宇宙は寒いって本当?
― 真空は、熱を奪うのがいちばん苦手な場所です
映画では、宇宙に放り出された人が一瞬で凍りつきます。けれど実際の宇宙は、「冷やす力」がとても弱い場所です。熱を運んでくれる空気が、そこには無いからです。宇宙服や宇宙ステーションが苦労しているのは、むしろ熱をどうやって捨てるかのほうです。
朝いれた熱いお茶が、魔法瓶の中では夕方になってもまだ温かい。ふつうのコップなら、30分ほどでぬるくなってしまいます。
魔法瓶の壁は二重になっていて、そのすき間は空気を抜いた「真空」です。つまり真空は、熱を外へ逃がさないための断熱材として使われています。
では、見わたすかぎり真空が広がる宇宙は、本当に「凍える場所」なのでしょうか。
「宇宙は寒い」が半分まちがっている理由は2つ
地上で体が冷えるのは、まわりの空気や水が熱を持ち去るからです。真空にはその運び手がいません。残る道は、体が出す目に見えない光(赤外線)だけで、これはゆっくりです。
宇宙には、日ざしを弱める空気も雲もありません。日なたに置かれたものはどんどん熱をため込み、100℃を超えることもあるとされています。
「宇宙の温度」という言い方にも落とし穴があります。温度とは、物の中の粒がどれだけ激しく揺れているかを表す量です。物がほとんど無い場所では、温度を感じさせる相手そのものがいません。
体を冷やす3つの道のうち、宇宙では2つが閉じている
熱が移る道は3つあります。触れている物へ直接伝わる道、まわりの空気や水が動いて運び去る道、そして赤外線として飛んでいく道です。冬の風が冷たく感じるのは、2つめの道で熱が次々に奪われるからです。冷たい水に入ると、もっと速く奪われます。
図1の左を見てください。地上では3つの道が全部ひらいています。右の宇宙では、触れる物も動く空気も無いので、残るのは赤外線の道だけです。人の体から赤外線で出ていく熱は、休んでいるときに体がつくる熱の数倍ほどです。冷えはしますが、「一瞬で凍る」ほど速くはありません。折りたたみの中で計算すると、1℃下がるのに10分近くかかる目安になります。
宇宙服の本当の悩みは「熱がこもること」
宇宙飛行士が船外で作業すると、体は運動で熱をつくり続けます。地上なら汗が蒸発し、風が熱を持ち去ってくれます。ところが宇宙服の外は真空なので、その熱は服の中にたまる一方です。
そのため船外活動用の宇宙服の下には、細い管が縫い込まれた下着を着ます。管に冷たい水を流して、体の熱を回収するしくみです。回収した熱は、背中の装置で水を少しずつ宇宙へ蒸発させて捨てているとされています。宇宙ステーションにも、太陽電池とは別に、熱を赤外線で捨てるための大きな白い放熱板が付いています。
いっぽう日かげでは、機械は冷えすぎて動かなくなるおそれがあります。だから人工衛星は、金色や銀色の断熱シートに包まれています。「暑すぎ」と「寒すぎ」の両方を、日が当たるかどうかだけで行き来するのが宇宙です。
宇宙服なしで真空にさらされたとき、まず問題になるのは寒さではなく、息ができないことと、まわりの気圧が無いことだとされています。意識は十数秒ほどで失われると考えられています。映画のように「一瞬で凍る」のは、熱の逃げ方から見ても起こりにくい演出です。
高い山の上で、日なたはじりじり暑いのに、日かげに入ると急に寒い。そんな経験はありませんか。空気が薄いほど日ざしが強く届き、空気による熱のならしが効きにくくなります。宇宙は、その極端な場合です。
まとめ
宇宙が「寒い」と言われるのは、物がほとんど無い場所の温度がとても低いからです。けれど、物を冷やす力は、熱を運ぶ空気や水があってはじめて強くなります。真空は魔法瓶の壁と同じで、熱を奪うのが苦手です。だから宇宙では、日が当たれば焼けるように熱くなり、宇宙服はむしろ熱を捨てる工夫で成り立っています。
寒さとは、温度の低さではなく「熱を奪う速さ」。
真空は、世界でいちばん優秀な断熱材です。
真空が熱を閉じこめるしくみは魔法瓶は、なぜ何時間も冷めないの?で、宇宙ステーションで体が浮く理由は宇宙ステーションで体が浮くのは、重力がないからって本当?で詳しく紹介しています。同じ温度でも冷たさの感じ方が変わる話はなぜ金属は木より冷たく感じるの?もどうぞ。
- 同じ温度のお湯を、ふたつきの魔法瓶と、ふつうのコップに入れます(やけどに注意)。
- 30分後に、それぞれ指で触れるか温度計で測ります。魔法瓶のほうが温かく残っているはずです。
- 次に、ぬるま湯でぬらした手を、じっとさせた場合と、うちわであおいだ場合で比べます。あおいだほうが冷たく感じます。
2つの結果を合わせると、「冷える速さは、熱を運ぶ空気の動きで決まる」ことが分かります。その運び手を取り除いたのが、魔法瓶の真空と、宇宙です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱工学・宇宙工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 伝導:触れている物どうしの間で、熱が直接伝わること。
- 対流:温められた空気や水が動くことで、熱が運ばれること。
- 放射(熱放射):物が温度に応じて赤外線などの光を出し、その光で熱が移ること。真空の中でも起こる、ただ一つの道です。
中学高校式で確かめる:真空の日かげで、人の体は1℃下がるのに何分かかる?
