日常のふしぎ 電磁気 予備知識なしでOK 読了 約8分

ステンレスの鍋やシンクは、なぜ磁石につかないの?
― 中身はほとんど鉄。変わったのは、原子の「並び方」です

ステンレスは、重さの7割ほどが鉄でできています。それなのに、台所のシンクに磁石を当てても、ほとんどくっつきません。磁石につくかどうかを決めているのは、「鉄が入っているか」ではありません。鉄の原子がどんな形に並んでいるか、なのです。

公開:2026.10.26 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

買ってきたキッチンタイマーの裏には、磁石がついています。冷蔵庫の扉にはぴたりとつきました。

ところが、流し台のステンレスの壁に当てると、するりと落ちてしまいます。同じ「金属」で、しかも鉄の仲間のはずなのに、です。

さらにふしぎなことに、シンクの角や、曲げて作られた縁のあたりでは、磁石が少しだけ引っかかることがあります。同じ板なのに、場所によって違うのです。

理由は2つだけ

1
磁石につくのは「鉄だから」ではなく「並び方」のおかげ

鉄の原子は1つ1つが小さな磁石です。ふつうの鉄では、その向きが一斉にそろいます。ステンレスにニッケルを混ぜると原子の並び方が変わり、向きがそろわなくなります。

2
曲げたりつぶしたりすると、並び方が一部もどる

強く曲げた部分では、原子の並びがむりやりずらされます。その一部が、磁石につく並び方に変わります。シンクの角だけ磁石が引っかかるのは、このためです。

つまり磁石の力は、原子の「材料」より「チームワーク」で決まっています。1つずつ順に見ていきましょう。

原子の小さな磁石は、そろったときだけ力になる

鉄の原子の中では、電子がこまのように回っています。この回転のせいで、原子1つ1つが方位磁針の針のような小さな磁石になっています。ふつうの鉄では、となりどうしの原子が「同じ向きになろう」と強く引き合います。そのため何兆個もの原子の向きがそろい、外から近づけた磁石を強く引きつけます。

ここで大事なのが、原子の並び方です。ふつうの鉄の原子は、立方体の角と真ん中に1つずつ入る形で並んでいます。ところが、ステンレスの代表である「18-8」(クロム18%・ニッケル8%)では、ニッケルの働きで原子が立方体の角と各面の真ん中に入る、もっと詰まった並び方になります。この並び方では、となりどうしの原子が向きをそろえる力がうまく働きません。向きがばらばらのままなので、全体としての磁石の力がほとんど打ち消されます(図1)。

ふつうの鉄(18-0ステンレスも) 立方体の角と真ん中に並ぶ 18-8ステンレス 角と各面の真ん中に、詰まって並ぶ 向きがそろう → 磁石につく 鉄 クロム ニッケル 向きがばらばら → ほとんどつかない
図1:原子の並び方と、原子の小さな磁石(白い矢印)の向き。左のふつうの鉄では、四角い格子の角と真ん中に原子が並び、矢印がすべて上を向いてそろっています。右の18-8ステンレスでは原子がもっと詰まって並び、クロムとニッケルの粒が混ざります。矢印の向きがばらばらで打ち消し合うため、磁石はほとんどつきません(矢印の向きは、そろい方の違いを示すための模式です)。

おもしろいのは、ニッケルそのものは磁石につく金属だということです。磁石につく鉄に、磁石につくニッケルを混ぜたのに、混ぜたものは磁石につかなくなります。磁石の力が「材料の足し算」ではなく、「並び方」で決まっている何よりの証拠です。

同じステンレスでも、磁石がつく種類と場所がある

ステンレスには、ニッケルを入れない「18-0」(クロム18%だけ)という種類もあります。こちらは原子の並び方がふつうの鉄と同じなので、磁石にしっかりつきます。安いスプーンや、電磁調理器(IH)に使える鍋の底によく使われています。IHは、磁石につく金属の中に電流をうずのように起こして温めるしくみなので、磁石につかない鍋は温まりにくいのです。

18-8の場合でも、強く曲げたり、押しつぶして形を作ったりした部分は事情が違います。原子の並びが力でずらされると、一部が磁石につく並び方へと入れかわります。シンクの角、スプーンの首の曲がった所、鍋の縁などで磁石が弱く引っかかるのはこのためです。磁石をすべらせていくと、曲げの強い所でだけ「ひっかかり」を感じられます。

