キリンの血圧は、なぜ人の2倍もあるの?
― 頭まで2メートル。心臓は、血の重さごと押し上げています
血は液体なので、重さがあります。高いところへ送るほど、その重さが心臓にのしかかります。キリンの脳は心臓よりおよそ2メートルも上にあります。だからキリンの心臓は、人のおよそ2倍の圧力で血を送り出しているとされます。では、水を飲もうと頭を地面まで下げたら、何が起きるのでしょうか。
しゃがんで靴ひもを結んでいて、急に立ち上がった瞬間。目の前が白っぽくなり、ふらっとした経験はありませんか。
これが立ちくらみです。頭が心臓より少し高い位置へ動いただけで、脳へ届く血が一瞬足りなくなります。人の場合、その高さの差はせいぜい30〜40センチです。
では、頭が心臓より2メートルも上にあるキリンは、どうしているのでしょう。しかもキリンは、水を飲むたびに頭を地面まで下ろし、また2メートル上まで持ち上げます。それでも、ふらついて倒れたりはしません。
理由は、大きく2つです
血を2メートル持ち上げるには、それだけで余分な圧力がいります。キリンの心臓は壁が厚く、人のおよそ2倍の圧力を出しているとされます。
頭を下げたときの逆流を防ぐ弁、脚をきつく締めつける皮膚など、強い圧力を受け止めるしかけが体のあちこちにあります。
まずは、なぜ「高さ」が圧力になるのかを見ていきましょう。
血を持ち上げるには、血の重さぶんの力がいる
水を入れたホースの片方を高く持ち上げると、水は途中までしか上がりません。上にある水の重さが、下の水を押し返すからです。血管の中の血も同じです。心臓から上へ向かう血は、自分の上にある血の重さを押しのけて進まなければなりません。
血の重さによる圧力は、高さにほぼ比例します。1メートル上がるごとに、血圧の単位でおよそ77 mmHg(ミリメートル水銀柱)ずつ減っていきます。人の頭は心臓より35センチほど上なので、減るのは約27 mmHgです。ところがキリンでは、2メートルで約150 mmHgも減ります。
脳には、ある程度の圧で血が届き続ける必要があります。そのため、キリンの心臓はふだんから強い圧力で血を送り出しています。心臓の出口での血圧は、人のおよそ2倍にあたる200 mmHgを超えるとされます。人なら、すぐに治療が必要とされる高さです。
図1を見てください。キリンの頭を上げ下げすると、脳の高さでの血圧がどう変わるかを示しています。
頭を下げたとき、脳はどうして無事なの?
図1のつまみを左いっぱいまで動かすと、脳の高さでの血圧は340 mmHgほどになります。強い圧力で血を送る心臓と、上からのしかかる血の重さが、今度は両方とも脳のほうへ向かうからです。人がこれほどの圧を受けたら、細い血管が傷つくおそれがあります。
ところが実際のキリンは、水を飲んでも平気です。首の太い静脈には、血の逆流を止める弁がいくつも並んでいます。頭を下げても、心臓へ戻るはずの血が頭へ逆流してたまるのを防いでいると考えられています。さらに、頭の血管の周りでは、圧力の急な変化をやわらげるしくみがはたらくとされます。ただし、そのしくみがどこまで効いているのかは、まだ研究が続いています。
もう一つの難所は、脚です。キリンの足先は、心臓よりさらに2メートルほど下にあります。そのため血の重さが上乗せされ、計算上は心臓の出口よりもずっと高い圧がかかります。人なら、血管から水分がしみ出して脚がむくむところです。キリンの脚の皮膚と、その下の膜はとても硬く、きつい長靴下のように血管を外から締めつけています。この締めつけが、水分のしみ出しを抑えていると報告されています。
ヘビの心臓の位置は、暮らし方でちがうことが知られています。木に登るヘビは、体を立てて頭が高くなる時間が長くなります。そのため心臓が頭寄りにあり、脳までの高さを短くしているとされます。いっぽう海で暮らすヘビは、水が体を支えるので血の重さが問題になりにくく、心臓は体の真ん中寄りです。血の重さという同じ物理に、生き物はそれぞれのやり方で答えているのです。
首の長い大型恐竜が頭を高く持ち上げていたとすると、脳は心臓より何メートルも上になります。その場合に必要な血圧は、キリンの数倍に達すると見積もられています。そこで、「頭をそれほど高く上げていなかったのでは」という説も出ています。骨しか残っていないので、決着はついていません。
まとめ
