海の中に、高さ100メートルをこえる波があるって本当?
― 水面はほとんど揺れないまま、海の中で巨大な波がうねっています
本当です。海の中には、水面ではなく「軽い水と重い水の境目」を伝わる波があります。南シナ海では、高さ170メートルに達するものが観測されています。それほど大きいのに、船の上からはほとんど見えません。カギは、上と下の水の重さが「ほんの少ししか違わない」ことにあります。
ドレッシングのびんを、そっと横に揺らしてみます。上の油と下の酢の境目が、ゆったりと大きく波打ちます。ところが、いちばん上の油の表面は、ほとんど平らなままです。
同じことが、海でも起きています。海の水は、上のほうがあたたかくて軽く、深いところは冷たくて重いのが普通です。この境目が、ゆっくりと大きくうねっているのです。
しかもその高さは、高層ビルに匹敵します。海の中の「見えない大波」は、なぜそんなに大きくなれるのでしょうか。
海の中の波が巨大になる理由は、2つだけ
上と下の水の重さの差は、わずか0.2%ほどです。もち上げても「重くて落ちる」力がほとんど働かないので、少しの力で大きく揺れます。
満ち引きのたびに、海全体の水が行き来します。その流れが海底の山脈を乗り越えるとき、境目を何十メートルも押し上げ、巨大な波を送り出します。
1つ目は「同じ力でどれだけ揺れるか」、2つ目は「その力がどこから来るか」の話です。順番に見ていきましょう。
理由1:重さの差がわずかだと、同じ力で20倍以上揺れる
海面の波を考えてみます。水の上にあるのは空気です。空気は水の約800分の1しか重さがありません。だから海面をもち上げると、水はすぐに重みで落ちてきます。海面の波が、せいぜい数メートルにとどまるのはこのためです。
海の中の境目では、事情がまったく違います。上にあるのも水だからです。上の水と下の水の重さの差は、1リットルあたり2グラムほどしかないとされます。境目をもち上げても、下の水は「まわりより少しだけ重い」だけです。落ちようとする力は、海面の数百分の1になります。
引き戻す力が弱いと、波は同じエネルギーで大きく揺れます。計算すると、海面で高さ1メートルの波と同じエネルギーで、境目は約23メートルも揺れます。図1のつまみで、重さの差を変えてみてください。差が小さいほど、境目の揺れは大きくなります。
もう1つ、海の中の波は「とてもゆっくり」進みます。引き戻す力が弱いので、揺れが隣へ伝わるのにも時間がかかるからです。海面の長い波が秒速30メートルで進む場面でも、境目の波は秒速1〜3メートルほどとされます。人が歩く速さに近い大波が、海の中を何日もかけて渡っていくのです。
理由2:潮の満ち引きが、海底の山で波を生む
では、その大波を起こす力はどこから来るのでしょうか。主な源は、潮の満ち引きです。満ち潮と引き潮のたびに、海の水は大きく行き来します。
この流れが海底の山脈にぶつかると、山の斜面にそって境目がぐっと押し上げられます。流れが向きを変えると、もち上がった境目は波になって外へ広がっていきます。台湾とフィリピンのあいだのルソン海峡は、その代表的な場所です。ここの海底には2列の山脈があり、そこで生まれた波が南シナ海を西へ渡ります。観測では、高さが最大170メートルに達したと報告されています。
海面の様子はどうでしょうか。境目が100メートル以上動いても、海面の高さの変化はごくわずかとされます。ただし、波の上では水の流れが集まる帯と、離れていく帯ができます。そのため、海面には「さざ波の立つ帯」と「なめらかな帯」が縞になって並びます。人工衛星の写真には、この縞が何十キロメートルも続く様子が写っています。
1893年、ノルウェーの探検家ナンセンの船フラム号は、北極の海で急に進まなくなりました。風もエンジンも十分なのに、まるで何かに捕まったようだったと記録されています。そこでは、川や氷から来た軽い水が、重い海水の上に薄く乗っていました。船の力が、海の中の境目に波を立てることに吸い取られていたのです。のちにスウェーデンの研究者エクマンが、水槽の実験でこのしくみを確かめました。船乗りたちはこの現象を「死に水」と呼んでいました。
海の中の大波は、くずれるときに深い冷たい水と上の水をかき混ぜます。深い水には栄養が多く含まれています。そのため、内部の波がよく当たる場所では、プランクトンや魚が集まりやすいと考えられています。暑い夏に、サンゴ礁へ冷たい水を運んで守る働きも報告されています。
まとめ
