yumoto I. ほか, Alkalibacterium psychrotolerans sp. nov., International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, 2004(藍の発酵液から見つかった細菌の報告)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。藍の甕の液はアルカリ性です。体験の際は工房の指示に従ってください。