ゾウは、なぜ大きな耳をパタパタさせるの?
― 耳は、体の熱を捨てる「放熱板」です
ゾウの大きな耳は、音を聞くためだけのものではありません。あの薄い耳には血管がびっしり通っていて、あおぐたびに血の熱を風へ逃がしています。体が大きすぎて熱がこもり、しかも汗をほとんどかけない動物ならではの工夫です。
動物園のゾウ舎の前。ゾウが大きな耳を、ゆっくりパタン、パタンと前後に振っています。
虫を追いはらっているのかな、と思いますよね。たしかにそれもあります。でもよく見ると、暑い日の午後ほど、耳を動かす回数が増えていることに気づくはずです。
ゾウはいったい、耳で何をしているのでしょうか。
理由は2つだけ
熱は体の中身で作られ、体の表面から逃げていきます。体が大きくなると、中身の増え方に表面の増え方が追いつきません。しかもゾウは、汗をほとんどかけない体です。
ゾウの耳は薄い皮膚の板で、裏側には太い血管が浮き出ています。そこを流れる血が、耳をあおいで起こした風に熱を渡し、少し冷えて体へ戻っていきます。
順番に見ていきましょう。
体が大きいと、なぜ熱がこもるの?
サイコロを思い浮かべてください。辺の長さを2倍にすると、表面の広さは2×2で4倍になります。ところが中身の量は2×2×2で8倍です。図1を見てください。大きくするほど、中身にくらべて表面が足りなくなっていきます。
動物の体も同じです。熱を作るのは筋肉や内臓といった「中身」で、熱を捨てるのは皮膚という「表面」です。小さなネズミは表面が広すぎて、熱がどんどん逃げてしまいます。逆にゾウは、作った熱をなかなか捨てられません。
人は暑いと汗をかき、それが蒸発するときに熱を奪ってもらいます。ところがゾウには、汗を出す腺がほとんど無いとされています。体重5トンほどの大きな体で、汗という強力な冷房が使えないのです。
耳は、どうやって熱を捨てているの?
そこで役に立つのが耳です。アフリカゾウの耳は、片方だけで大人の背丈ほどもある大きな板です。厚みは薄く、裏側には太い血管が木の枝のように広がっています。
温かい血がこの広い板を通るあいだに、まわりの空気へ熱を渡します。耳をあおげば、温まった空気がすぐに入れかわり、新しい空気がまた熱を受け取ります。うちわであおぐと涼しいのと同じしくみです。冷えた血は体へ戻り、体の中をめぐって、また熱を集めてきます。
ここで大事なのは、耳から熱が逃げるのは「耳がまわりの空気より温かいとき」だけだ、という点です。図2のつまみで、まわりの気温を変えてみてください。
気温25℃なら、耳から逃げる熱は、休んでいる体が作る熱の4割ほどにもなる計算です(計算は最後の折りたたみにあります)。ところが気温33℃では、それが1割にも届きません。気温が耳の温度をこえると、耳は熱を捨てるどころか、まわりから熱をもらう側に回ってしまいます。
そのため、本当に暑い日のゾウは、耳だけに頼りません。水を浴び、泥を体に塗りつけます。ゾウの皮膚には細かいひび割れが網の目のように走っていて、そこに水や泥が長くとどまることが分かっています。汗の代わりに、外から持ってきた水を蒸発させているのです。
アフリカの草原に住むアフリカゾウは、森の多いアジアに住むアジアゾウより、ずっと大きな耳を持っています。砂漠のフェネックギツネや、北アメリカの乾いた土地のジャックウサギも、体の割にとても大きな耳です。逆に、寒い北極のホッキョクギツネの耳は小さく丸く、氷河期の寒い土地にいたマンモスの耳も、今のゾウよりずっと小さかったとされています。
耳がいつも熱を捨てていたら、寒い夜には体が冷えすぎてしまいます。ゾウは耳へ向かう血管を細めたり広げたりして、流れる血の量を調節できると考えられています。赤外線カメラで撮ると、同じゾウでも耳が明るく光るときと、暗く冷えているときがあります。
まとめ
ゾウは、体が大きすぎて熱がこもりやすく、しかも汗をほとんどかけません。そこで、血管の通った薄くて広い耳を、うちわのようにあおいで血を冷やしています。ただし耳が役に立つのは、空気が耳より冷たいときだけです。それより暑い日は、水浴びと泥浴びに切りかえます。
ゾウの耳は、聞くための道具であると同時に、
大きな体の熱を捨てるための「放熱板」です。
