モバイルバッテリーが発火することが
あるのは、なぜ?
カバンの中で膨らんでいたモバイルバッテリー、充電しながら寝落ちしたスマートフォン――「まさか燃えるとは思わなかった」というニュースを、見かけたことがあるかもしれません。ふだんは何ごともなく使えているのに、なぜこんなことが起きるのか、まずは中身から見ていきましょう。
床に落として角をぶつけてしまったモバイルバッテリー。見た目には傷ひとつなく、充電も普通にできる。「大丈夫そうだから、このまま使おう」――そう思って、その夜も枕元に置いて充電しながら眠りにつきます。
数時間後、パチッという小さな音のあと、みるみるうちに煙が上がることがあります。落としてから発火するまで、数時間から数日かかることも珍しくありません。「使えていたから大丈夫」が、通用しないことがあるのです。
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。カギは、電池の中の構造にあります。
危ない理由は、2つだけ
モバイルバッテリーの中は、プラス極側とマイナス極側のシートが、燃えやすい液体とともにぎゅっと巻かれた構造です。両者が直接触れないよう、間には紙のように薄い仕切りが1枚あるだけです。
衝撃や無理な充電でこの仕切りが破れると、プラス極とマイナス極が直接触れて大きな電流が流れます。発生した熱がまわりの反応を進め、その反応がまた熱を生む――という連鎖が始まります。
この2つが重なるため、モバイルバッテリーの発火は「いつ起きるかわからない割に、いったん始まると止めるのが難しい」現象だとされています。ひとつずつ、身近な話で見ていきましょう。
理由1:電池の中身は「ロールケーキ」のような構造
モバイルバッテリーの中を開けてみると、ロールケーキのように、薄いシートがぐるぐる巻かれた構造になっています。シートは大きく分けて2種類。プラス極側のシートと、マイナス極側のシートです。この2枚のシートの間を、燃えやすい液体が満たしています。
もしプラス極側とマイナス極側のシートが直接触れてしまったら、電気は行き場を求めて一気に流れ込み、大きな電流(ショート)が発生します。それを防ぐために、2枚のシートの間には、紙のように薄い仕切りが1枚だけはさまれています。ふだん私たちが安全に使えているのは、この薄い1枚のおかげです。
理由2:始まった発熱は、なぜ止まりにくいのか
仕切りが破れて発生した熱は、まわりの燃えやすい液体をさらに反応させます。その反応がまた熱を生み、さらに反応を進める――熱がどんどん熱を呼ぶ状態になります。たき火であれば、まわりの空気(酸素)を絶てば火は消えます。ところが電池のプラス極側の材料は、反応の中で自ら酸素を生み出す性質を持つことが多く、外から空気を遮っても反応が止まらないことがある、とされています。
しかも、破れた瞬間にすぐ発火するとは限りません。冒頭の場面のように、傷ついてから発熱が進み、数時間後、数日後に発火するケースが報告されています。「今は大丈夫」が、その先も大丈夫だとは限らないのは、このためです。
仕切りが破れる原因は、落下や圧迫といった外からの衝撃だけではありません。純正でない粗悪な充電器を使ったり、極端に暑い場所(炎天下の車内など)で充電・保管したりすることでも、内部で薄い金属の突起が育って仕切りを傷つけることがあるとされています。見た目に傷がなくても、油断はできません。
- PSEマークなど、認証された充電器・ケーブルを使う。粗悪な製品は、電流や電圧の管理が不十分なことがあります。
- 布団の中や枕元、可燃物の上での充電を避ける。異常が起きたときに、すぐ気づける場所で充電しましょう。
- 落とした・強くぶつけた・膨らんでいるバッテリーは使わない。見た目が無事でも、内部が傷ついている可能性があります。
- 使用中や充電中に異常な熱さ・変な臭い・膨らみに気づいたら、充電をすぐに止めてコンセントから抜き、燃えやすいものから離れた金属製のトレーやコンクリートの上などに置いてください。
- すでに煙が出ている、発火している場合は、無理に消そうとせず、すぐにその場から離れて避難し、119番へ通報してください。
- スマートフォンやモバイルバッテリーを充電しながら、10〜20分ほど使ったあとに本体をそっと触ってみる
- 「ほんのり温かい」程度か、「持っていられないほど熱い」かを確かめる
ふだんの充電では、たいてい「ほんのり温かい」程度で収まります。この感覚を知っておくと、本文で説明した「異常な熱さ」に気づきやすくなります。もし持っていられないほど熱ければ、すぐに充電をやめてコンセントから抜きましょう。
まとめ
モバイルバッテリーが発火することがあるのは、「壊れやすいから」ではありません。①中身が燃えやすい液体と薄い仕切りでできていること、②仕切りが破れると熱がどんどん熱を呼ぶ連鎖が始まること――この2つが重なったときに、思わぬ結果につながるとされています。
見た目が無事でも、中身が無事とは限りません。
傷ついた電池は、時間差で発火することがあります。
電池がそもそもどうやってエネルギーを蓄えているのか、そのしくみ自体についてはこちらの記事で詳しく説明しています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「化学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電気化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- リチウムイオン電池:本文で説明した構造を持つ電池の正式名称。スマートフォンやモバイルバッテリー、電気自動車など、幅広く使われています。
- 正極・負極:本文の「プラス極側・マイナス極側」の正式な呼び方。
- セパレータ:本文の「薄い仕切り」。正極と負極が直接触れないようにする、樹脂でできた薄いフィルムです。
- 電解液:本文の「燃えやすい液体」。イオンを運ぶ役割を持つ液体で、多くの場合、可燃性の有機溶媒が使われています。
