冬眠する動物は、なぜ何か月も食べずにいられるの?
― 足りないのは、脂肪ではありません
クマは秋にたっぷり食べ、冬のあいだ数か月、飲まず食わずで過ごします。人は数日でも危うくなります。「脂肪をたくさん蓄えているから」と思われがちですが、計算してみると、それだけでは説明がつきません。人にも数か月ぶんの脂肪はあります。違うのは、蓄えの量ではなく、使う速さのほうでした。
秋の終わり、クマは巣穴に入ります。そして数か月のあいだ、食べも飲みもせず、排泄もしません。春に出てくるときには、ちゃんと生きています。
人はどうでしょうか。水を飲まなければ数日、食べなければ数週間が限度とされています。飲まず食わずで数か月というのは、まったく別の次元の話です。
いちばんよく聞く説明は「たくさん脂肪を蓄えているから」でしょう。これは半分正しく、半分足りません。
というのも、ふつうの体つきの大人でも、計算上は2か月ぶん以上の脂肪を持っているからです。それなのに、私たちは冬眠できません。
体温を下げると体の中の反応が遅くなり、消費が何分の1にもなります。同じ蓄えが、何倍も長持ちします。
脂肪を分解すると水ができます。しかも元の脂肪より重い量です。だから飲まなくても足ります。
人が冬眠できないのは、脂肪が足りないからではありません。体温を下げる仕組みを持っていないからです。順に見ていきます。
冬眠は、眠っているのではありません
「冬眠」と聞くと、長い睡眠を思い浮かべます。実際は、睡眠とは別のものです。
冬眠している小型の動物は、体温が外気近くまで下がっています。心臓は1分に数回しか打たず、呼吸も何分かに一度になることがあります。触っても起きません。眠っているというより、機械の電源を絞ったような状態です。
なぜ体温を下げるのか。体の中の化学反応が、温度で速さを変えるからです。
このサイトでは、圧力鍋や焼き色の記事で「温度が10℃上がると、反応の速さは約2倍」という目安を使ってきました。冬眠は、これを逆向きに使っています。
10℃下げれば半分、20℃下げれば4分の1、30℃下げれば8分の1。同じ蓄えが8倍長持ちします。
同じ目安の裏表でした。
人にも、脂肪は足りています
ここで、意外な計算をしてみます。ふつうの体つきの大人が持っている脂肪で、何日もつでしょうか。
体重60 kg、体脂肪が2割なら12 kg。脂肪はエネルギーの塊で、同じ重さの糖の2倍以上を蓄えています。安静にしていれば、計算上は70日以上もつことになります。
もちろん、実際にはそんなに持ちません。体は脂肪だけを使うわけではなく、筋肉のたんぱく質も削っていきます。水も要ります。体温を保つために、常に燃やし続けなければなりません。
それでも、この計算が示していることは重要です。人が冬眠できない理由は「蓄えが足りない」ではありません。持っているのに、使う速さを落とせないのです。
もし体温を下げられたら、同じ12 kgで1年半以上もつ計算になります。差は8倍。効いているのは分子(蓄え)ではなく、分母(速さ)のほうでした。
水はどうしているのか
食べないことより、飲まないことのほうが不思議に思えます。人は水なしでは数日ももちません。
ここに、脂肪のもうひとつの性質があります。脂肪を分解すると、水ができます。しかも元の脂肪より重い量の水ができます。
脂肪は炭素と水素でできていて、これが酸素と結びつくと二酸化炭素と水になります。水素が多い分子ほど、たくさんの水が出ます。脂肪はその代表です。
砂漠のラクダのこぶが脂肪の塊なのも、同じ理由だとされています。水そのものを蓄えるより、脂肪で持ったほうが軽くて済み、しかも水になるわけです。
ここまで「体温を下げる」と書きましたが、クマの体温はあまり下がりません。30℃台を保つとされています。それでも代謝は大きく落ちます。
体が大きいほど、いったん冷えると温め直すのが大変です。クマは体温を下げすぎない代わりに、別の方法で消費を抑えていると考えられています。だから「本当の冬眠ではない」と区別する呼び方もあります。
そしてクマには、もっと不思議なことがあります。数か月まったく排泄しません。体の中で出る老廃物を分解し、材料として作り直していると考えられています。人にはできない芸当です。
さらに、何か月も動かないのに、筋肉も骨もほとんど減りません。人が同じ期間寝たきりになれば、大きく衰えます。なぜクマは衰えないのかは、いまも研究が続いています。
山で巣穴らしきものを見つけても、のぞき込まないでください。クマは冬眠中でも、刺激を受ければ目を覚ましますとされています。眠りが浅い時期もあります。
また、コウモリの冬眠を人が邪魔すると、命に関わることがあります。目を覚ますだけで大量のエネルギーを使ってしまい、春まで足りなくなるためです。洞窟に立ち入らない、光を当てない、大きな音を立てない。
そしてこの記事の話を、自分の体で試さないでください。長期の断食は危険で、電解質の乱れなどで命に関わることがあります。体調に不安があれば医療機関へ。山で野生動物と遭遇し、けが人が出た場合は119番です。
自分で確かめられること
- 同じ果物(バナナやリンゴ)を、同じ大きさに2つ切る
- 片方は室温、もう片方は冷蔵庫に置く(どちらもラップをする)
- 毎日、色と柔らかさを見比べる
