飛行機が着陸する前に、なぜ耳が痛くなるの?
― 鼓膜の奥の空気は、「入れる」ほうがずっと難しいのです
離陸のときは平気だったのに、着陸の少し前から耳がツーンと痛くなる。多くの人が経験するこの違いには、はっきりした理由があります。鼓膜の奥には閉じた空気の部屋があり、そこへ空気を「出す」のは簡単でも、「入れる」のはずっと難しいのです。
飛行機が高度を下げはじめ、「まもなく着陸態勢に入ります」とアナウンスが流れます。そのころから耳がふさがったようになり、まわりの音が遠く聞こえます。
ひどいときは、耳の奥をぎゅっと押されるような痛みに変わります。近くの席では、赤ちゃんが急に泣きだしました。
つばを飲みこむと、耳の奥で「プチッ」と音がして、すっと楽になります。いったい耳の中で、何が起きていたのでしょうか。
理由は2つだけ
鼓膜のすぐ奥には、空気の入った小さな部屋があります。外の気圧だけが変わると、鼓膜は内と外から違う力で押され、引っぱられて痛みます。
部屋とのどは細い管でつながっていますが、ふだんは閉じています。この管は、空気を外へ逃がすときは開きやすく、中へ入れるときは開きにくいのです。
つまり耳が痛くなるのは、飛行機が「おりる」ときに、耳の中へ空気を入れる必要が出てくるからです。順番に見ていきましょう。
鼓膜は、内と外の空気にはさまれた「うすい膜」です
耳の穴の突き当たりには、鼓膜という厚さ0.1mmほどのうすい膜があります。その奥は、耳の中の小さな空洞です。空洞の中は空気で満たされていて、鼓膜はこの空気と外の空気にはさまれています。
ふだんは、内側と外側の気圧が同じです。だから鼓膜はどちらにも押されず、音の振動だけを受けて自由に震えます。
ところが飛行機では、機内の気圧が大きく変わります。旅客機は高い空を飛ぶとき、機内に空気を送りこんでいます。それでも機内は、標高2000mあまりの山の上と同じくらいまで気圧が下がるとされています。そして着陸に向けて、地上の気圧まで戻っていきます。
このとき外の気圧だけが上がり、鼓膜の奥の気圧が低いままだと、鼓膜は外から内側へぐっと押しこまれます。うすい膜が引きのばされるので、痛みとして感じるのです。音も伝わりにくくなり、耳がふさがったように感じます。
空気は「出す」のは簡単、「入れる」のは難しい
鼓膜の奥の部屋は、耳管(じかん)という細い管で、鼻の奥からのどにかけての空間とつながっています。この管が開けば、部屋の気圧は外と同じにそろいます。
ただし耳管は、ふだんはやわらかい壁どうしがくっついて閉じています。開くのは、つばを飲みこむ、あくびをする、といった一瞬だけです。のどの筋肉が管の壁を引っぱって、すき間をつくります。
図1の左を見てください。飛行機がのぼるときは外の気圧が下がり、部屋の空気が外より多くなります。すると中の空気が、閉じた管を内側から押し広げます。空気は勝手に外へ抜けていくので、痛みはあまり出ません。
図1の右は、おりるときです。今度は部屋の空気が足りず、中が外より低い気圧になります。すると管は外から押され、壁どうしがいっそう強くくっつきます。空気を入れるには、筋肉の力で管をこじ開けるしかありません。
気圧の差が小さいうちは、つばを飲みこむだけで開きます。ところが差が大きくなりすぎると、飲みこんでも管が開かなくなるとされています。着陸の直前に痛みが強くなるのは、差が少しずつたまっていくためです。
つばを飲みこんだときに聞こえる「プチッ」「パクッ」という音は、耳管が開いて空気が流れこみ、押しこまれていた鼓膜が元の位置へ戻る音です。新幹線でトンネルに入ったときや、エレベーターで高いビルを一気にのぼりおりしたときにも、同じことが起きています。
子どもの耳管は、大人より短く、横に寝た向きをしていて、開閉のしくみもまだ未熟だとされています。自分で耳抜きもできません。着陸に向けて高度を下げはじめたら、授乳やミルク、飲み物で飲みこむ動きをさせると楽になりやすいとされています。
じゃあ、どうすればいいの?
