たまごの黄身は、なぜ振っても真ん中からずれにくいの?
― 白身とほぼ同じ密度と、2本の「ひも」がつくる均衡
自転車の前カゴに卵パックをのせて、少しでこぼこの道を走って帰る。信号待ちのたびにガタガタ揺れて、家に着くころには「黄身、片側に寄ってないかな」と少し心配になります。ところが割ってみると、黄身はたいてい丸いまま、ほぼ真ん中に収まっています。そこには、ちゃんとした理由があります。
買い物袋に入れた卵パックを提げて、少し急ぎ足で家まで歩く。信号待ちのたびに袋がぶらぶら揺れ、段差でガタンと跳ねることもあります。
水の入ったビニール袋なら、揺らせば中身は簡単に片側へ寄ってしまいます。では卵の中の黄身はどうでしょうか。実際に割ってみると、黄身はたいてい丸いまま、ほぼ真ん中に収まっています。液体を揺らしたときのようには、そう簡単に動きません。
殻を割るまで中は見えないのに、黄身はいつも同じような場所に落ち着いている。まるで、殻の中で位置を保つ仕組みがあるかのようです。
真ん中にとどまる理由は、2つだけ
黄身と白身は、実はほとんど同じ「濃さ」(密度)です。浮こうとする力と沈もうとする力がほぼ打ち消し合うので、黄身を動かそうとする力そのものが、もともととても小さいのです。
白身の中には、卵の両端と黄身を結ぶ、白くねじれた2本のひもがあります。これがチャラザといいます。黄身がふらつかないよう、ほぼ真ん中に引き止めています。
この2つがそろって、はじめて黄身は「軽い衝撃くらいでは動かない」という状態になります。順番に見ていきましょう。
理由1:黄身と白身は、ほとんど「同じ濃さ」
「濃さ」というのは、理科でいう密度(同じ体積あたりの重さ)のことです。たとえばサラダ用に油と酢のドレッシングを作ると、しばらくして上下にきれいに分かれます。油のほうが水(酢の主成分)よりずっと軽い、つまり密度がずっと小さいからです。
では、卵の中の黄身と白身はどうでしょうか。黄身の密度は、白身の密度とほとんど変わらないとされています。文献によって多少の幅はありますが、黄身がおよそ1.030[g/mL]、黄身を包む濃厚卵白がおよそ1.036[g/mL]前後という値が目安として使われます。差はわずか0.006ほどです。
密度がこれほど近いと、浮こうとする力と、重さで沈もうとする力が、ほとんど打ち消し合います。ドレッシングの油のように、はっきり分かれて浮き上がったり沈んだりすることはありません。
殻を割ると、黄身をすぐ包む、粘り気の強い白身と、外側のさらさらした白身があるのに気づきます。粘り気の強いほうを濃厚卵白、さらさらしたほうを水様卵白といいます。濃厚卵白は黄身に近いところで壁のような役目を果たし、水様卵白は殻の内側に沿って広がっています。
理由2:チャラザという、2本の「ひも」
ただし、密度だけでは足りません。密度が近くても力がゼロというわけではなく、揺すられたときに生まれる小さな力はあります。それを受け止めているのが、チャラザです。
チャラザは、卵の両端と黄身を結ぶ、白い糸のようならせん状の構造です。白身のたんぱく質がねじれてできていて、ちょうど釣り糸のように、黄身を両側からピンと引っ張っています。
ねじれていることにも意味があります。まっすぐな1本のひもだけでは、黄身は横に回転するように動いてしまいますが、2本がねじれて両端に固定されていると、黄身は横滑りも回転もしにくくなります。
ゆで卵の黄身を、きれいな真ん中にする裏ワザ
ラーメンの煮卵や、断面のきれいな味玉を作るとき、「ゆで始めのしばらくの間、菜箸などで卵を軽く転がし続けるとよい」と言われることがあります。なぜ、ただゆでるだけでなく転がす必要があるのでしょうか。
これも、黄身が浮きも沈みもしにくい性質と関係しているとされています。生の状態では、黄身はチャラザに支えられて、すでにだいたい真ん中にあります。ゆで始めの数分は白身がまだ固まりきっておらず、卵をゆっくり回転させると、黄身がその中心の位置により均等に留まりやすくなるといわれています。白身が完全に固まってしまえば、その時点の黄身の位置でそのまま固定されます。だから「初めの数分だけ転がす」ことに意味があるとされます(白身が固まっていく過程についてはこちらの記事で詳しく説明しています)。
