お風呂で人が倒れる「ヒートショック」は、
なぜ起きるの?
暖かい居間から寒い脱衣所へ、そして熱い湯船へ――冬に何気なくくり返しているこの移動が、実は体にとって大きな負担になっていることがあります。なぜ「お風呂で倒れる」ということが起きるのか、まずは身近な場面から見ていきましょう。
冬の夜。暖房のきいた居間で、こたつに入ってテレビを見ているおじいちゃん。「そろそろお風呂に入るか」と席を立ち、廊下を抜けて脱衣所へ向かいます。脱衣所には暖房がなく、ひんやりとした空気。服を脱ぐと、思わず「さむっ」と身をすくめます。
そのまま浴室に入り、湯気の立つ熱い湯船に体を沈めます。「あったかい」とほっとしたその直後、フラッと立ちくらみのような感覚を覚えることがあります。多くの場合は数秒でおさまりますが、まれに、そのまま意識を失って倒れてしまうことがあります。
これが「ヒートショック」と呼ばれる現象です。特別な病気ではなく、温度差が引き起こす、体の中の血圧の急な変化が原因とされています。
危ない理由は、2つだけ
寒い場所で血管が縮んで血圧が上がり、熱い湯で血管が開いて血圧が急に下がる。この振れ幅が大きいほど、脳へ届く血液が一瞬減り、めまいや意識を失うことにつながります。
居間で意識を失うのと、湯船の中で意識を失うのとでは、事情がまったく違います。湯の中では、顔が水に沈んで呼吸ができなくなるおそれがあるからです。
この2つが重なるため、ヒートショックは「気をつけていれば防げる範囲が大きい割に、起きてしまうと重大な結果につながりやすい」現象だとされています。ひとつずつ、身近な話で見ていきましょう。
理由1:血管は「温度で太さを変えるホース」
庭にホースで水をまくとき、ホースの先を指でつまむと水の勢いが増します。太さを細くすると、同じ量の水を送るのに圧力が上がるからです。逆に指を離してホースを太いままにすると、圧力は下がります。
体の血管も、これとよく似たことをしています。寒さを感じると、体は「熱を逃がさないように」血管を細くします。皮膚のすぐ下を流れる血液を減らして、体の芯を冷やさないようにするためです。血管が細くなった分、血液を送るための圧力=血圧が上がります。
反対に、熱い湯につかると、体は「熱を逃がそう」として血管を広げます。広げたホースと同じで、圧力=血圧は下がります。しかも湯船では体の広い範囲が一気に温められるため、血管が開くのも急激です。
つまり、居間→脱衣所→浴槽という移動は、「血圧が上がる → 急に下がる」というジェットコースターを、体の中で起こしていることになります。健康な人であれば体がすぐに調整してくれますが、調整の反応が追いつかないと、脳へ届く血液が一時的に不足して、めまいや意識を失う状態につながるとされています。
高齢の方や、高血圧・糖尿病のある方、動脈硬化が進んでいる方は、血管を素早く調整する力が弱まっていることが多く、血圧の振れ幅がより大きくなりやすいとされています。また、食後・飲酒後・脱水気味のとき(入浴前後は水分が失われやすい)も、血圧の調整がうまくいきにくくなるといわれています。
理由2:意識を失う場所が「浴槽の中」だと、事情が変わる
居間のソファでフラッとして倒れた場合と、湯船の中でフラッとした場合を比べてみます。ソファなら、倒れても体は空気の中にあります。しかし湯船では、意識を失うと体が沈み、顔が湯につかって呼吸ができなくなるおそれがあります。しかも湯船は一人になれる場所であることが多く、家族が異変に気づくまでに時間がかかりがちです。
消費者庁の資料によれば、入浴中の事故で亡くなる方は全国で年間1万9千人前後にのぼると推計されており、その多くが冬場に、高齢の方に集中しているとされています。これは、交通事故による年間の死者数を上回る規模だと紹介されることがあります。
特別な道具がなくても、次のような工夫で温度差そのものを小さくできるとされています。
- 入浴前に、脱衣所と浴室を暖めておく。小型ヒーターを置く、シャワーを浴室の壁や床にかけて湯気で暖めるなど。
- 湯の温度は41℃以下、つかる時間は短めにする。熱すぎる湯は血管の変化を大きくします。
- 食後すぐ・飲酒後・脱水気味のときの入浴は避ける。
- 一人暮らしの高齢の家族がいる場合は、入浴時間帯に一声かけ合う。浴室のドアや鍵は、外から様子を確認できるようにしておくことも助けになります。
- 浴室で家族が意識を失っている、または倒れているのを見つけたら、まず湯を抜いて顔が水につからないようにし、大声で応援を呼びながら119番通報してください。
- 冷たい水に手を1分ほどつけて、手の甲の血管の見え方を確認する
- 次に、ぬるめのお湯に同じように手をつけて、血管の見え方を比べる
冷たい水では血管が目立たなくなり(血管が細くなって表面の血流が減るため)、お湯では血管が浮き出て見えやすくなる(血管が広がって血流が増えるため)はずです。体の中で起きているのと同じしくみを、安全な範囲で体感できます。
まとめ
お風呂で人が倒れることがあるのは、「お風呂そのものが危ない」からではありません。①血管が縮んだり広がったりして血圧が乱高下すること、②その場が浴槽の中であること――この2つが重なったときに、思わぬ結果につながるとされています。
お風呂が危ないのではありません。
「温度差」が、体に負担をかけているのです。
体温が下がりすぎることで起きる、もうひとつの冬の危険についてはこちらの記事で説明しています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生理学・循環器学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- ヒートショック:温度差によって血圧が急激に変動し、体に負担がかかる現象。医学的な正式病名ではなく、この一連の変化を指す通称として使われています。