- 室温のほうが、はっきり速く変わります。冷蔵庫のほうは、何日たっても変化がゆるやかです
- 置いたのは同じもので、同じ時間です。変えたのは温度だけだと確かめてください
5がこの観察の要です。冬眠中の動物の体で起きているのは、これと同じことです。反応そのものを止めているのではなく、遅くしているだけ。だから時間が来れば、元どおり動き出せます。傷んだものは食べず、観察が終わったら処分してください。
まとめ
冬眠する動物が何か月も食べずにいられるのは、体温を下げて、体の中の反応を遅くしているからです。30℃下げれば消費は8分の1になり、同じ蓄えが8倍長持ちします。水も脂肪から作れます。人が冬眠できないのは脂肪が足りないからではなく、この「速さを落とす仕組み」を持っていないからです。
効いているのは、持っている量ではなく、
減っていく速さのほうでした。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:冬眠をめぐる言葉
- 代謝:体の中で起きている化学変化の全体。ここが速いほどエネルギーを使います。
- 基礎代謝:何もせずじっとしていても使うエネルギー。体温の維持が大きな部分を占めます。
- 恒温動物:体温を一定に保つ動物。哺乳類と鳥類がこれです。冬眠中は、その原則を一時的にやめています。
- 代謝水:脂肪などを分解したときにできる水。飲まなくても得られる水です。
- 周期的覚醒:冬眠中に、ときどき体温を戻して目覚めること。何のためかは、まだはっきりしていません。
高校式で確かめる:足りないのは蓄えか、速さか
「クマは脂肪をたくさん持っているから」という説明が本当かを、人の数字で確かめます。割り算だけで進みます。
もつ日数 = 蓄えたエネルギー ÷ 1日に使うエネルギー
| 体重 | 60 kg とする |
| 体脂肪の割合 | 20% とする |
| 脂肪 1 kg のエネルギー | 約 9000 kcal |
| 安静時に1日使うエネルギー | 約 1500 kcal |
| 持っている脂肪 | 60 × 0.2 = 12 kg |
| 蓄えたエネルギー | 12 × 9000 = 108000 kcal |
| もつ日数 | 108000 ÷ 1500 = 72 日 |
計算上は72日、2か月以上あります。「脂肪が足りないから冬眠できない」という説明は、これで怪しくなりました。
※ 実際には脂肪だけを使うわけではなく、たんぱく質も分解されます。水も必要です。上限としての目安です。
ここで、このサイトで何度も使ってきた目安を、逆向きに使います。
温度が10℃下がると、反応の速さは約半分
| ふつうの体温 | 37 ℃ |
| 冬眠中の体温(小型の動物) | 7 ℃ とする |
| 温度差 | 37 − 7 = 30 ℃ |
| 10℃が何回分か | 30 ÷ 10 = 3 回分 |
| 遅くなる倍率 | 2 × 2 × 2 = 8 倍 |
つまり1日に使うエネルギーが8分の1になります。
| 1日に使うエネルギー | 1500 ÷ 8 ≒ 188 kcal |
| 同じ12 kgでもつ日数 | 108000 ÷ 188 ≒ 574 日 |
72日が574日になりました。1年半以上です。
蓄えは1グラムも増えていません。変えたのは体温だけ。効いているのは分子ではなく、分母のほうでした。
脂肪は炭素と水素の鎖で、酸素と結びつくと二酸化炭素と水になります。水素が多いので、水がたくさん出ます。
| 脂肪 100 g を分解すると | 約 107 g の水ができるとされています |
| 元の重さの何倍か | 107 ÷ 100 = 1.07 倍 |
燃やした脂肪より、重い量の水が出ます。減った重さより多い水が出るのは、空気中の酸素が加わっているからです。物質は消えず、形を変えているだけ、というサビの記事と同じ話です。
ちなみに、糖では同じ100 gから約60 g、たんぱく質では約40 gとされています。脂肪は、エネルギーの密度でも、水を作る量でも有利ということになります。
砂漠のラクダのこぶが脂肪なのも、この2つの性質によるとされています。水そのものを持ち歩くより、脂肪で持つほうが軽くて、しかも水になります。
冬眠中の小型動物は、ずっと冷えたままではありません。数日から数週間おきに、体温を平常まで戻して数時間を過ごし、また下げます。
これがとても高くつきます。冬眠期間中に使うエネルギーの大半が、この目覚めの時間に消えるとされています。
| 冬眠期間全体の消費のうち | 目覚めの時間が占める割合は 7〜8割とされています |
| 冷えている時間が占める割合 | 10 − 8 = 2 割ほど |
ここが不思議なところです。せっかく8分の1まで落としたのに、その節約分のほとんどを「わざわざ起きること」に使っています。
それでも起きるということは、起きなければ困ることがあるはずです。免疫の働きを保つため、眠るため(冷えた状態では本当の睡眠が取れないという説があります)、老廃物を片づけるため。いくつも説がありますが、決着していません。
「節約の大半を捨ててでも、やらなければならないこと」が何なのか。この計算は、その問いを浮かび上がらせるためのものです。
高校+体温を下げるだけでは足りません
