プールで目を開けるとぼやけるのに、魚はなぜはっきり見えるの?
― 人の目は、空気があってはじめてピントが合います
水の中で目を開けても、目そのものは何も壊れていません。失われたのは、目の一番外側にあった「空気との境目」のほうです。人の目は、ピント合わせの3分の2ほどをその境目にまかせていました。魚の目は、はじめからそこを当てにしていません。
プールの底に落ちた鍵を拾おうと、思いきって水の中で目を開けます。目は確かに開いているのに、見えるのはぼんやりした色のかたまりだけです。
ところがゴーグルをつけたとたん、同じ水の中が急にくっきり見えます。水が濁っていたわけではなかった、ということです。
その同じ水の中で、魚はすいすいと小さな餌を見つけています。魚の目には、いったい何があるのでしょうか。
理由は、大きく2つです
目に入る光を曲げているのは、じつは奥のレンズより手前の角膜です。ただし角膜が光を曲げられるのは、その外側が空気のときだけです。
角膜の中身は、ほぼ水です。外側も水になると、光にとっては境目がなくなったのと同じで、光はまっすぐ通り抜けてしまいます。
逆にいえば、魚のように「最初から水の中で暮らす目」を作るなら、角膜とは別の方法で光を曲げなければなりません。順に見ていきます。
光を曲げているのは、どこなのか
光は、性質の違うものの境目を斜めに通るときだけ、進む向きを変えます。この曲がりやすさを表す数を屈折率といい、空気はおよそ1.00、水はおよそ1.33です。数の差が大きいほど、光は大きく曲がります。
人の角膜の屈折率は、およそ1.38とされています。空気の1.00との差は0.38ほどもあり、しかも角膜は前にふくらんだ球面です。だから外から来た光は、角膜の表面でぐいと内側へ曲げられます。この一段階だけで、目に必要なピント合わせの力のおよそ3分の2がまかなわれています。
残りの3分の1を受け持つのが、奥にある水晶体です。近くを見るときに厚みを変えてくれる、調整係のほうです。つまり人の目は、大きく曲げる係と微調整の係を分業させた作りになっています。
水に入ると、何が起きるのか
角膜の中身は、重さの8割近くが水です。だから屈折率も水に近く、1.38ほどにとどまります。水の1.33との差は、わずか0.05しかありません。
光にとって、この差はほとんど「境目がない」のと同じです。せっかくの球面も出番がなくなり、光はほぼまっすぐ目に入ってきます。残された水晶体だけでは力が足りず、光は網膜の上ではなく、そのずっと後ろで集まることになります。図1の右側が、この状態です。
ゴーグルが効くのは、レンズの度が入っているからではありません。目の前に空気の部屋を作り直し、角膜の外側をもう一度空気にしてあげているだけです。失った境目を返してもらえば、目は何も変わらないまま、いつもの見え方に戻ります。
魚は、どうやって解決したのか
魚の角膜も、外側が水です。だから魚にとって、角膜で光を曲げるという手は最初から使えません。そこで魚は、光を曲げる仕事をまるごと水晶体に背負わせました。
そのため魚の水晶体は、人のような平たい形ではなく、ほぼ完全な球です。指でつまめるほど硬く、目から取り出すと小さなビー玉のように見えます。しかも中心ほど屈折率が高くなるよう作られていて、一枚の球なのに光がにじまずに一点へ集まります。
ピントの合わせ方も違います。人は水晶体の厚みを変えますが、魚の水晶体は硬くて形を変えられません。かわりに小さな筋肉で、水晶体そのものを前後に動かします。カメラのレンズを繰り出すのと同じやり方です。図2の右側に、この違いを並べました。
ペンギンやウは、空気の中でも水の中でも獲物を見つけます。こうした鳥は角膜の曲がりがゆるく、水晶体の形を大きく変えられるため、水に入ったぶんの不足を自力で埋められるとされています。アシカやアザラシは別の手で、角膜をほぼ平らにして、はじめから水中に合わせた目を持っています。かわりに陸の上では、少し近視ぎみの見え方になると考えられています。