💡 磁石で「本物のステンレスか」は分からない

「磁石につくのはステンレスではない」という言い方を聞くことがありますが、正しくありません。18-0のように、磁石によくつくステンレスもあります。さびにくさを生んでいるのは主にクロムで、表面にできるごく薄い膜が中を守っています。磁石につくかどうかは、さびにくさとは別の性質です。

鉄でさえ、熱すると磁石につかなくなる

原子の向きがそろうかどうかは、温度でも変わります。温度が上がると原子は激しく揺れ、となりと向きをそろえる力に逆らうようになります。鉄の場合、およそ770℃をこえると向きのそろいが完全にくずれ、磁石につかなくなります。この温度を「キュリー温度」といいます。図2のつまみで温度を変えてみてください。そろい具合は700℃をこえたあたりから急に落ち、770℃で0になります。

0℃200℃400℃600℃800℃ 温度(右へ行くほど熱い) 0%50%100% 縦軸:向きのそろい具合 キュリー温度 770℃(点線) そろい具合 98% 磁石につかない 磁石につく
つまみを動かすと、原子の向きのそろい具合が変わります
図2:鉄の温度と、原子の小さな磁石の向きのそろい具合。水色の線は、室温ではほぼ100%で、熱するほどゆるやかに下がります。右の赤い点線(770℃)に近づくと急に落ちて0になります。つまみで温度を変えると、黄色い点が線の上を動きます。曲線は、実際の鉄の測定によく合うとされる近似式で描いています。

さらに熱して約910℃をこえると、鉄の原子はステンレスの18-8と同じ、詰まった並び方に組みかわります。18-8は、ニッケルの力で「高温の鉄の並び方」を室温までとどめておいた金属だ、と見ることもできます。

まとめ

ステンレスの多くが磁石につかないのは、鉄が抜けたからではありません。ニッケルを加えたことで原子の並び方が変わり、原子の小さな磁石が向きをそろえられなくなったからです。並び方が鉄と同じ18-0は磁石につき、18-8でも曲げた所だけは少しつきます。そして鉄そのものも、770℃をこえると向きがくずれて磁石につかなくなります。

磁石につく力は、原子の「数」ではなく「そろい方」。
並び方を変えれば、鉄でさえ磁石を忘れます。

磁石そのものの性質は、磁石を半分に割ったら、N極だけの磁石ができるの?で詳しく解説しています。鉄を熱したときの色の変化は鍛冶職人は、なぜ温度計なしで鉄の温度がわかるの?、ステンレスがさびにくい理由とも関わる話は鉄はなぜサビるの?もどうぞ。

🧪 冷蔵庫の磁石を持って、台所をひと回り
  1. 冷蔵庫のマグネットを1つはずし、流し台の平らな面に当てます。ほとんどつかないはずです。次に、シンクの角や曲げられた縁にゆっくりすべらせ、引っかかる場所を探します。
  2. スプーンやフォークの柄に当ててみます。磁石につくもの、つかないもの、首の曲がった所だけ少しつくものがあるはずです。柄の裏に「18-8」「18-0」の刻印があれば、結果と見比べます。
  3. 鍋やフライパンの底にも当ててみます。底だけ磁石につく鍋は、IHで使えるように磁石につく金属を張り合わせてあることが多いです。

強い磁石(ネオジム磁石)だと18-8にもわずかに引かれることがあります。小さな冷蔵庫用の磁石のほうが、違いがはっきり出ます。火にかけた直後の鍋では試さないでください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理」「化学」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(固体物理学・金属材料学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:磁石が引く力は、鉄と18-8でどれくらい違う?

