湖の水は、秋になるとなぜ上と下が入れかわるの?
― 冷えた表面が沈んで、底まで混ざります
夏の湖は、上と下でまったく別の水になっています。上は温かくて軽く、底は冷たくて重い。この重さの差が「ふた」になって、なかなか混ざりません。ところが秋に表面が冷えると、そのふたが消えます。すると湖は、てっぺんから底までそっくり入れかわります。
夏に湖や池で足をひたすと、表面の水はぬるいのに、少し深く足を入れるとひやりとします。上と下で、はっきり温度がちがいます。
ところが秋の終わりに同じ場所へ行くと、その差が消えています。手を入れても、深いところまで同じような冷たさです。
このとき湖の中では、夏じゅう底にたまっていた水が上へ、表面の水が底へと、大がかりに入れかわっています。
理由は2つだけです
温かい水は軽く、冷たい水は重くなります。日射で温まった表面の水は、軽いので上に浮いたままです。底の冷たい水との間には、重さの段差ができます。
表面が冷えて重くなると、沈んでいきます。上と下の重さがそろった時点で、風のひと押しでも湖全体が動けるようになります。
湖を混ぜているのは、実は風です。ただし風の力は、それほど強くありません。夏はその力が重さの段差に負けてしまい、表面近くしか混ぜられないのです。
夏の湖は、なぜ混ざらないのですか
夏の晴れた日、太陽が温めるのは湖の表面だけです。水は光をよく吸うので、熱はほとんど上の数メートルで止まります。温まった水は軽くなり、そのまま上に浮きます。
その下には、春までの冷たい水がそっくり残っています。深い湖では、真夏でも底は5℃前後のままです。上の温かい層と下の冷たい層の境目は、わずかな深さで水温が急に下がる場所になります。ここを水温躍層と呼びます。
図1の左を見てください。夏の湖は、軽い層・境目・重い層の三段になっています。風が起こす波や流れは、いちばん上の軽い層をかき回すだけで、下へは届きません。重いものの上に軽いものが乗った配置は、それ自体が安定しているからです。
秋になると、なぜ段差が消えるのですか
秋は、日射が弱まり、夜が長くなります。湖の表面は熱を失って冷えていきます。冷えた水は重くなるので、その場に浮いていられず、少しずつ沈みます。沈んだぶん、下から水が上がってきて、また冷える。これが毎晩くりかえされます。
ここで効いてくるのが、水の変わった性質です。水は冷やすほど重くなる、というわけではありません。いちばん重いのは4℃で、そこから0℃へ向かうと、逆に軽くなっていきます。
図2のように、重さと水温の関係はゆるやかな山の形をしています。25℃あたりでは、少し冷えるだけで大きく重くなります。ところが10℃より下では、冷やしてもほとんど重さが変わりません。つまり秋の終わりには、上と下の重さの差がほぼ無くなるのです。
差が無くなれば、下の水を持ち上げるのに力がいりません。そこへ秋の強い風が吹くと、湖はてっぺんから底までまとめてかき混ぜられます。これを全循環と呼びます。
夏のあいだ、底の水は空気に触れられません。生き物の呼吸や落ち葉の分解で酸素が使われ、深いところでは酸素が乏しくなります。全循環は、その底へ酸素を届けるほとんど唯一の機会です。逆に、底にたまった栄養は、このとき表層へ運ばれます。琵琶湖では、この現象が「深呼吸」と呼ばれています。
軽いものが上、重いものが下という並びが混ざりにくいのは、水に限りません。よく晴れた朝、冷たい空気が谷にたまり、上に乗った暖かい空気と混ざらないままでいると、そこに霧が居座ります。液体でも気体でも、重さの順に並んでしまえば、それ以上は動きにくくなるのです。
まとめ
夏の湖は、温かくて軽い水が上にふたをして、底の水と混ざれません。秋に表面が冷えると重さがそろい、風の力だけで湖全体が入れかわります。水がいちばん重くなる温度が4℃であることが、この季節の行事を支えています。
湖を混ぜているのは風ですが、
混ぜてよいかを決めているのは、水温です。
水が4℃でいちばん重くなる理由そのものは、なぜ氷は水に浮くの?でくわしく説明しています。空気が同じように層をつくり、混ざらなくなる話は、雲海は、なぜ朝の山の上でしか見られないの?もあわせてどうぞ。
- 透明なコップに冷たい水を半分入れます。別の容器に、ぬるめのお湯を用意し、食紅やめんつゆで軽く色をつけます。
- スプーンの背に伝わせて、色をつけたお湯を冷たい水の上へそっと注ぎます。色が上にとどまり、二層になります。これが夏の湖です。
- 次に、同じことを「両方とも室温の水」で行います。色はすぐ全体に広がります。重さの差が無いと、わずかな動きでも混ざることが分かります。
お湯は熱すぎないものを使い、小さなお子さんは大人といっしょに行ってください。二層になったコップをそっと揺らすと、境目だけが波打つ様子も観察できます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(陸水学・環境流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 成層:重さのちがう水が、重い順に上下に並んで混ざらなくなった状態のこと。
- 水温躍層:成層した湖で、わずかな深さのあいだに水温が急に下がる層のこと。夏の湖の「重さの段差」にあたります。
