自然のふしぎ 化学 予備知識なしでOK 読了 約6分

秋の虫の鳴く速さで、気温がわかるって本当?
― 虫の体は、気温でテンポが変わります

本当です。ただし、どの虫でも当たるわけではありません。虫は自分で体を温められないので、鳴くテンポがそのまま気温を映します。同じ夜に、あなたの心臓のテンポはまったく変わりません。この差に、生き物の2つの生き方がかくれています。

公開:2026.09.14 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

9月の夜、窓を開けると草むらから「リーリー」「ルルル」と虫の声が聞こえてきます。

10月も半ばになると、同じ草むらの声がどこか間のびして、ゆっくりに聞こえます。虫が年をとったせいでしょうか。

実は、同じ虫でも暖かい夜には速く、冷えた夜にはゆっくり鳴きます。100年以上前、それを数えて気温を当てる式まで作った人がいました。

虫の声が気温で変わる理由は、2つだけ

1
虫の体温は、まわりの気温とほぼ同じ

虫は、人のように体の中で熱を作って体温を一定に保つことがほとんどできません。夜の空気が15℃なら、草の上の虫の体もだいたい15℃です。

2
体を動かす化学反応は、温度で速さが変わる

羽をこする筋肉も、リズムを刻む神経も、体の中の化学反応で動いています。化学反応は温度が高いほど速く進みます。だから気温が上がると、鳴くテンポも上がります。

つまり虫の鳴き声は、気温をはかる「生きた温度計」のように働いています。順番に見ていきましょう。

100年以上前に作られた「コオロギ温度計」

1897年、アメリカの物理学者エイモス・ドルベアが、ある論文を発表しました。題名は「温度計としてのコオロギ」です。

彼は、北アメリカの木の上で鳴く小さな虫の声を数えました。すると、1分間に鳴く回数と気温のあいだに、とてもきれいな関係があることに気づきました。

この関係は今では「ドルベアの法則」と呼ばれています。数えられていた虫は、日本の「カンタン」と同じなかまの、白っぽい細い虫だったと考えられています。

図1を見てください。右上がりの実線が、虫の鳴く回数です。気温が10℃から30℃に上がるあいだに、1分間の回数は4倍以上に増えます。

10℃ 20℃ 30℃ 気温 → 0 100 200 1分間の回数 約40回 約110回 約180回 実線:虫の鳴く回数(右上がり) 点線:人の心拍(ほぼ水平)
図1:気温と「1分間の回数」の関係(目安)。右上がりの実線は、ドルベアが数えた虫の鳴く回数です。水平な点線は、同じ気温の中で安静にしている人の心拍で、気温が変わってもほとんど変わりません。

点線のほうは、あなたの心臓です。10℃の夜でも30℃の夜でも、じっとしていれば1分間に70回前後のまま、ほぼ水平です。

人の心臓は、なぜ気温でテンポが変わらないの?

人は、食べ物から取り出したエネルギーを使って、体の中で熱を作り続けています。そして体温を37℃前後に保っています。

体の中の温度が変わらないので、化学反応の速さも変わりません。だから心臓のテンポは、外の気温にふり回されないのです。

ただし、この安定には大きな代償があります。熱を作り続けるために、たくさん食べる必要があるのです。同じ体重でくらべると、体温を保つ動物は、そうでない動物の何倍も食べる必要があるとされています。

虫はその燃料代をはらわない代わりに、寒くなると動きがにぶくなります。秋が深まるにつれて声がゆっくりになり、やがて聞こえなくなるのはそのためです。

ほかの生き物は、この「気温しだい」とどうつきあっている?

気温で体のテンポが決まる生き物は、虫だけではありません。そして多くが、それぞれの工夫で弱点を補っています。

一方、人や鳥は「いつでも同じ体温」を選びました。どちらが優れているというより、燃料代と自由さの交換だと考えると分かりやすいでしょう。

💡 鳴いているのはオスだけ、しかも口ではありません

コオロギやスズムシのなかまは、左右の前ばねをこすり合わせて音を出します。片方のはねにはギザギザの列があり、もう片方のふちがそれをはじきます。鳴くのはオスだけで、メスを呼んだり、ほかのオスに縄張りを知らせたりしています。

💡 どの虫でも当たるわけではありません

ドルベアの式がよく合うのは、たくさんの虫がそろって鳴くなかまだとされています。庭でよく聞くエンマコオロギなどは、年齢や、近くにライバルがいるか、日なたにいたかでもテンポが変わり、ずれやすいと考えられています。

まとめ

虫は自分で体温を保たないので、筋肉や神経を動かす化学反応の速さが、そのまま気温で決まります。だから鳴くテンポを数えると、気温をおおよそ当てられます。人は燃料を使って体温を保つことで、気温に左右されないテンポを手に入れました。

