アリは、なぜ自分の体重の何十倍もの荷物を持ち上げられるの?
― 体が小さいほど、力比べで有利になる「二乗三乗の法則」
公園でアリの行列を眺めていると、自分の体よりずっと大きなパンくずや虫の死骸を、頭上に持ち上げて運んでいるアリを見かけることがあります。もし人間が同じ比率の力を出せたら、軽自動車を頭の上に持ち上げられる計算になるとよく言われます。アリは、なぜこんなに力持ちなのでしょうか。
公園のベンチの下で、1匹のアリが、自分の体の何倍もある食べ物のかけらを持ち上げ、頭の上に掲げるようにして運んでいます。よろけたり、へたり込んだりする様子はなく、たんたんと巣へ運んでいきます。
人間の大人が、自分の体重の何十倍もある荷物を持ち上げることはまずできません。同じ「筋肉で体を支えて動かす」生き物なのに、この差はどこから来るのでしょうか。
力持ちに見える理由は、たった1つ ― 「増え方の違い」
筋肉が出せる力は、筋肉の繊維の本数、つまり切り口の面積(断面積)にほぼ比例するとされています。体を大きくしても、面積は「長さの2乗」でしか増えません。
体重は体全体の体積にほぼ比例します。体積は「長さの3乗」で増えるため、体を大きくするほど、筋力よりずっと速いペースで体重が増えていきます。
「面積は2乗」「体積は3乗」――この増え方の違いこそが、体が小さい生き物ほど、体重に対して力持ちに見える理由です。順番に見ていきましょう。
理由:体を大きくすると、筋力より体重の方が速く増える
同じ形のまま、体のサイズを2倍にすることを考えてみます。縦・横・高さがすべて2倍になると、筋肉の切り口の面積は2×2=4倍になりますが、体全体の体積は2×2×2=8倍になります。
面積にほぼ比例する筋力は4倍にしかならないのに、体積にほぼ比例する体重は8倍になってしまう。つまり体を大きくするほど、体重に対する筋力の割合は、どんどん不利になっていくのです。逆に言えば、体を小さくするほど、体重に対する筋力の割合は有利になります。これを二乗三乗の法則といいます。
ノミが自分の体長の何百倍もジャンプできるのも、逆にゾウが体のわりに太い脚を持っているのも、同じ二乗三乗の法則で説明されることがあります。体が大きい動物ほど、体重を支えるためだけに、体の大きさの割に太くがっしりした骨や脚が必要になるとされています。
手元で確かめられること
- 1辺2cmの紙の立方体と、1辺4cmの紙の立方体を組み立てる(型紙を描いて切り、組み立てるだけでも実感できます)
- それぞれの1つの面の面積と、体積を計算してみる(面積は「1辺×1辺」、体積は「1辺×1辺×1辺」)
1辺が2倍になると、面積は4倍、体積は8倍になることが、実際に手を動かして計算すると確かめられます。大きさが変わると、面積と体積では増え方がまったく違うということが、アリと人間の力比べの正体です。
まとめ
アリが自分の体重の何十倍もの荷物を持ち上げられるように見えるのは、特別な力を持っているからではありません。体が小さいほど、筋力(断面積に比例)が体重(体積に比例)よりも相対的に有利になるという、体の大きさそのものが持つ性質のおかげです。
アリは、力持ちに生まれたのではありません。
小さく生まれたことが、結果として力持ちに見せているのです。
個々には弱くても、途方もない数が集まって大きな力になる例としては、ガラスに張りつくヤモリの記事もあわせてどうぞ。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科・数学で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:体の大きさをめぐる言葉
- 断面積:物を輪切りにしたときの、切り口の面積。ここでは筋肉の切り口を指します。
- 体積:物が占める空間の大きさ。体重のおおもとになる量です。
- 二乗三乗の法則:長さがn倍になると、面積はn²倍、体積はn³倍になるという、図形の性質から来る法則。
中学高校式で確かめる:アリと人間、どれくらいの差になるのか
「体が小さいほど有利」と聞いても、それがどれくらいの差になるのか、実感はわきにくいものです。ここは計算で、はっきりした数字が出ます。
体重に対する筋力の割合の差 = 大きい方の体長 ÷ 小さい方の体長
| 体重に対する筋力の割合の差 | 体が何倍「相対的に有利」かを表す倍率 |
| 体長 | 人間とアリ、それぞれのおおよその体の長さ[m] |
