レミングは集団で海に飛びこむって本当?
― 崖から落ちる有名な映像は、撮影のために作られたものでした
北極に近い草原にすむ小さなネズミ、レミング。「数が増えすぎると、列をなして海へ身を投げる」という話は、世界中で知られています。でも、レミングが自分から死を選ぶことはありません。本当に起きているのは、数年ごとに数が爆発し、散らばり、一気に減るという、もっと不思議なくり返しです。
みんなが同じ方向へ流されていく様子を、「レミングの行進みたいだ」とたとえることがあります。考えずに前の人について行き、そろって崖から落ちていく。そんな姿を思い浮かべる人も多いでしょう。
この姿の出どころをたどると、1958年にアメリカで公開された自然記録映画に行き着きます。崖の上からレミングが次々と水へ落ちていく場面が、大きな印象を残しました。
ところが、この場面は野生のレミングが自然にとった行動ではなかったと伝えられています。では、うわさの元になった「本当の出来事」は何だったのでしょうか。
うわさの正体は、2つの事実がねじれたものです
レミングは数年に一度、ものすごい勢いで増えます。増えすぎた年には、若いものがばらばらに新しい場所を探して歩き出します。その途中で川や湖を泳いで渡り、力尽きるものも出ます。死ぬのは目的ではなく、旅の失敗です。
有名な映画の場面では、撮影する側が用意したレミングを崖のほうへ追い立てていたと報じられています。作られた映像が「自然の記録」として広まり、うわさを決定的にしました。
つまり、「たくさん移動し、たくさん死ぬ年がある」までは本当です。そこに「自分から」という意味が後から足されました。順に見ていきましょう。
なぜ、そんなに増えるの?
レミングは、親になるまでがとても速い動物です。生まれて数週間で子を産めるようになり、1回に数匹の子を産むとされています。しかも、冬でも雪の下にトンネルを掘って暮らし、条件がよければそこで子育てを続けます。雪の下は外よりずっと暖かく、天敵からも見つかりにくい場所です。
子がすぐ親になり、その子もすぐ親になる。この「ねずみ算」が続くと、数は足し算ではなく、かけ算で増えていきます。図1を見てください。1世代ごとに数が2倍になるだけでも、8世代たつと256倍になります。
実際には、子の多くは天敵に食べられたり、寒さで死んだりします。それでも生き残る数が少し上回るだけで、数は図1のように急に増えます。少ない年には広い草原に数えるほどしかいなかったのに、多い年には足もとを次々と走り回るほどになるとされます。
増えすぎた年に、何が起きるの?
数が増えすぎると、食べ物の草やコケが足りなくなり、同じ仲間どうしの争いも増えます。すると、特に若いレミングが新しい住みかを探して、ばらばらに歩き出します。一匹一匹が別々に動いているのですが、谷や海岸沿いの地形に沿って同じ道へ集まり、まるで行列のように見えることがあります。
レミングは泳ぐことができ、行く手に川や湖があれば渡ろうとします。水が広すぎたり、波が立っていたりすると、渡りきれずに力尽きるものが出ます。岸に打ち上げられた多くのなきがらを見た人が、「わざと水に入った」と考えても不思議ではありません。
そして、増えたあとには必ず激減がやってきます。図2のように、多い年のあとは一気に数が減り、少ない年が1〜2年続きます。このくり返しは3〜4年ごとに起きる地域が多いとされます。
減る原因は、1つに決まっているわけではありません。オコジョやイタチなどの天敵が、レミングを追って数を増やします。レミングが減ったあとも天敵はしばらく多いままなので、レミングはなかなか回復できません。食べ物の草やコケが食べつくされ、生え戻るのに時間がかかることも関係すると考えられています。
レミングが急に大量に現れ、また急に消えることは、昔から人々を驚かせてきました。16世紀ごろのヨーロッパでは、嵐の日に空から降ってくると書いた本もあったとされます。突然の増加と消失は、それほど説明のつかない出来事に見えていたのです。
北極圏のシロフクロウやホッキョクギツネは、レミングをおもな食べ物にしています。レミングの多い年には子をたくさん育て、少ない年にはほとんど子育てをしないことがあるとされます。小さなネズミの増減が、北極の生き物全体の暮らしを揺らしているのです。
まとめ
レミングが集団で海へ身を投げるという話は、誤解です。数年ごとの爆発的な増加と、そのあとの散らばり、そして激減という本当の出来事がありました。そこに作られた映像が重なり、「自分から死を選ぶ」という物語ができあがりました。
レミングは死にに行くのではなく、生きる場所を探しに行く。
悲劇に見えたのは、かけ算で増える生き物の宿命でした。
雪の下がなぜ暖かいのかは「外がマイナス20度でも、雪の下はなぜ0度のままなの?」で、食べ物の当たり外れが動物の動きを変える例は「秋になると、なぜクマが人里に出てくるの?」で詳しく紹介しています。
- 1枚の紙を半分に折ります。重なった枚数は2枚、つまり「1世代で2倍」です。
- さらに半分、また半分と折り、何回目で折れなくなるかを数えます。多くの場合、7〜8回で限界になります。
- 8回折れたとすると、重なりは256枚です。ふつうの紙の束なら厚さ約2.5cmになり、2倍のくり返しが短い間に大きくなることを手で感じられます。
折り目が硬くなったら無理に力を入れず、そこでやめてください。何回折れたかを家族と比べると、1回の差で枚数が2倍違うことに気づけます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生態学・数理生物学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 食物連鎖:「食べる・食べられる」のつながり。レミングは草やコケを食べ、オコジョやフクロウに食べられます。
- 個体数の周期変動:ある生き物の数が、ほぼ決まった年数ごとに増減をくり返すこと。レミングでは3〜4年周期の例がよく知られています。
- 分散:生まれた場所から離れて、新しい住みかへ移ること。増えすぎた年のレミングの大移動は、この分散にあたります。
