滝つぼの水は、落ちる前より温かいの?
― 新婚旅行に温度計を持っていった科学者がいました
答えは「ほんの少しだけ、温かくなる」です。水が落ちる勢いは、滝つぼでぶつかって消えたように見えます。でも本当は、水の中の目に見えない揺れ、つまり熱に姿を変えています。この小さな温度の差を確かめようとして、新婚旅行に長い温度計を持っていった科学者がいました。
山あいの滝を見に行きました。ごうごうと音を立てて、水が崖から落ちてきます。滝つぼのまわりは白いしぶきで、ひんやりしています。
あれだけの勢いで落ちてきた水は、滝つぼに着くと、おだやかな川になって流れていきます。あの勢いは、いったいどこへ行ったのでしょう。
いまから180年ほど前、この問いを本気で確かめようとした人がいました。
落ちた水が温かくなる理由は、2つに分けるとわかります
落ちる水の勢いは、滝つぼで渦やしぶきになり、細かく分かれていきます。最後は水の粒の小さな揺れになります。この揺れこそが熱です。
水は、温めるのに大量の熱がいる物質です。そのため落差100メートルの滝でも、上がる温度は0.2度ほどです。手でさわっても、まずわかりません。
いまでは当たり前に聞こえるこの話も、昔は当たり前ではありませんでした。「動き」と「熱」が同じものの別の姿だと、誰も知らなかったからです。
熱は「物質」だと思われていた
1800年ごろまで、多くの学者は、熱を目に見えない液体のようなものだと考えていました。熱い物から冷たい物へ、この液体が流れ込むという考えです。これは「熱素説」と呼ばれます。
この考えにひびを入れたのが、ランフォード伯と呼ばれた人物です。1798年、彼は大砲の筒をくりぬく工場で、削っている金属が水を沸かすほど熱くなることに注目しました。削り続けるかぎり、熱はいつまでも出てきます。もし熱が物に入った液体なら、いつか使い切るはずです。
それでも、熱素説はすぐには消えませんでした。「どれだけの動きが、どれだけの熱になるのか」。この量の関係を、きちんと測った人がいなかったからです。
ビール醸造所の息子が、温度計で答えを出した
イギリスのマンチェスターに、ジェームズ・プレスコット・ジュールという人がいました。家業はビールの醸造所です。大学の教授ではなく、自宅で実験を重ねていました。醸造では温度の管理が大切です。彼は、とても細かく温度を読み取る技術を身につけていたとされています。
ジュールが考えた実験が、図1の右側です。おもりが下へ落ちると、ひもが軸を回します。軸についた羽根が、容器の中の水をかき回します。水がかき回されると、温度がわずかに上がります。おもりが落ちた距離と、水の温度の上がり方を比べれば、「動き」と「熱」の交換レートがわかるわけです。
結果は、とても小さな温度の変化でした。ジュールは、温度計の目盛りを1度の数百分の1まで読んだとされています。こうして彼は、動きと熱のあいだに、いつも決まった交換レートがあることを示しました。熱の量を表す単位「ジュール」は、彼の名前にちなんでいます。
新婚旅行の滝で、温度計を持っていた
1847年、ジュールは結婚し、スイスとの国境に近いアルプスの谷へ新婚旅行に出かけました。そこで、若い物理学者ウィリアム・トムソン(のちのケルビン卿)とばったり出会います。トムソンの回想によると、ジュールは長い温度計を手にしていました。滝の上と下で水温を測り、落ちた水が温かくなっているかを確かめるつもりだったと伝えられています。
ただ、この測定はうまくいかなかったようです。滝ではしぶきが空気にふれて蒸発し、水を冷やします。風や日ざしの影響もあります。0.2度ほどの差は、こうした乱れに簡単に埋もれてしまうのです。
それでも、この出会いは大きな意味を持ちました。トムソンはジュールの考えに強くひかれ、2人はその後、共同で研究を進めます。「エネルギーは形を変えても、全体の量は変わらない」という考えが、こうして固まっていきました。
ドイツのマイヤーという医師は、1840年ごろ、船医として熱帯へ向かう航海に出ました。そこで、船員の静脈の血が、故郷で見るより赤いことに気づいたとされています。暑い土地では、体温を保つために燃やす栄養が少なくてすむのではないか。この気づきから、彼もジュールとは別に、熱と動きは同じものだと考えるようになりました。
まとめ
高い滝を落ちた水は、ほんの少し温かくなります。落ちる勢いが、滝つぼで渦やしぶきに分かれ、最後は水の粒の揺れ、つまり熱になるからです。ただし水は温まりにくく、落差100メートルでも0.2度ほどです。この小さな差を追いかけた人たちが、「エネルギーは消えない」という自然のきまりを見つけました。
滝の音も、しぶきも、最後は熱になる。
勢いは消えるのではなく、目に見えない揺れに姿を変えるだけです。
こする動きが熱に変わる身近な例は「手をこすり合わせると、なぜあたたかくなるの?」で、熱の量をどう数えるかは「食べ物の『カロリー』って、そもそも何を測った数字なの?」で解説しています。
- 乾いた砂をコップ1杯ほど、魔法瓶に入れます。しばらく置いて、料理用の温度計で砂の温度を測り、メモします。
- フタをしっかり閉め、魔法瓶を上下に大きく、数分間振り続けます。砂が中で何百回も落ちては、底にぶつかります。
- すぐにフタを開けて、もう一度温度を測ります。最初より少し上がっていないか比べてみましょう。
砂は水より温まりやすいので、水で試すより差が出やすくなります。魔法瓶を使うのは、手の温かさが伝わるのを防ぐためです。上がり方は振り方や量で変わり、0.1度単位で読める温度計でないと、差がわからないこともあります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(熱力学・流体力学・科学史)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 位置エネルギー:高いところにある物が持つエネルギー。落ちると、動きのエネルギーに変わります。
- 熱の仕事当量:動き(仕事)と熱の交換レート。1カロリーの熱は、約4.2ジュールの仕事にあたります。
- エネルギー保存の法則:エネルギーは形を変えても、全体の量は増えも減りもしないという法則です。
中学高校式で確かめる:華厳の滝で、水は何度温かくなる?