台所で確かめられること
- コップやボウルに水を張り、生卵をそっと沈めてみる
- 横倒しにすんなり沈むなら新しい卵、丸い端を持ち上げて斜めや縦気味に浮くなら、少し日にちが経った卵
卵の丸い端には、内側の膜の間にわずかな気室があります。殻には目に見えない小さな穴が無数にあり、そこから少しずつ水分が蒸発するとされています。日がたつほど気室が大きくなり、浮力が増して丸い端が持ち上がるのです。これは黄身の位置とは別の仕組みですが、同じ「浮き沈み」の理屈で説明できます。ちなみに、日がたった卵ほどチャラザの張りも弱まり、白身もゆるくなっていくとされ、黄身が真ん中からずれやすくなります。「新しい卵ほど黄身が丸く真ん中にある」というのは、目の錯覚ではないのです。
まとめ
黄身が真ん中からずれにくいのは、2つのことが同時に働いているからです。①黄身と白身の密度がほとんど同じで、動かそうとする力自体が小さいこと。②チャラザという2本のねじれたひもが、その小さな力を支えていること。
黄身は、強い力で固定されているのではありません。
そもそも動かす力がほとんどない場所に、そっと係留されているだけなのです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品科学・畜産学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:卵の中の言葉
- 密度:同じ体積あたりの重さ。ここでは黄身と白身の「濃さ」を比べる基準として使います。
- チャラザ:黄身と卵の両端を結ぶ、白くねじれた2本のひも状の構造。
- 濃厚卵白・水様卵白:黄身のまわりの粘り気の強い白身と、外側のさらさらした白身。
- 気室:卵の丸い端にある、殻の内側のわずかなすきま。時間とともに大きくなります。
- 胚盤(はいばん):黄身の表面にある小さな円い模様で、将来ひよこになる部分の入り口。受精・未受精にかかわらず存在します。
中学高校式で確かめる:チャラザが支えている力は、どれくらい小さいのか
「密度がほとんど同じ」と聞いても、それがどれくらい小さな力なのか、実感はわきにくいものです。ここは計算で、はっきりした数字が出ます。
正味の力 = (白身の密度 − 黄身の密度) × 黄身の体積 × 重力加速度
| 正味の力 | チャラザが支える必要のある、残りの力[N] |
| 白身の密度・黄身の密度 | どちらも水とほぼ同じ、1.03前後[g/mL] |
| 黄身の体積 | Lサイズの卵でおよそ17[mL] |
| 重力加速度 | 9.8[m/s²] |
ポイントは、密度の「差」だけが効くということです。もし黄身と白身の密度がまったく同じなら、正味の力はゼロになります。実際にはごくわずかな差が残っているので、力もわずかに残ります。
| 黄身と白身の密度差 | 1.036 − 1.030 = 0.006 [g/mL] |
| SI単位(kg/m³)に直す | 0.006 × 1000 = 6 [kg/m³] |
| 正味の力(浮力と重さの差) | 6 × 9.8 × 0.000017 ≒ 0.001 [N] |
| グラム重(gf)に直す | (0.001 ÷ 9.8) × 1000 ≒ 0.1 [gf] |
出てきたのは、0.1グラム重(gf)という、とても小さな値です。黄身の重さそのもの(およそ17gf)と比べると、ごくわずかな端数にすぎません。
0.1gfは、1円硬貨(1g)の、10分の1ほどの重さです。チャラザが支えなければならないのは、この程度の力にすぎません。
言いかえると、黄身の重さの99%以上は、白身の浮力がすでに肩代わりしています。チャラザは、残ったわずかな端数を支えているだけです。だからこそ、あれほど細いひもでも、黄身をほぼ真ん中に留めておけるのです。