コンタクトレンズをつけたまま水に入ると、レンズが流されるだけでなく、水の中の微生物がレンズと目のあいだにとどまることがあります。まれですが治りにくい角膜の感染につながるとされ、日本の眼科の学会や製造元も、水泳時は外すか、度つきのゴーグルを使うようすすめています。
まとめ
水の中でぼやけるのは、目が水に負けたからではありません。人の目が、空気という部品を前提に組み立てられているからです。魚はその部品をあてにせず、球形の硬いレンズという別の答えを選びました。同じ「目」という言葉でも、中身は別の設計図でできています。
人の目は、空気とセットで完成している。
魚の目は、はじめから水とセットで完成している。
光が境目で曲がる話は、水に入れたストローは、なぜ折れて見えるの?で、もっと身近な形で見ることができます。暗いところで見えにくくなるのは、また別のしくみです。明るい所から暗い部屋に入ると、なぜしばらく何も見えないの?もあわせてどうぞ。
- 洗面器に水をためて顔をつけ、底に置いた模様のあるタオルを裸眼で見ます。次にゴーグルをつけて同じものを見ると、水は同じなのに見え方だけが変わります。
- 空のコップの底に小さな絵を置き、上からのぞきます。そのまま水を静かに注ぐと、絵の位置がわずかに浮き上がって見えます。水と空気の境目が光を曲げている証拠です。
- 魚を一尾まるごと買ったときは、目の部分を見てみてください。黒く見える部分の奥に、硬くて透明な球が入っています。人の目のレンズとは形がまるで違うことが分かります。
水に顔をつける確かめ方は、必ず浅い洗面器で、大人が見ているところで行ってください。目に痛みが出たらすぐにやめ、水道水で洗います。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・物理(波と光)」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生理光学・比較眼科学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 屈折率:その物質の中を光がどれだけ進みにくいかを表す数。真空を1として、空気は約1.00、水は約1.33、角膜は約1.38です。
- 屈折力:レンズや球面が光をどれだけ曲げられるかを表す量。単位はディオプターで、焦点距離をメートルで測った値の逆数です。
- 調節:見る距離に合わせてピントを変える働き。人は水晶体の厚みを変え、多くの魚は水晶体の位置を前後に動かします。
中学高校式で確かめる:水に入ると、目は何ディオプター失うのか
この記事の主題は「角膜が水中でどれだけ力を失うか」です。その量そのものを、球面での屈折の式から出してみます。
| 記号で書くと | P = ( N₂ - N₁ ) ÷ R |
| 言葉で書くと | 屈折力 = (後ろ側の屈折率 - 前側の屈折率) ÷ 曲率半径 |
| どこから来る式か | 境目で光が曲がる決まり(屈折の法則)を、光が目の軸の近くを通る場合に当てはめた式で、球面屈折の式と呼ばれます。境目の前後で屈折率が同じなら、右辺の引き算がゼロになり、曲げる力も消えます。 |
| 角膜の屈折率 | 約 1.376 とされます |
| 空気の屈折率/水の屈折率 | 約 1.000 / 約 1.333 |
| 角膜表面の曲率半径(記号は R、単位はメートル) | 約 0.0078(7.8ミリメートル) |
| 目ぜんたいに必要な屈折力 | 約 60 ディオプター とされます |
| 空気とのへだたり | 1.376 - 1.000 = 0.376 |
| 空気中の角膜の屈折力 | 0.376 ÷ 0.0078 ≒ 48 |
| 水とのへだたり | 1.376 - 1.333 = 0.043 |
| 水中の角膜の屈折力 | 0.043 ÷ 0.0078 ≒ 5.5 |
| 水に入って失う分 | 48 - 5.5 = 42.5 |
| 老眼鏡(2.5)の何枚ぶんか | 42.5 ÷ 2.5 = 17 |
目ぜんたいに必要な約60ディオプターのうち、42.5が消える計算です。老眼鏡の度は2.5ディオプターほどですから、その17枚ぶんの力が一瞬で抜け落ちることになります。ぼやけて当然だった、ということです。
