自然のふしぎ エネルギー 予備知識なしでOK 読了 約6分

渡り鳥は、なぜ何も食べずに1万km以上も飛び続けられるの?
― 燃料は、体の半分近くまでため込んだ脂肪です

休まず、食べず、眠る場所もない海の上を、8日間飛び続ける鳥がいます。秘密は、飛び立つ前に体重の半分近くを「脂肪」に変えておくことです。脂肪は、生き物が持てるいちばん軽い燃料なのです。

公開:2026.09.27 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

秋の干潟。長く上に反ったくちばしで、泥の中のゴカイをせっせとつまむ鳥がいます。オオソリハシシギという、日本には春と秋に立ち寄るだけの「旅鳥」です。

この鳥の仲間には、アラスカからニュージーランドまで、太平洋をまっすぐ横切るものがいます。距離は約1万1千km。途中に降りられる陸地はほとんどありません。

人間なら、1日食事を抜くだけでもふらふらです。体重400gほどの鳥が、どうして8日間も何も食べずに羽ばたき続けられるのでしょうか。

理由は、大きく2つあります

1
いちばん軽い燃料を、限界まで積む

脂肪は、同じ重さで糖の何倍ものエネルギーをためられます。鳥は出発前に食べまくり、体重の半分近くを脂肪にするとされます。

2
いらない荷物を降ろしてから飛ぶ

飛んでいるあいだは使わない胃や腸を、出発前に小さくします。そのぶん軽くなり、少ない燃料で遠くまで行けます。

どちらも「重さ」の話です。飛ぶ生き物にとって、重さはそのまま燃料の消費になります。だから、何をどれだけ積むかが命がけの問題になるのです。

脂肪は、なぜ「最強の燃料」なの?

体にエネルギーをためる方法は、大きく2つあります。ひとつは糖をつないだ「グリコーゲン」、もうひとつが脂肪です。

重さ1gあたりで比べると、脂肪は糖の2倍以上のエネルギーを持っています。さらに差を広げるのが水です。グリコーゲンは、自分の重さの数倍の水を抱えたまま体にしまわれます。一方、脂肪は水をほとんど含みません。

この水の重さまで入れると、同じエネルギーを運ぶのに、グリコーゲンは脂肪のおよそ8倍の重さになるとされます。図1を見てください。8日分の燃料を脂肪で積めば200gで済みます。グリコーゲンで積もうとすると、鳥自身の体重の4倍を超えてしまいます。これでは飛び立つこともできません。

8日分の燃料(約7800 kJ)を積むのに必要な重さ 鳥の体重(例) 400 g 脂肪で積むと 200 g(体重の半分) グリコーゲン (水つき)で積むと 約1.7 kg ― 体重の4倍以上 ← 点線:体重と同じ重さ 棒の長さは重さに比例。糖は水を抱えてしまわれるため、重くなる
図1:同じエネルギーを運ぶのに必要な重さ。上の棒が鳥の体重(例)、中の短い棒が脂肪、下の長い棒がグリコーゲンです。縦の点線より右にはみ出したぶんは、体重より重い燃料ということになります。

私たち人間も、ためているエネルギーの大部分は脂肪です。ただ、人の体脂肪は多くても体重の2〜3割ほどです。オオソリハシシギは出発前の数週間で干潟のゴカイや貝を食べ続け、体重の半分近くまで脂肪を増やすとされます。

胃や腸を「降ろして」から飛ぶ

もうひとつの工夫は、もっと大胆です。飛び立つ前の鳥を調べると、砂のうや腸、肝臓などの消化の臓器が小さくなっていることが報告されています。

海の上では何も食べないので、消化の道具は8日間まったく出番がありません。重いまま運ぶのはむだです。そこで出発前に縮め、空いた重さを脂肪と、羽ばたくための胸の筋肉に回していると考えられています。

飛んでいるあいだにも体は変わります。脂肪を燃やすほど体は軽くなり、同じ距離を飛ぶのに要るエネルギーが減っていきます。脂肪だけでなく、筋肉や臓器のタンパク質も少しずつ燃料として使われるとされます。

計算してみると、飛行中の平均の力はおよそ11ワットになります。小さなLED電球1個ほどの力で、8日間羽ばたき続けている計算です(くわしくは最後の折りたたみで)。

💡 脂肪は「水筒」にもなる

脂肪を燃やすと、二酸化炭素と一緒に水もできます。これを代謝水といいます。海の上で水を飲めない鳥にとって、脂肪は燃料であると同時に、体の中の水の補給源にもなっていると考えられています。

💡 出発の日は、風で決める

アラスカを発つ日は、北太平洋を通る低気圧の追い風に乗れる日に重なることが多いと報告されています。燃料を節約するため、天気図まで「読んで」いるように見えます。

まとめ

渡り鳥が食べずに長く飛べるのは、いちばん軽い燃料である脂肪を体重の半分近くまで積み、使わない臓器を縮めて身軽になってから飛ぶためです。同じエネルギーを糖で積めば、体重の4倍を超えて飛び立てません。

鳥は、体そのものを燃料タンクに作り替えて飛ぶ。
脂肪は、重さに厳しい空の世界で選ばれた、いちばん軽い燃料です。

鳥が道に迷わないしくみは「渡り鳥は、どうやって道に迷わないの?」、群れで燃料を節約する並び方は「渡り鳥はなぜ、V字に並んで飛ぶの?」で解説しています。食べ物のエネルギーの測り方は「カロリー」の記事もどうぞ。