日光の当たらない真空で、体の表面から赤外線だけで熱が逃げるとします。宇宙に向いている体の面を約1平方メートルとした、大まかな見積もりです(宇宙服は無いものとし、息ができない問題は考えません)。
| 皮膚の温度 | 約33℃(絶対温度で約306 K) |
| その温度の面1平方メートルから赤外線で出る熱 | 毎秒 約500 J(約500 W)とされる |
| 休んでいるときに体がつくる熱 | 約100 W とされる |
| 体重 | 60 kg とする |
| 体1 kg を1℃温めるのに必要な熱(比熱) | 約3.5 kJ とされる |
| 差し引きで失う熱(毎秒) | 500 − 100 = 400 W |
| 体全体を1℃冷やすのに必要な熱 | 60 × 3.5 = 210 kJ |
| ジュールに直す | 210 × 1000 = 210000 J |
| かかる時間(秒) | 210000 ÷ 400 ≒ 525 秒 |
| 分に直す | 525 ÷ 60 ≒ 8.8 分 |
体温が1℃下がるのに、約9分かかる計算です。実際には手足の先から冷えるので一様ではありませんが、「一瞬で凍る」とはほど遠いことが分かります。
| 記号 | 意味と単位 |
| W | ワット。1秒あたりに移る熱の量(1 W = 毎秒1 J) |
| J・kJ | ジュール・キロジュール。熱の量(1 kJ = 1000 J) |
| K | ケルビン。絶対温度の単位(0℃ ≒ 273 K) |
高校高校+温度と「熱の移る速さ」は別のもの
高校気体の温度は、分子1個あたりの運動の激しさで決まります。地球の高い上空や宇宙空間の希薄な気体は、分子の速さで見ると数百〜千℃以上に相当することもあるとされています。それでも分子の数が極端に少ないので、物にぶつかって渡す熱の量はごくわずかです。
高校+物から放射で出る熱は、絶対温度の4乗に比例します(シュテファン・ボルツマンの法則)。まわりから入ってくる放射との差し引きで、物の温度は決まります。宇宙の背景放射はおよそ3 K に相当し、入ってくる分はほぼ無視できます。そのため日かげでは、物はゆっくりと、しかし止まらずに冷え続けます。
大学宇宙機の熱設計
人工衛星の温度は、太陽光の吸収率と赤外線の放射率の比で大きく変わります。白い塗装は日光をあまり吸わずに赤外線をよく出すので、放熱面に向いています。逆に多層断熱材は、薄い膜を何枚も重ねて放射の行き来を段階的に弱めます。内部の熱は、液体を循環させる配管や、液体が蒸発と凝縮をくり返して熱を運ぶ管で放熱面まで運ばれます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 人が真空に短時間さらされたときの影響。 事故や動物実験の限られた記録から推定されている部分が多く、正確な限界時間には幅があります。
- 月や火星で長く暮らすときの熱の管理。 昼と夜の温度差が大きい月面で、居住施設をどう保温・放熱するかは、いまも設計の検討が続いています。
- より軽くて効率のよい放熱のしくみ。 赤外線の出しやすさを温度に応じて自動で変える材料などが、研究されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに人体への影響の数値は、目安として読んでください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「熱の伝わり方」 | 伝導・対流・放射の3つの道 |
| 高校 | 物理「熱と温度」「気体分子の運動」 | 温度と熱量のちがい、比熱の計算 |
| 高校+ | 物理(発展)「熱放射」 | 放射が絶対温度の4乗に比例すること |
| 大学 | 伝熱工学・宇宙工学 | 放熱板と断熱材による宇宙機の熱設計 |
| 研究 | 宇宙医学・材料工学 | 真空暴露の影響、放熱材料の開発 |
| ― | 生活とのつながり | 魔法瓶、山の日なたと日かげ、風で冷える体感 |
- NASA「International Space Station」
- JAXA 有人宇宙技術部門「国際宇宙ステーション」
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(シュテファン・ボルツマン定数、比熱などの物理定数)
- D. G. Gilmore 編『Spacecraft Thermal Control Handbook』The Aerospace Press
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。人体への影響に関する記述は限られた記録にもとづく推定を含みます。