犬にチョコレートをあげてはいけないのは、なぜ?
― 人が平気なのは、分解が速いからです
同じ一かけらのチョコレートが、人にはただのおやつで、犬には体を壊すものになります。犬だけに特別な弱点があるわけではありません。カカオに入っているある物質を「どれだけ速く片づけられるか」が、人と犬とで一けた近く違うのです。
テーブルの上に置いていた板チョコが、いつのまにか包み紙だけになっています。足もとで、犬がこちらを見上げています。
あなたは同じチョコレートを毎日のように食べていて、何ともありません。だから最初は「少しくらい平気だろう」と思うかもしれません。
けれども犬の体の中では、あなたの体とはまるで違う時間の流れで、その成分がとどまり続けています。
理由は、大きく2つです
カカオにはテオブロミンという成分が入っています。人はこれを数時間で半分まで減らせますが、犬は半分にするだけで半日以上かかるとされています。減らないうちに、効きめが積み上がります。
体に効く量は「食べた量」ではなく「体重1キログラムあたりの量」で決まります。同じ板チョコ1枚でも、体重5キログラムの犬にとっては、大人が食べたときの十数倍の濃さになります。
この2つが重なると、人の「おやつ」が、犬にとっては「減らないまま濃く効き続けるもの」に変わります。順番に見ていきます。
1.同じ物質なのに、片づける速さが違う
テオブロミンは、コーヒーに入っているカフェインとよく似た形をした物質です。心臓を速く打たせ、神経を興奮させるはたらきがあります。人でも犬でも、このはたらき自体は同じように起こります。
違うのは、そのあとです。体に入った物質は、肝臓にある酵素というはたらき手によって、少しずつ別の形に作り変えられ、外へ出されていきます。この作り変えの速さは、生き物の種類ごとに大きく違います。
テオブロミンが体の中で半分の量まで減るのにかかる時間は、人ではおよそ数時間、犬ではおよそ17.5時間とされています。図1を見てください。同じだけ食べたとしても、その後の減り方がまったく違うことが分かります。
減るのが遅いということは、次の食事や翌日まで効きめが残るということです。少しずつ何度かもらっていると、減りきる前に足し算されていきます。
2.効きめを決めるのは「体重あたりの量」
もうひとつの理由は、体の大きさです。同じ量の物質でも、小さな体に入れば、それだけ濃く回ります。薬の量が体重で決められているのと同じ理屈です。
図2は、板チョコ50グラムを、体重60キログラムの大人と、体重5キログラムの小型犬が食べた場合を並べたものです。入ってくる量そのものは同じでも、体重1キログラムあたりでは約12倍の差になります。
さらに、カカオの割合が高いチョコレートほどテオブロミンは多く入っています。ビターやカカオ70%といった製品は、ミルクチョコレートより数倍濃いとされています。同じ「チョコ一枚」でも、意味が変わります。
タマネギやネギも、犬や猫では赤血球を壊してしまうことが知られています。こちらはテオブロミンとは別のしくみです。タマネギに含まれる硫黄を持つ成分が、赤血球を酸化に弱い状態にしてしまうためと考えられています。加熱しても弱まらないため、煮汁やハンバーグでも起こり得ます。
ネコは、体に入った物質に糖の一種をくっつけて水に溶けやすくする、という片づけ方が生まれつき苦手だとされています。そのため人用の痛み止めなどで、人では問題にならない量でも具合が悪くなることがあります。「人と同じだから大丈夫」は、種類が違えば成り立ちません。
じゃあ、どうすればいいの?