- 全循環:湖の水が、表面から底までひとつながりに混ざること。日本では秋から冬にかけて起こります。
- 溶存酸素:水に溶けこんでいる酸素のこと。魚や底の生き物は、これを使って呼吸しています。
中学高校式で確かめる:夏と秋で、重さの差はどれくらいちがうか
湖のふたの強さは、上と下の水の重さの差で決まります。同じ体積の水の重さ(密度)を使って、夏と秋を比べてみます。単位はグラムです。
| 水がいちばん重い温度 | 4℃(1cm³あたり 1.0000 g) |
| 夏の表面の水(25℃)の重さ | 1cm³あたり 0.9971 g |
| 秋の表面の水(10℃)の重さ | 1cm³あたり 0.9997 g |
| 底の水の温度 | 年間を通じて 4〜5℃ 前後 |
| 夏:底と表面の重さの差(1cm³あたり) | 1.0000 − 0.9971 = 0.0029 |
| 1Lあたりに直す | 0.0029 × 1000 = 2.9 |
| 秋:底と表面の重さの差(1cm³あたり) | 1.0000 − 0.9997 = 0.0003 |
| 1Lあたりに直す | 0.0003 × 1000 = 0.3 |
| 差は何分の1になったか | 2.9 ÷ 0.3 ≒ 9.7 |
夏は、1Lあたり2.9gの重さの差が湖のふたになっていました。秋にはそれが0.3gまで、およそ10分の1に減ります。1Lの水に、ひとつまみの塩を溶かしたときの差しかありません。これなら、風がつくる流れでも持ち上げられます。
高校高校+なぜ4℃でいちばん重いのですか
高校ふつうの物質は、冷やすほど粒の動きが小さくなり、詰まって重くなります。水にもこの効果があります。ただし水の分子どうしは、水素結合という結びつきで、すきまの多い形に並ぼうとします。冷えるほど、この並びが増えていきます。
高校+「詰まろうとする効果」と「すきまを作ろうとする効果」がつり合うのが4℃です。氷はこの並びが完成した状態なので、水より軽くなります。なお塩分の多い水では、いちばん重い温度が凍る温度より下がります。海が湖と同じようには振る舞わないのは、このためです。
大学成層の強さは、どう測るのですか
陸水学では、成層の強さを「湖全体をかき混ぜて水温を一様にするのに必要なエネルギー」として数値化します。シュミット安定度と呼ばれる量です。一方、風が水面に与える力は、風速の2乗におおむね比例します。両者を比べる無次元量(ウェダーバーン数など)が小さいほど、風が成層を破りやすいと判断できます。日本の湖の多くは冬に1回だけ全循環する一回循環湖で、より寒い地域の湖は春と秋の2回混ざる二回循環湖になります。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 暖冬で全循環が起きない年があります。 琵琶湖では、暖冬だった年に湖底まで混ざりきらなかったことが観測され、滋賀県が継続して調査しています。今後どのくらいの頻度で起こるのかは、まだ見通せていません。
- 底の酸素が減ったあとに何が起きるかの全体像。 酸素が乏しくなると、底の泥から栄養やマンガンなどが溶け出すことが知られています。それが翌年の生き物にどう効いてくるかは、湖ごとに事情が異なります。
- 湖から出る温室効果ガスの量。 混ざり方が変わると、底にたまったメタンが大気へ出る量も変わると考えられていますが、世界の湖を合わせた量の見積もりには幅があります。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。毎年あたりまえに起きてきた季節の行事が、これからも同じように続くとは限らないところが、いま調べられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「密度」・2分野「自然界のつり合い」 | 温かい水が上に浮く話、成層の説明 |
| 高校 | 物理基礎「熱と温度」/化学基礎「物質の三態」 | 密度と温度の関係、4℃の説明 |
| 高校+ | 化学「水素結合」/地学「海洋の層構造」 | すきまを作る並びと、詰まる効果のつり合い |
| 大学 | 陸水学・環境流体力学 | 成層の安定度と、風の力の比較 |
| 研究 | 湖沼環境の長期観測 | 全循環が起きない年、底の酸素の行方 |
| ― | 生活とのつながり | 秋の湖の水温、水道水源としての湖の水質 |
- Wetzel, R. G.『Limnology: Lake and River Ecosystems』(Academic Press) ― 湖の成層と循環を扱う標準的な教科書
- 日本陸水学会 編『陸水の事典』(講談社) ― 「水温躍層」「全循環」「成層」の項
- 滋賀県 琵琶湖環境科学研究センター ― 琵琶湖の全層循環(深呼吸)に関する継続調査の報告
- 国立天文台 編『理科年表』(丸善出版) ― 水の密度の温度変化の数値
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の湖の水温や循環の時期は、深さ・地域・その年の天候によって大きく変わります。湖や池のそばで観察するときは、立ち入りが認められた場所で、自治体や施設の指示に従ってください。