海の水は、上が軽く下が重い「二階建て」になっています。その境目では、重さの差がわずかなため、引き戻す力がとても弱くなります。だから同じエネルギーで海面の20倍以上も揺れ、ゆっくりと進みます。そこへ潮の流れが海底の山を越えると、高さ100メートルをこえる波が生まれます。
波の大きさを決めるのは、水の量ではなく「重さの差」。
差がわずかな境目ほど、波は大きく、静かに、ゆっくりうねります。
海面の波がどこまで高くなれるかは「海の波は、どこまで高くなれるの?」で、形を変えずに進む波については「形を変えずにどこまでも進む波は、なぜくずれないの?」で解説しています。海の中の大波の多くも、この「くずれない波」の仲間です。
- 透明なペットボトルに、食塩をよく溶かした水を半分入れます。
- その上に、食紅で色をつけた水を、スプーンの背に当てながらそっと注ぎます。上下2つの層に分かれれば成功です。
- ふたをしてボトルを寝かせ、ゆっくり傾けて戻します。境目が大きく、ゆったりと揺れ続けるのに、水面との違いを見てください。
食塩を減らして重さの差を小さくすると、境目の揺れはさらにゆっくりになります。水と油でも試せますが、混ざらない分、波の形がはっきり見えます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(海洋物理学・地球流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 内部波:水面ではなく、密度(重さ)の違う水の境目や、水の内部を伝わる波。
- 密度躍層:海の中で、深さとともに密度が急に変わる層。表面の暖かい水と深い冷たい水の境目にあたります。
- 内部潮汐:潮の満ち引きの流れが海底の地形を越えるときに生まれる、潮と同じ周期の内部波。
- 死水(しにみず):軽い水の層が薄く乗った海で、船の推進力が内部波づくりに奪われ、船が進みにくくなる現象。
中学高校式で確かめる:同じエネルギーで、境目はどれだけ大きく揺れるか
波のエネルギーのうち、もち上げられた水の位置エネルギーを比べます。海面では「水と空気」、境目では「重い水と軽い水」の重さの差が、もち上げにくさを決めます。
| 記号で書くと | ½ × Δρ × g × a² = ½ × ρ × g × a₀² より a = a₀ × √( ρ ÷ Δρ ) |
| 言葉で書くと | 境目の揺れ = 海面の揺れ × (水の密度 ÷ 上下の密度の差)の平方根 |
| どこから来る式か | 面を高さ a だけ動かすのに必要な位置エネルギーは、上下の密度の差に比例します。海面と境目に同じエネルギーを与えたとして、その2つを等しいとおいたつり合いの式です。進む速さも同じ理由で、c = √( g × (Δρ ÷ ρ) × h ) と遅くなります。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| ρ | 海水の密度(kg/m³) |
| Δρ | 上の水と下の水の密度の差(kg/m³) |
| g | 重力加速度(m/s²) |
| a₀, a | 海面の揺れ、境目の揺れ(m) |
| h | 上の軽い層の厚さ(m)。下の層が十分に深いときの近似 |
| 海水の密度 | 約 1025 kg/m³ |
| 上下の水の密度の差(典型的な値とされる) | 約 2 kg/m³ |
| 重力加速度 | 9.8 m/s² |
| 上の軽い層の厚さ | 100 m |
| 海面の波の揺れ(比べる基準) | 1 m |
| 密度の比 | 1025 ÷ 2 = 512.5 |
| その平方根 | 512.5 の平方根は およそ 22.6 |
| 境目の揺れ(海面1mと同じエネルギー) | 1 × 22.6 = 22.6 m |
| 重さの差の割合 | 2 ÷ 1025 ≒ 0.00195 |
| 境目にとっての「重力」 | 9.8 × 0.00195 ≒ 0.0191 m/s² |
| 速さの2乗 | 0.0191 × 100 = 1.91 |
| 境目の波の速さ | 1.91 の平方根は およそ 1.38 m/秒 |
| 比較:海面の長い波(深さ100m) | 9.8 × 100 = 980 → 平方根は およそ 31.3 m/秒 |
| 速さの比 | 31.3 ÷ 1.38 ≒ 22.7 |
境目の波は、海面の波より約23倍大きく揺れ、約23倍ゆっくり進みます。どちらも同じ「√(ρ ÷ Δρ)」から来ているので、倍率がそろいます。
| 南シナ海で観測された最大の高さ | 約 170 m |
