キノコは、なぜ雨のあとに急に生えてくるの?
― 一晩で伸びるのは、細胞が増えているからではありません
雨あがりの朝、庭や公園を歩くと、昨日までなかったはずの場所にキノコが立っています。しかも、ひと晩で数センチも伸びていることがあります。植物なら、そんな速さで育つことはまずありません。キノコは、いったいどこから来て、なぜこんなに急に大きくなれるのでしょうか。
ひと晩じゅう雨が降った次の朝。近所の公園の、いつも通る芝生のわきに、白いキノコがぽつぽつと並んでいます。
前の日の夕方、その場所を通ったときには何もありませんでした。土をほじくり返した跡もありません。
そして数日たつと、キノコは溶けるように崩れて、また何もない地面に戻ります。まるで、地面から生えて地面に帰っていくようです。
理由は、大きく2つです
私たちが「キノコ」と呼んでいるのは、体の一部にすぎません。本体は細い糸の集まりで、落ち葉や土や朽ちた木の中に、一年じゅう静かにひろがっています。地上に出てくるのは、胞子をつくるための部分だけです。
キノコが大きくなるとき、細胞の数はほとんど増えていないとされています。あらかじめ小さく組み立てられていた部品に水が流れこみ、一つ一つの細胞が風船のようにふくらむのです。だから、雨のあとに一気に立ち上がります。
この2つをつなげると、あの「急に生えた」という感じの正体が見えてきます。順に見ていきましょう。
キノコは「木」ではなく「花」に近い
キノコの本体は、太さが千分の数ミリしかない細い糸です。この糸を菌糸(きんし)といいます。菌糸は土や落ち葉のあいだを網の目のようにのび、まわりの有機物を分解して栄養にしています。
つまり、地面の下にはすでに大きな体があるのです。広い場所では、菌糸の網が何メートルにもひろがっていることがあります。地上に見えているキノコは、その網が地面の上に出した「花」のようなものです。
そして雨が降る前から、地面のすぐ下には、キノコの小さな設計図がすでに用意されています。数ミリほどの粒で、原基(げんき)と呼ばれます。図1の左側にあるのが、その原基です。
ふくらむだけなら、ひと晩で足りる
ふつうの生きものが大きくなるには、細胞を分裂させて数を増やす必要があります。これには時間がかかります。木が一年に数センチしか太れないのは、そのためです。
ところがキノコの原基の中では、傘も柄(え)もひだも、すでに小さく折りたたまれた状態でつくられています。あとは水を入れるだけです。細胞は水を吸って縦にのび、全体がふくれ上がります。
この「水を入れてふくらむ」やり方なら、必要なのは水と、水を通す道だけです。雨がしみこんで土が湿ると、菌糸はそこから水を吸い上げ、原基へ送ります。ひと晩で数センチという速さは、こうして生まれます。
秋にキノコが多いのも、雨と気温が同時にちょうどよくなる季節だからだと考えられています。夏の乾いた土では、原基は水を待ったまま動きません。
ふくらんで立ち上がったキノコは、胞子をまき終わると水を失い、しぼんでいきます。もともと重さの約9割が水だとされているので、水が抜ければ形は保てません。生えるのも消えるのも速いのは、体の大部分が水だからです。
キノコが円をえがいて並ぶことがあります。菌糸は中心から外へ、ほぼ同じ速さでひろがります。栄養を使い切った内側では育たず、いちばん外の輪だけがキノコを出すため、円形に見えるのです。
まとめ
キノコは、雨のあとに生まれたのではありません。本体はずっと地面の下にいて、小さな部品をあらかじめ用意して待っていました。雨は、そこに水を注いだだけです。ふくらむのに細胞分裂はいらないので、ひと晩で立ち上がれます。
キノコは、雨で「育った」のではありません。
ずっと前から用意されていた形が、水で開いたのです。
地面の下から水を運ぶという話では、木はなぜ、100メートルの高さまで水を吸い上げられるの?もあわせて読むと、水の動きの違いが見えてきます。菌のはたらきそのものについては、発酵と腐敗は、何が違うの?もどうぞ。
- 雨が降った次の朝、公園の芝生や街路樹の根元を見て歩きます。前日に何もなかった場所を覚えておくと、変化がよく分かります。
- 同じキノコを、朝と夕方に写真に撮って比べます。ものさしを横に置いて撮ると、半日で何センチ伸びたかが分かります。
- 数日後、同じ場所をもう一度見ます。しぼんで崩れていく速さも、記録してみてください。手で触ったあとは、必ず手を洗います。
野外のキノコは、見た目だけで種類を見分けることが専門家でも難しいとされています。観察は目で見るだけにして、口には入れないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎・生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(菌学・生態学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 菌糸:キノコの本体をつくる細い糸。太さは千分の数ミリほどで、土や朽ち木の中を網の目のようにのびています。
- 子実体(しじつたい):私たちが「キノコ」と呼んでいる地上の部分。胞子をつくって飛ばすための器官です。
- 原基:地下にできる、子実体のもとになる小さな粒。傘や柄の形が、すでに小さくつくられています。
- 膨圧(ぼうあつ):細胞が水を吸い、内側から外へ押し広げようとする圧力。キノコが立ち上がる力の源です。
中学高校式で確かめる:ひと晩の雨は、キノコ何本分の水になる?
