日常のふしぎ 人体 予備知識なしでOK 読了 約7分

人間は足が遅いのに、なぜ長い距離なら動物を追いつめられるの?
― 走りながら汗で冷やせる、めずらしい体を持っています

短い距離なら、人間はシカにもイヌにもかないません。ところが何時間も走り続ける勝負になると、話が変わります。人間の体は、速さではなく「走りながら熱を捨てる力」で、ほかの動物と勝負するように作られていると考えられています。

公開:2026.10.28 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

公園でイヌと追いかけっこをすると、あっという間に引き離されます。陸上の世界記録を持つ選手でも、最高の速さは時速44kmほどとされます。チーターは時速100km近く出せるといわれるので、半分にも届きません。

ところが、市民マラソンには何万人もの人が参加し、42kmを走りきります。イヌを連れて同じ距離を走ったら、多くのイヌは途中で立ち止まり、舌を出してハアハアと息をつくはずです。

足が速いはずの動物が、なぜ先にへばってしまうのでしょうか。カギは、走っている体の中にたまっていく「熱」にあります。

長い距離に強い理由は、2つだけ

1
走りながら、汗で熱を捨てられる

人間の皮ふには汗の出口がびっしり並び、体毛はうすくなっています。汗が乾くときに熱を奪うので、走るのをやめずに体を冷やし続けられます。

2
息のリズムを、足どりから切り離せる

4本足で駆ける動物は、ひと跳びごとに1回しか息ができないとされます。二本足の人間は、何歩で1回息をするかを自由に変えられます。

走ると、筋肉は使ったエネルギーの大部分を熱に変えてしまいます。速く走る力より、その熱をどう捨てるかのほうが、長い距離では勝ち負けを決めるのです。順番に見ていきましょう。

理由1:汗は、走りながら使える冷却装置

筋肉は、食べ物から得たエネルギーのうち、体を前へ進める仕事に使えるのは4分の1ほどとされます。残りはすべて熱になります。ゆっくり走っても、体は電気ストーブ数台分に近い熱を出し続けています。

この熱を捨てないと、体温はどんどん上がります。そこで人間は汗をかきます。汗の水が皮ふの上で水蒸気に変わるとき、まわりから大量の熱を奪っていきます。汗を出す小さな出口(汗腺)は、全身で200万〜400万個あるとされます。

ほかの多くの動物は、こうはいきません。イヌは足の裏くらいにしか汗の出口がなく、舌から水を蒸発させて冷やします。毛皮の動物は、汗をかいても毛が乾きにくく、熱が逃げにくいのです。人間の体毛がうすいのは、汗を乾かすための作りだと考えられています。

では、汗でどこまで冷やせるのでしょうか。図1を見てください。走る速さを上げるほど、生まれる熱(右上がりの実線)は増えていきます。汗で逃がせる熱(横の点線)を超えたところから、体温は上がり始めます。

1秒あたりの熱(ワット) 走る速さ(時速 km) 400 800 6 10 14 18 汗で逃がせる熱(点線) 走って生まれる熱(実線) 境目 約12km 時速10 km → 熱 約560 ワット → 汗で冷やしきれる(走り続けられる) → 冷やしきれず、体温が上がっていく
つまみを動かすと、生まれる熱が汗で冷やせる量を超えるかどうかが変わります
図1:走る速さと、体の中で生まれる熱。右上がりの実線が走って生まれる熱、横の点線が汗で逃がせる熱(1時間に1リットルの汗がすべて乾いた場合)。2本が交わる時速約12kmより左なら冷やしきれ、右では体温が上がっていきます。つまみで速さを変えると、丸い点の位置と判定が変わります。

体重60kgの人が汗を1時間に1リットルかけば、時速12kmほどまでは熱を捨てきれる計算になります(計算は最後の折りたたみにあります)。きたえた選手は1時間に2リットル近く汗をかくこともあるとされ、そのぶん速く走り続けられます。