| 海面の波に置きかえると | 170 ÷ 22.6 ≒ 7.5 m |
おおまかには、高さ170メートルの境目の波は、海面の高さ7.5メートルの大波と同じくらいのエネルギーです(実際の海は二層ではなく、なめらかに密度が変わるので目安です)。歩く速さの大波は、こうした荒波並みのエネルギーを運んでいます。
高校高校+波の速さは「復元力」と「慣性」のつり合いで決まる
高校高校物理では、弦を伝わる波の速さが「張力 ÷ 線密度」の平方根で決まることを習います。引き戻す力が強いほど速く、動かす重さが大きいほど遅い、という関係です。内部波も同じで、引き戻す力が Δρ に比例して弱くなるのに、動かす水の重さは変わらないため、遅くなります。
高校+浅い水の波の速さ √(g × 深さ) の g を、「換算重力」g × (Δρ ÷ ρ) に置きかえたものが内部波の速さです。アルキメデスの原理(浮力)から、まわりより少しだけ重い水には、重さの差の分だけの下向きの力しか働かないことが分かります。
大学浮力振動数と、内部孤立波
連続的に密度が変わる海では、上下に動かされた水がもとの深さを中心に振動します。その振動数をブラント・バイサラ振動数(浮力振動数)と呼び、内部波はこれより低い振動数でしか存在できません。また、南シナ海の大波のように振幅の大きなものは、非線形性と分散がつり合った内部孤立波(内部ソリトン)として、コルテヴェーク・ド・フリース方程式などで近似されます。潮の流れから内部波へのエネルギーの受け渡しは「内部潮汐の生成」として研究されています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:内部波(ウィキペディア) / ソリトン(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 大波は、最後にどこで、どうくずれるのか。 内部波のエネルギーがどこで熱と混ざり合いに変わるかは、場所ごとに大きく違い、観測が追いついていないとされます。
- 深い海の水は、どれだけ内部波で混ぜられているのか。 世界の海の深層の水がゆっくり入れかわる流れを保つのに、内部波による混ざり合いがどれだけ効いているかは、気候の予測にも関わる大きな課題です。
- 温暖化で、海の「二階建て」はどう変わるのか。 表面が暖まると上下の密度の差が広がり、内部波の性質や混ざり方も変わると考えられていますが、その影響の大きさはまだ見積もりの段階です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。海の中の大波は、人工衛星と深海の観測機器が増えたここ数十年で、ようやく姿が見えてきたばかりです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科:密度、浮力、波の伝わり方 | 上が軽く下が重い海の「二階建て」 |
| 高校 | 物理:波の速さ、位置エネルギー/地学:海洋の層構造 | 式で確かめる(エネルギーのつり合い) |
| 高校+ | 浅い水の波の速さ、換算重力 | 境目の波が約23倍遅い理由 |
| 大学 | 海洋物理学・地球流体力学 | 浮力振動数、内部孤立波、内部潮汐 |
| 研究 | 海洋の混合、気候 | 大波のくずれ方と深層の水の入れかわり |
| ― | 生活とのつながり | 漁場の栄養、サンゴ礁の冷却、船や海洋構造物への影響 |
- Alford, M. H. ほか (2015) The formation and fate of internal waves in the South China Sea. Nature 521
- 内部波 ― ウィキペディア日本語版
- Nansen, F. (1897) Farthest North(フラム号の航海記。死水の記録を含む)
- Ekman, V. W. (1904) On dead water. The Norwegian North Polar Expedition 1893–1896, Scientific Results
- Gill, A. E. (1982) Atmosphere-Ocean Dynamics. Academic Press
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の海は密度がなめらかに変わるため、二層の計算は大きさの見当をつけるためのものです。