高校+大学黄身は、自分で「向き」を直している
ここまでは、黄身が横にずれない話でした。実はもうひとつ、黄身には面白い性質があります。黄身の表面には胚盤と呼ばれる小さな円い模様がありますが、卵をどんな向きに置いても、この胚盤はほぼ常に真上を向くとされています。
理由として考えられているのは、黄身の内部の構造です。黄身の中心には、まわりよりわずかに密度の低い部分が、胚盤へとつながる細い通路を作っているとされ、この部分はラテブラと呼ばれます。まわりより軽いラテブラが浮き袋のようにはたらき、密度の低いラテブラ側(胚盤側)が上を向くように、黄身をゆっくり回転させると考えられています。
この「自分で向きを直す」性質は、重心が偏った物体が水の中でゆっくり一定の向きに落ち着いていくのと似た理屈です。チャラザは、この向きが保たれるように、黄身が回転しすぎないよう横からも支えていると考えられています。
研究まだよくわかっていないこと
- 黄身が「胚盤を上に向ける」までの正確な時間や、回転の速さを決める力の大きさは、精密には測定されていません。黄身を割らずに内部の動きを観察するのが難しいためです。
- チャラザが古い卵ほど弱くなる、という経験則はよく知られていますが、その劣化がどのようなタンパク質の変化によって起きているのか、時間や保存温度との関係を定量的に示したデータは限られています。卵の鮮度を測る指標(白身の高さから計算するハウユニットなど)は広く使われていますが、チャラザの強さそのものを手軽に測る方法は、まだ確立していません。
- 輸送中の振動で、黄身を支えるひもや膜がどの程度傷むかは、食品工学・畜産学の分野で研究が続いている話題です。長距離輸送や自動選別の工程で、卵がどれくらいの振動に耐えられるかは、生産現場でも関心が持たれています。
台所で毎日目にしている黄身も、その動きの細部は、いまも研究の対象です。身近さと、わかっているかどうかは、別のことです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・密度/浮力 | 黄身と白身の密度、浮こうとする力と沈もうとする力 |
| 高校 | 物理基礎・力のつり合い/化学基礎・密度と混合物 | 正味の力の計算、密度差の考え方 |
| 高校+ | 生物・発生と器官形成(教科書でコラム的に扱われることがある) | 胚盤、黄身の自己回転 |
| 大学 | 食品科学・畜産学(卵の品質評価) | ラテブラ、チャラザの強度、ハウユニットによる鮮度評価 |
| 研究 | 卵の品質評価・食品工学(未解決) | チャラザ劣化の定量化、輸送振動への耐性 |
| ― | 家庭の知恵 | ゆで卵の黄身を中央に寄せる工夫、鮮度を見分ける沈み方テスト |
- 日本卵業協会等による、卵の構造(卵殻・卵殻膜・気室・卵白・チャラザ・卵黄)に関する解説資料。
- Stadelman, W.J. & Cotterill, O.J. (eds.), Egg Science and Technology(卵白・卵黄の密度、チャラザの構造に関する記載)。
- Haugh, R.R. (1937), A New Method for Determining the Quality of an Egg, U.S. Egg and Poultry Magazine(白身の高さによる鮮度評価の原典)。
- Romanoff, A.L. & Romanoff, A.J., The Avian Egg(卵黄の構造、ラテブラと胚盤の位置関係に関する記述)。
- 各種食品成分・栄養に関する公的データベースによる、卵の密度・成分値の目安。
※ 密度・体積などの数値は、卵の大きさや個体差、文献によって幅があります。本記事では一般に用いられる目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。卵の密度や体積などの数値は文献により幅があり、しくみを理解するための目安として示しています。