理由2:息のリズムを、自分で選べる

4本足の動物が全力で駆けるとき、体は前後に大きく曲がったり伸びたりします。胸とおなかの中身が、そのたびにピストンのように押されます。そのため、ひと跳びにつき1回しか息ができないとされます。

イヌやシカは、汗のかわりに速い呼吸(パンティング)で熱を捨てます。ところが全力で駆けている間は、呼吸の回数を足どりに縛られてしまいます。熱がたまってくると、立ち止まって息をつくしかありません。

二本足で走る人間は、胸が足どりに強く縛られません。2歩で1回、3歩で1回と、息のリズムを自分で選べます。しかも冷やすのは汗の仕事なので、息は酸素を取りこむことに専念できます。

💡 走って獲物を追いつめる「持久狩猟」

アフリカ南部のカラハリ砂漠では、暑い日中に、大型のレイヨウを何時間も走って追い続ける狩りが記録されています。獲物は逃げるたびに熱をため、休んで冷やす前に追いつかれ、やがて動けなくなるとされます。ただし、ウマは人間と同じく汗をかける数少ない動物です。人とウマが山道を競うイギリスのレースでは、たいていウマが勝ち、人の勝利はまれだといわれます。

💡 足にも「ばね」が入っている

かかとのアキレス腱や、足の裏のアーチは、着地のたびに少し伸びてエネルギーをためます。そして次のひと蹴りで戻します。この「ばね」のおかげで、走る力の一部を使い回せると考えられています。

ただし、この冷やし方には弱点もあります。汗は、乾いてはじめて熱を奪います。蒸し暑くて汗が乾かない日や、水分が足りない日は、図1の点線がぐっと下がります。夏に長く走るときは、こまめに水を飲み、ペースを落とすのが大切です。体の熱が限界を超えたときに何が起きるかは、熱中症の記事で詳しく説明しています。

まとめ

人間は、速く走る力ではほかの動物に負けます。けれど、たくさんの汗腺とうすい体毛で走りながら熱を捨て、息のリズムを足どりから切り離すことで、何時間も走り続けられます。長い距離の勝負を決めるのは、熱をどれだけ捨て続けられるかなのです。

人間は、速さではなく、
「冷やしながら走れる」ことで勝負する動物です。

汗をかけない動物がどう体を冷やすかは、犬が舌を出してハアハアする理由で、寒いときに体が熱を作るしくみは体がガタガタ震える理由で読めます。

🧪 自分の体で確かめてみよう
  1. 走る前と、10〜20分走ったあとに、体重計に乗ってみましょう(途中で水は飲まずに、短い時間だけ)。減った分のほとんどは、汗と吐く息で出ていった水です。
  2. 走っているとき、何歩で1回息を吸っているか数えてみましょう。ゆっくりのときと、少し速くしたときで、リズムが変わるはずです。
  3. 濡らしたタオルを腕に巻き、うちわで風を送ってみましょう。乾くにつれてひんやりするのが、汗が熱を奪うのと同じしくみです。

体重をはかる実験は、体調のよい日に、涼しい時間帯に行ってください。めまいや気分の悪さを感じたら、すぐに中止して休みましょう。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(運動生理学・比較生理学・人類学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:汗で冷やしきれる、いちばん速いペースは?

