雨がほとんど降らない砂漠で、生き物はどこから水を手に入れているの?
― 霧の中を流れる「空気の川」から、水をこし取っています
世界には、1年の雨が1ミリにも満たない砂漠があります。それでも、そこには虫も草も暮らしています。水の出どころは、空から落ちてくる雨ではありません。海から横向きに流れこんでくる霧です。霧の粒は小さすぎて、ほとんど落ちてきません。だから生き物たちは、風の中に体を突き出して、流れてくる粒を「こし取って」います。
霧の深い朝に外を歩くと、雨は降っていないのに、髪や上着の表面がしっとりぬれていることがあります。傘をさしていても、顔や前髪はぬれてしまいます。
クモの巣が、朝だけ真珠の首飾りのように光って見えることもあります。細い糸に、霧の粒がたくさんくっついているのです。
この「歩いているだけでぬれる」しくみを、命がけで使っている生き物たちがいます。舞台は、南アメリカのアタカマ砂漠や、アフリカ南西部のナミブ砂漠です。
霧から水をとれる理由は、2つだけ
霧の粒は雨粒よりずっと小さく、ほとんど空中に浮いたままです。上で待っていても届きません。そのかわり、風に乗って横から次々に運ばれてきます。
空気は太いものをよけて流れ、粒も一緒によけてしまいます。ところが細い糸やとげには、粒がよけきれずにぶつかります。砂漠の生き物の体は、この性質に合った形をしています。
まず、霧がどれほど「落ちてこない」ものなのかを見てみましょう。
霧は、空から降る水ではなく、横から流れてくる水
アタカマ砂漠の海沿いの町には、1年の雨の量が平均で1ミリ前後しかない場所があるとされています。日本の多くの地域では1年に1500ミリ前後ですから、千倍以上の差です。雨だけを頼りにしていたら、生き物はまず生きていけません。
ところがこうした砂漠の海沿いには、冷たい海の上で生まれた霧が、夜から朝にかけてたびたび流れこみます。ナミブ砂漠の海に近い地域では、霧の出る日が年に数十日から百日を超えるところもあると報告されています。
霧の粒の直径は、多くが100分の1から50分の1ミリほどです。雨粒の100分の1ほどの大きさしかありません。これだけ小さいと、空気の抵抗に負けて、落ちる速さは1秒に1センチほどにしかならないとされます。少しの風が吹けば、落ちるより横へ流される距離のほうがはるかに長くなります。
つまり霧は、地面に「降る」水ではありません。空気と一緒に横へ「流れる」水です。霧の深い日は、目に見えない川が、地面すれすれを海から陸へ流れているようなものです。この川から水を得るには、流れの中に何かを突き出して、粒をぶつけるしかありません。
細いとげや糸ほど、霧の粒がよくぶつかる
図1を見てください。風が物にぶつかるとき、空気はその手前で向きを変えて、横へよけていきます。軽い霧の粒も、たいていは空気と一緒によけてしまいます。
ここで大事なのが、物の太さです。左のような太い柱だと、空気はかなり手前から曲がり始めます。粒には曲がり始めてから柱に届くまでの「猶予」が長くあり、空気の流れについていけてしまいます。右のような細い糸では、空気は糸のすぐ手前で急に曲がります。粒は勢いのせいで曲がりきれず、そのまま糸にぶつかって捕まります。
砂漠の生き物は、この「細いものほどよく捕まえる」性質を体の形で使っています。
ナミブ砂漠には、霧の朝に砂丘の尾根へ登り、風上に向かって頭を下げ、おしりを高く上げて立つ甲虫がいます。背中や脚に当たった霧の粒が集まって水滴になり、背中の坂を伝って口元へ流れてきます。この「霧浴び」の行動は1970年代に報告されました。
アタカマ砂漠には、根をほとんど持たずに砂の上に転がって暮らす植物もいます。葉の表面は細かい毛のようなうろこで覆われていて、霧の粒を捕まえて吸いこむと考えられています。サボテンのとげや、細い葉をもつ草も、霧の粒をとらえる「くし」の役目をしているとされます。
人間もこれをまねています。チリやペルーなどの砂漠の山すそでは、細い糸で編んだ大きな網を風に向けて立て、霧から飲み水を集める取り組みが行われてきました。網1平方メートルあたり、1日に数リットルの水が集まることがあると報告されています。
網にどれだけ水が集まるかは、風の強さで大きく変わります。図2で試してみてください。
風が2倍になれば、網を通る霧も2倍になり、集まる水も2倍になります。ただし実際には、風が強すぎると粒が網を突き抜けたり、網が傷んだりするとされます。なお図の数字は、霧の濃さや網の性能を一定と仮定した目安です。
草の上の朝露は、冷えた葉の表面で、空気中の水蒸気が新しく水滴になったものです。霧から集める水は、空中ですでに水滴になっている粒を、ぶつけて捕まえたものです。砂漠の生き物は、この両方を使い分けていると考えられています。
