アサリやカキに、なぜ毒が出ることがあるの?
― 毒を作るのは貝ではなく、貝がこした海の水です
同じ浜のアサリが、ある春だけ「食べてはいけない」と言われることがあります。犯人は、目に見えないほど小さな海のプランクトンです。貝はそれを食べ物として何十リットルもの海水からこし集め、毒ごと体にためてしまいます。
春の潮干狩りに出かけようとしたら、ニュースで「この海岸では貝毒が出ています。採った貝は食べないでください」と言っています。
去年は同じ浜でたくさん採って、みそ汁にしてもなんともありませんでした。貝の見た目も、においも、いつもと変わりません。
しっかり火を通せば大丈夫なのでは、と思うかもしれません。ところが、この毒は煮ても焼いても消えないのです。
理由は2つだけ
アサリやカキは、水を吸いこんでエサをこし取る暮らしをしています。毒を持つプランクトンが増えると、その毒が貝の体にどんどんたまります。
貝にたまる毒の中には、加熱してもこわれないものがあります。人が食べると、神経が信号を送れなくなり、しびれやまひが起きます。
つまり、貝そのものが毒を作っているわけではありません。海の中で、いつ・どこで毒を持つプランクトンが増えたかで、同じ種類の貝でも安全かどうかが変わります。順に見ていきましょう。
貝は「生きたろ過装置」
アサリを塩水に入れておくと、殻のすき間から2本の管を伸ばします。片方の管で水を吸いこみ、えらで小さなプランクトンをこし取ってから、もう片方の管で水を出しています。
アサリ1個は、1時間におよそ0.5〜1リットルの水をこすとされています。体の身の部分は、数ミリリットルしかありません。小さな体で、自分の何万倍もの水を通しているのです。
海には「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」と呼ばれる小さなプランクトンがいます。その一部の種類が、強い毒を作ります。貝はエサとして区別せずにこし取るため、毒も身にたまっていきます。図1を見てください。
毒を持つプランクトンが海を赤く染める「赤潮」になれば、目でも分かります。ところが、海の色が変わらないくらいの少なさでも、貝は毒を持つことがあるとされています。少ない量でも、何万倍もの水からこし集めるからです。
煮ても焼いても、毒は消えない
日本でとくに注意されているのが「麻痺性貝毒(まひせいかいどく)」です。中心となる毒はサキシトキシンという物質で、熱にとても強いことが知られています。みそ汁にしても、焼いても、冷凍しても、ほとんど減りません。
私たちの神経は、細胞の表面にある小さな「門」を開け閉めして、電気の信号を伝えています。この毒は、その門にふたをしてしまいます。信号が届かなくなるので、まず口や舌がピリピリしびれます。
重くなると、手足が動かしにくくなります。さらに進むと、呼吸のための筋肉にも信号が届かなくなり、息ができなくなることがあります。食べてから30分ほどで症状が出始めることもあるとされています。
この毒をすぐに打ち消す薬は、いまのところ無いとされています。ただ、毒は時間とともに体の外へ出ていきます。病院で呼吸を助けてもらいながら毒が抜けるのを待つことが、命を守るうえで最も大切です。
「下痢性貝毒(げりせいかいどく)」は、別のプランクトンが作る毒です。こちらは、しびれではなく、食べて数時間ほどで激しい下痢や吐き気を起こすとされています。これも加熱では消えません。
多くの二枚貝は、毒をためても大きな害を受けないとされています。北米のある貝では、神経の「門」の形が少し変わっていて、毒がふたをしにくいことが分かりました。毒に強い貝ほど、たくさんためこめてしまうのです。
じゃあ、どうすればいいの?
- 潮干狩りの前に、その海の「貝毒情報」を調べる都道府県や漁協が、海域ごとに検査結果や採取の注意を出しています。
- 見た目やにおい、火の通し方では毒は分からない加熱しても冷凍しても消えないので、注意が出ている海の貝は食べません。
- 口や舌がしびれたら、すぐに119番食べた貝が残っていれば捨てずに取っておき、医師に伝えます。
お店に並ぶ貝は、出荷の前に検査され、基準を超えた海域のものは出荷が止められるしくみになっています。いっぽう、自分で採った貝はこの検査を通っていません。注意が出ている海域では、採ることも控えてください。食後に口のまわりや手足のしびれ、ふらつき、息苦しさが出たら、様子を見ずにすぐ119番に通報してください。
まとめ
貝の毒は、貝が作ったものではなく、海の小さなプランクトンが作ったものです。貝は自分の何万倍もの水をこしてエサを集めるので、海の毒を濃くしてため込みます。その毒は熱に強く、神経の信号を止めます。
貝は、海の水の「まとめ役」。
貝を見ても分からないことは、海の情報が教えてくれます。
水の中の小さな生き物が毒を作る話は、海だけではありません。夏の池の色の変化は「夏の池が緑のペンキみたいになるのは、さわっても大丈夫なの?」で解説しています。
- 透明なコップを2つ用意し、それぞれに海水くらいの塩水(水1リットルに塩30グラムほど)を入れます。
- 両方に牛乳を2〜3滴たらして、うっすら白くにごらせます。片方にだけ、スーパーで買った砂抜き用のアサリを5〜6個入れます。
- 暗く静かな場所に置き、30分ごとに見比べます。アサリを入れたほうだけ、にごりが早く消えていくはずです。
牛乳の小さなつぶを、アサリがプランクトンと同じようにこし取っています。この力が、海では毒も集めてしまうのです。実験に使ったアサリは食べずに処分してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経生理学・水産食品衛生学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 貝毒(かいどく):貝がプランクトンを食べることで体にためた毒。しびれを起こす麻痺性貝毒と、下痢を起こす下痢性貝毒が代表です。
