目をつぶっていても、音がどっちから来たか分かるのは、なぜ?
― 左右の耳が、1000分の1秒の差をくらべています
後ろから名前を呼ばれたとき、わたしたちは振り向く前に「右のほうだ」と分かっています。目はまだ何も見ていません。答えは、耳が二つ、頭の左右に離れてついていることにあります。左右に届く音のごくわずかな差を、脳がいつも計算しているのです。
夕方の道を歩いていると、後ろのほうで自転車のベルが鳴りました。あなたは振り返る前に、体をすっと左へ寄せています。
目は前を向いたままでした。それなのに「右の後ろから来ている」ということだけは、鳴った瞬間に分かっていました。
音そのものには、住所も矢印もついていません。では、その「方向」はどこから来たのでしょうか。
方向が分かる理由は、大きく2つです
音源に近いほうの耳に、音は先に届きます。そのずれは長くても1000分の0.5秒ほどです。脳はこの差を聞き分けています。
頭が壁になって、反対側の耳には音のかげができます。高い音ほど、この差が大きく出ます。
耳が二つあるのは、二重に聞くためではありません。二つを比べるためです。順に見ていきましょう。
理由1:左の耳と右の耳では、音が届く時刻がずれます
音は空気の中を、1秒におよそ340メートル進みます。とても速いのですが、無限に速いわけではありません。左の前から音が来れば、左の耳にまず届き、右の耳にはそのあとで届きます。
図1を見てください。上から見た頭を描いています。左前にある音源から出た音は、まっすぐな道で左の耳に届きます。右の耳へは、頭を回りこむ遠回りの道を通ります。その道のりの差が、そのまま時間の差になります。
では、その差はどれくらいでしょうか。左右の耳の間隔は、おとなでおよそ17センチメートルです。真横から音が来たとき、反対側の耳に届くまでの遅れは、1000分の0.5秒ほどにしかなりません。
驚くのはここからです。人はもっと細かい差、100万分の10秒ほどのずれまで聞き分けているとされています。脳の中には、左右の耳からの信号がどれだけずれて届いたかを専門に調べる神経の集まりがあるのです。
理由2:頭が音のかげをつくり、大きさに差が出ます
時間差だけでは足りません。低い音では時間差がよく効くのですが、高い音ではうまく効かなくなります。高い音は波が短く、左右のずれが「1波分より大きいのか小さいのか」を区別できなくなるからです。
そこで、もう一つの手がかりが使われます。音の大きさの差です。図2を見てください。左の枠は低い音です。波が長いので、頭くらいの障害物はやすやすと回りこみ、反対側の耳にもほとんど同じ大きさで届きます。右の枠は高い音です。波が短いので回りこめず、頭が音のかげをつくります。反対側の耳では、はっきり小さく聞こえます。
つまり耳は、低い音では「どちらが先か」を、高い音では「どちらが大きいか」を見ています。ふだん聞いている音は両方を含んでいるので、二つの手がかりが同時にはたらいています。
真正面から来る音と、真後ろから来る音は、左右の耳までの道のりが同じです。時間の差も大きさの差もゼロになり、前と後ろの区別がつきません。それでも当てられるのは、耳たぶのでこぼこが前後で音の響きを変えているからです。首をわずかにかしげたり、振ったりするのも、差をわざと作って確かめる動きです。
片方の耳を手のひらでふさぐと、音の方向がとたんにあいまいになります。比べる相手がいなくなるからです。片目をつぶると遠近が分かりにくくなるのと、しくみはよく似ています。
まとめ
音に方向という情報は、もともと含まれていません。方向は、左右に離れた二つの耳が同じ音を受け取り、その「わずかな食い違い」を脳が読み解いて、あとから作り出しているものです。低い音では時間の差、高い音では大きさの差。二つのものさしを、脳は音の高さに応じて使い分けています。
音は、方向を持って飛んでこない。
方向は、二つの耳の食い違いから生まれる。
音が壁のむこうから回りこんで聞こえるしくみはかくれんぼで、姿は見えないのに声だけ聞こえるのは、なぜ?で、夜に遠くの音が届く理由はなぜ夜は、遠くの音がよく聞こえるの?でくわしく書いています。耳の奥がになうもう一つの役目についてはなぜ乗り物に酔うの?もどうぞ。
- 目を閉じて座り、だれかに自分のまわりを歩きながら、いろいろな場所で指を鳴らしてもらいます。鳴った方向を指さしてみてください。左右はほぼ当たるはずです。
- 次に、真正面と真後ろで鳴らしてもらいます。左右にくらべて、はっきり当てにくくなります。ここが、差のゼロになる場所です。
- 最後に、片方の耳を手のひらでふさいで、同じことをします。当たらなくなるほど、二つの耳を比べていたことが実感できます。
物の少ない部屋のほうがよく分かります。壁の反射が多い場所では、跳ね返った音が混ざって手がかりが乱れます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(音響学・聴覚生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 両耳間時間差:同じ音が左右の耳に届く時刻のずれ。真横から来たときに最大になります。