ナミブ砂漠の甲虫の背中には、水になじみやすい小さなこぶと、水をはじく溝が並んでいる、という研究が2001年に発表されました。こぶで粒を集めて大きくし、はじく部分で転がして運ぶというしくみです。このアイデアは、霧から水を集める素材の開発にも使われています。
まとめ
霧の粒は小さすぎて、雨のように地面へ落ちてきません。そのかわり風に乗って、横から絶えず流れてきます。砂漠の生き物は、細い脚やとげ、毛のような葉を風の中に突き出して、この粒をぶつけて捕まえています。細いものほど、粒が空気と一緒によけきれずにぶつかるからです。
砂漠の水は、空から降ってこない。
風の中を横に流れる霧を、細い体でこし取っている。
夜の冷えこみが水を生むしくみは朝露はなぜできるの?で、砂漠の極端な寒暖差は砂漠は昼暑いのに夜はなぜ寒いの?で扱っています。体の中に水をためこむ作戦については、サボテンの記事やラクダの記事もどうぞ。
- 霧の出た朝に、細い糸(毛糸より細い、たこ糸やつり糸)と、太い棒(ラップの芯など)を並べて、風の通るところに10分ほど立てておきます。
- 糸と棒の表面を指でなでて、どちらにたくさん水がついているかを比べます。糸のほうが、表面の広さのわりに多くぬれているはずです。
- 霧が出ない日は、霧吹きで細かいしぶきを作り、うちわで横風を送って同じように比べてみましょう。
クモの巣が朝だけ光って見えるのも同じしくみです。見つけたら、糸のどこに水滴が並んでいるかを観察してみてください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「生物」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・エアロゾル科学・生態学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 霧:地表近くの空気中に細かい水滴が浮かび、見通しが1キロメートル未満になった状態。
- 海霧(移流霧):暖かく湿った空気が冷たい海の上を流れて冷やされ、できる霧。アタカマやナミブの霧はこの種類です。
- 霧浴び:甲虫などが霧の中で体を風上へ向け、体に当たった霧の粒を水として飲む行動。
中学高校式で確かめる:霧の網には一晩でどれだけ水がたまるか
網に集まる水は、「網を通り抜ける空気にふくまれる水」のうち、捕まえられた割合です。ここでは図2と同じ値を使って、1平方メートルの網に一晩でたまる水の量を出します。
| 記号で書くと | W = L × v × A × η × t |
| 言葉で書くと | 集まる水 = 空気1立方メートル中の霧の水 × 風の速さ × 網の面積 × 捕まえる割合 × 時間 |
| どこから来る式か | 網を通り抜ける空気の体積(風速 × 面積 × 時間)に、その空気がふくむ水の量をかけたもの。「流れてくる量 = 濃さ × 流れの速さ × 断面積」という、物の流れの基本の考え方(流量の式)です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| W | 集まる水の量(グラム) |
| L | 霧の水分量。空気1立方メートルにふくまれる水滴の重さ(グラム毎立方メートル) |
| v | 風の速さ(メートル毎秒) |
| A | 網の面積(平方メートル) |
| η | 網が霧の粒を捕まえる割合(0〜1、単位なし) |
| t | 霧が続く時間(秒) |
| 霧の水分量 L(濃い霧の目安。0.05〜0.5 程度とされる) | 0.2 g/m³ |
| 風の速さ v | 秒速 3 m |
| 網の面積 A | 1 m² |
| 捕まえる割合 η(細い糸の網で2割前後とされる) | 0.2 |
| 霧が続く時間 t | 6時間(1時間は3600秒) |
| 比べる雨の量(アタカマ海沿いの年間雨量の目安) | 1年に約0.8 mm(1平方メートルで約800 g) |
| 網1平方メートルを1秒に通る霧の水(L × v × A) | 0.2 × 3 = 0.6 g |
| 1時間に通る霧の水 | 0.6 × 3600 = 2160 g |
| そのうち捕まえられる水(× η) | 2160 × 0.2 = 432 g |
| 霧が6時間続いたときの水 W | 432 × 6 = 2592 g |
| 1年分の雨と比べると | 2592 ÷ 800 ≒ 3.2 倍 |
