濡れた犬は、なぜブルブルッと体を振るの?
― 小さい動物ほど、速く振らないと水が飛びません
お風呂あがりの犬は、ほんの数秒体を振るだけで、毛の水の大半を飛ばしてしまいます。あれは気まぐれな動きではありません。水を乾かすより振り落とすほうがずっと「安い」こと、そして体の大きさに合わせた、ちょうどよい速さで振っていることが分かっています。
散歩の途中で雨に降られた犬を、玄関でタオルを持って待ちかまえます。ところが拭くより先に、犬は足をふんばって体をブルブルッ。玄関じゅうに水しぶきが飛び散ります。
よく見ると、振り方には順番があります。まず頭、次に肩、最後にお尻へと、波が後ろへ伝わるように揺れていきます。皮膚は体よりも大きく、ぶかぶかと左右に振り回されています。
ネコも、ネズミも、クマも同じことをします。でも、振る速さは動物によってまったく違います。小さなネズミの振り方は、速すぎて目では追えないほどです。
ブルブル振る理由は、2つだけ
水が蒸発するときには、たくさんの熱を持っていきます。毛にたまった水を体温で乾かすと、1日に食べるエネルギーの何割かを使ってしまうほどです。振り落とせば、その熱はほとんど失わずにすみます。
水の粒は、表面張力で毛にくっついています。これを引きはがすには、体を振り回して、外へ飛び出そうとする力を十分に大きくしなければなりません。体が小さいほど、速く振る必要があります。
1つ目は「なぜ振るのか」、2つ目は「どれくらいの速さで振るのか」の答えです。順に見ていきましょう。
水を乾かすのは、思ったより高くつく
私たちは濡れてもタオルで拭けます。でも、毛皮の動物にタオルはありません。放っておけば、水は体温で少しずつ蒸発していきます。
ここに落とし穴があります。水は蒸発するとき、まわりから大量の熱を奪います。同じ量のお湯を100℃まで温めるより、5倍以上も多い熱が必要です。濡れた毛の動物は、自分の体温でこの熱を払わされることになります。
研究によると、体重27キロほどの犬がずぶ濡れになると、毛には約0.5リットルの水がたまるとされています。これを全部体温で乾かすと、その犬が1日に食べるエネルギーの約2割にあたる熱が必要になります(計算は最後の折りたたみにあります)。寒い日なら、体が冷えて命にかかわることもあります。
一方、数秒体を振るのに使うエネルギーは、ほんのわずかです。犬は約4秒で、毛の水の約7割を飛ばせると報告されています。「乾かす」より「振る」ほうが、けた違いに安上がりなのです。
小さい動物ほど、なぜ速く振るの?
水の粒は、表面張力という力で毛にしがみついています。じっとしていれば、重力に引かれても落ちません。落とすには、重力の10倍ほどの勢いで外へ飛ばす必要があります。
体をひねって振ると、毛の先はぐるっと弧を描きます。このとき水の粒には、外へ飛び出そうとする力(遠心力)がかかります。この力は、振る速さが2倍になると4倍になります。また、振り回す半径が大きいほど強くなります。
ここで体の大きさが効いてきます。クマのように胴が太い動物は、ゆっくり振っても大きな弧を描けます。ネズミの胴は細いので、弧が小さくなります。そのぶんを、振る速さで取り戻すしかありません。
図1を見てください。胴の半径に対して、水を飛ばすのに必要な「1秒間に振る回数」を計算した曲線です。半径が4分の1になると、必要な回数は2倍になります。つまみを動かすと、いろいろな体の大きさで確かめられます。
計算では、中くらいの犬で1秒に約4回、ネズミで約14回になります。実際に測ってみても、犬は1秒に4〜5回ほど振るとされ、計算とよく合います。ネズミのような小さな動物はもっと速く、1秒に20回をこえるとされています。
ゆるい皮膚にも意味があります。体の骨は小さくしか回転しなくても、たるんだ皮膚はむちのように大きく振り回されます。これで振り回す半径と速さがかせげ、水をよく飛ばせると考えられています。
人の体は毛が少なく、水は肌の上に薄く広がってくっつきます。粒になって毛先に集まらないので、振っても飛びにくいのです。私たちには、そのかわりにタオルという道具があります。サラダの水切り器(くるくる回すかご)は、犬と同じ「振り回して飛ばす」しくみを道具にしたものです。
