秋の虫の鳴く速さで、気温がわかるって本当?
― 虫の体は、気温でテンポが変わります
本当です。ただし、どの虫でも当たるわけではありません。虫は自分で体を温められないので、鳴くテンポがそのまま気温を映します。同じ夜に、あなたの心臓のテンポはまったく変わりません。この差に、生き物の2つの生き方がかくれています。
9月の夜、窓を開けると草むらから「リーリー」「ルルル」と虫の声が聞こえてきます。
10月も半ばになると、同じ草むらの声がどこか間のびして、ゆっくりに聞こえます。虫が年をとったせいでしょうか。
実は、同じ虫でも暖かい夜には速く、冷えた夜にはゆっくり鳴きます。100年以上前、それを数えて気温を当てる式まで作った人がいました。
虫の声が気温で変わる理由は、2つだけ
虫は、人のように体の中で熱を作って体温を一定に保つことがほとんどできません。夜の空気が15℃なら、草の上の虫の体もだいたい15℃です。
羽をこする筋肉も、リズムを刻む神経も、体の中の化学反応で動いています。化学反応は温度が高いほど速く進みます。だから気温が上がると、鳴くテンポも上がります。
つまり虫の鳴き声は、気温をはかる「生きた温度計」のように働いています。順番に見ていきましょう。
100年以上前に作られた「コオロギ温度計」
1897年、アメリカの物理学者エイモス・ドルベアが、ある論文を発表しました。題名は「温度計としてのコオロギ」です。
彼は、北アメリカの木の上で鳴く小さな虫の声を数えました。すると、1分間に鳴く回数と気温のあいだに、とてもきれいな関係があることに気づきました。
この関係は今では「ドルベアの法則」と呼ばれています。数えられていた虫は、日本の「カンタン」と同じなかまの、白っぽい細い虫だったと考えられています。
図1を見てください。右上がりの実線が、虫の鳴く回数です。気温が10℃から30℃に上がるあいだに、1分間の回数は4倍以上に増えます。
点線のほうは、あなたの心臓です。10℃の夜でも30℃の夜でも、じっとしていれば1分間に70回前後のまま、ほぼ水平です。
人の心臓は、なぜ気温でテンポが変わらないの?
人は、食べ物から取り出したエネルギーを使って、体の中で熱を作り続けています。そして体温を37℃前後に保っています。
体の中の温度が変わらないので、化学反応の速さも変わりません。だから心臓のテンポは、外の気温にふり回されないのです。
ただし、この安定には大きな代償があります。熱を作り続けるために、たくさん食べる必要があるのです。同じ体重でくらべると、体温を保つ動物は、そうでない動物の何倍も食べる必要があるとされています。
虫はその燃料代をはらわない代わりに、寒くなると動きがにぶくなります。秋が深まるにつれて声がゆっくりになり、やがて聞こえなくなるのはそのためです。
ほかの生き物は、この「気温しだい」とどうつきあっている?
気温で体のテンポが決まる生き物は、虫だけではありません。そして多くが、それぞれの工夫で弱点を補っています。
- トカゲやヘビ:朝は日なたの石の上でじっとして、太陽で体を温めてから動き出します。冷えた朝のトカゲは、走るのも遅いのです。
- マルハナバチ:飛ぶ前に、羽を動かさずに胸の筋肉だけをふるわせて、胸を温めます。人が寒いときに体がふるえるのと、よく似たやり方です。
- アリ:暖かい日ほど、行列を歩く速さが上がることが知られています。
一方、人や鳥は「いつでも同じ体温」を選びました。どちらが優れているというより、燃料代と自由さの交換だと考えると分かりやすいでしょう。
コオロギやスズムシのなかまは、左右の前ばねをこすり合わせて音を出します。片方のはねにはギザギザの列があり、もう片方のふちがそれをはじきます。鳴くのはオスだけで、メスを呼んだり、ほかのオスに縄張りを知らせたりしています。
ドルベアの式がよく合うのは、たくさんの虫がそろって鳴くなかまだとされています。庭でよく聞くエンマコオロギなどは、年齢や、近くにライバルがいるか、日なたにいたかでもテンポが変わり、ずれやすいと考えられています。
まとめ
虫は自分で体温を保たないので、筋肉や神経を動かす化学反応の速さが、そのまま気温で決まります。だから鳴くテンポを数えると、気温をおおよそ当てられます。人は燃料を使って体温を保つことで、気温に左右されないテンポを手に入れました。
虫の声は、草むらの温度計。
ゆっくりになった声は、秋が深まった知らせです。
体温を保つための「燃料代」の話は小さい動物ほど、なぜ食べ続けないと生きられないの?で、冷たさとたたかう鳥の工夫はカモは氷の池に立っていても、なぜ足が凍らないの?で読めます。コオロギが自分の声で耳をいためないしくみは自分でくすぐっても、くすぐったくないのは、なぜ?にも出てきます。
- 夜、同じ1匹の声だと思えるものを選び、スマホのストップウォッチで15秒間に鳴いた回数を数えます。
- その回数を4倍して「1分間の回数」にし、下の折りたたみにある手順で気温を計算します。
- 天気アプリや温度計の気温とくらべます。暖かい夜と涼しい夜で、何回かくり返してみましょう。
虫の種類によって式からのずれ方がちがいます。ずれた数を記録していくと、「この虫は何度くらい高めに出る」という自分だけの補正ができます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物生理学・神経行動学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 変温動物:体温がまわりの温度とともに変わる動物。虫・魚・トカゲなど。「外温動物」とも呼ばれます。
- 恒温動物:体の中で熱を作り、体温をほぼ一定に保つ動物。鳥やほ乳類。「内温動物」とも呼ばれます。
- ドルベアの法則:1897年にドルベアが示した、虫の1分間の鳴く回数と気温の関係。
中学高校式で確かめる:15秒で30回鳴いたら、気温は何度?