- 高度を下げはじめたら、こまめに飲みこむ水を少しずつ飲む、あめをなめる、ガムをかむ、あくびをする。差が小さいうちに何度も開けるのがコツです。
- 着陸前は眠らない眠っていると飲みこむ回数が減り、差がたまってしまいます。
- 耳抜きは「やさしく」鼻をつまみ、口を閉じて軽く鼻へ息を送ります。強くいきむと、かえって耳を傷めることがあります。
風邪や花粉症で鼻がつまっているときは、耳管の入り口もはれていて開きにくくなっています。飛行機の予定があるときは、事前に耳鼻咽喉科で相談しておくと安心です。着陸後も痛みや聞こえにくさが続くときは、早めに受診しましょう。
まとめ
鼓膜の奥には、閉じた空気の小部屋があります。飛行機がのぼるときは、この部屋の空気が管から勝手に抜けてくれます。おりるときは、閉じた管をこじ開けて空気を入れなければなりません。着陸前にだけ耳が痛くなるのは、この「出しやすく、入れにくい」という片側通行の性質のためです。
耳の奥の空気は、出ていくのは勝手でも、
入ってくるには、あなたの「ごくん」が必要です。
気圧のちがいが体にどう効くかは「高山病は、なぜ標高を上げただけで起きるの?」、見えない空気の圧の大きさは「なぜストローで飲み物が飲めるの?」でも取り上げています。
- 静かな部屋で、耳に意識を集中して、つばをゆっくり飲みこみます。耳の奥で小さく「パクッ」と鳴るか聞いてみましょう。
- 次に、大きくあくびをしてみます。飲みこんだときと、音や感じ方がどう違うか比べてみましょう。
- 高層ビルのエレベーターや、山道を車でくだるときに、耳がふさがる感じがいつ始まり、何回飲みこむと消えるかを数えてみましょう。
鼻をつまんで強くいきむ実験はしないでください。耳が痛いときや、風邪をひいているときも試さないようにしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(耳鼻咽喉科学・生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 中耳(ちゅうじ):鼓膜の奥にある、空気の入った空洞。音を伝える小さな骨(耳小骨)がおさまっています。
- 耳管(じかん):中耳と、鼻の奥ののど(上咽頭)をつなぐ管。ふだんは閉じていて、飲みこみやあくびで一瞬開きます。
- 航空性中耳炎:飛行機の気圧変化で中耳と外の気圧差が解消できず、鼓膜や中耳の粘膜が傷む状態。「気圧外傷」の一種です。
中学高校式で確かめる:着陸までの気圧差は、プールで何m潜るのと同じ?