まとめ
濡れた動物が体を振るのは、水を体温で乾かすと大量の熱を奪われるからです。振り落とすには、水の粒が毛にしがみつく力より強い遠心力が必要です。遠心力は振り回す半径にも比例するので、細い体の小さな動物ほど速く振らなければなりません。ネズミからクマまで、動物はそれぞれの体に合った速さで、数秒のうちに水を飛ばしています。
ブルブルの速さは、体の大きさで決まっている。
小さな体は、速く振って水に勝つ。
犬が体温をどうやって下げているのかは「犬は、なぜ舌を出してハアハアするの?」で、小さな体と水の粒の不思議な関係は「蚊は、自分より重い雨粒に当たっても、なぜ平気なの?」で紹介しています。
- 歯ブラシを水で濡らし、手首だけを使って小さく振ります。水があまり飛ばないことを確かめます。
- もう一度濡らし、今度は同じくらいのリズムで、腕ごと大きく振ります(まわりに人や物がない場所で)。
- 2回の水しぶきの量をくらべます。同じリズムでも、半径が大きいほうがよく飛ぶはずです。
犬を飼っている人は、濡れた犬が振る様子をスマートフォンのスロー撮影で撮ってみてください。頭から尻尾へ揺れが伝わる様子と、皮膚が大きく振り回される様子が見えます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・生体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 表面張力:水が自分の表面をできるだけ小さくしようとする力。水の粒が丸くなり、毛にしがみつく原因です。
- 遠心力:ぐるっと回るものに乗って見たときに、外へ押し出されるように感じる力。回る速さの2乗と半径に比例します。
- 気化熱(蒸発熱):液体が気体になるときに、まわりから奪う熱。水1キログラムで約2260キロジュールとされます。
中学高校式で確かめる:犬は1秒に何回振ればよいか
水の粒をはがすのに必要な加速度を表面張力から求め、それを生み出すのに必要な振る回数を、胴の半径から計算します。
| 記号で書くと | a = (2πf)² × R はがれる条件: a ≧ 3γ ÷ (2ρr²) |
| 言葉で書くと | 外へ飛ばす加速度 = (2π × 1秒に振る回数)の2乗 × 振り回す半径。これが「表面張力 ÷ 水の粒の重さ」で決まる値をこえると、粒がはがれる |
| どこから来る式か | 円運動の向心加速度の式と、粒を毛にとめる表面張力の力(粒のまわりの長さ × γ)と、粒の質量 × 加速度のつり合い |
| a | 水の粒にかかる外向きの加速度(単位は m/s²) |
| f | 1秒に振る回数(単位は 回/秒) |
| R | 振り回す半径=胴の半径(単位は m) |
| γ | 水の表面張力(単位は N/m) |
| ρ | 水の密度(単位は kg/m³) |
| r | 水の粒の半径(単位は m) |
| 水の表面張力 γ | 約 0.072 N/m |
| 水の密度 ρ | 1000 kg/m³ |
| 毛先の水の粒の半径 r | 約 1 mm(0.001 m) |
| 中型犬の胴の半径 R | 約 0.15 m |
| 重力加速度 | 9.8 m/s² |
| 分子:3 × γ | 3 × 0.072 = 0.216 |
| 粒の半径の2乗 | 0.001 × 0.001 = 0.000001 |
| 分母:2 × ρ | 2 × 1000 = 2000 |
| 分母:2ρ × r² | 2000 × 0.000001 = 0.002 |
| 必要な加速度 a | 0.216 ÷ 0.002 = 108 m/s² |
| 重力の何倍か | 108 ÷ 9.8 ≒ 11 倍 |
| 犬:a ÷ R | 108 ÷ 0.15 = 720 |
| 犬:その平方根(=2πf) | 720 の平方根は およそ 26.8 とされます |
| 犬:1秒に振る回数 f | 26.8 ÷ 6.28 ≒ 4.3 回 |
| ネズミ(R=0.015 m):a ÷ R | 108 ÷ 0.015 = 7200 |
