夏の池が緑のペンキみたいになるのは、さわっても大丈夫なの?
― 風下の岸に緑が吹き寄せられた日が、いちばん危ない
水面いっぱいに広がったあの緑は「アオコ」と呼ばれます。正体は、自分の力で浮き上がることができる小さな生き物です。すべてが毒を持つわけではありません。ただし一部の種類は、煮ても壊れにくい毒を体の中にためています。しかも危険は、緑が濃い日ではなく、緑が岸に吹き寄せられた日にやってきます。
夏の終わり、公園の池のわきを歩いています。水面がまるで絵の具を流したように、べったりと緑色です。風が吹いていく側の岸には、緑がとろりと寄り集まっています。
連れている犬が、その岸に鼻を近づけました。前の日まで、ここはただの茶色い水でした。
この緑は、水がよごれて色がついたものではありません。一つひとつが生きていて、自分で浮き上がってきた結果です。
理由は2つだけです
アオコをつくる藍藻は、体の中に気体の小部屋を持っています。おもりを捨てた潜水艦のように、ゆっくりと水面へ上がってきます。だから緑は水の中に散らばらず、表面の薄い層に集まります。
水面に浮いたものは、風に押されて風下の岸へ寄せられます。池全体に薄く散っていた緑が、岸のきわだけで何十倍にも濃くなります。毒は体の中にあるので、濃さがそのまま危なさになります。
順番に見ていきます。まず、なぜ緑が水面に集まるのかからです。
緑は、なぜ水面にばかり集まるの?
アオコをつくる藍藻の多くは、細胞の中に「ガス胞」という気体の入った小さな部屋を持っています。この部屋があるぶん、体は水より軽くなります。軽いものは水の中で上へ動きますから、夜のあいだに風でかき混ぜられても、風がやめば数時間で水面へ戻ってきます。
この上がる速さは、あとの折りたたみで計算すると1時間に1メートルあまりです。深さ2メートルほどの池なら、一晩のうちにほとんどが水面へたどり着ける速さです。朝いちばんに池がいちばん緑に見えるのは、このためだとされています。
そこへ風が加わります。図1を見てください。浮き上がった緑は風に押され、風下の岸へと寄せられます。池の真ん中では薄く見えても、岸のきわでは絵の具のように濃くなります。人や犬が水にさわるのは、たいていその濃い側の岸です。
濃い緑は、なぜ危ないの?
アオコをつくる藍藻のうち、いくつかの種類は毒をつくります。よく知られているのは、肝臓をいためる種類の毒です。この毒はふつうの煮沸では壊れにくいとされ、水を沸かせば安心、とはいきません。
やっかいなのは、毒の多くが生きた細胞の中にしまわれていることです。見た目の水の色と毒の量は、きれいには対応しません。同じ池でも、緑が寄せられた岸ぎわだけが極端に濃くなります。
そして、被害が最初に出るのはたいてい犬だとされています。犬は岸ぎわの水をそのまま飲みますし、泳いだあとに毛づくろいをして体についた緑をなめ取ります。体が小さいぶん、同じ量でも効き方が強くなります。海外では、アオコの出た湖で泳いだ犬が短時間で死んだ例が報告されています。人の場合は、皮膚のかゆみ、目の痛み、吐き気や下痢といった形で出ることが多いとされています。
アオコが出ても、毒をつくらない群れであることは珍しくありません。ただし、毒があるかどうかは見た目や匂いでは区別できず、その場で調べる方法もありません。だから「見分ける」ではなく「近づかない」が正解になります。
畑や家庭から流れ出た栄養(窒素やリン)が池にたまると、藍藻の食べ物が豊富になります。そこへ夏の日ざしと、風の弱い日が重なると一気に増えます。長く雨が降らず、水が入れかわらない池ほど起きやすくなります。
じゃあ、どうすればいいの?
- 緑色の水には、手も足も入れない濃い緑は岸のきわに寄っています。棒でかき混ぜるのもやめます。
- 犬を、緑の水に近づけない飲ませない、泳がせない。ぬれたら早めに真水で洗い流します。
- さわったら、すぐ真水で手を洗う口や目をこすらず、先に洗います。
緑の水にふれたあとで、吐き気・下痢・強いだるさ・皮膚の赤みが出たら、いつ・どこの水にふれたかを伝えて医療機関にかかってください。意識がはっきりしない、けいれんしているなど様子がおかしいときは、ためらわずに119番へ。犬に同じ様子が出たら、動物病院へ急いでください。緑が濃く出ている池や湖には、そもそも近づかないことがいちばん確実です。もちろん飛び込まないでください。自治体が立ち入りを止めている場所では、その指示に従ってください。
まとめ
緑の正体は、自分で浮き上がれる小さな生き物です。浮くから水面に集まり、風に押されるから岸で濃くなります。毒があるかどうかは見ても分かりませんが、危ない場所がどこかは、風の向きを見れば分かります。
危ないのは、緑が濃い池ではなく、
緑が吹き寄せられた岸のほうです。
水辺のもう一つの見た目の危険については川の白く泡立っているところは、なぜ近づいてはいけないの?を、池に栄養が流れ込む道すじについては同じ雨なのに、街ではなぜすぐ道路が川になるの?もあわせてどうぞ。
- 緑が出ている池を、風上の岸と風下の岸の両方から写真に撮ってくらべます。同じ池でも濃さがまるで違うはずです。
- 旗や木の葉の揺れで風向きを確かめ、濃い側と一致するかを見ます。風向きが変わった翌日に、濃い岸が入れかわるかも見てください。
- 朝と夕方に同じ場所を撮って見くらべます。風の弱い日は、朝のほうが緑がはっきりしていることが多いはずです。
水をすくったり、棒でかき混ぜたりはしないでください。観察は岸から離れて、目と写真だけで行います。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・陸水学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- アオコ:湖や池で藍藻が大量に増え、水面をおおった状態、およびその藻そのものを指す言葉です。
- 藍藻(シアノバクテリア):光合成をする細菌の仲間です。植物ではありませんが、酸素を出します。