高校高校+魚の球レンズは、どれだけ強いのか
高校魚の水晶体は球なので、半径が決まれば焦点距離もほぼ決まります。半径の約2.55倍が焦点距離になるという関係が古くから知られ、マティーセン比と呼ばれています。半径3ミリメートル、つまり0.003メートルの水晶体なら、2.55 × 0.003 = 0.00765 がメートルで測った焦点距離です。水の中での屈折力は 1.333 ÷ 0.00765 ≒ 174 となり、人の目ぜんたいの約3倍にもなります。角膜のぶんまで一つで引き受けているわけです。
高校+ふつうのガラス球でこれをやると、周辺を通った光が中心を通った光より手前で集まり、像がにじみます。球面収差と呼ばれる現象です。魚の水晶体は中心ほど屈折率が高い勾配屈折率レンズになっていて、この収差をほぼ打ち消しています。レンズの中で光の道がゆるやかな曲線を描く点が、均一なガラス球との決定的な違いです。
大学模型眼と、比較眼科学から見た水中視
眼科学では、角膜と水晶体を数枚の球面に置きかえたグルストランドの模型眼を使って、目の光学をまとめて扱います。この模型で外側の媒質を空気から水に置きかえると、この記事の計算がそのまま再現でき、およそ40ディオプター以上の遠視の状態になることが示されます。勾配屈折率レンズの設計論や、水陸の両方で見る動物の調節のしくみは、比較眼科学の主要な話題の一つです。
📖 式の導出や、さらに先の内容:屈折力(ウィキペディア日本語版) / 水晶体(ウィキペディア日本語版)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 勾配はどう作られるのか。 魚の水晶体の屈折率の勾配は、クリスタリンというタンパク質の濃さの分布で決まるとされますが、体が成長しても勾配の形が保たれるしくみは、まだ完全には説明されていません。
- 人は訓練でどこまで見えるのか。 海で暮らす人々の子どもが、水中で裸眼でも高い視力を示したという報告があり、瞳孔を小さくしぼることが効いていると考えられています。ただし訓練でどこまで再現できるかは、議論が続いています。
- 両方で見る目の限界。 空気の中と水の中の両方で高い視力を保つ動物が、どこまでの不足を調節で埋めているのかは、種によって測定値のばらつきが大きく、統一した説明は得られていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。目の光学は古くからの分野ですが、動物ごとの細かい作りは今も調べられている最中です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・光の進み方/目のつくり | 境目で光が曲がること、水晶体と網膜の役割 |
| 高校 | 物理基礎・物理(波と光、屈折の法則) | 球面屈折の式と、屈折力の計算 |
| 高校+ | 物理の発展(レンズの収差) | 球面収差と、勾配屈折率レンズ |
| 大学 | 生理光学・比較眼科学 | グルストランドの模型眼、水中視の解析 |
| 研究 | 視覚生理学・発生生物学 | 屈折率の勾配が作られ、保たれるしくみ |
| ― | 生活とのつながり | ゴーグルが効く理由、水中でコンタクトレンズを外す理由 |
- 屈折力 ― ウィキペディア日本語版(屈折力とディオプターの定義)
- 水晶体 ― ウィキペディア日本語版(水晶体の構造と調節)
- グルストランドの模型眼にもとづく、角膜と水晶体の屈折力の標準的な数値。眼科学および生理光学の教科書に広く掲載されています。
- マティーセン比(魚類の球形の水晶体で、焦点距離が半径の約2.5倍になるという関係)。19世紀の L. Matthiessen の報告に由来し、現在も比較眼科学の総説で引用されています。
- コンタクトレンズをつけたままの水泳に関する注意。日本の眼科関連学会および製造元の一般向け案内による。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。目の不調やコンタクトレンズの扱いについては、眼科の医師や製造元の説明書の指示に従ってください。