自然のふしぎ 物質・材料 予備知識なしでOK 読了 約7分

貝殻の内側は、チョークと同じ成分なのに、なぜ割れにくいの?
― 貝は、割れ目に「回り道」をさせています

アワビの殻の内側にある、虹色に光る層。じつは、その95%ほどが黒板のチョークと同じ炭酸カルシウムです。それなのに、割るのに必要なエネルギーは同じ成分の結晶の1000倍以上とされています。秘密は材料ではなく、「積み方」にありました。

公開:2026.10.13 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

黒板のチョークは、指で軽く力を入れるだけでポキッと折れます。折れた面は、すぱっと平らです。

いっぽう、浜辺で拾ったアワビの殻は、手で曲げようとしてもびくともしません。内側は、角度を変えるたびに虹色に光ります。

どちらも、ほとんどが炭酸カルシウムという同じ物質です。人間がつくると折れやすいものを、貝はなぜ割れにくくできるのでしょうか。

理由は2つだけ

1
薄い板を「れんが積み」にしている

真珠層は、厚さ0.5マイクロメートルほどの薄い板が、ずらしながら何千段も積み重なっています。割れ目はまっすぐ進めず、板のすき間をジグザグに回り道させられます。

2
すき間の「のり」が伸びて、力を広く逃がす

板と板のあいだには、たんぱく質の薄い層がはさまっています。強い力がかかると、板が少しずつずれ、のりが糸のように伸びます。力が1か所に集まらず、広い範囲で受け止められます。

人間は、かたい焼き物をつくるのに1000℃をこえる窯を使います。それでも、焼き物は落とせば割れます。貝は、海の水と同じくらいの温度で、もっと割れにくい材料を組み立てています。ちがいは、温度でも材料でもなく、設計のしかたです。

割れ目は、まっすぐ走れないと疲れてしまう

物が割れるとは、新しい「割れた面」ができることです。面を1つつくるたびに、原子どうしのつながりを切るエネルギーがいります。だから、割れ目の道のりが長いほど、割るのに必要なエネルギーは増えます。

チョークのような一つながりのかたまりでは、割れ目は最短の道をまっすぐ走りぬけます。ところが真珠層では、割れ目が板に突き当たると、板のすき間に沿って横へ進むしかありません。図1を見てください。左のチョークでは割れ目が1本の直線ですが、右の真珠層ではジグザグの階段になっています。

チョーク(一つながり) 真珠層(薄い板のれんが積み) 板の厚さは 0.5μm に固定 割れ目はまっすぐ1本(実線) 割れ目はすき間をジグザグに進む 道のりは、まっすぐの 9.0 倍 割れた面は平らになる
つまみを動かすと、割れ目が横へ回り道する長さが変わります
図1:左のチョークでは、割れ目(赤い線)が上から下へまっすぐ1本で走りぬけます。右の真珠層では、横長の板が半枚ずつずらして積まれ、割れ目は板のすき間を右へ左へと階段のように進みます。つまみで板の横幅を変えると、横長の板ほど回り道が長くなることが分かります。

実際の真珠層の板は、横幅が厚さの10〜20倍ほどある、とても平たい形です。この形だと、割れ目の道のりはまっすぐ割れる場合の9倍ほどになります。れんが塀やブロック塀が目地をずらして積まれているのと、よく似たしくみです。

のりが伸びて、板が少しずつずれる

ただし、回り道だけでは9倍ほどにしかなりません。残りの大部分を生み出しているのが、2つ目の理由です。板と板のあいだには、たんぱく質などでできた、厚さ数十ナノメートルほどの「のり」の層があります。重さでいえば、殻全体の数%にすぎません。

殻に強い力がかかると、板どうしが少しずつすべってずれます。そのとき、のりは糸のように伸びながら板をつなぎとめます。板の表面には細かなでこぼこもあり、ずれるときに引っかかって抵抗になります。図2のように、1枚がずれると、まわりの板も少しずつ引きずられます。