機内の気圧の変化を、水の深さに置きかえてみます。記号の意味と単位は、表のすぐあとにまとめています。
| 地上の気圧(標準) | 約1013 hPa |
| 高い空を飛ぶときの機内の気圧(下限の目安) | 約750 hPa とされる |
| 水に1m潜るごとに増える圧力 | 約98 hPa |
| 鼓膜の面積 | 約0.6 cm²(0.00006 m²)とされる |
| 飲みこんでも耳管が開かなくなるとされる差 | 約90 mmHg |
| 着陸までに戻る気圧の差 | 1013 − 750 = 263 hPa |
| 水の深さに直すと | 263 ÷ 98 ≒ 2.7 m |
| 耳管が開かなくなる差を hPa に直す(1 mmHg ≒ 1.333 hPa) | 90 × 1.333 ≒ 120 hPa |
| その差を水の深さに直すと | 120 ÷ 98 ≒ 1.2 m |
| 120 hPa を Pa に直す | 120 × 100 = 12000 Pa |
| 鼓膜を押す力(圧力 × 面積) | 12000 × 0.00006 = 0.72 N |
| 重さに直すと(0.72 N ÷ 9.8) | 0.72 ÷ 9.8 ≒ 0.073 kg |
飛行機がおりてくるあいだに耳が受ける気圧の変化は、プールの底へ2.7mほど潜るのと同じくらいです。飲みこまずにいて、深さ1.2m分ほどの差がたまると、耳管は開きにくくなるとされています。そのとき鼓膜は、小指の先ほどの面積に70gあまりの重さがのった状態になります。
| 記号 | 意味と単位 |
| hPa | ヘクトパスカル。気圧の単位で、1 hPa = 100 Pa |
| mmHg | 水銀柱ミリメートル。医学でよく使う圧力の単位 |
| N | ニュートン。力の単位で、約0.1 kg のものの重さが約1 N |
高校高校+なぜ「片側通行」になるのか
高校中耳は、骨で囲まれてほとんど形が変わらない空洞です。外の気圧だけが変わると、動けるのは鼓膜だけです。だから圧力の差は、ほぼそのまま鼓膜を押す力になります。ボイルの法則で考えると、中耳の体積はわずかしか変わらないので、気圧もほとんど追いつきません。
高校+耳管ののど側の部分は、骨ではなく軟骨とやわらかい組織でできています。中耳の圧が高いときは、中から押されて壁がはがれるように開きます。中耳の圧が低いときは、外から壁が押しつけられ、弁のように閉じる向きの力がかかります。これが、上昇時は受け身で空気が抜け、下降時は筋肉で開ける必要がある理由です。
大学耳管を開く筋肉と、中耳の空気が減っていくしくみ
耳管を開く主な役目は、口蓋帆張筋(こうがいはんちょうきん)という、のどの奥の筋肉が担うとされています。飲みこみやあくびのとき、この筋肉が管の壁を横へ引いてすき間をつくります。また中耳の粘膜は、中の空気の成分を少しずつ血液へ吸収しています。そのため飛行機に乗っていなくても、耳管がまったく開かないと中耳は徐々に陰圧になります。鼻炎などで耳管の働きが落ちると、滲出性中耳炎につながるのはこのためです。医療では、鼓膜の動きやすさを測る検査(ティンパノメトリー)で中耳の圧を調べます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 耳管が開く動きの細かいしくみ。 どの筋肉がどの順番で働き、管のどこが最初に開くのかは、画像で直接とらえるのが難しく、いまも調べられています。
- 耳の痛みやすさの個人差。 同じ便に乗っても痛む人と平気な人がいます。管の形・粘膜の状態・筋肉の働きのどれがどれだけ効いているのか、まだ十分には分かっていません。
- 予防法の効き目の比べ方。 鼻の薬、耳抜き用の器具、気圧調整をうたう耳栓などが使われていますが、どれがどの人にどれほど効くかは、研究によって結果が分かれています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに痛みの感じ方には大きな個人差があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科(大気圧・水圧、耳のつくり) | 鼓膜が内と外の空気にはさまれるしくみ、水深への換算 |
| 高校 | 物理(圧力・気体の法則)、生物(受容器) | 圧力 × 面積の力、形の変わらない空洞 |
| 高校+ | 物理の発展(やわらかい管と弁) | 耳管が片側通行になる理由 |
| 大学 | 耳鼻咽喉科学・生理学 | 口蓋帆張筋、中耳のガス交換、中耳炎 |
| 研究 | 耳管機能の研究 | 開く動きの詳細、個人差、予防法の評価 |
| ― | 生活とのつながり | 飛行機・新幹線・エレベーター・山道での耳の不快感 |
- アメリカ連邦航空局(FAA)・パイロット向け安全資料「Ear Facts」
- メイヨー・クリニック「Airplane ear(航空性中耳炎)」
- 切替一郎 原著『新耳鼻咽喉科学』南山堂(中耳・耳管の解剖と生理)
- 日本耳科学会・日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の耳管機能に関する診療の手引き
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。耳の痛み・聞こえにくさが続く場合や、耳から液が出る場合は、自己判断せず耳鼻咽喉科を受診してください。航空会社や医師の指示がある場合はそれに従ってください。