- 短絡(ショート):正極と負極が直接つながり、大きな電流が一気に流れる状態。
- 熱暴走(サーマルランナウェイ):本文の「止まらない発熱」の正式名称。発熱が発熱を呼び、温度が急激に上がり続ける状態を指します。
中学高校式で確かめる:電池1個に、どれだけのエネルギーが詰まっているか
代表的なスマートフォン用モバイルバッテリーを例に、内部に蓄えられているエネルギーの大きさを見積もってみましょう。ここでの単位はmAh(ミリアンペア時)、V(ボルト)、Wh(ワット時)、J(ジュール)です。
| バッテリー容量 | 3000 mAh(=3.0 Ah、代表的な機種の目安) |
| 電圧 | 約3.7 V(リチウムイオン電池1セルの目安) |
| 水1Lを1℃温めるのに必要な熱量 | 約4200 J(水の比熱の目安) |
| エネルギー(Wh) | 3.0 × 3.7 = 11.1(Wh) |
| ジュールに変換 | 11.1 × 3600 = 39960(J) |
| 水1Lを何度温められるか | 39960 ÷ 4200 ≒ 9.5(℃分) |
スマートフォン1台分のバッテリーには、常温の水1Lを10℃近く温められるだけのエネルギーが詰まっている計算になります。この計算はあくまで理想的に取り出せた場合の目安ですが、手のひらサイズの部品に、それだけのエネルギーが凝縮されているという点は、火災のときの燃え方の激しさにつながっていると考えられます。
高校+大学理由2を正確に言うと:熱暴走の化学
高校+セパレータが破れて短絡が起きると、その部分に大きな電流が集中し、局所的に温度が上がります。この温度上昇が、正極の材料を分解する反応を引き起こすことがあります。
大学多くのリチウムイオン電池の正極には、金属酸化物が使われています。温度が一定のしきい値を超えると、この正極材料が分解し、酸素を放出しながら発熱する反応が進みます。放出された酸素は、まわりの電解液(可燃性の有機溶媒)の分解・燃焼をさらに後押しします。外から酸素の供給を断っても、電池内部で酸素が作られ続けるため、一般的な「酸素を絶って消す」という消火の考え方が、そのままでは通用しにくいことがあるとされています。これが、リチウムイオン電池の火災が「消えにくい」と言われる理由のひとつです。
大学なぜ、傷ついてすぐではなく時間差で発火するのか
充放電のたびに、リチウムイオンは正極と負極の間を行き来しています。低温での急速充電や、過充電をくり返すと、負極の表面に金属状のリチウムが針状に育つことがあり、これをデンドライト(樹枝状結晶)と呼びます。デンドライトは少しずつ成長し、ある日セパレータを突き破って短絡を起こすことがある、と考えられています。傷をつけた直後ではなく数時間後・数日後に発火することがあるのは、このように損傷やデンドライトの成長がじわじわ進んでから、あるとき短絡に至るためだと考えられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
リチウムイオン電池は広く使われている技術ですが、その安全性についてはまだ研究が続いている部分があります。
- どの電池が、いつ発火に至るのかを事前に見分ける方法は、まだ確立していない。 充放電のわずかな電圧のクセや、内部抵抗のわずかな変化から異常を早期に検知しようとするアルゴリズムの研究が進められていますが、実際の製品にどこまで組み込めるかは、なお開発の途上にあるとされています。
- 燃えにくい電解液の開発は、道半ばである。 燃えやすい有機溶媒の代わりに、燃えにくい液体や、電解液そのものを使わない「全固体電池」の研究が進められていますが、性能とコストの両立には、なお課題が残っているとされています(電気を蓄えるしくみ自体の研究については、別記事でも紹介しています)。
- 同じ型番の電池でも、なぜ一部だけが発火に至るのかという個体差の原因は、完全には解明されていない。 製造時のごくわずかな不純物や、組み立て工程のばらつきが関係していると考えられていますが、どの程度の微細な要因が引き金になるのかは、引き続き調査されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。予防として紹介した工夫は、原因のしくみから導かれる合理的な対策ですが、それだけですべての事故を防げると保証するものではありません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・電流と電池の基本 | プラス極・マイナス極という基本の考え方、図1 |
| 高校 | 化学基礎・電池とイオン | 正極・負極・電解液という用語、エネルギーの計算 |
| 高校+ | 化学・酸化還元反応(発展的内容として扱われることが多い) | 正極材料の分解と発熱反応の入り口 |
| 大学 | 電気化学・材料科学 | 熱暴走の化学、デンドライトの成長と短絡 |
| 研究 | 電池工学・安全工学(未解決) | 異常の早期検知、燃えにくい電解液・全固体電池、個体差の原因 |
| ― | 防災・安全教育 | 認証された充電器の使用、保管・充電場所の工夫、発見時の対応 |
- 総務省消防庁「リチウムイオン電池等の火災に関する注意喚起」(充電中の事故事例、初期対応の考え方)。
- 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)による、モバイルバッテリー・リチウムイオン電池関連の製品事故情報。
- 電気化学・電池工学の教科書における、リチウムイオン電池の構造と熱暴走のメカニズムの解説。
- 経済産業省による、モバイルバッテリーの安全な使用に関する一般向け注意喚起資料(PSEマーク制度を含む)。
※本記事は一般向けの科学解説です。実際の対応は、消防・自治体・製品メーカーなどの指示に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。