- チョコレートは、犬の届く高さに置かないテーブルの端やかばんの中は、鼻先が届きます
- 「少しだけ」もあげない体が小さいほど、少しの量が濃く効きます
- 食べてしまったら、すぐ動物病院に電話する種類・量・体重・食べた時刻を伝えると判断が早くなります
減るのが遅いということは、時間がたつほど条件が悪くなるということです。落ち着かない、震える、吐く、呼吸が速いといった様子が出る前でも、食べたことが分かった時点で動物病院に連絡してください。自己判断で吐かせようとせず、獣医師の指示に従ってください。
まとめ
犬にチョコレートが危ないのは、犬が特別に弱いからではありません。テオブロミンを片づける速さが人よりずっと遅く、しかも体が小さいぶん、同じ量が濃く効くからです。この2つは、どちらも「生き物ごとに体の中の時計が違う」という同じ話の表と裏です。
危ないのは、食べた量ではありません。
減らないまま、体に残り続ける時間です。
体の大きさが体の中の速さを決めるという話は「小さい動物ほど、なぜ食べ続けないと生きられないの?」でも扱っています。同じタマネギが人にもたらすのは涙だけです。その理由は「タマネギを切ると、なぜ涙が出るの?」をどうぞ。
- 家にあるチョコレートの包み紙を集め、「カカオ分」の表示を見比べてください。ミルク、ビター、カカオ70%で数字が違うはずです。
- カカオ分が高いほど、テオブロミンも多く入っていると考えられます。同じ重さでも意味が違う、という順番を紙に書き出してみましょう。
- 飼っている犬の体重を量り、板チョコ1枚(およそ50グラム)が体重1キログラムあたり何ミリグラムになるか、下の計算をまねして出してみてください。数字にすると、実感が変わります。
この観察は、紙の上と表示の確認だけで行ってください。犬に食べさせて試すことは絶対にしないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(薬物動態学・獣医学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- テオブロミン:カカオに多く含まれる成分。カフェインとよく似た構造を持ち、心臓や神経を興奮させるはたらきがあります。
- 酵素:体の中で、物質の作り変えを速く進めるはたらき手。種類ごとに担当する相手が決まっています。
- 半減期:体に入った物質が、半分の量まで減るのにかかる時間。生き物の種類によって大きく変わります。
中学高校式で確かめる:板チョコ1枚は、犬にとってどれくらいの濃さか
体に効く量は、体重1キログラムあたりの量で表します。記号の意味は次の通りです。
| W | 体重。単位はキログラム |
| M | 体に入ったテオブロミンの量。単位はミリグラム |
| D | 体重1キログラムあたりの量。単位はミリグラム毎キログラム |
| ビターチョコレート1グラムあたりのテオブロミン | およそ5ミリグラムとされる |
| 板チョコ1枚の重さ | 50グラム |
| 小型犬の体重と大人の体重 | 5キログラムと60キログラム |
| 板チョコ1枚に入っている量 | 5 × 50 = 250 |
| 犬の体重1キログラムあたり | 250 ÷ 5 = 50 |
| 大人の体重1キログラムあたり | 250 ÷ 60 ≒ 4.2 |
犬では体重1キログラムあたり20ミリグラムを超えると具合が悪くなり始め、40から50を超えると心臓の異常が出やすくなるとされています。板チョコ1枚は、小型犬にとってすでにその範囲に入る量です。
高校高校+なぜ「半分になる時間」で語るのか
高校体から物質が減る速さは、多くの場合その時点で残っている量に比例します。残りが多いときは速く、少なくなるとゆっくり減ります。だから減り方は直線ではなく、図1のような曲線になります。
高校+この減り方では、量が半分になるまでの時間が、いつ測っても同じ値になります。だから「半減期」という一つの数で、その生き物の片づけの速さを言い表せます。半減期が17.5時間なら、3日たってもまだ数%が残っている計算になります。
大学種による代謝の違いは、どこから来るのか
肝臓には、外から入ってきた物質を作り変える一群の酵素があります。この一群は、生き物の進化の中で何度も増えたり失われたりしてきました。何を食べてきたかによって、必要な酵素の顔ぶれが変わるためです。ネコが糖をくっつける反応を苦手とするのも、この歴史の結果だと考えられています。犬でのテオブロミンの片づけが遅いのも、担当する酵素のはたらきが人より弱いことが関わっているとされています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 個体差の大きさ 同じ犬種・同じ体重でも、片づけの速さには個体ごとの差があります。どの遺伝的な違いがどれだけ効いているのかは、まだ十分に整理されていません。
- 危ないとされる量の根拠 体重1キログラムあたり何ミリグラムから危ないかという目安は、報告例の積み重ねから決められています。厳密な線引きができるほどのデータはそろっていません。
- 腸内の細菌の関わり 食べたものの分解には、肝臓だけでなく腸にすむ細菌も関わります。犬の腸内細菌がテオブロミンにどう関わるかは、研究が進んでいる途中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は目安として読み、実際の判断は獣医師にゆだねてください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科:消化と吸収、体のつくり | 肝臓が物質を作り変える話 |
| 高校 | 生物:酵素のはたらき/化学:反応の速さ | 種類ごとに酵素が違うこと、減り方が曲線になること |
| 高校+ | 化学:一次反応と半減期 | 「半分になる時間」で速さを表す考え方 |
| 大学 | 薬物動態学・獣医薬理学 | 種による代謝の違いと、体重あたりの量の決め方 |
| 研究 | 比較薬理学・腸内細菌の研究 | 個体差と、腸内細菌の関わり |
| ― | 生活とのつながり | チョコレートやタマネギの置き場所を決めるとき |
- MSD Veterinary Manual「Chocolate (Food Hazards)」
- ASPCA Animal Poison Control「People Foods to Avoid Feeding Your Pets」
- 公益社団法人 日本獣医師会『飼い主のための獣医療に関する啓発資料』(犬や猫に与えてはいけない食品について)
- Riviere & Papich 編『Veterinary Pharmacology and Therapeutics』(種による代謝の違いの章)
- Court, M. H.「Feline drug metabolism and disposition」Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice(ネコの代謝の特徴に関する総説)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算であり、幅があります。実際に食べてしまった場合の判断は、動物病院・獣医師の指示に従ってください。