引っぱる前 引っぱったあと すき間ののりは薄く、板はぴったり並ぶ 左右へ引っぱる(矢印) のりが細い糸のように伸び、板をつなぐ (ずれが広い範囲に分かれて起きる)
図2:左は引っぱる前、右は左右へ引っぱったあと(下の矢印が引っぱる向き)。右では板どうしが少しずつずれ、すき間ののりが細い線のように伸びて、離れかけた板をつないでいます。1か所で一気に切れずに、多くのすき間が少しずつ伸びて力を受け持ちます。

チョークでは、割れ目の先端に力が集中し、そこから一気に割れが広がります。真珠層では、たくさんのすき間が少しずつ伸びて、力を分け合います。割れ目の先端は、いわば「ブレーキ」をかけられた状態になります。こうして、割るのに必要なエネルギーは同じ成分の結晶の1000〜3000倍にもなるとされています。

💡 虹色に光るのも、板が薄いから

真珠層の板の厚さは、目に見える光の波の長さとほぼ同じです。重なった板の表と裏ではね返った光が強め合ったり弱め合ったりして、見る角度で色が変わります。真珠の輝きも、同じ層が玉の形に巻かれたものです。割れにくさと美しさを、同じ構造が生んでいます。

💡 わたしたちの骨も「混ぜもの」です

人の骨も、かたい鉱物の粒と、しなやかなたんぱく質の繊維を組み合わせてできています。かたいだけの材料は割れやすく、やわらかいだけの材料は形を保てません。生き物は、2つを細かく組み合わせることで、両方の長所を取り出していると考えられています。

まとめ

真珠層は、チョークと同じ炭酸カルシウムを、薄い板にして「れんが積み」にしています。割れ目は板のすき間を回り道させられ、さらにすき間ののりが伸びて力を広く受け止めます。材料を変えずに、並べ方だけで割れにくさを何けたも上げているのです。

かたさは材料で決まり、割れにくさは積み方で決まる。
貝は、割れ目に遠回りを強いる設計者です。

たまごの殻が形で力を散らす話はたまごの殻は、なぜ手で握っても割れないの?、同じ「薄い層の光」はイワシやタチウオは、なぜ銀色に光っているの?やオパールは、なぜ石なのに虹色に輝くの?で読めます。

🧪 貝殻を観察してみよう
  1. アワビやサザエの殻の内側と外側を見くらべます。内側だけが虹色に光り、角度を変えると色が動くことを確かめましょう。
  2. 割れた貝殻のかけらがあれば、割れ口をルーペで見ます。木の年輪のような細かい層が重なっているのが見えることがあります。かけらのふちは鋭いので、軍手をして扱ってください。
  3. 小さなかけらを食酢にひたすと、泡が出ます。炭酸カルシウムが溶けて二酸化炭素が出ている証拠です。数日おくと、やわらかい薄い膜が残ることがあります。それが板をつないでいた「のり」の名残です。

チョークのかけらを同じように酢に入れると、泡は出ても膜は残りません。その差が、割れにくさの差です(チョークの成分は製品によって異なり、石こうでできたものは泡が出ません)。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「化学」「物理」「生物」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・破壊力学・生体材料学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:割れ目の道のりは何倍になる?

割るのに必要なエネルギーは、新しくできる割れた面の広さに比例します。そこで、れんが積みにしたとき割れ目の道のりが何倍になるかを計算し、実測の割れにくさと比べてみます。