血には重さがあるので、高いところへ送るほど強い圧力がいります。キリンは心臓の壁を厚くして、人のおよそ2倍の血圧で脳まで血を届けています。そのうえで、頭を下げたときや脚の先で圧が上がりすぎないよう、弁や硬い皮膚で受け止めています。私たちの立ちくらみは、その同じ物理が、たった数十センチの差でちょっと顔を出したものです。
背が高いことは、重い血を持ち上げ続けること。
キリンの高血圧は、病気ではなく体の設計です。
足の血がどうやって心臓へ戻っているのかは「立ちっぱなしだと足がむくむのは、なぜ?」で、高い所で起きる体の変化は「高山病の記事」でも解説しています。
- 透明なビニールホース(1〜2メートル)を水で満たし、両端を指でふさぎます。
- 片方の端を水を張ったバケツに沈めて指を離し、もう片方の端をふさいだまま、少しずつ高く持ち上げてみます。
- 上の端をふさいでいる指先が、高さによってどれくらい強く吸いつけられるかを比べてみましょう。
高く持ち上げるほど、指が強く吸いつけられます。上の水の重さが、下へ引っ張っているからです。キリンの心臓は、これを2メートル分、毎秒押し返しています。水を扱うときは、周りを濡らさないよう屋外か風呂場で行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(比較生理学・生体流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 水圧(静水圧):液体の重さによる圧力。深いところほど大きくなります。血の中でも同じことが起きます。
- 血圧:血管の中の血が、血管の壁を押す力の強さ。ふつう「水銀を何ミリ押し上げられるか」(mmHg)で表します。
- 起立性低血圧(立ちくらみ):立ち上がったときに頭の高さでの血圧が一時的に下がり、ふらつく状態です。
中学高校式で確かめる:キリンの心臓に必要な血圧
脳の高さで、だいたい70 mmHgの血圧が残るようにしたいとします(人の頭の高さでの値を目安にした仮定です)。心臓の出口でいくら必要かを、液体の圧力の式で見積もります。
| 記号で書くと | P心臓 = P脳 + ρ × g × h |
| 言葉で書くと | 心臓の出口の血圧 = 脳で必要な血圧 + 血の密度 × 重力加速度 × 心臓から脳までの高さ |
| どこから来る式か | 液体の中の圧力のつり合い(静水圧の式)。高さ h ぶんの血の柱の重さが、下の血を押す圧力になります。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| ρ | 血の密度(kg/m³)。水より少し重い |
| g | 重力加速度(m/s²) |
| h | 心臓から脳までの高さ(m) |
| P | 血圧(mmHg)。1 mmHg は 133.3 Pa |
| 血の密度 | およそ 1050 kg/m³ |
| 重力加速度 | 9.8 m/s² |
| キリンの心臓から脳までの高さ(大人の目安) | およそ 2 m |
| 人の心臓から脳までの高さ | およそ 0.35 m |
| 脳の高さで残したい血圧(仮定) | およそ 70 mmHg |
| 血の柱1 mあたりの圧力(Pa) | 1050 × 9.8 = 10290 |
| キリンの2 m分の圧力(Pa) | 10290 × 2 = 20580 |
| mmHgに直す | 20580 ÷ 133.3 ≒ 154 |
| キリンの心臓に必要な血圧 | 154 + 70 = 224 |
| 人の0.35 m分の圧力(Pa) | 10290 × 0.35 = 3601.5 |
| mmHgに直す | 3601.5 ÷ 133.3 ≒ 27 |
| 人の心臓に必要な血圧 | 27 + 70 = 97 |
| キリンは人の何倍か | 224 ÷ 97 ≒ 2.3 |
心臓の出口で約224 mmHg、人の2倍余りという見積もりになります。キリンで実際に測られている値(200 mmHg台)と、おおむね合っています。逆に、頭を心臓より1.5 m下げたとすると、10290 × 1.5 = 15435 Pa、つまり約116 mmHgが上乗せされます。脳の高さでは 224 + 116 = 340 mmHg ほどになる計算で、図1の左端の値です。
高校高校+心臓はポンプ、血管はホース
