ビタミンCが足りないと、体はどうなるの?
― 体をつなぎとめる糸が、作れなくなります
みかんやブロッコリーに入っている、あのビタミンC。足りないとかぜをひきやすい、くらいのイメージかもしれません。けれど本当に不足したとき、体に最初に起きるのは「つなぎ目がほどける」ことです。歯ぐきから血がにじみ、何年も前に治ったはずの傷あとが、また開いてしまう。それはなぜなのか。答えは、270年前に一隻の軍艦の上で行われた、たった12人の実験からたどることができます。
大航海時代の帆船。何か月も陸に着かない航海では、食べ物は塩漬けの肉と、かたいビスケットだけになりました。新鮮な野菜も果物も、とっくに腐ってなくなっています。
やがて船員たちの体に、決まった順番で変化が起きました。まず力が出なくなり、歯ぐきがはれて血がにじみます。次に足に赤黒い斑点が広がり、関節が痛みだす。そして最後に、何年も前の古傷が、糸をほどくようにゆっくり開いていくのです。
この病気で亡くなった船乗りは、当時の海戦や嵐で亡くなった人よりも多かったとされています。原因が分かるまでには、さらに長い時間がかかりました。
足りなくなると起きることは、大きく2つです
血管も、歯ぐきも、皮ふも、骨も、コラーゲンという細い糸の束で支えられています。ビタミンCは、その糸どうしを留める作業に必要な道具です。道具がなくなると、糸は作られてもすぐにほどけ、束になれません。
犬もねこも牛も、ビタミンCを体の中で作れます。ところが人間と、サルの仲間の一部、そしてモルモットだけは作れません。作るための最後の一段が、進化の途中で壊れてしまったからです。だから毎日、食べて取り入れるしかありません。
この2つがそろうと、話は一本につながります。どうしても必要なのに、自分では用意できないもの。それを切らした船が、何か月も海の上にいたのです。だから船の上でだけ、あの病気が流行しました。では、それをどうやって突き止めたのでしょうか。
1747年、船の上で行われた「比べる実験」
当時、原因についての説は山ほどありました。空気が悪い、食べ物が腐っている、心がふさいでいる。どれも、もっともらしく聞こえます。イギリス海軍の船医だったジェームズ・リンドは、議論をやめて、実際に比べてみることにしました。
彼は同じ症状の船員12人を選び、2人ずつ6組に分けました。寝る場所も、食事の中身も全員同じにそろえます。そのうえで、組ごとに1つだけ違うものを加えました。かんきつ類、りんご酒、うすめた硫酸、酢、海水、薬草を混ぜたもの。図1が、その結果です。
回復したのは、かんきつ類の組だけでした。2人のうち1人は6日後に仕事へ戻り、もう1人は他の病人の世話ができるまでになったと記録されています。条件をそろえて、1つだけ変えて比べる。いまの医学で当たり前になっている考え方が、ここで実際に使われました。
ただし、この話には後日談があります。リンドはなぜ効いたのかを説明できず、当時は酸が効いたのだろうと考えられました。海軍がレモン汁を正式に配るようになったのは、実験から約50年後のことです。効いていた物質そのものが取り出されたのは、さらに130年ほど後、1930年前後でした。
ビタミンCは、体の中で何をしているのか
私たちの体から水を除いた成分のうち、最も多いのがコラーゲンです。細い糸のようなたんぱく質で、これが3本より合わさって1本の縄になり、その縄がさらに束ねられて、血管の壁や歯ぐき、皮ふ、骨の土台を作っています。
この3本をより合わせるとき、糸のところどころに留め金を付ける必要があります。留め金を付ける役目の道具が働くには、ビタミンCが手渡し役として要るのです。足りなくなると、糸は作られても留め金が付かず、縄になれずにばらけてしまいます(図2)。
症状の順番も、これで説明がつきます。歯ぐきや細い血管は、たえず作り替えが起きている場所です。新しい縄が作れなくなると、まずそこから傷みます。古傷が開くのも同じ理由です。傷あとは一度できたら固まる石ではなく、いまも縄を編み直し続けている場所だからです。
ビタミンCを作る工程は4段あり、人間では最後の一段を担う部品の設計図が壊れています。同じ壊れ方は、サルの仲間の一部やモルモット、一部のコウモリにも見つかっています。果物を日常的に食べる暮らしでは、自分で作らなくても困らなかったのだろうと考えられています。使わない機能は、こわれてもそのまま残るというわけです。
ビタミンCは水に溶けやすく、熱にも弱い性質があります。だからゆでた野菜では、かなりの量がゆで汁のほうへ移ってしまいます。生で食べる、蒸す、汁ごと食べる。どれも、この性質への対処です。同じ野菜でも、料理のしかたで残る量は変わります。
まとめ
ビタミンCは、体を作る材料そのものではありません。材料どうしをつなぎ留める作業に、どうしても必要な手渡し役です。そして人間は、それを自分で用意する力を失っています。だから毎日の食事から、少しずつ入れ続けるほかありません。原因が分かるまで数百年かかりましたが、答えは最初から、船が積み忘れたレモンの中にありました。
足りなくなるのは、材料ではなく「留め金」。
体は毎日、自分をほどいて編み直しています。
体が縄を編み直す現場そのものについては切り傷は、どうやってふさがるの?、骨で同じことが起きている話は骨は、なぜ何年かごとに作り替えられているの?をどうぞ。同じビタミンCの量が季節でどれくらい変わるかは旬の野菜は、本当に栄養が多いの?で扱っています。
- ヨウ素の入った茶色いうがい薬を、水で20倍ほどにうすめて、透明なコップに入れます。うすい茶色になります。
- そこにレモン汁を1滴ずつ落として、そのたびによくかき混ぜます。何滴かで茶色がすっと消え、透明になります。ビタミンCがヨウ素を変化させたためです。