体の大きさと熱の関係は小さい動物ほど、なぜ食べ続けないと生きられないの?で、汗をかけない動物のもう1つの冷やし方は犬は、なぜ舌を出してハアハアするの?で、逆に熱を逃がさない血の流し方はカモは氷の池に立っていても、なぜ足が凍らないの?で紹介しています。
- 動物園でゾウを見るとき、気温の高い午後と、涼しい朝とで、耳を1分間に何回振るか数えてみましょう。
- 暑い日に、手の甲をうちわであおいでみてください。汗をかいていない状態でも、あおぐと涼しく感じます。動いた空気が熱を運んでいくからです。
- 次に、同じ手の甲を少しぬらしてからあおぎます。ぬれていないときよりずっと冷たく感じるはずです。これがゾウの水浴び・泥浴びの効き目です。
動物園では、柵の外から観察しましょう。ゾウの耳を振る回数は、気温だけでなく、風の強さや、そのときの機嫌でも変わります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(動物生理学・伝熱工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 恒温動物:まわりの気温が変わっても、体温をほぼ一定に保つ動物。ほ乳類や鳥のなかま。作る熱と捨てる熱のつり合いで体温を保っています。
- 対流による熱の移動:温まった空気や水が動いて、熱を運んでいくこと。耳をあおぐと、この運び方が強まります。
- アレンの法則:同じなかまの恒温動物では、寒い地方に住むものほど耳や尾など体の出っぱりが小さく、暑い地方ほど大きくなる、という傾向。
中学高校式で確かめる:耳からどれくらいの熱が逃げるの?
耳から空気へ逃げる熱の量を、いちばん基本の式で見積もります。耳の広さや風の当たり方は個体や状況で変わるので、ここでの数値は「しくみを知るための目安」です。
| 記号で書くと | Q = h × A × (T耳 − T空気) |
| 言葉で書くと | 逃げる熱 = 熱の伝わりやすさ × 耳の広さ × 耳と空気の温度差 |
| どこから来る式か | 表面から空気へ移る熱は、温度差と広さに比例する、という経験則(ニュートンの冷却の法則)。風が強いほど熱の伝わりやすさが大きくなる |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| Q | 1秒あたりに耳から逃げる熱(単位はワット) |
| h | 熱の伝わりやすさ(1平方メートル・1℃あたり何ワットか) |
| A | 耳の表面の広さ(両耳の表と裏の合計、平方メートル) |
| T耳、T空気 | 耳の表面の温度と、まわりの空気の温度(℃) |
| 熱の伝わりやすさ(耳をあおいで風を受けるとき、見積もりに使う値) | 1平方メートル・1℃あたり 20 ワット |
| 耳の表面の広さ(大きなアフリカゾウを想定した仮の値) | 4 平方メートル |
| 耳の表面の温度(血管が広がっているとき) | 35 ℃ |
| まわりの気温 | 25 ℃ |
| 体重5トンのゾウが休んでいるときに作る熱(見積もり) | およそ 2000 ワット |
| 耳と空気の温度差 | 35 − 25 = 10 |
| 伝わりやすさ × 広さ | 20 × 4 = 80 |
| 耳から逃げる熱(ワット) | 80 × 10 = 800 |
| 体が作る熱に対する割合 | 800 ÷ 2000 = 0.4 |
| 気温33℃のときの温度差 | 35 − 33 = 2 |
| そのとき逃げる熱(ワット) | 80 × 2 = 160 |
| 体が作る熱に対する割合 | 160 ÷ 2000 = 0.08 |
気温25℃なら、耳だけで体の熱の4割ほどを捨てられる計算です。電気ストーブ1台に近い熱を、耳から出し続けているイメージです。ところが気温が33℃になると、同じ耳でも1割に届きません。暑くなるほど耳を振る回数が増えるのは、伝わりやすさを少しでも上げて、縮んでいく温度差を補おうとしているのだと考えられます。
高校高校+体の大きさと、熱のつり合い
高校恒温動物の体温は、体の中で作られる熱と、外へ捨てる熱がつり合うことで保たれています。暑い環境では、汗や呼吸で水を蒸発させる「蒸発による放熱」と、皮膚から空気へ熱を渡す放熱を組み合わせます。気温が皮膚の温度に近づくと後者は効かなくなり、蒸発だけが頼りになります。