🧪 自分で確かめてみよう:燃料の重さをくらべる
  1. 食品の栄養成分表示を2つ用意します。サラダ油と、ごはん(炊いたもの)がわかりやすいです。
  2. それぞれ100gあたりのエネルギーを見くらべます。油はおよそ900キロカロリー、炊いたごはんは150キロカロリーほどです。
  3. ごはんは水を多く含んでいます。「水を抱えた糖」と「水を含まない脂肪」の差が、そのまま数字の差になっていることを確かめましょう。

秋(8〜10月ごろ)には、全国の干潟でオオソリハシシギなどのシギ・チドリ類が見られます。双眼鏡があれば、南へ旅立つ前に食べ続ける姿を観察できます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・比較生理学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:積んだ燃料で、何ワットで飛んでいる?

体重400g、脂肪200gの鳥が、1万1千kmを8日間(192時間)で飛んだとして、積んだエネルギーと平均の力(仕事率)を見積もります。

⓪ もとになる式
記号で書くとE = m × e 、 P = E ÷ t
言葉で書くと積んだエネルギー = 脂肪の重さ × 1gあたりのエネルギー。平均の力 = 積んだエネルギー ÷ 飛んだ時間
どこから来る式かエネルギーの保存。脂肪の化学エネルギーが、羽ばたく仕事と熱にすべて変わると考える
① もとになる数値
記号 m:脂肪の重さ(例)200 g
記号 e:脂肪1gあたりのエネルギー約39 kJ
記号 t:飛んだ時間(8日間)192 時間
水を抱えたグリコーゲン1gあたりのエネルギー約4.5 kJ とされる
② 計算してみる
積んだエネルギー E200 × 39 = 7800 kJ
1時間あたり7800 ÷ 192 ≒ 40.6 kJ
1秒あたり(40.6 kJ は 40600 J)40600 ÷ 3600 ≒ 11.3 W
1kmあたりに使った量7800 ÷ 11000 ≒ 0.71 kJ
同じ量をグリコーゲンで積むと7800 ÷ 4.5 ≒ 1733 g
体重の何倍か1733 ÷ 400 ≒ 4.3 倍
食べ物の単位に直す7800 ÷ 4.184 ≒ 1864 キロカロリー

平均の力は約11ワット、小さなLED電球1個ぶんほどです。積んだ燃料は約1900キロカロリーで、大人が1日に食べる量に近い値です。400gの鳥が、人の1日分の食事を体に詰めて、8日間飛ぶことになります。実際にはタンパク質も燃やすので、これは目安の見積もりです。

高校高校+なぜ脂肪はエネルギーが大きいのか

高校呼吸では、有機物が酸素と結びついて二酸化炭素と水になり、そのとき出るエネルギーでATPが作られます。脂肪の分子は炭素と水素がほとんどで、酸素をあまり含みません。まだ「燃え残り」が多い、つまり酸化されていない分、燃やしたときに出るエネルギーが大きくなります。

高校+糖は分子の中にすでに酸素を多く持ち、しかも水とよくなじむ性質のため、水和した状態でたくわえられます。脂肪は水をはじくので、水を持たずに密にしまえます。「1gあたり」と「水つきの1gあたり」の二重の差が、約8倍という開きになります。

大学脂肪を速く燃やす筋肉:β酸化と脂肪酸の運び屋

脂肪酸はミトコンドリアでβ酸化という反応をくり返して分解され、アセチルCoAとしてクエン酸回路に入ります。ふつうの哺乳類の筋肉は、脂肪を激しい運動の燃料にするのが苦手です。水に溶けない脂肪酸を、血液から筋肉へ速く運べないためです。渡り鳥では、血液中で脂肪酸を運ぶタンパク質や、筋肉の中の脂肪酸結合タンパク質が渡りの季節に大きく増えることが知られています。比較生理学では、ここが長距離飛行の鍵の一つとされています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:β酸化(ウィキペディア) / 代謝水(ウィキペディア英語版)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。小さな発信機の進歩で、渡りの記録は今も毎年のように書き換えられています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科2年「動物の体のつくりとはたらき(消化と吸収)」脂肪と糖の違い、消化の臓器
高校生物「呼吸」、物理「仕事と仕事率」脂肪が燃えるしくみ、11ワットの計算
高校+化学「油脂」の発展水をはじく脂肪と、水を抱える糖
大学生化学、比較生理学β酸化、脂肪酸の運び屋
研究行動生態学、鳥類学飛行中の眠り、飛べる距離の上限
―生活とのつながり食品のエネルギー表示、秋の干潟の野鳥観察
参考・出典
  1. Gill, R. E. ほか (2009) Extreme endurance flights by landbirds crossing the Pacific Ocean: ecological corridor rather than barrier? Proceedings of the Royal Society B
  2. Piersma, T. & Gill, R. E. (1998) Guts don't fly: small digestive organs in obese bar-tailed godwits. The Auk
  3. Jenni, L. & Jenni-Eiermann, S. (1998) Fuel supply and metabolic constraints in migrating birds. Journal of Avian Biology
  4. ウィキペディア「オオソリハシシギ」
  5. 文部科学省 科学技術・学術審議会 資源調査分科会『日本食品標準成分表』(エネルギー換算係数)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体重や脂肪の量、飛行時間は個体や年によって大きく異なります。野鳥を観察するときは、近づきすぎず、干潟の潮の満ち引きに注意してください。