| ネズミ:その平方根 | 7200 の平方根は およそ 84.9 とされます |
| ネズミ:1秒に振る回数 f | 84.9 ÷ 6.28 ≒ 13.5 回 |
犬は約4回、ネズミは約14回。半径が10分の1になると、必要な回数は約3.2倍(10の平方根)になります。実測の犬の4〜5回とよく合います。
| 毛にたまる水(27 kg の犬) | 約 0.5 kg とされます |
| 蒸発に必要な熱 | 0.5 × 2260 = 1130 キロジュール |
| キロカロリーに直す | 1130 ÷ 4.18 ≒ 270 キロカロリー |
| 1日に必要なエネルギー(目安) | 約 1300 キロカロリーとされます |
| 1日分に対する割合 | 270 ÷ 1300 ≒ 0.21 |
1回ずぶ濡れになっただけで、1日分のエネルギーの約2割。ごはん約1食分を、乾かすだけで失う計算です。
高校高校+速さの2乗と、半径の1乗
高校円運動の向心加速度は、角速度をωとして a = ω²R です。角速度は1秒に回る回数の2π倍なので、振る回数を2倍にすると加速度は4倍になります。必要な加速度が決まっていれば、ω²R が一定なので、ωは半径の平方根に反比例します。
高校+実際の動物では、胴のひねりよりも、ゆるい皮膚のほうが大きく揺れるとされます。皮膚は胴から少し遅れて揺れるので、振り子をつないだように速さが上乗せされます。むちの先が手元より速く動くのと似たしくみです。
大学相似則と、ボンド数
体の大きさと運動の関係を体重のべき乗で表す考え方を、相似則(アロメトリー)と呼びます。胴の半径は体重の3分の1乗に比例するので、上の式からは、振る回数が体重のおよそ「マイナス6分の1乗」に比例すると予想されます。2012年のディッカーソンらの測定では、さまざまな大きさの哺乳類で、振る回数は体重の約マイナス0.22乗に比例したと報告されています。遠心力と表面張力の比は、流体力学でボンド数と呼ばれる無次元量の一種で表せます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ディッカーソンら(2012)濡れた哺乳類の振り方の測定論文 / ウィキペディア「遠心力」
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 実測が計算より少し速いのはなぜか。 小さな動物ほど、単純な式の予想より速く振る傾向があります。皮膚のたるみ方や毛の密度の違いが影響していると考えられていますが、詳しくは分かっていません。
- 何が「振れ」の合図になるのか。 ネズミの実験で、毛の根元にある触覚の神経が、この動きの引き金になっているとする研究が報告されています。ほかの動物でも同じかは、これからの課題です。
- 激しく振っても、目が回らないのはなぜか。 頭は重力の何倍もの勢いで揺れているはずですが、脳や目への影響がどう抑えられているかは、よく調べられていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。体の小さい動物ほど速く振る、という大きな傾向は、測定と計算の両方で確かめられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「力のはたらき」「状態変化」 | 水の粒にかかる力、蒸発で熱が奪われること |
| 高校 | 物理「円運動」、物理基礎「熱量」 | 向心加速度 a = ω²R、気化熱の計算 |
| 高校+ | 物理(発展)「表面張力」 | 粒を毛にとめる力と、はがれる条件 |
| 大学 | 流体力学・生体力学(相似則) | ボンド数、体重のべき乗則 |
| 研究 | 動物行動学・神経科学 | 振る動きの引き金となる神経、皮膚の役割 |
| ― | 生活とのつながり | 濡れた犬はすぐ拭くか、振らせてから拭く。サラダの水切り器 |
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。動物の体格や毛の状態によって値は大きく変わります。濡れた動物は、寒い日には早めに拭いて体を冷やさないようにしてください。