高校+体の長さが何倍かになると、表面積はその2乗、体積は3乗で増えます。これを二乗三乗の法則と呼ぶことがあります。体積あたりの表面積(比表面積)は、体が大きいほど小さくなります。実際の動物では、体重あたりの熱の生産も大きい動物ほど少なくなりますが、それでも表面の減り方には追いつかないとされています。
大学熱伝達率と、耳の中の血の流れ
上の式の伝わりやすさは、伝熱工学では熱伝達率と呼ばれ、風の速さや板の大きさから、ヌセルト数やレイノルズ数を使って見積もります。耳をあおぐと、耳のまわりの空気の流れが強制対流になり、熱伝達率が大きくなります。また動物生理学では、ゾウの耳のように血流を変えて放熱量を調節できる部位を「熱の窓」と呼び、赤外線による体表温度の測定で調べられています。体の大きさと代謝量の関係は、クライバーの法則として知られています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ニュートンの冷却の法則(ウィキペディア) / 熱伝達率(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 耳は、全体の放熱の何割を担っているのか。 耳の広さ、血流、風の条件によって見積もりは大きく変わり、野生のゾウが一日のうちでどれだけ耳に頼っているかは、まだ詳しく分かっていません。
- 耳の血流を、どう細かく調節しているのか。 血管を広げたり縮めたりしていることは分かってきましたが、その切りかえの合図やしくみは研究が続いています。
- 暑くなる気候に、ゾウは耐えられるのか。 気温が耳の温度をこえる日が増えると、水場の有無がますます重要になると考えられ、行動や生息地への影響が調べられています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の計算も、仮の値を置いた見積もりにすぎません。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「熱の伝わり方」「動物のなかま」 | 対流による熱の移動、恒温動物 |
| 高校 | 生物「恒常性」、物理「熱」 | 熱のつり合いで体温が保たれること |
| 高校+ | 生物の発展(生物の地理的な変異) | アレンの法則、二乗三乗の法則 |
| 大学 | 動物生理学、伝熱工学 | 熱伝達率、強制対流、熱の窓 |
| 研究 | 動物の体温調節の研究 | 耳の放熱の割合、血流の調節 |
| ― | 生活とのつながり | うちわ・扇風機が涼しい理由、ぬれた肌があおぐと冷える理由 |
- Phillips, P. K. & Heath, J. E. (1992) Heat exchange by the pinna of the African elephant (Loxodonta africana). Comparative Biochemistry and Physiology Part A
- Weissenböck, N. M. et al. (2010) Thermal windows on the body surface of African elephants (Loxodonta africana) studied by infrared thermography. Journal of Thermal Biology
- Martins, A. F. et al. (2018) Locally-curved geometry generates bending cracks in the African elephant skin. Nature Communications
- アレンの法則(ウィキペディア)
- Schmidt-Nielsen, K. (1984) Scaling: Why Is Animal Size So Important? Cambridge University Press
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。動物園や野生の動物を観察するときは、施設の決まりや係員の指示に従ってください。