高校高校の物理では、液体の深さ h での圧力を「ρ × g × h」と習います。プールの底で耳が痛くなるのと同じ式です。血管の中の血も液体なので、この式がそのまま当てはまります。生物では、心臓の左心室が全身へ血を送り出すことを習います。キリンでは、この左心室の壁がとても厚くなっています。
高校+壁の厚い管ほど、高い圧に耐えられます。管の壁にかかる張力は、圧力と半径に比例する(ラプラスの法則)ためです。キリンの心臓は、体の大きさのわりに特別大きいわけではないとされます。そのかわり、壁を厚くし、内側の部屋を小さめにして高い圧を出していると考えられています。
大学静水圧と、むくみを防ぐしくみ
この記事の式は、流体静力学の基本式(静水圧の式)です。脚でむくみが起きるかどうかは、血管の内と外の圧力差と、血の中のたんぱく質が水を引き戻す力のつり合い(スターリングの法則)で決まります。キリンの脚では、硬い皮膚と筋膜が外側の圧を高く保ち、このつり合いを崩さないことが報告されています(ハーゲンスらの研究)。頭を下げたときに脳の血流が保たれるしくみについては、「サイフォン(管の上を越えて液が流れる現象)」が成り立つかどうかをめぐって議論があります。
📖 式の導出や、さらに先の内容:流体静力学(静水圧) ― ウィキペディア / 血圧 ― ウィキペディア
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 頭を下げたとき、脳をどう守っているのか。 首の静脈の弁がはたらくことは知られていますが、脳の血管の周りの調節がどこまで効いているかは、まだ測定が難しいとされます。
- 首の長い恐竜の心臓。 頭を高く上げていたなら、とても大きな圧が必要になります。首の角度や心臓のつくりについて、いくつもの説があります。
- キリンはなぜ高血圧で体を壊さないのか。 人では高い血圧が続くと心臓や血管が傷みます。キリンの細胞がそれに耐えるしくみは、遺伝子の研究も含めて調べられている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに頭を下げたときのしくみは、今後の研究で説明が変わる可能性があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「水圧」/2分野「血液の循環」 | 血の重さが圧力になる話 |
| 高校 | 物理「液体の圧力」/生物「心臓と循環系」 | 式で確かめる、左心室の壁 |
| 高校+ | 物理の発展「管の壁の張力」 | 壁を厚くして高い圧を出すしくみ |
| 大学 | 比較生理学・生体流体力学 | 脚のむくみを防ぐしくみ、サイフォンの議論 |
| 研究 | 古生物学・比較生理学 | 首の長い恐竜、頭を下げたときの調節 |
| ― | 生活とのつながり | 立ちくらみ、脚のむくみ |
- Hargens AR, Millard RW, Pettersson K, Johansen K (1987) Gravitational haemodynamics and oedema prevention in the giraffe. Nature 329: 59–60.
- Mitchell G, Skinner JD (2009) An allometric analysis of the giraffe cardiovascular system. Comparative Biochemistry and Physiology Part A 154: 523–529.
- Lillywhite HB (1988) Snakes, blood circulation and gravity. Scientific American 259(6): 92–98.
- Seymour RS, Lillywhite HB (2000) Hearts, neck posture and metabolic intensity of sauropod dinosaurs. Proceedings of the Royal Society B 267: 1883–1887.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。キリンの血圧の値は測定方法や個体によって幅があります。立ちくらみがひんぱんに起きる場合は、医療機関に相談してください。