遠くの車のライトは、どれくらい離れると1つに見えるの?
― 目の細かさの限界は、瞳の小ささが決めています
まっすぐな長い道の先から車が来ると、2つのライトは最初1つの光に見えます。2つに分かれて見え始めるのは、視力1.0の人でおよそ5km手前とされます。この距離を決めているのは、目の良し悪しより先に「光が波であること」と「瞳の穴の小ささ」です。
夕暮れの海沿いの、まっすぐな道。はるか先に、ぽつんと1つの明かりが見えます。
しばらく見ていると、その明かりがふっと縦長になり、やがて左右2つの点に分かれます。車のヘッドライトだったのです。
2つのライトの間隔は、たった1.5mほど。それなのに、何kmも先では1つに溶け合って見えます。目のピントが合っていないわけではありません。
1つに見えてしまう理由は2つだけ
光は波です。波は、せまい入口を通ると少し広がって進みます。瞳は直径3mmほどの小さな穴なので、どんな点の光も網膜の上では小さな「にじんだ円」になります。
2つの光が近づいて見えるほど、2つのにじみは重なります。重なりの谷が浅くなると、脳は1つの光としか受け取れません。この境目が、目の「細かさの限界」です。
つまり、遠くのライトが1つに見えるのは、目の性能不足というより、光という波そのものの性質です。どんなに完ぺきなレンズでも、入口の大きさで決まる限界をこえることはできません。
瞳の大きさを変えると、にじみはどう変わる?
図1を見てください。左が目の入口(瞳)、右が網膜に映る2つのライトの明るさです。つまみで瞳を広げると、右のにじみの山が細くなり、まん中の谷が深くなって2つに分かれます。逆に瞳をせばめると、2つの山は1つの丘に溶けてしまいます。
にじみの広がる角度は、光の波長を瞳の直径で割った大きさで決まります。緑色の光の波長は約0.00055mm、瞳は約3mmです。この比で決まる限界の角度は、およそ0.77分角になります(1分角は、1度の60分の1)。1.5m離れた2つのライトなら、約6.7kmまでは原理的に見分けられる計算です。
それなら、夜に瞳が開けばもっと見えるの?
計算だけなら、瞳が7mmに開けば限界は2倍以上細かくなります。ところが実際の目は、そうはなりません。瞳を広げると、レンズの端を通る光まで使うことになります。目のレンズは端ほどゆがみが大きく、そのぼけが波のにじみを上回ってしまうのです。
人の目がいちばん細かく見えるのは、瞳が2〜3mmのあたりとされています。ちょうどこの大きさで、波のにじみと、網膜の中心に並ぶ光を受ける細胞の間隔とが、だいたい釣り合っていると考えられています。入口の穴、レンズ、細胞の並び。どれか1つだけ良くしても得にならない、無駄の少ない作りです。
実際の視力1.0は、「1分角まで見分けられる」という意味で決められています。限界の0.77分角より少し粗いですが、同じけたです。この1分角を使うと、ライトが2つに分かれる距離は約5kmになります。
月までの距離は約38万km。1分角は、そこでは約110kmの幅にあたります。つまり肉眼で月面に見分けられるのは、東京から宇都宮くらい(約100km)の大きさの模様までです。大きなクレーターが点にしか見えないのは、このためです。
北斗七星の柄の先から2番目の星には、すぐ隣に小さな星が寄りそっています。2つの間隔は約12分角です。限界の1分角よりずっと広いのに、片方が暗いため見落としやすく、昔から視力をためす星として語り継がれてきたとされています。
まとめ
遠くの2つの光が1つに見えるのは、光が波で、瞳という小さな穴を通るとにじむからです。にじみの角度は「波長÷瞳の直径」で決まり、人の目ではおよそ1分角。1.5m離れたライトなら、約5kmが見分けられる境目になります。
目の細かさの限界は、
光の波と、3mmの穴の大きさが決めている。
光が波だと分かるまでの物語は「光が「波」だと、どうやって分かったの?」、同じにじみが空に輪をつくる話は「月のまわりに、虹色の小さな輪が見えるのはなぜ?」、目が受け取れる光の量の限界は「人の目は、光の粒いくつで「見えた」と感じるの?」で読めます。
- 白い紙に、黒いペンで2本の線を1mmの間隔で平行に引きます。
- 紙を壁にはり、少しずつ後ろへ下がります。2本が1本の灰色の線に見え始めた距離を、歩幅で測ります。
- 視力1.0の人なら、約3.4mで1本に溶け合う計算です(1mm÷1分角)。明るい部屋と薄暗い部屋でくらべてみましょう。
眼鏡やコンタクトをしている人は、いつもの状態で測ってください。紙に小さな穴(針でつついた穴)をあけてのぞくと、瞳が小さくなるのと同じになり、にじみが増えて1本に見える距離が近くなるのも確かめられます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(光学・視覚科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 回折(かいせつ):波が、せまいすき間や物のふちを通るときに、回りこんで広がる現象。
- 分解能(ぶんかいのう):近くにある2つの点を、2つとして見分けられる細かさ。角度で表すことが多い。
- エアリー円盤:円い穴を通った点の光が、回折によって広がってできる、明るい円とそのまわりのうすい輪。
中学高校式で確かめる:ライトが2つに見える距離
瞳を通った光のにじみの角度を求め、その角度で1.5m離れたライトが見分けられる距離を出します。
| 記号で書くと | θ = 1.22 × λ ÷ D 、 L = s ÷ θ |