- ガス胞:藍藻の細胞の中にある、気体の入った小さな部屋です。これがあるぶん体が軽くなり、浮き上がれます。
- 富栄養化:窒素やリンが水にたまり、藻が増えやすくなることです。アオコの土台になります。
中学高校式で確かめる:藍藻は1時間で何メートル浮き上がるのか
この記事の主題は「なぜ水面に集まるのか」でした。そこで、浮き上がる速さそのものを出してみます。使うのは、小さな粒が水の中をゆっくり動くときの速さを表す式です。
| 記号で書くと | v = 2 × g × r² × Δρ ÷ ( 9 × μ ) |
| 言葉で書くと | 浮き上がる速さ = 2 × 重力加速度 × 半径の2乗 × 密度の差 ÷(9 × 水のねばりけ) |
| どこから来る式か | 上へ押し上げる浮力と、水のねばりけによる下向きの抵抗がつり合ったところから出ます(ストークスの式)。つり合うと速さは一定になり、この値に落ち着きます。 |
| 藍藻のかたまりの半径 r | 0.0001 m(0.1ミリ。群れをつくる種の目安) |
| 水との密度の差 Δρ | 20 kg/m³(水より2パーセントほど軽い場合) |
| 水のねばりけ μ | 0.001 パスカル秒(25℃あたりの水) |
| 重力加速度 g | 9.8 m/s² |
| まず係数と重力 | 2 × 9.8 = 19.6 |
| 密度の差をかける | 19.6 × 20 = 392 |
| 半径の2乗 | 0.0001 × 0.0001 = 0.00000001 |
| それをかける | 392 × 0.00000001 = 0.00000392 |
| 分母をつくる | 9 × 0.001 = 0.009 |
| 割ると、1秒あたりの速さ | 0.00000392 ÷ 0.009 ≒ 0.000436 |
| 1時間ぶんに直す | 0.000436 × 3600 ≒ 1.57 |
単位は、速さが m/s(メートル毎秒)、半径が m、密度の差が kg/m³、ねばりけがパスカル秒です。答えは1時間に約1.6メートル。深さ2メートルの池なら、風がやんで数時間のうちに水面へ層ができる計算になります。半径が10倍のかたまりなら速さは100倍で、わずか数分で浮き上がることになります。
高校高校+速さが半径の2乗に比例する、という意味
高校浮力はアルキメデスの原理で決まり、体積に比例します。体積は半径の3乗に比例して増えます。いっぽう、ねばりけによる抵抗は半径の1乗にしか比例しません。差し引きで、速さは半径の2乗に比例することになります。群れをつくって大きなかたまりになる種ほど速く浮けるのは、このためです。
高校+藍藻はこの浮力を自分で調節しているとされています。光が強すぎるとき、光合成でつくった糖を細胞にためて重くし、いったん沈みます。暗いところでその糖を使い切ると、また軽くなって浮き上がります。夕方に薄く見え、朝に濃く見える日があるのは、この一日周期の上下運動が関わっていると考えられています。
大学なぜ「ゆっくり動く粒」の式が使えるのか
ここで使ったのはストークスの式で、粘性が支配的な流れ、つまりレイノルズ数が1よりずっと小さい範囲でのみ成り立ちます。今回の値を入れるとレイノルズ数はおよそ0.00004となり、条件を十分に満たします。実際の湖では、これに風による吹送流、水温の違いでできる密度成層、そして日中の鉛直混合が重なります。アオコの分布を予測する研究では、この浮上速度を項の一つとして組み込んだ移流拡散方程式が用いられます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ストークスの式 / レイノルズ数
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- なぜ毒をつくるのか。 他の生き物を追い払うためなのか、金属を扱うための道具なのか、決着していません。毒をつくる系統とつくらない系統が同じ池に共存することも、説明しきれていません。
- いつ毒が水中に出るのか。 毒の多くは細胞の中にありますが、細胞が壊れると水に溶け出します。薬剤で藻を殺す対策が、かえって一時的に毒を増やす可能性が指摘されています。
- 温暖化でどうなるのか。 水温が上がると藍藻が有利になるとされますが、雨の降り方や栄養の流入量の変化もからみ、地域ごとの予測は定まっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。安全の判断は、最新の自治体の情報を優先してください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物のつくりと働き/自然と人間 | 藍藻とは何か、富栄養化のしくみ |
| 高校 | 物理基礎(浮力)・生物基礎(生態系) | 浮力と抵抗のつり合い、栄養と増殖 |
| 高校+ | 物理の発展(粘性抵抗) | 速さが半径の2乗に比例する話 |
| 大学 | 流体力学・陸水学 | ストークスの式、レイノルズ数、鉛直混合 |
| 研究 | 環境毒性学・湖沼生態学 | 毒をつくる理由、温暖化の影響 |
| ― | 生活とのつながり | 風下の岸に近づかない、犬を水に入れない |
- 環境省 水・大気環境局「湖沼の水質保全に関する資料」(富栄養化とアオコの発生条件)
- 世界保健機関 飲料水水質ガイドライン(藍藻毒に関する章)
- 国立環境研究所「湖沼のアオコとその毒素に関する研究報告」
- アオコ(用語と発生のしくみの概説)
- Reynolds, C. S. 『The Ecology of Phytoplankton』(浮上速度と鉛直分布の章)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。体調に不安があるときは医療機関に、水辺の立ち入りについては消防・自治体等の指示に従ってください。