ドルベアの式はもともと華氏(アメリカで使われる温度の目盛り)で書かれていました。これを摂氏に直すと、「1分間の回数から40を引き、7で割り、10を足すと気温(℃)」というおおよその手順になります。
| N | 1分間に鳴く回数(単位は回) |
| T | 気温(単位は℃) |
| Q10 | 温度が10℃上がったとき、反応が何倍速くなるか(単位なし) |
| 15秒間に数えた回数 | 30回 |
| 式で引く数 | 40 |
| 式で割る数 | 7 |
| 式で足す数 | 10℃ |
| 1分間の回数 N にする | 30 × 4 = 120 |
| 40を引く | 120 − 40 = 80 |
| 7で割る | 80 ÷ 7 ≒ 11.4 |
| 10を足して気温 T にする | 10 + 11.4 = 21.4 |
気温はおよそ21℃と推定できます。同じ式で、10℃では40回、30℃では180回になります。
| 20℃のときの回数 | 110回 |
| 30℃のときの回数 | 180回 |
| 何倍になったか | 180 ÷ 110 ≒ 1.64 |
10℃の上昇で約1.6倍です。多くの生き物の体の反応では、Q10はおよそ2〜3とされていて、虫の鳴き声もそれに近い範囲に入っています。
高校高校+なぜ温度が上がると、反応が速くなるのか
高校化学反応が起きるには、分子どうしがある高さの「エネルギーの山」(活性化エネルギー)を越える必要があります。温度が上がると、山を越えられるほど激しく動く分子の割合が増えます。体の中の反応を助ける酵素でも、ふだん使う温度の範囲では同じ傾向が見られます。
高校+この関係はアレニウスの式として表され、反応の速さは温度に対して指数関数のように増えます。ただし酵素はたんぱく質なので、高すぎる温度では形がくずれて働けなくなります。虫の鳴き声が「暑いほどいくらでも速くなる」わけではないのはそのためです。
大学リズムを作る神経回路と、温度に左右されない時計
コオロギのはねを動かすリズムは、脳からの指令を受けた胸の神経回路(中枢パターン発生器)が作っていると考えられています。この回路の神経のはたらきも、筋肉の収縮も、温度が上がると速くなります。興味深いのは、同じ虫の体の中でも、1日のリズムを刻む体内時計は温度が変わってもほぼ24時間を保つ点です。これは「温度補償」と呼ばれ、Q10がほぼ1になるよう反応どうしが打ち消し合っているとされています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- メスは、テンポのずれをどう聞き分けているのか。 気温でオスの鳴くテンポが変わると、メスが好むテンポも一緒にずれる例が報告されています。聞く側と鳴く側の回路が、どうやって同じように温度の影響を受けるのかは調べられている最中です。
- 種による「当たり外れ」の差はどこから来るのか。 集団でそろって鳴くなかまほど気温とよく合うとされますが、その理由がはっきり説明されているとは言えません。
- 温暖化で、鳴く虫の季節や声は変わるのか。 秋の鳴き声が聞こえる時期や、テンポの分布が長い年月で変わっていくかは、記録の積み重ねが必要な問いです。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。身近な虫の声でも、まだ調べる余地がたくさん残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・動物のなかまと体のつくり | 変温動物と恒温動物、人の心臓のテンポ |
| 高校 | 化学・反応の速さ/生物・酵素 | 温度が上がると化学反応が速くなる理由 |
| 高校+ | 化学・アレニウスの式 | 速さが温度で急に増え、高温では酵素が壊れる話 |
| 大学 | 動物生理学・神経行動学 | リズムを作る神経回路と体内時計の温度補償 |
| 研究 | 音によるコミュニケーションの研究 | メスの好みの温度によるずれ、種ごとの差 |
| ― | 生活とのつながり | 秋の夜に虫の声を数えて気温を推定する観察 |
- Dolbear, A. E. (1897) "The Cricket as a Thermometer." The American Naturalist, 31, 970–971.
- Heinrich, B. (1993) The Hot-Blooded Insects: Strategies and Mechanisms of Thermoregulation. Harvard University Press.
- Schmidt-Nielsen, K. Animal Physiology: Adaptation and Environment. Cambridge University Press.
- Doherty, J. A. (1985) "Temperature coupling and 'trade-off' phenomena in the acoustic communication system of the cricket, Gryllus bimaculatus." Journal of Experimental Biology, 114, 17–35.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ドルベアの式は特定のなかまの虫で得られた関係で、ほかの虫では大きくずれることがあります。