| 言葉で書くと | 見分けられる限界の角度 = 1.22 × 光の波長 ÷ 瞳の直径。見分けられる距離 = 2つの光の間隔 ÷ 限界の角度 |
| どこから来る式か | 円い穴で回折した光は、中心の明るい円のまわりに最初の暗い輪をつくります。その輪の角度が 1.22 × λ ÷ D です。「片方の光の中心が、もう片方の暗い輪に重なったら見分けの限界」とする決め方を、レイリーの基準といいます。2つめの式は、角度が小さいときに成り立つ「弧の長さ = 距離 × 角度」を変形したものです。 |
記号の単位は次のとおりです。
| θ | 見分けられる限界の角度(ラジアン) |
| λ | 光の波長(mm)。緑色の光で約0.00055mm |
| D | 瞳の直径(mm) |
| s | 2つの光の間隔(m) |
| L | 2つに見え始める距離(m) |
| 緑色の光の波長 | 約 0.00055 mm(目がいちばん感じやすい色) |
| 明るい場所での瞳の直径 | 約 3 mm |
| 2つのヘッドライトの間隔 | 約 1.5 m |
| 1分角をラジアンで表すと | 約 0.000291 |
| 1.22 × 波長 | 1.22 × 0.00055 = 0.000671 mm |
| 瞳の直径でわる(限界の角度) | 0.000671 ÷ 3 ≒ 0.000224 ラジアン |
| 分角に直す | 0.000224 ÷ 0.000291 ≒ 0.77 分角 |
| 原理上の、2つに見える距離 | 1.5 ÷ 0.000224 ≒ 6700 m |
| 視力1.0(1分角)での距離 | 1.5 ÷ 0.000291 ≒ 5150 m |
| 月面で1分角にあたる幅 | 384000 × 0.000291 ≒ 112 km |
回折だけで決まる限界は約6.7km、実際の視力1.0では約5kmです。両者が同じけたにそろうことが、人の目が回折の限界近くまで性能を引き出していることを示しています。
高校高校+望遠鏡が大きいほどよく見える理由
高校高校物理では、すき間や格子による光の回折と干渉を学びます。すき間が波長にくらべて広いほど、回折による広がりの角度は小さくなります。瞳もこのすき間の一種で、直径が大きいほど細かく見えるのは同じ理由です。
高校+望遠鏡の口径を大きくするのは、集める光を増やすためだけではありません。直径2.4mの宇宙望遠鏡なら、同じ式で限界の角度は人の瞳の約800分の1になります。地上の大望遠鏡では、空気のゆらぎのほうが回折より大きなぼけを生むため、それを打ち消す工夫が使われています。
大学フラウンホーファー回折と、網膜の標本化
円い開口によるフラウンホーファー回折では、像の明るさはベッセル関数を使った式で表され、中心の明るい部分をエアリー円盤と呼びます。1.22という係数は、1次のベッセル関数が最初に0になる位置から出てきます。一方、網膜は光を受ける細胞が並んだ「標本化」の装置で、細かさの上限は細胞の間隔からも決まります(標本化定理)。人の目では、瞳が2〜3mmのときに回折の限界と細胞の間隔がおおむね釣り合うとされています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:エアリーディスク(ウィキペディア) / フラウンホーファー回折(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 猛禽類の目は、どこまで細かいのか。 ワシやタカの視力は人の2倍前後とされますが、測り方で値が大きく変わり、野外の実際の細かさはまだ議論があります。
- 脳による「補正」の大きさ。 2本の線のわずかなずれは、限界の角度よりずっと小さくても見分けられることが知られています(副尺視力)。脳がどう情報を足し合わせているかは研究が続いています。
- 近視が増えている理由。 目の細かさの限界とは別に、子どもの近視が世界的に増えています。屋外で過ごす時間との関係が調べられていますが、しくみはまだ確定していません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。限界の角度の式そのものは確かですが、実際の目がどこまでそれに迫れるかは、人と条件によって変わります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1年「光と音」、目のつくり | 瞳とレンズと網膜の役割 |
| 高校 | 物理「波の回折と干渉」 | 小さな穴を通った光のにじみ |
| 高校+ | 物理の発展「光学機器の分解能」 | 望遠鏡の口径と見える細かさ |
| 大学 | 光学、視覚科学 | エアリー円盤、レイリーの基準、網膜の標本化 |
| 研究 | 視覚生理学、眼科学 | 猛禽類の視力、副尺視力、近視の増加 |
| ― | 生活とのつながり | 遠くの光の見え方、視力検査、天体観察 |
- ウィキペディア「エアリーディスク」
- ウィキペディア「視力」
- ウィキペディア「回折」
- E. Hecht『Optics』(光学の教科書。円形開口の回折と分解能の章)
- F. W. Campbell, D. G. Green (1965) 瞳の大きさと目の分解能に関する研究, Journal of Physiology
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。見え方には個人差があります。目の見え方に不安があるときは、眼科で検査を受けてください。