霧の一晩で、1平方メートルの網に約2.6リットルの水がたまります。同じ広さの地面に1年間で降る雨の、約3倍です。ただし網は風に向けて立てた面、雨は地面の面なので、厳密に同じ条件の比較ではありません。それでも「降ってくる水」より「流れてくる水」のほうがずっと多い砂漠がある、ということは分かります。
高校高校+なぜ霧の粒は落ちてこないのか
高校落ちる物体には重力と空気の抵抗がはたらき、両者がつり合うと一定の速さ(終端速度)になります。小さい粒ほど、重さに比べて空気の抵抗が大きくなるので、終端速度は小さくなります。
高校+霧の粒ほど小さいと、抵抗は速さに比例する「ストークスの法則」に従います。このとき終端速度は直径の2乗に比例します。直径0.02ミリの粒では秒速およそ1センチとされ、直径2ミリの雨粒(秒速6〜7メートル)と比べて数百分の1です。
大学粒がぶつかるかどうかを決める数:ストークス数
流れの中の障害物に粒がぶつかる現象は「慣性衝突」と呼ばれます。粒が流れの曲がりについていけるかどうかは、無次元数の「ストークス数」で表されます。これは、粒が速さを変えるのにかかる時間(緩和時間)と、流れが障害物をよけて曲がる時間の比です。粒が大きく、風が速く、障害物が細いほどストークス数が大きくなり、粒は曲がりきれずにぶつかります。本文の「細いものほどよく捕まえる」は、障害物の太さがストークス数の分母に入ることから来ています。実際の網の捕集効率は、この衝突効率に加えて、ぶつかった粒がはね返らずに付く割合や、網で空気がせき止められて横へ逃げる割合もかけ合わせて見積もられます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ストークス数(ウィキペディア) / 砂漠の甲虫の背中のしくみ(Parker & Lawrence 2001)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 甲虫の背中は、本当に霧集めに使われているのか。 こぶと溝の背中をもつ種は、実は霧浴びの姿勢をとらないのではないか、という指摘もあります。どの種がどの部分で水を集めているのかは、いまも議論が続いています。
- 砂漠の生き物は、水の何割を霧に頼っているのか。 霧・朝露・食べ物の水分のうち、どれがどれだけ効いているかは、種や場所によって大きく違うと考えられています。
- 海霧は、これからも同じように来るのか。 海の水温や上空の風の変化で、海沿いの霧の頻度が変わる可能性が指摘されています。霧に頼る生態系への影響は、まだよく分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに生き物ごとの水の集め方は、観察が進むたびに書きかえられてきました。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「天気とその変化」(霧・露点) | 霧の正体、朝露とのちがい |
| 高校 | 物理基礎「空気抵抗と終端速度」、地学「大気と海洋」 | 霧の粒が落ちてこない理由、海霧のでき方 |
| 高校+ | 物理の発展「ストークスの法則」 | 終端速度が直径の2乗に比例すること |
| 大学 | 流体力学・エアロゾル科学(慣性衝突、ストークス数) | 細いものほど粒がぶつかる理由 |
| 研究 | 砂漠生態学、生物模倣の材料研究 | 甲虫の背中の役割、霧の将来の変化 |
| ― | 生活とのつながり | 霧の朝に服がぬれるしくみ、クモの巣の水滴、砂漠の村の飲み水づくり |
- Parker, A. R. & Lawrence, C. R. (2001) Water capture by a desert beetle. Nature 414
- Hamilton, W. J. & Seely, M. K. (1976) Fog basking by the Namib Desert beetle, Onymacris unguicularis. Nature 262
- Schemenauer, R. S. & Cereceda, P. (1994) A proposed standard fog collector for use in high-elevation regions. Journal of Applied Meteorology 33
- ウィキペディア「霧」
- ウィキペディア「ストークス数」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。霧から集めた水を飲用にする場合は、衛生面の処理が別に必要です。