虫の声は、草むらの温度計。
ゆっくりになった声は、秋が深まった知らせです。

体温を保つための「燃料代」の話は小さい動物ほど、なぜ食べ続けないと生きられないの?で、冷たさとたたかう鳥の工夫はカモは氷の池に立っていても、なぜ足が凍らないの?で読めます。コオロギが自分の声で耳をいためないしくみは自分でくすぐっても、くすぐったくないのは、なぜ?にも出てきます。

🧪 虫の声を数えて、気温を当ててみよう
  1. 夜、同じ1匹の声だと思えるものを選び、スマホのストップウォッチで15秒間に鳴いた回数を数えます。
  2. その回数を4倍して「1分間の回数」にし、下の折りたたみにある手順で気温を計算します。
  3. 天気アプリや温度計の気温とくらべます。暖かい夜と涼しい夜で、何回かくり返してみましょう。

虫の種類によって式からのずれ方がちがいます。ずれた数を記録していくと、「この虫は何度くらい高めに出る」という自分だけの補正ができます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物生理学・神経行動学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:15秒で30回鳴いたら、気温は何度?

ドルベアの式はもともと華氏(アメリカで使われる温度の目盛り)で書かれていました。これを摂氏に直すと、「1分間の回数から40を引き、7で割り、10を足すと気温(℃)」というおおよその手順になります。

記号の意味
N1分間に鳴く回数(単位は回)
T気温(単位は℃)
Q10温度が10℃上がったとき、反応が何倍速くなるか(単位なし)
① もとになる数値
15秒間に数えた回数30回
式で引く数40
式で割る数7
式で足す数10℃
② 計算してみる
1分間の回数 N にする30 × 4 = 120
40を引く120 − 40 = 80
7で割る80 ÷ 7 ≒ 11.4
10を足して気温 T にする10 + 11.4 = 21.4

気温はおよそ21℃と推定できます。同じ式で、10℃では40回、30℃では180回になります。

③ 実感に直す:10℃上がると何倍速くなる?
20℃のときの回数110回
30℃のときの回数180回
何倍になったか180 ÷ 110 ≒ 1.64

10℃の上昇で約1.6倍です。多くの生き物の体の反応では、Q10はおよそ2〜3とされていて、虫の鳴き声もそれに近い範囲に入っています。

高校高校+なぜ温度が上がると、反応が速くなるのか

高校化学反応が起きるには、分子どうしがある高さの「エネルギーの山」(活性化エネルギー)を越える必要があります。温度が上がると、山を越えられるほど激しく動く分子の割合が増えます。体の中の反応を助ける酵素でも、ふだん使う温度の範囲では同じ傾向が見られます。

高校+この関係はアレニウスの式として表され、反応の速さは温度に対して指数関数のように増えます。ただし酵素はたんぱく質なので、高すぎる温度では形がくずれて働けなくなります。虫の鳴き声が「暑いほどいくらでも速くなる」わけではないのはそのためです。

大学リズムを作る神経回路と、温度に左右されない時計

コオロギのはねを動かすリズムは、脳からの指令を受けた胸の神経回路(中枢パターン発生器)が作っていると考えられています。この回路の神経のはたらきも、筋肉の収縮も、温度が上がると速くなります。興味深いのは、同じ虫の体の中でも、1日のリズムを刻む体内時計は温度が変わってもほぼ24時間を保つ点です。これは「温度補償」と呼ばれ、Q10がほぼ1になるよう反応どうしが打ち消し合っているとされています。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。身近な虫の声でも、まだ調べる余地がたくさん残っています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科・動物のなかまと体のつくり変温動物と恒温動物、人の心臓のテンポ
高校化学・反応の速さ/生物・酵素温度が上がると化学反応が速くなる理由
高校+化学・アレニウスの式速さが温度で急に増え、高温では酵素が壊れる話
大学動物生理学・神経行動学リズムを作る神経回路と体内時計の温度補償
研究音によるコミュニケーションの研究メスの好みの温度によるずれ、種ごとの差
生活とのつながり秋の夜に虫の声を数えて気温を推定する観察
参考・出典
  1. Dolbear, A. E. (1897) "The Cricket as a Thermometer." The American Naturalist, 31, 970–971.
  2. Heinrich, B. (1993) The Hot-Blooded Insects: Strategies and Mechanisms of Thermoregulation. Harvard University Press.
  3. Schmidt-Nielsen, K. Animal Physiology: Adaptation and Environment. Cambridge University Press.
  4. Doherty, J. A. (1985) "Temperature coupling and 'trade-off' phenomena in the acoustic communication system of the cricket, Gryllus bimaculatus." Journal of Experimental Biology, 114, 17–35.

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ドルベアの式は特定のなかまの虫で得られた関係で、ほかの虫では大きくずれることがあります。