- 両耳間レベル差:左右の耳に届く音の強さのちがい。頭がさえぎることで生まれます。
- 音のかげ:障害物のうしろにできる、音が届きにくい場所。波が短い(高い)音ほど、はっきりできます。
- 回折:波が障害物のうしろに回りこむこと。波が長いほど、よく回りこみます。
中学高校式で確かめる:左右の耳のずれは何ミリ秒か
頭の幅と音の速さだけで、ずれの大きさは見積もれます。真横から来た音を考えます。
| 左右の耳のあいだ | 約 0.17 メートル |
| 空気中の音の速さ | 約 340 メートル毎秒 |
| 人が聞き分けられる方向のちがい | 正面付近で約 1 度とされています |
| 反対の耳に届くまでの遅れ(秒) | 0.17 ÷ 340 = 0.0005 |
| ミリ秒に直す | 0.0005 × 1000 = 0.5 |
| 向きが1度ちがうときの差(ミリ秒) | 0.5 ÷ 90 ≒ 0.006 |
いちばん大きくても0.5ミリ秒です。そして1度の差を当てるには、そのさらに100分の1ほどを見分けている計算になります。単位はミリ秒(1000分の1秒)です。
| 頭の幅と波の長さがそろう音の高さ(ヘルツ) | 340 ÷ 0.17 = 2000 |
おおよそこの高さを境に、下では時間の差が、上では大きさの差が主な手がかりになります。人の話し声は、ちょうどこの境をまたいでいます。
高校高校+なぜ高い音では時間差が使えないのか
高校波の長さは、速さを振動数で割ったものです。高い音ほど波は短くなります。障害物のうしろへ回りこむ度合いは、波の長さと障害物の大きさの比で決まります。頭より波が長ければ回りこみ、短ければかげができます。
高校+時間の差を「波のどこがずれているか」として読むと、ずれが1波分をこえた瞬間、答えが1つに決まらなくなります。高い音ほど1波が短いので、この行きづまりが早く来ます。そこで脳は、高い音では波の山谷そのものではなく、音が強くなったり弱くなったりする「包み」のずれを見ていると考えられています。
大学頭のかたちが音につける「指紋」
耳の入り口に届くまでに、音は頭・肩・耳たぶで反射と干渉を受け、周波数ごとに強さが変わります。この変化のしかたを方向ごとにまとめたものが、頭部伝達関数です。上下や前後の判断は、主にこの手がかりに頼っています。かたちは人それぞれ違うので、他人の頭で測ったデータを使って音を再現すると、上下の感じ方がずれることが知られています。左右の時間の差と強さの差を分けて検出する神経回路は、脳幹の上オリーブ核にあるとされています。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 脳がどう時間差を測っているか。 遅れをつくる線と一致検出器を並べる古典的な模型と、左右のまとまりの活動量を比べるだけとする見方があり、どちらが実際に近いかは議論が続いています。
- 耳たぶの形と学習。 耳の形が変わると上下の判断は一度乱れますが、しばらくで慣れることが報告されています。脳が新しい形をどう覚え直すのかは、まだ十分に説明されていません。
- 反射の多い部屋での聞き分け。 人は跳ね返った音に惑わされず、最初に届いた音を優先します。その切り替えがどこで起きているかは決着していません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。耳の外側の物理は分かっていても、脳の側にはまだ手さぐりの部分が残っています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・音の性質/感覚器官 | 音の速さと、耳のはたらき |
| 高校 | 物理・波/回折 | 図2の、波の長さと回りこみ |
| 高校+ | 物理・波の重ね合わせ | 高い音で時間の差が決まらなくなる話 |
| 大学 | 音響学・聴覚生理学 | 頭部伝達関数と、上オリーブ核 |
| 研究 | 神経科学・空間聴覚 | 時間の差を測る神経回路の議論 |
| ― | 生活とのつながり | 後ろから来る自転車や、人の気配に気づけること |
- 日本音響学会誌(ジェイステージの目次ページ)
- Blauert, J.『Spatial Hearing: The Psychophysics of Human Sound Localization』MIT Press
- Rayleigh, Lord「On our perception of sound direction」Philosophical Magazine, 1907(両耳による方向知覚の二重説)
- Moore, B. C. J.『An Introduction to the Psychology of Hearing』(聴覚心理学の標準的な教科書)
- 日本聴覚医学会編『聴覚検査の実際』(両耳で聞くことと方向感の基礎)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。聞こえ方に不安があるときは、耳鼻科などの専門機関にご相談ください。