ぎんなんは、なぜあんなに臭いの?
― 臭いのは外側。気をつけたいのは、食べる中身のほうです
秋のイチョウ並木で、足もとから立ちのぼる強烈なにおい。その正体は、ぎんなんの外側にたまった「酪酸(らくさん)」などの酸です。ほんの少しで鼻に届くので、落ちた実を1つ踏むだけで辺りがにおいます。ところが、本当に注意が要るのは、においのしない中身のほうでした。
10月の朝、イチョウ並木の歩道を歩いています。葉はまだ緑が残っていますが、足もとには黄色い丸い実がたくさん落ちています。
うっかり1つ踏んだとたん、むわっとしたにおいが上がってきました。古いチーズのような、汗をかいた靴下のような、なんとも言えないにおいです。
同じ実なのに、殻を割って炒ったぎんなんは、ほくほくして香ばしい。あの臭い実と、茶わん蒸しの中の緑の粒は、どうつながっているのでしょう。
臭さの理由は、2つだけ
黄色い実の外側のやわらかい部分には、酪酸などの酸がたくさん含まれています。酪酸は、古くなったバターや足のにおいの成分と同じ仲間です。
酪酸は、人の鼻がとくに敏感に感じる物質です。空気の中にごく少し混じるだけでにおうため、実を1つ踏むだけで辺りがにおいます。
つまり、臭さは「たくさん出ているから」だけではありません。「少しでも感じてしまう物質だから」でもあります。まず、実の中がどうなっているかを見てみましょう。
ぎんなんの「実」は、4つの層でできている
私たちが「ぎんなんの実」と呼んでいるものは、実はイチョウの種そのものです。いちばん外側のやわらかい層が、においのもとです。その内側に白くて硬い殻があり、さらに薄い茶色の皮に包まれて、食べる部分が入っています。
図1を見てください。左の断面図で、外側の黄色い層だけが「におい」と「かぶれ」の元です。殻を割って出てくる中身には、においはほとんどありません。そのかわり、中身には別の成分が入っています。
酪酸は、なぜあんなに鼻につくのか
酪酸は、小さな分子の酸です。分子が小さいので、ふつうの温度でも少しずつ空気の中へ飛び出していきます。踏みつぶすと、閉じこめられていた部分が一気に空気にさらされ、においが強まります。
しかも人の鼻は、酪酸にとても敏感です。空気の分子100万個の中に、酪酸がおよそ0.0002個まじっているだけで、においを感じるとされています。言いかえれば、空気の分子50億個に1個ほどです。
このため、ほんのひとかけらの果肉でも、周りの空気を「におう濃さ」にしてしまいます。靴の裏についた果肉を家に持ち帰ると、玄関がにおうのはこのためです。
ちなみに、酪酸とアルコールを結びつけると、パイナップルのような甘い香りの物質に変わります。分子の形がわずかに違うだけで、においの印象は正反対になります。
食べる中身には、においとは別の注意がある
殻の中のぎんなんには、ビタミンB6とよく似た形の成分が含まれています。この成分は、体の中でビタミンB6の「ふり」をして、その仕事をじゃまします。
ビタミンB6は、脳の興奮をしずめる物質をつくるのに欠かせません。その仕事がじゃまされると、脳が興奮しすぎて、吐き気やけいれんが起きることがあります。これが、ぎんなんによる食中毒です。
やっかいなのは、この成分が熱に強いことです。炒っても、ゆでても、茶わん蒸しに入れても、ほとんど減らないとされています。加熱すれば安心、とはいきません。
とくに注意が要るのは子どもです。体が小さいほど、同じ1粒でも体重あたりの量が多くなります。図2のつまみで、食べた粒の数を変えてみてください。
大人の食中毒の報告は、40粒以上を食べた例が多いとされています。一方、子どもでは7粒ほどで起きた例も報告されています。図2の計算とおおむね合う数字です。「子どもは食べても数粒まで」と考えておくのが安心です。
イチョウには、オスの木とメスの木があります。ぎんなんがなるのはメスの木だけです。においを避けるため、街路樹にはオスの木を選んで植えることもあるそうです。ちなみに、イチョウの受粉のしくみを調べた平瀬作五郎は、1896年に、イチョウが泳ぐ精子をつくることを見つけました。種をつける植物では世界で初めての発見でした。
じゃあ、どうすればいいの?