- 血管収縮・血管拡張:本文の「血管が縮む・広がる」のこと。血管の壁にある筋肉(平滑筋)がゆるんだり縮んだりすることで太さが変わります。
- 自律神経:血管の太さや心臓の動きなど、自分の意思とは関係なく体を調整しているしくみ。寒暖差を感じ取って血管の収縮・拡張の指令を出しているのは、この自律神経です。
中学高校式で確かめる:温度差を、数字で見てみる
本文で「暖房のない脱衣所は危険」と説明しましたが、実際にどれくらいの温度差になっているのか、目安の数字で確かめてみましょう。ここでの数値の単位はすべて℃(セ氏温度)です。
| 居間の温度 | 約22℃(暖房のある部屋の目安) |
| 脱衣所の温度(暖房なし) | 約8℃(冬の無暖房の脱衣所の目安) |
| 脱衣所の温度(暖房あり) | 約18℃(小型ヒーターなどで暖めた場合の目安) |
| 暖房なしの場合の温度差 | 22 - 8 = 14(℃) |
| 暖房ありの場合の温度差 | 22 - 18 = 4(℃) |
| 温度差が縮まる量 | 14 - 4 = 10(℃) |
脱衣所を暖めるだけで、居間との温度差はおよそ3分の1近くにまで縮みます。血管の収縮・拡張の振れ幅も、この温度差にほぼ比例して小さくなるとされているため、脱衣所を暖める工夫が予防として広くすすめられています。
高校高校+理由1を正確に言うと:圧受容器反射
高校血圧が変化すると、体はそれを一定に保とうとして自律神経が働きます。これは生物基礎で習う「恒常性(ホメオスタシス)」のはたらきの一例です。
高校+より詳しく見ると、首の血管(頸動脈)や心臓の近くには圧受容器と呼ばれる、血圧の変化を感じ取るセンサーがあります。血圧が急に下がると、圧受容器がそれを感知して脳に信号を送り、心拍数を上げたり血管を収縮させたりして血圧を戻そうとします。これを圧受容器反射(バロレフレックス)と呼びます。ヒートショックでめまいが起きるのは、この反射が血圧の急降下に追いつかない一瞬があるためだと考えられています。
大学なぜ高齢者ほどリスクが高いとされるのか
加齢や動脈硬化によって血管の壁が硬くなると、圧受容器そのものの感度や、血管が反応する速さが低下することが、生理学の研究で報告されています。若い人であれば数秒で調整できる血圧の変化に、高齢者では時間がかかったり、調整の幅が小さかったりするため、めまいや意識消失が起きやすくなると考えられています。また、高血圧の薬(血管を広げる作用を持つものなど)を服用している場合、湯による血管拡張と薬の作用が重なり、血圧がより下がりやすくなる可能性も指摘されています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
ヒートショックという言葉は日本で広く使われていますが、この現象にはまだ研究が続いている部分があります。
- 入浴中に何人が、実際にヒートショックが原因で亡くなっているのか、正確にはわかっていない。 入浴中の急死は、解剖などの詳しい調査が行われないまま「入浴中の事故」として扱われることが多く、血圧の変動が直接の原因だったのか、他の持病(心臓病など)が主な原因だったのかを、亡くなった後に区別するのは簡単ではありません。
- 個人差がなぜこれほど大きいのかが、十分に説明できていない。 同じような年齢・血圧の人でも、ヒートショックを起こす人と起こさない人がいます。血管の反応の速さを日常生活の中で手軽に測る方法は、まだ研究段階にあります。
- 入浴中の血圧をリアルタイムで見守る技術は、実用化の途上にある。 家庭用のウェアラブル機器や浴室センサーで血圧の急変化を検知し、家族に知らせる仕組みの開発が進められていますが、精度や普及にはまだ課題が残っているとされています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。予防として紹介した工夫は、原因のしくみから導かれる合理的な対策ですが、それだけですべてを防げると保証するものではありません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・血液の循環/体温の調節 | 血管が縮む・広がるという基本のしくみ、図1 |
| 高校 | 生物基礎・恒常性(ホメオスタシス) | 自律神経による血圧の調整の全体像 |
| 高校+ | 生物・神経系(発展的内容として扱われることが多い) | 圧受容器反射のしくみ |
| 大学 | 生理学・循環器学 | 加齢や動脈硬化による反射感度の低下、薬の作用との重なり |
| 研究 | 疫学・予防医学(未解決) | 死因の切り分けの難しさ、個人差の解明、見守り技術の開発 |
| ― | 防災・安全教育 | 脱衣所・浴室を暖める工夫、湯温と入浴時間の目安、発見時の対応 |
- 消費者庁「入浴中の事故に御注意ください!」(高齢者の入浴中の事故死者数の推計、冬場に多いこと)。
- 厚生労働省「人口動態統計」(浴槽内での不慮の死亡者数、高齢者が大半を占める傾向)。
- 日本救急医学会・日本気象協会などによる、入浴関連事故とヒートショックに関する一般向け啓発資料。
- 循環器生理学の教科書における圧受容器反射(バロレフレックス)の解説(頸動脈洞・大動脈弓の圧受容器と血圧調整)。
※本記事は一般向けの科学解説です。持病がある方や体調に不安がある方は、入浴方法について医師にご相談ください。実際の応急対応は、消防・自治体・医療機関などの指示に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。