これは、筋力が長さの2乗、体重が長さの3乗で増えるという関係から導かれる、簡単な近似です。体長の比が、そのまま「体重に対する筋力の割合」の比になります。長さを2倍にした場合で確かめると、断面積は 2 × 2 = 4 倍、体積は 2 × 2 × 2 = 8 倍になり、8 ÷ 4 = 2 倍の差が生まれます。
| 人間のおおよその身長 | 1.5[m]とする |
| アリのおおよその体長 | 0.005[m](5mm)とする |
| 体長の比(人間 ÷ アリ) | 1.5 ÷ 0.005 = 300 [倍] |
単純な計算では、アリは人間よりおよそ300倍、体重に対する筋力の割合で有利という見積もりになります。
体重70kgの人間が、自分の体重とほぼ同じ重さ(1倍程度)を持ち上げるのがやっとだとすると、アリと同じ相対的な強さを持っていた場合、単純計算では70 × 300 = 21000kg(21トン)を持ち上げられる計算になります。トラック数台分に相当する重さです。もちろんこれは理屈の上での見積もりで、実際の生き物はもっと複雑な要因がからみますが、体の小ささがどれほど有利にはたらくかの目安にはなります。
高校+大学単純な法則だけでは説明しきれない部分
実際のアリの体は、単純な二乗三乗の法則だけでは説明しきれないほど力持ちだとされています。理由の一つとして、アリの筋肉そのものが、大型の動物の筋肉よりも単位面積あたりに大きな力を出せる、効率のよい構造をしている可能性が指摘されています。また、外骨格(体の外側を覆う硬い殻)を支点としたてこのしくみが、関節にかかる力を効率よく伝えている可能性もあるとされています。
つまり実際の強さは、「体の大きさの効果」と「筋肉・骨格そのものの効率の違い」が合わさった結果だと考えられており、単純な相似形の計算だけでは説明が終わらない部分が残っています。同じ二乗三乗の法則は、高いところから落ちた猫が体の大きさによって受ける影響にも関わっています。
研究まだよくわかっていないこと
- アリの脚や首の関節が実際にどれくらいの力に耐えられるのかを、体の大きさから理論的に予測することは、まだ十分にできていないとされています。単純な二乗三乗の法則から予想されるよりもさらに力持ちだとする観察例があり、筋肉の効率や関節の構造など、法則だけでは説明しきれない要因の解明が、いまも研究されています。
- 非常に小さな生き物の筋肉が、なぜ単位面積あたりに大きな力を出せるのかという、筋肉そのものの微視的なしくみは、完全には解明されていないとされています。
- この二乗三乗の法則は、ロボット工学にも応用されています。昆虫サイズの小型ロボットをどう設計すれば効率よく力を出せるかという研究は、いまも発展途上だとされています。
身近な公園のアリも、その力の細部は、いまも研究の対象です。身近さと、わかっているかどうかは、別のことです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 数学・相似な図形の面積比・体積比 | 1倍・2倍・3倍の立方体の比較 |
| 高校 | 生物基礎・体のつくりとはたらき | 筋力と断面積、体重と体積の関係 |
| 高校+ | 生物・動物の行動と体のしくみ(発展) | アリの体長との比較計算 |
| 大学 | 生体力学・比較解剖学 | 外骨格のてこのしくみ、筋肉の効率 |
| 研究 | 昆虫生体力学・ロボット工学(未解決) | 関節の耐力予測、微小スケールの筋肉のしくみ、小型ロボットへの応用 |
| ― | 身近な観察 | 紙の立方体で面積・体積の比を確かめる |
- Galilei, G., Discorsi e dimostrazioni matematiche(1638、二乗三乗の法則に関する古典的な記述)。
- Alexander, R. McNeill, Principles of Animal Locomotion(体の大きさと運動能力の関係に関する基礎文献)。
- 昆虫の生体力学・外骨格の構造に関する解説資料。
- 生物・数学の教科書における、相似な図形の面積比・体積比に関する一般的な記述。
※ 体長や持ち上げられる重さの倍率などの数値は、種や個体、測定条件によって幅があります。本記事では一般に用いられる目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。体長や重さの比率に関する数値は、種や個体、測定条件によって幅があり、しくみを理解するための目安として示しています。