- 子どもには、食べさせるなら数粒まで大人も、一度にたくさん食べないようにしましょう。
- 拾うときは、手袋をつける外側の果肉は、かぶれることがあります。素手でさわらないようにしましょう。
- 食べたあとに吐く・ふるえる・けいれんするなら、すぐに医療機関へけいれんや意識がおかしいときは、迷わず119番です。
ぎんなんの食中毒は、食べてから数時間ほどで、吐き気やけいれんとして現れることが多いとされています。炒っても煮ても、原因の成分はほとんど減りません。子どもが多く食べてしまったときは、症状がなくても自己判断で様子を見ず、医療機関に相談して受診してください。吐き続けるときは、脱水にも注意が必要です。けいれんが起きたら、すぐに119番に通報してください。
まとめ
ぎんなんが臭いのは、外側のやわらかい層に酪酸などの酸がたまっていて、しかも人の鼻がそれをごくわずかでも感じるからです。においの元は外側だけで、殻の中の食べる部分はにおいません。ただ、その中身にはビタミンB6のはたらきをじゃまする成分があり、加熱しても減りません。体の小さい子どもほど、少ない粒の数で影響が出ます。
臭いのは外側、気をつけるのは中身。
子どもの10粒は、大人の40粒です。
秋の季節のにおいについては「キンモクセイの香りは、なぜ「ある朝とつぜん」気づくの?」、イチョウの葉が黄色くなるしくみは「紅葉は、なぜ赤や黄色に色づくの?」もどうぞ。
- イチョウ並木で、実が落ちている木と落ちていない木を探してみましょう。実が落ちているのがメスの木です。オスとメスが混じって植えられているか、数えてみてください。
- 実が落ちている場所で、風上と風下に立ってにおいを比べます。何メートルくらい離れると、においが分からなくなるでしょうか。
- 拾った実は、手袋をつけたまま水の中で外側の果肉を洗い流します。白い殻だけになると、においがほとんど消えることを確かめましょう。
※果肉は素手でさわらず、使った手袋はすぐに捨てるか洗ってください。拾った実を食べるときは、大人も子どもも少量にしましょう。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・薬理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 外種皮(がいしゅひ):種のいちばん外側の層。ぎんなんでは黄色くやわらかく、果肉のように見えます。
- 酪酸(らくさん):炭素4個からなる小さな酸。古いバターや足のにおいの成分でもあります。
- においの閾値(いきち):人がにおいを感じ始める、いちばん薄い濃さのこと。
- 雌雄異株(しゆういしゅ):オスの木とメスの木が分かれている植物のこと。イチョウはその1つです。
中学高校式で確かめる:部屋をにおわせるのに、酪酸は何グラム要る?
8畳ほどの部屋の空気を、ちょうど「においを感じる濃さ」にするには、酪酸がどれだけ要るかを計算します。気体の量は、重さではなく「モル(分子の個数のまとまり)」で考えると計算しやすくなります。
| 記号で書くと | m = V × c × M ÷ Vm |
| 言葉で書くと | 要る酪酸の重さ = 部屋の空気の体積 × においを感じる濃さ × 1モルの重さ ÷ 気体1モルの体積 |
| どこから来る式か | 「同じ温度・同じ圧力なら、気体は種類によらず1モルが同じ体積になる」というアボガドロの法則と、濃さ(体積の割合)の決め方を組み合わせた式です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| m | においを感じるのに要る酪酸の重さ(グラム) |
| V | 部屋の空気の体積(リットル) |
| c | においの閾値(空気100万に対する割合) |
| M | 酪酸1モルの重さ(グラム) |
| Vm | 気体1モルの体積(リットル) |
| 8畳ほどの部屋の空気(V) | およそ 30000 リットル(30立方メートル) |
| 酪酸のにおいの閾値(c) | 空気100万に対して およそ 0.00019 とされる |
| 酪酸1モルの重さ(M) | およそ 88 グラム |
| 気体1モルの体積(Vm、25℃) | およそ 24.5 リットル |
| 酪酸の気体の体積(100万分の1リットル単位) | 30000 × 0.00019 = 5.7 |
| それが何モルか(100万分の1モル単位) | 5.7 ÷ 24.5 ≒ 0.23 |
| 重さに直す(100万分の1グラム単位) | 0.23 × 88 ≒ 20 |
| 1グラムの何分の1か(1グラムは100万マイクログラム) | 1000000 ÷ 20 = 50000 |