1立方センチの金属のかたまりを、強い磁石の表面に近づけたときの引力を見積もります。磁石につきやすさを表す数は「磁化率」(記号 χ)とよばれます。この数が、引く力にそのまま比例します。

⓪ もとになる式
記号で書くとF = (χ × V ÷ μ0) × B × (ΔB ÷ Δx)
言葉で書くと引く力 = 磁化率 × 体積 ÷ 真空の透磁率 × 磁場の強さ × 磁場が距離とともに弱まる割合
どこから来る式か磁場の中で磁化した物体がもつ磁気のエネルギーは、磁場が強い所ほど低くなります。物体はエネルギーが低い側、つまり磁石の近くへ押されます。その「エネルギーの坂」の傾きが力です。
① もとになる数値
記号の意味と単位F は力(N)、V は体積(m³)、B は磁場の強さ(テスラ)、Δx は距離(m)
強い磁石の表面の磁場 Bおよそ 0.4 テスラ
磁場が弱まる割合(1cmで0になるとする)1mあたり 40 テスラ
1 ÷ μ0(真空の透磁率の逆数)およそ 800000 とされる
体積 V(1立方センチ)0.000001 m³
鉄の板の実効的な磁化率およそ 1(鉄自身の磁気が打ち消し合い、形で決まる上限に達するとされる)
18-8の磁化率0.003〜0.01 程度とされる(ここでは 0.005)
② 計算してみる
磁場 × 弱まる割合0.4 × 40 = 16
μ0 でわる(800000 をかける)16 × 800000 = 12800000
1立方センチの体積をかける12800000 × 0.000001 = 12.8
鉄(磁化率 1)の引く力(N)12.8 × 1 = 12.8
重さに直す(kg)12.8 ÷ 9.8 ≒ 1.3
18-8(磁化率 0.005)の引く力(N)12.8 × 0.005 = 0.064
重さに直す(kg)0.064 ÷ 9.8 ≒ 0.0065
鉄は18-8の何倍か12.8 ÷ 0.064 = 200

同じ大きさのかたまりでも、鉄は約1.3kg分の力で引かれるのに、18-8は約6.5g分しか引かれません。差は200倍ほどです。冷蔵庫用の磁石はもっと弱いので、18-8の上では自分の重さを支えきれずに落ちてしまいます。数値は、しくみをつかむための目安です。

高校高校+結晶構造と、加工で生まれる磁性

高校化学では、金属の結晶格子として体心立方格子・面心立方格子・六方最密構造を習います。面心立方格子は充填率が約74%で、体心立方格子の約68%より詰まっています。鉄は約910℃で体心立方から面心立方へ組みかわる「同素変態」を起こします。

高校+18-8を室温で強く曲げると、面心立方の一部が「加工誘起マルテンサイト」とよばれる体心立方に近い組織へ変わります。この部分は強磁性なので、磁石に弱く引かれます。熱処理(固溶化処理)をすると、ふたたび面心立方にもどって磁石につかなくなるとされています。

大学交換相互作用とキュリー温度

原子の磁石の向きをそろえる力の正体は、電子どうしの「交換相互作用」です。これは量子力学のパウリの排他原理から生まれる効果で、古典的な磁石どうしの力よりはるかに強いとされます。金属の鉄では、電子が原子のあいだを動き回るため、「ストーナー条件」を満たすかどうかで強磁性が決まる、という見方(バンド理論による遍歴電子磁性)が使われます。原子の間隔や並び方が変わると、この条件が満たされなくなることがあります。キュリー温度より上では、磁化率が温度に反比例して下がる「キュリー・ワイスの法則」が成り立ちます。図2の曲線は、測定値によく合うクズミンの近似式で描いています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:キュリー温度(ウィキペディア) / 強磁性(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。毎日さわるシンクの中にも、物理学の未解決の問いが眠っています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:磁石と磁界、金属の性質磁石につく金属・つかない金属
高校化学:金属の結晶格子/物理:磁場図1の並び方の違い、引く力の式
高校+化学の発展:合金と同素変態18-8・18-0の違い、曲げた所の磁性
大学固体物理学・金属材料学交換相互作用、ストーナー条件、キュリー温度
研究磁性物理・材料科学面心立方の鉄の磁気、加工誘起変態の予測
―生活とのつながりIH対応の鍋選び、食器の刻印の見方
参考・出典
  1. ステンレス鋼(ウィキペディア)
  2. オーステナイト(ウィキペディア)
  3. ステンレス協会 編『ステンレス鋼便覧』日刊工業新聞社
  4. 近角聰信『強磁性体の物理(上)』裳華房
  5. M. D. Kuz'min, "Shape of Temperature Dependence of Spontaneous Magnetization of Ferromagnets: Quantitative Analysis", Physical Review Letters 94, 107204 (2005)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。製品の材質や調理器具の対応可否は、各製品の表示を確認してください。