- 次に、同じレモン汁を小鍋で5分ほど煮立ててから冷まし、同じことをします。色を消すのに必要な滴の数が増えていれば、加熱でビタミンCが減ったことになります。
うがい薬は飲まないでください。使った液は流しに捨て、コップはよく洗います。火を使う手順は大人といっしょに行ってください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・栄養学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- アスコルビン酸:ビタミンCの化学的な名前です。「壊血病を起こさない酸」という意味の名前が付けられました。
- コラーゲン:体の中で最も多いたんぱく質です。3本の鎖がより合わさった、縄のような形をしています。
- 壊血病:ビタミンCの不足で、コラーゲンが正しく作れなくなって起きる病気です。船乗りの病として恐れられました。
- 対照実験:比べたい条件だけを変え、ほかをそろえて行う実験です。リンドが船の上で行ったのが、その古い例とされています。
中学高校式で確かめる:みかんなら1日に何個分か
1日にとりたい量を、身近な果物の個数に直してみます。数字は目安です。
| 大人が1日にとりたい量(推奨量) | 100ミリグラム |
| 温州みかん1個の食べる部分 | 約80グラム |
| みかん100グラムあたりの量 | 約35ミリグラムとされる |
| みかん1個に入っている量(ミリグラム) | 35 × 0.8 = 28 |
| 1日分に必要な個数(個) | 100 ÷ 28 ≒ 3.6 |
| 1週間分にすると(個) | 3.6 × 7 ≒ 25 |
みかんだけでまかなうなら1日3〜4個、1週間で25個ほどになります。実際にはブロッコリーやピーマン、いも類にも多く入っているので、いくつかの食品から少しずつ足していくのが現実的です。なお不足の症状が出るには、ほとんど入ってこない状態が数か月続く必要があるとされています。
高校高校+「留め金」の正体
高校コラーゲンの鎖には、プロリンというアミノ酸が多く並んでいます。このプロリンに酸素を1つ付け加えると、ヒドロキシプロリンという形に変わります。この形になった部分が、3本の鎖の間で水素結合をつくり、縄をほどけなくします。本文で留め金と呼んだのが、これです。
高校+酸素を付ける反応を進める酵素は、鉄を持っています。この鉄は反応のたびに酸化され、そのままでは次の仕事ができません。ビタミンCは、酸化された鉄に電子を渡して元に戻す役目を担います。つまりビタミンCは材料ではなく、酵素を働ける状態に戻し続ける係です。少しの量で足りるのは、そのためです。
大学作れなくなった一段と、必要量の見積もり
ビタミンCはブドウ糖から4段階で合成されます。最後の段を担う酵素の遺伝子は、人間では変異が積み重なって働かなくなっており、配列だけが痕跡として残っています。この壊れ方は真猿類の共通祖先の段階で起きたと推定され、その時期は数千万年前とされています。モルモットや一部のコウモリでは、これとは別に独立して同じ機能が失われました。必要量の決め方も一様ではありません。症状を防ぐのに要る量と、体内の量を十分に保つ量とでは、けたが違います。各国の推奨量に幅があるのは、どちらを基準にするかが違うためです。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 最適な摂取量 欠乏を防ぐ量ははっきりしていますが、長期的な健康を最もよくする量がいくつなのかは、まだ決着していません。血中の濃度は、ある量を超えると頭打ちになることが知られています。
- かぜとの関係 一般の人が日常的に多くとっても、かぜをひく回数は減らないという報告が多い一方、激しい運動をする人では減ったという報告もあります。効き方が人によって違う理由は分かっていません。
- 失った機能の意味 作る力を失ったことが、単に必要がなくなった結果なのか、何か別の利点があったのかは議論が続いています。作らないぶんの資源を他に回せた、という説もあります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数百年かけて答えにたどり着いた問いでも、その先にはまだ問いが残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生命/保健体育(栄養) | 体をつくる成分と、食べ物から取り入れる必要のあるもの |
| 高校 | 生物基礎(たんぱく質)・化学基礎(酸化と還元) | コラーゲンの3本の鎖と、留め金ができるしくみ |
| 高校+ | 生物(酵素とそれを助ける物質) | 鉄を元に戻す係としてのビタミンC |
| 大学 | 生化学・栄養学・分子進化学 | 合成の経路の最後の一段が失われた話 |
| 研究 | 栄養疫学 | 最適な摂取量をめぐる議論 |
| ― | 生活とのつながり | ゆで汁に溶け出す量、みかん何個分という見積もり |
- 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」(ビタミンCの推奨量)
- 文部科学省 食品成分データベース(果物・野菜のビタミンCの含有量)
- James Lind『A Treatise of the Scurvy』(1753年)― 船の上で行われた比較試験の記録
- Nishikimi ほか、ビタミンCの合成酵素の遺伝子が働かなくなったことを示した研究(1994年、生化学の学術誌に掲載)
- 日本ビタミン学会編『ビタミンの事典』(朝倉書店)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体調に不安がある場合や、栄養の補い方に迷う場合は、自己判断せず医師・管理栄養士などの専門家にご相談ください。