部屋じゅうをにおわせるのに要る酪酸は、およそ20マイクログラムです。1円玉1枚(1グラム)の5万分の1にすぎません。果肉のほんのひとかけらで玄関がにおうのも、ふしぎではないのです。
| 式(記号) | q = N ÷ W(体重あたりの量 = 粒の数 ÷ 体重) |
| 体重15kgの子どもが10粒 | 10 ÷ 15 ≒ 0.67 |
| 体重60kgの大人が40粒 | 40 ÷ 60 ≒ 0.67 |
| 大人は子どもの何倍の体重か | 60 ÷ 15 = 4 |
体重が4分の1なら、同じ影響が出るまでの粒の数も、おおよそ4分の1になると考えられます。ただし実際の起きやすさは、体の中のビタミンB6の量などでも変わるとされ、この計算は目安です。
高校高校+カルボン酸とエステル:同じ骨組みで、においが正反対
高校酪酸(ブタン酸)は、カルボキシ基をもつ「カルボン酸」の1つです。炭素の少ないカルボン酸は「低級脂肪酸」と呼ばれ、蒸発しやすく、つんとした不快なにおいのものが多くあります。酪酸をエタノールと反応させると、エステルの一種の酪酸エチルができ、果物のような香りになります。
高校+ぎんなんの外種皮には、酪酸のほかにヘプタン酸(エナント酸)などの脂肪酸も含まれるとされています。また、かぶれの原因としてはギンコール酸という成分が知られ、ウルシのかぶれの成分(ウルシオール)と似た形をしています。
大学ギンコトキシンとビタミンB6:けいれんが起きるしくみ
ぎんなんによる食中毒の原因物質は、4'-O-メチルピリドキシン(ギンコトキシンとも呼ばれます)です。ビタミンB6の一種ピリドキシンとよく似た構造をもちます。ビタミンB6は体内で、活性型のピリドキサールリン酸(PLP)に変えられ、多くの酵素を助けます。その1つが、興奮をしずめる神経伝達物質GABAをつくるグルタミン酸脱炭酸酵素です。この成分がビタミンB6の代謝をじゃまするとPLPが足りなくなり、GABAが減って、けいれんが起きやすくなると考えられています。このため治療では、ビタミンB6を補うことが行われます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ピリドキサールリン酸(ウィキペディア) / アボガドロ定数(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- なぜ、わざわざ臭いのか。 においで動物を呼び寄せ、種を運ばせるためという考えがあります。イチョウの祖先は恐竜の時代から続いており、当時は大型の動物が運んでいたという説もありますが、確かめられてはいません。いまの日本では、タヌキなどが食べる様子が観察されているとされます。
- 症状の出やすさの個人差。 同じ粒の数でも、症状が出る人と出ない人がいます。体の中のビタミンB6の量が関わると考えられていますが、どこからが危ないかをはっきり線引きすることはできていません。
- 含まれる量のばらつき。 原因成分の量は、木や産地、とれた時期によって違うとされます。1粒あたりの量を正確に見積もるのは、まだむずかしいのが現状です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。とくに「何粒まで大丈夫」という数字は、目安として受けとってください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「植物の分類(裸子植物)」 | イチョウの種のつくり、オスとメスの木 |
| 高校 | 化学「物質量」「カルボン酸とエステル」 | モルを使った計算、酪酸と酪酸エチル |
| 高校+ | 化学「天然有機化合物」 | ギンコール酸とウルシのかぶれ |
| 大学 | 生化学・薬理学「補酵素」「神経伝達物質」 | ビタミンB6とGABA、けいれんのしくみ |
| 研究 | 植物生態学・食品衛生学 | においの役割、症状の個人差 |
| ― | 生活とのつながり | ぎんなん拾いの手袋、子どもに食べさせる量 |
- 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:高等植物:ギンナン」
- 永田好男・竹内教文「三点比較式臭袋法による臭気物質の閾値測定結果」日本環境衛生センター所報(1990)
- 和田啓爾ほか「ギンナン中の毒成分 4'-O-メチルピリドキシンの単離と同定」Chemical and Pharmaceutical Bulletin(1985)
- ウィキペディア「酪酸」
- ウィキペディア「イチョウ」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ぎんなんを食べて体調が悪くなったときは、自己判断せず医療機関に相談し、医師や保健所・自治体等の指示に従ってください。