走って生まれる熱と、汗が乾いて奪う熱がつり合う速さを求めます。暑い日を想定し、汗以外で逃げる熱は考えないことにします。

⓪ もとになる式
記号で書くとv = L × m ÷ ( f × C × M )
言葉で書くと冷やしきれる最高の速さ = 1時間に汗で逃がせる熱 ÷ 1km走るごとに生まれる熱
どこから来る式か体温を一定に保つための熱のつり合い。「走って生まれる熱 = 汗で逃げる熱」というエネルギー保存の式を、速さについて解いたもの
L汗の蒸発熱(キロジュール/グラム)
m1時間に乾く汗の量(グラム)
f使ったエネルギーのうち熱になる割合
C体重1kgで1km走るのに使うエネルギー(キロジュール)
M体重(kg)、v は速さ(時速 km)
① もとになる数値
体重 M60 kg
体重1kgで1km走るエネルギー C(速さによらずほぼ一定とされる)約1キロカロリー = 約4.2 キロジュール
熱になる割合 f約0.8
汗の蒸発熱 L1グラムあたり 約2.4 キロジュール
1時間に乾く汗 m1000 グラム(1リットル)
② 計算してみる
1時間に汗で逃がせる熱(キロジュール)1000 × 2.4 = 2400
1km走るのに使うエネルギー(キロジュール)60 × 4.2 = 252
そのうち熱になる分(キロジュール)252 × 0.8 = 201.6
冷やしきれる最高の速さ(時速 km)2400 ÷ 201.6 ≒ 11.9
汗の冷却をワットに直す(1時間=3600秒)2400000 ÷ 3600 ≒ 667

時速約12kmは、1kmを5分ほどで走るペースです。市民ランナーがフルマラソンを3時間半前後で走る速さに近く、汗の量が1リットルなら、これより速いと体に熱がたまっていく計算です。汗が2リットルなら、境目は2倍の時速24km近くまで上がります。実際には蒸し暑さや、乾かずに流れ落ちる汗の分だけ、境目はもっと下がります。

高校高校+体温調節と、走り方の進化

高校体温は、脳の視床下部が皮ふの血流と汗の量を調節して保っています。運動で体温が上がると、皮ふの血管が広がり、温まった血液を体の表面へ運んで、汗で冷やします。

高校+4本足の動物では、駆ける1歩と1回の呼吸が1対1で結びつく「歩行と呼吸の同調(ロコモーター・レスピラトリー・カップリング)」が知られています。人間ではこの比が4対1、3対1、2対1などと変えられることが、1983年の研究で示されています。

大学持久走仮説と、熱収支

2004年、生物学者のブランブルと人類学者リーバーマンは、人間の体の特徴の多くが長距離を走るために選ばれてきたとする「持久走仮説」を提案しました。アキレス腱の長さ、足の裏のアーチ、首の後ろの靭帯(項靭帯)による頭の安定、大きなお尻の筋肉などが根拠に挙げられています。体の熱の出入りは、運動生理学では「熱収支式」として、代謝による発熱から仕事・伝導・対流・放射・蒸発の各項を差し引いた形で扱われます。この記事の計算は、そのうち蒸発の項だけを残した近似です。

📖 式の導出や、さらに先の内容:ブランブルとリーバーマンの論文(ネイチャー誌、2004年) / 蒸発熱(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに「人間は走るために進化した」という考えは有力な仮説の1つで、定説として決まったわけではありません。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科:状態変化、動物の体のつくり汗が乾くと熱を奪う、汗腺
高校生物:体内環境の維持/物理:熱量視床下部による体温調節、熱のつり合いの計算
高校+生物の発展:動物の行動と進化歩行と呼吸の同調
大学運動生理学・自然人類学持久走仮説、熱収支式
研究人類の進化、暑熱順化持久狩猟の広がり、体毛が減った時期
―生活とのつながり夏のランニングで水分をとり、ペースを落とす理由
参考・出典
  1. Bramble, D. M. & Lieberman, D. E. (2004) Endurance running and the evolution of Homo. Nature 432, 345–352.
  2. Bramble, D. M. & Carrier, D. R. (1983) Running and breathing in mammals. Science 219, 251–256.
  3. Liebenberg, L. (2006) Persistence hunting by modern hunter-gatherers. Current Anthropology 47, 1017–1026.
  4. 汗腺 - ウィキペディア
  5. ダニエル・E・リーバーマン『人体600万年史』(早川書房)

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。汗の量や暑さへの強さには大きな個人差があります。暑い日の運動では、体調に合わせて無理をせず、主催者や自治体の熱中症に関する指示に従ってください。