中学高校式で確かめる:1年で何倍に増えるのか
少ない年の密度から出発して、ねずみ算で1年後にどれだけ混み合うかを見積もります。数値は、しくみを見るための仮定を含んだ目安です。
| 記号で書くと | N = N₀ × Rⁿ |
| 言葉で書くと | n世代後の数 = はじめの数 × (1世代で増える倍率)を世代の数だけかけたもの |
| どこから来る式か | 生まれた子がまた親になるので、増える数は「いまの数」に比例します。毎世代、同じ倍率がかけ算で重なる「指数関数的な増え方」の式です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| N | n世代後の数(1ヘクタールあたりの匹数) |
| N₀ | はじめの数(1ヘクタールあたりの匹数) |
| R | 1世代で数が何倍になるか(単位なし) |
| n | 世代の数(回) |
| 少ない年の密度 N₀(目安) | 1ヘクタールに約1匹 |
| 1世代の長さ(生まれてから子を産むまで) | 約6.5週間と仮定 |
| 1世代で増える倍率 R(多くの子が死んだあとに残る分) | 2倍と仮定 |
| 1ヘクタールの広さ | 10000 平方メートル |
| 1年に重なる世代の数 n | 52 ÷ 6.5 = 8 世代 |
| 2世代ぶんの倍率 | 2 × 2 = 4 倍 |
| 4世代ぶんの倍率 | 4 × 4 = 16 倍 |
| 8世代ぶんの倍率(R⁸) | 16 × 16 = 256 倍 |
| 1年後の密度 N | 1 × 256 = 256 匹(1ヘクタールあたり) |
| 1匹あたりの広さ | 10000 ÷ 256 ≒ 39 平方メートル |
39平方メートルの平方根は、およそ6.2とされます。1年前は100メートル四方にたった1匹だったのが、1年後には約6メートル四方に1匹います。倍率がわずか2.5倍なら、1年後は約1500倍です。少しの違いが結果を大きく変えるので、年ごとの雪や食べ物の条件で、増え方が大きくぶれるのです。
高校高校+増え方には、上限とくり返しがある
高校高校の生物では、個体群の数が増えるにつれて食べ物や場所が足りなくなり、増え方がにぶることを学びます。グラフにすると「S」の字のような形になり、これを個体群の成長曲線(ロジスティック曲線)と呼びます。上の計算は、その前半、まだ混み合う前の部分を見たものです。
高校+レミングでは、S字のまま落ち着かず、上限を大きく行き過ぎてから激減します。原因の1つは「時間の遅れ」です。天敵の数はレミングより遅れて増え、遅れて減ります。食べる側と食べられる側の数が、少しずれて山を作りながら追いかけ合う関係は、被食者と捕食者の周期として教科書のコラムにも登場します。
大学捕食者と被食者の方程式、そして密度依存性
食べる側と食べられる側の数の追いかけ合いを表す基本の式が、ロトカ・ヴォルテラの方程式です。この式からは、2つの数がずれながら周期的に増減する解が出てきます。実際のレミングの周期を説明するには、これに密度依存性(混み合うほど増え方が落ちる効果)や時間遅れを加えたモデルが使われます。グリーンランドのクビワレミングでは、オコジョ1種による捕食だけで、4年周期をよく再現できたと報告されています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ロトカ・ヴォルテラの方程式(ウィキペディア) / 指数関数的成長(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 周期を決めるのは天敵か、食べ物か。 地域によって、天敵が主な原因とする研究と、食べ物の草やコケが主な原因とする研究があり、決着していません。
- 温暖化で周期が消えるのか。 ノルウェー南部では1990年代以降、はっきりした周期が見られない時期が続きました。冬の気温が上がり、雪の下の暮らしやすい空間が保たれにくくなったことが関係すると報告されています。
- 移動を始める合図は何か。 混み合いそのものか、争いの増加か、食べ物の減り方か。どの個体が、いつ旅立つのかを決めるしくみは、まだよく分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。小さなネズミの増減は、100年近く研究が続いている、生態学の大きななぞの1つです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「生物どうしのつながり(食物連鎖)」 | 天敵が増えるとレミングが減る話 |
| 高校 | 生物「個体群と生物群集」 | 成長曲線、ねずみ算の計算 |
| 高校+ | 生物(発展)「被食者と捕食者の周期」 | 天敵が遅れて増減する話、図2 |
| 大学 | 生態学・数理生物学 | ロトカ・ヴォルテラの方程式、密度依存性 |
| 研究 | 個体群生態学・気候変動生態学 | 周期の原因、温暖化による変化 |
| ― | 生活とのつながり | 「みんなが崖へ向かう」たとえの見直し、映像をうのみにしない姿勢 |
- ウィキペディア「レミング」
- Kausrud, K. L. et al. (2008) Linking climate change to lemming cycles. Nature 456
- Gilg, O., Hanski, I., Sittler, B. (2003) Cyclic dynamics in a simple vertebrate predator-prey community. Science 302
- Elton, C. (1942) Voles, Mice and Lemmings: Problems in Population Dynamics. Oxford University Press
- ウィキペディア「ロトカ・ヴォルテラの方程式」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。増え方の倍率や世代の長さは、種や地域、年によって大きく異なります。