⓪ もとになる式
記号で書くとE = γ × A  n = 1 + w ÷ (2 × t)
言葉で書くと割るエネルギー = 面1㎡あたりのエネルギー × 割れた面の広さ。道のりの倍率 = 1 + 板の横幅 ÷(2 × 板の厚さ)
どこから来る式か割れるには新しい表面をつくるエネルギーが要る、というグリフィスの考え。倍率は、1段(厚さ t)下るごとに板の半枚ぶん(w ÷ 2)横へ回り道する、という図1の形から出る
記号意味と単位
E割るのに必要なエネルギー(ジュール)
γ割れた面1㎡をつくるのに要るエネルギー(ジュール毎平方メートル)
A割れてできた面の広さ(平方メートル)
nまっすぐ割れる場合と比べた、割れ目の道のりの倍率
w板の横幅(マイクロメートル)
t板の厚さ(マイクロメートル)
① もとになる数値
板の厚さ tおよそ 0.5 μm とされる
板の横幅 wおよそ 5〜10 μm(ここでは 8 μm)
実測の割れにくさ(割るのに要るエネルギー)同じ成分の結晶の およそ 1000〜3000 倍とされる
アワビの殻の真珠層の厚さここでは 1 mm(1000 μm)とする
② 計算してみる
板の厚さの2倍2 × 0.5 = 1
横幅をそれで割る8 ÷ 1 = 8
道のりの倍率 n1 + 8 = 9
実測(少なめの1000倍)のうち、回り道で説明できない分1000 ÷ 9 ≒ 111
厚さ1 mmの層に積まれた板の段数1000 ÷ 0.5 = 2000

回り道だけでは、割れにくさは約9倍にしかなりません。実測との差のおよそ100倍は、板がずれてのりが伸びる仕事(理由2)が受け持っていると考えられます。そして厚さ1 mmの殻の中では、その板が約2000段も積み重なっています。

高校高校+なぜ「かたい」と「割れにくい」は別なのか

高校炭酸カルシウムはイオン結晶です。イオン結晶は、力を受けてイオンの並びがずれると、同じ電荷どうしが向き合って反発し、その面ですぱっと割れます(へき開)。金属のように原子がずれながら形を変える逃げ道がないため、かたくてもろいのです。

高校+真珠層では、結晶そのものはもろいままです。しかし、結晶を小さな板に区切り、すき間にやわらかい有機物をはさむことで、材料全体としては「ずれながら形を変える逃げ道」を持たせています。かたい部分とやわらかい部分を組み合わせた材料を、複合材料と呼びます。

大学き裂の偏向と、板の引き抜き

破壊力学では、割れの広がりやすさを応力拡大係数とエネルギー解放率で表し、材料の抵抗を破壊靱性と呼びます。真珠層では、き裂が板の境界で曲げられる「き裂の偏向」と、板が引き抜かれながら有機層が伸びる「板の引き抜き(プルアウト)」が主な強化のしくみとされます。割れが進むほど抵抗が増す「R曲線(抵抗曲線)」のふるまいを示すことも知られています。板の縦横の比には最適値があり、細長すぎると板自体が割れてしまうことも、ずれ方のモデル(シアラグモデル)から議論されています。

📖 式の導出や、さらに先の内容:破壊靱性(ウィキペディア) / 真珠層(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。数値は貝の種類や湿り具合でも変わり、乾いた真珠層は湿ったものより割れやすいとされています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:酸とアルカリ、石灰石と塩酸の反応酢で泡が出る観察
高校化学:イオン結晶の性質かたくてもろい理由
高校+物理・化学:複合材料、薄膜の干渉のりの役割、虹色の光
大学材料力学・破壊力学・生体材料学き裂の偏向、板の引き抜き
研究生体鉱物化・生物に学ぶ材料設計板のつくり方、人工の真珠層
―生活とのつながりれんが塀の目地、骨の丈夫さ
参考・出典
  1. Jackson, A. P., Vincent, J. F. V., Turner, R. M. (1988) The mechanical design of nacre. Proceedings of the Royal Society B 234: 415–440
  2. Currey, J. D. (1977) Mechanical properties of mother of pearl in tension. Proceedings of the Royal Society B 196: 443–463
  3. Barthelat, F., Tang, H., Zavattieri, P. D., Li, C.-M., Espinosa, H. D. (2007) On the mechanics of mother-of-pearl: A key feature in the material hierarchical structure. Journal of the Mechanics and Physics of Solids 55: 306–337
  4. Wegst, U. G. K., Bai, H., Saiz, E., Tomsia, A. P., Ritchie, R. O. (2015) Bioinspired structural materials. Nature Materials 14: 23–36
  5. ウィキペディア「真珠層」

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。貝殻の割れ口や、酢で溶かしたかけらのふちは鋭いことがあるので、観察の際は手を傷つけないよう注意してください。