- ろ過食(ろかしょく):水を体に通し、中の小さなエサをこし取って食べる食べ方。アサリ・カキ・ホタテなどの二枚貝が行います。
- 食物連鎖による濃縮:食べる・食べられるの関係を通して、ある物質が水中よりずっと濃く生き物の体にたまること。
中学高校式で確かめる:アサリ1個は、身の何倍の水をこすのか
アサリがこした水の中の毒が、すべて身に残ると考えて、どこまで濃くなりうるかを見積もります。実際には一部が外へ出ていくので、これは「上限の目安」です。
| 記号で書くと | N = (F × t)÷ V |
| 言葉で書くと | 濃縮の倍率 =(1時間にこす水の量 × こし続けた時間)÷ 身の体積 |
| どこから来る式か | 毒の量の保存です。身に入った毒の量は「こした水の量 × 水の中の毒の濃さ」で、それを身の体積で割ると身の中の濃さになります。水の濃さとの比が倍率 N です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| N | 身の中の毒の濃さが、海水の何倍になるか(単位なし) |
| F | 1時間にこす水の量(リットル毎時) |
| t | こし続けた時間(時間) |
| V | 身の体積(ミリリットル) |
| アサリ1個が1時間にこす水(少なめに見た値) | 0.5 リットル |
| こし続けた時間(1週間) | 168 時間 |
| アサリ1個の身の体積 | およそ 3 ミリリットル |
| 日本の麻痺性貝毒の規制値(身1グラムあたり) | 4 マウスユニット |
| 1週間でこす水の量 | 0.5 × 168 = 84 リットル |
| ミリリットルに直す | 84 × 1000 = 84000 ミリリットル |
| 身の体積で割る(濃縮の倍率 N) | 84000 ÷ 3 = 28000 倍 |
| 家のお風呂(約200リットル)と比べる | 84 ÷ 200 = 0.42 |
| 規制値ぎりぎりの身を100グラム食べたとき | 4 × 100 = 400 マウスユニット |
小さなアサリ1個が、1週間でお風呂の4割ほどの水を通します。海水中の毒がわずかでも、身の中では最大で数万倍の濃さになりうる計算です。規制値は、ふつうに食べても症状が出ないよう、余裕をもって決められているとされています。
高校高校+神経の信号は、なぜ止まるのか
高校神経の細胞は、表面にあるナトリウムイオンの通り道が一斉に開くことで、電気の変化(活動電位)を次々に伝えています。この通り道がふさがれると、信号は先へ進めません。
高校+サキシトキシンは、この通り道の入口にぴったりはまりこみ、ナトリウムイオンが入れないようにします。フグの毒(テトロドトキシン)もほぼ同じ場所をふさぐため、症状がよく似ています。毒の強さは、体重20グラムのマウスを15分で死なせる量を1単位とする「マウスユニット」で表されてきました。
大学電位依存性ナトリウムチャネルと、貝の毒化の管理
サキシトキシンの標的は、電位依存性ナトリウムチャネルの外側の入口(選択性フィルター付近)です。ここに強く結合し、活動電位の立ち上がりを止めます。毒を作る生物は、主にアレキサンドリウム属などの、毒を作る渦鞭毛藻とされています。日本では、海域ごとの監視、出荷規制、規制値による管理を組み合わせて、市場に毒化した貝が出回らないようにしています。近年は、マウス試験に代わって機器分析で毒の成分を一つずつ測る方法への切り替えが進められています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:サキシトキシン(ウィキペディア) / ナトリウムチャネル(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- いつ・どこで毒のプランクトンが増えるのか。 水温や栄養、海流の変化が関わるとされていますが、発生を前もって正確に予測するのはまだ難しいとされています。
- 海の温暖化で、毒化の地域は変わるのか。 これまで貝毒が少なかった海域で見つかる例が報告されており、その原因が調べられています。
- 貝はどうやって毒を体の外へ出すのか。 毒が抜けるまでの日数は貝の種類や部位でちがうとされ、そのしくみは十分に分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。だからこそ、毎年の検査と情報の発信が続けられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物どうしのつながり(食物連鎖) | 貝がプランクトンを食べて毒をためる |
| 高校 | 生物・神経の興奮と伝導 | ナトリウムイオンの通り道と活動電位 |
| 高校+ | 生物・発展(神経毒のはたらき) | サキシトキシンとフグ毒が似ている理由 |
| 大学 | 神経生理学・水産食品衛生学 | 電位依存性ナトリウムチャネル、貝毒の監視と規制値 |
| 研究 | 海洋生態学・有害藻類の研究 | 発生の予測、温暖化との関係、毒の排出 |
| ― | 生活とのつながり | 潮干狩りの前に貝毒情報を調べる |
- 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:二枚貝:麻痺性貝毒」
- 水産庁「二枚貝等の貝毒のリスク管理に関するガイドライン」
- ウィキペディア「貝毒」
- ウィキペディア「サキシトキシン」
- Bricelj, V. M. et al. (2005) Sodium channel mutation leading to saxitoxin resistance in clams increases risk of PSP. Nature 434, 763–767.
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。貝の採取や喫食については、都道府県・保健所・漁協などの最新の情報と指示に従ってください。体調に異変を感じたら、ためらわず医療機関を受診してください。