落ちた水の位置エネルギーが、すべて水自身の熱になったと仮定して計算します。単位は、エネルギーがジュール、高さがメートル、温度が度です。実際には、しぶきの蒸発や空気との熱のやりとりがあるので、これは「上限の目安」です。
| 水1キログラムが1メートル落ちるときのエネルギー | 9.8 ジュール |
| 水1キログラムを1度上げるのに必要な熱 | 4186 ジュール |
| 華厳の滝(栃木県)の落差 | 97 メートル とされます |
| 1メートル落ちるごとに上がる温度 | 9.8 ÷ 4186 ≒ 0.0023 度 |
| 華厳の滝を落ちたときに上がる温度 | 0.0023 × 97 ≒ 0.22 度 |
| 水を1度温めるのに必要な落差 | 4186 ÷ 9.8 ≒ 427 メートル |
水を1度温めるには、400メートルを超える高さから落とす必要があります。東京タワーのてっぺんより、さらに高い場所です。落ちる勢いが熱になっても、温度はそれほど上がりにくいのです。ジュールは、このわずかな変化を羽根車と温度計で測り出しました。昔の教科書に出てくる「熱の仕事当量 427」という数字は、ちょうどこの計算と同じ意味を持っています。
高校高校+熱力学第一法則と、比熱の大きさ
高校物体に加えた熱と、外からされた仕事の合計は、物体の内部エネルギーの増加に等しくなります。これが熱力学第一法則です。滝では、重力がした仕事が、水の内部エネルギーの増加に回ります。水の比熱はおよそ 4.2 ジュール毎グラム毎度と大きく、そのため温度の上がり方は小さくなります。
高校+ジュールの羽根車の実験では、容器の中にじゃま板を付けて、水が一体となって回り続けないようにしていたとされています。水がくるくる回るだけだと、動きのエネルギーが熱に変わりきらないからです。
大学勢いは、どうやって熱になるのか
滝つぼに落ちた水の大きな渦は、より小さな渦に次々と分かれていきます。流体力学では、これを乱流のエネルギーカスケードと呼びます。最後に、渦がとても小さくなると、水の粘り気(粘性)によって動きがならされ、分子の不規則な運動、つまり熱になります。この過程を粘性散逸といいます。科学史の分野では、マイヤー、ジュール、ヘルムホルツらが、ほぼ同じ時期に別々にエネルギー保存の考えに行き着いたことが、「同時発見」の代表例として論じられています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 実際の滝で、落ちたことによる温度上昇だけを取り出せるか 本物の滝では、蒸発・日射・空気との熱のやりとりが同時に起きます。落下による温まりを、それらと分けてはっきり測るのは難しいとされています。
- 海の潮の流れのエネルギーは、どこで熱になっているか 月と太陽が起こす潮の流れも、最後は渦になって熱に変わります。それが海のどこで、どれだけ起きているかは、いまも観測と研究が続いています。
- 「誰が最初に発見したか」をどう考えるか エネルギー保存の法則は、何人もの人がそれぞれ違う道からたどり着きました。発見の手柄をどう評価するかは、科学史の研究者のあいだでも議論があります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。特に歴史のエピソードは、本人や周りの人の回想に頼っている部分があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「エネルギーの移り変わり」 | 落ちる勢いが熱に変わる、という本文の話 |
| 高校 | 物理「熱とエネルギー」 | 式で確かめる、熱力学第一法則 |
| 高校+ | 物理のコラム「熱の仕事当量」 | ジュールの羽根車とじゃま板 |
| 大学 | 流体力学・熱力学・科学史 | エネルギーカスケード、粘性散逸、同時発見 |
| 研究 | 海洋物理・科学史 | 潮のエネルギーの行方、発見の評価 |
| ― | 生活とのつながり | ブレーキで止まった自転車や車の勢いが、熱になって消えるしくみも同じです |
- J. P. Joule, "On the Mechanical Equivalent of Heat", Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 1850
- D. S. L. Cardwell, "James Joule: A Biography", Manchester University Press, 1989
- C. Smith and M. N. Wise, "Energy and Empire: A Biographical Study of Lord Kelvin", Cambridge University Press, 1989
- T. S. Kuhn, "Energy Conservation as an Example of Simultaneous Discovery", 1959(『科学革命における本質的緊張』所収)
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(水の比熱)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歴史上のエピソードには、当事者の回想に基づき細部に諸説があるものを含みます。滝を見に行く際は、足場の悪い岩場や滝つぼに近づかず、現地の案内や立入禁止の表示に従ってください。