②の計算は、体温が下がれば自動的に消費も下がる、という前提でした。実際にはもう一段あります。
冬眠する動物は、体温が下がる前から、自分で代謝を落としはじめることが知られています。温度が下がった結果として遅くなるのではなく、先に遅くしてから、体温が下がるにまかせるという順番です。
これは大きな違いです。ただ冷やされただけの動物は、体温を保とうとして震え、かえってエネルギーを使います。冬眠は「冷える」ことではなく「体温を保つのをやめる」という積極的な切り替えだと言えます。
そして冷えた状態でも、ある温度より下がらないよう見張っています。下がりすぎると自動的に発熱して戻します。目盛りを下げただけで、調節そのものは働き続けているということになります。
大学冷やせば済む、という話でもありません
体温を下げると、都合の悪いことも起きます。低温では、細胞の膜が固くなり、酵素の働き方も変わります。すべての反応が同じ割合で遅くなるわけではないので、ふだんは釣り合っている過程どうしの速さが、ずれていきます。
とくに問題になるのが、心臓です。多くの哺乳類は、体温が下がると心臓が不規則な動きになり、そのまま止まってしまいます。冬眠する動物は、低温でも心臓が正常に動き続ける仕組みを持っているとされています。
戻すときも簡単ではありません。冷えた体を数時間で平常まで戻すには、大量の熱が要ります。冬眠する動物は、そのための専用の組織(熱を作ることに特化した脂肪)を持っています。ヒトの赤ちゃんにも同じ組織があり、大人になると大きく減るとされています。
つまり冬眠は、ひとつの仕組みではなく、低温に耐える、低温でも動く、素早く戻す、という複数の仕組みの組み合わせです。人にそれらが揃っていない、というのが「冬眠できない」の中身です。
研究いま、いちばん問われていること
- なぜ、わざわざ目覚めるのか。④で見たとおり、節約分の大半をここで使います。免疫、睡眠、老廃物の処理など複数の説がありますが、決定的な答えは出ていません。もっとも高くつく行動の理由がわからない、という状態です。
- クマがなぜ衰えないのか。何か月も動かず、食べず、排泄もしないのに、筋肉も骨もほとんど減りません。寝たきりや、無重力での筋肉・骨の減少を防ぐ手がかりになるのではないかと注目されています。関わる物質の候補は挙がっていますが、まだ解明の途中です。
- ヒトを人工的に、似た状態にできるか。2020年に、マウスの脳の特定の神経細胞を刺激すると、冬眠に似た低体温・低代謝の状態を作れるという報告がありました。もともと冬眠しないマウスでも起きた点が注目されています。ただしヒトで同じことができるかは、まったく別の問題です。
- 医療への応用が期待されています。心停止や重い外傷のあと、体温を下げて臓器を守る治療はすでに行われています。より深く、安全に代謝を落とせれば、救える範囲が広がると考えられていますが、実現には遠い段階です。
冬眠は、身近な動物がふつうに行っていることです。それでも、なぜ目覚めるのかという基本の問いに、まだ答えが出ていません。よくある現象と、よくわかっている現象は、やはり別です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物のからだと体温 | 恒温動物、代謝という考え方 |
| 高校 | 生物基礎・代謝とエネルギー | 脂肪のエネルギーと、もつ日数の計算 |
| 高校 | 化学基礎・反応の速さと温度 | 10℃で半分、30℃で8分の1 |
| 高校+ | 生物・体温調節と恒常性 | 先に代謝を落としてから体温が下がる順番 |
| 大学 | 生理学・比較生理学 | 低温での心臓、熱を作る専用の組織 |
| 研究 | 冬眠生物学(未解決) | 周期的覚醒の理由、筋肉が減らない機構 |
| ― | 安全 | 冬眠中の動物を邪魔しない、断食をまねしない |
- Takahashi, T. M. et al., A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents, Nature 583, 2020。
- Carey, H. V., Andrews, M. T. & Martin, S. L., Mammalian hibernation, Physiological Reviews 83, 2003。
- Tøien, Ø. et al., Hibernation in black bears: independence of metabolic suppression from body temperature, Science 331, 2011。
- Geiser, F., 冬眠および休眠時の代謝抑制に関する一連の研究。
- 環境省および各自治体による、野生動物との距離のとり方に関する資料。
※ 体温、代謝量、持続日数は種と条件で大きく変わります。本記事の計算は、しくみをつかむための概算です。
※本記事は一般向けの科学解説です。長期の絶食や体温を下げる行為を、自分で試さないでください。健康に関する判断は医療機関にご相談ください。野生動物との接し方については、環境省や自治体の案内に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。