雨が降ると、地面にはどれくらいの水が入るのでしょうか。1平方メートル、つまり畳半分ほどの広さで考えてみます。単位は、長さはミリメートル、体積はリットル、重さはグラムで統一します。
| 記号のかわりの言葉:ひと晩に降った雨の量 | 20 ミリメートル |
| 雨の量が1ミリメートルのとき、1平方メートルに入る水の体積 | 1 リットル とされています |
| 水1リットルの重さ(単位はグラム) | 1000 グラム |
| キノコ1本にふくまれる水の重さ(単位はグラム) | およそ 18 グラム |
| 1平方メートルに入った水の体積(リットル) | 20 × 1 = 20 |
| それを重さ(グラム)に直す | 20 × 1000 = 20000 |
| キノコ何本分にあたるか(本) | 20000 ÷ 18 ≒ 1111 |
畳半分ほどの広さに降ったひと晩の雨だけで、千本分ほどの水が用意される計算になります。もちろん、その多くは地下深くへしみこんだり、流れ去ったりします。それでも、キノコを立ち上げるのに必要な水が、ひと晩の雨でじゅうぶんまかなえることが分かります。
高校高校+ふくらむ力は、どこから来るのか
高校細胞の中の液には、糖やイオンが溶けています。まわりの水よりも濃いと、水は細胞の中へ入ろうとします。これが浸透(しんとう)です。入った水は細胞を内側から押し広げ、細胞壁がそれを受け止めます。
高校+キノコの柄がのびるときは、細胞壁がゆるめられ、押される向きにだけ形が変わると考えられています。壁のゆるみ方に向きがあるため、太くならずに縦へ長くのびます。植物の芽ばえが夜のあいだにのびるのも、似たしくみです。
大学地下のネットワークとしての菌
菌糸のはたらきは、キノコを出すことだけではありません。多くの菌は木の根と結びつき、土から取り込んだ養分を木に渡し、代わりに木がつくった糖をもらっています。この関係を菌根(きんこん)といいます。森の土の中では、菌糸の網が何本もの木をつなぐ形になっていることが知られています。地上に見えるキノコの数は、その大きな地下の体が、条件のそろった時にだけ見せる一部分にすぎません。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 引き金は何か。 水だけでなく、気温の下がり方や昼の長さも合図になっていると考えられていますが、種ごとの条件は完全には整理されていません。
- どこまで速くのびられるか。 細胞壁のゆるみ方と水の流れの、どちらが速さの上限を決めているのかは、まだ議論が続いています。
- 地下の網はどこまで一つか。 同じ菌の菌糸が、どれほど広い範囲で一つながりになっているのか、測り方によって答えが変わります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。足元の地面は、まだよく分かっていないことの多い世界です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物のつくりとはたらき/分解者 | 菌糸が落ち葉を分解して栄養にしている話 |
| 高校 | 生物基礎・細胞と浸透 | 細胞が水を吸ってふくらむしくみ |
| 高校+ | 生物・植物の成長と細胞壁 | 細胞壁がゆるんで縦にのびる話 |
| 大学 | 菌学・森林生態学 | 菌根と地下ネットワークの節 |
| 研究 | 菌類の生活史の研究 | 子実体が出る引き金の未解明部分 |
| ― | 生活とのつながり | 雨あがりの公園や庭でのキノコ観察 |
- 菌学の標準的な教科書における、子実体の形成と菌糸体についての解説
- ニコラス・マネー『Mushroom』(オックスフォード大学出版局、2011年)
- 国立科学博物館の展示解説における、菌類と分解者のはたらきの紹介
- 森林総合研究所の刊行物における、菌根菌と樹木の関係についての解説
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。野外のキノコの種類を見た目だけで判断することはできません。採取や食用の可否については、自治体や専門機関の情報に従ってください。