⚠ 命を守る科学 🌾 食と農 予備知識なしでOK 読了 約8分

ひと晩おいたカレーで、なぜ食中毒が起きるの?
― 煮ても死なない菌が、冷めていく鍋の中で目を覚まします

「ぐつぐつ煮込んだのだから、菌はもう死んでいるはず」。そう考えるのは自然です。ところが、煮込み料理の菌の中には、熱に耐える殻にこもって生き残るものがいます。そして大きな鍋は、その菌にとって居心地のよい温度を、何時間もかけてゆっくり通り過ぎていきます。

公開:2026.09.17 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

週末に、大きな鍋いっぱいのカレーを作りました。夕食で半分ほど食べ、残りは火を止めて、ふたをしたままコンロの上に置いておきます。

翌日のお昼、もう一度火にかけて温め直しました。においも見た目も、いつもと変わりません。

ところが夕方になって、家族の何人かがお腹を痛がり、下痢をしはじめました。「ちゃんと温め直したのに、どうして?」。この疑問の答えは、鍋の中の温度と空気にあります。

理由は2つだけ

1
煮ても死なない「殻」にこもる菌がいる

原因になりやすいのは、ウェルシュ菌という菌です。この菌は、厳しい環境になると、かたい殻をかぶった休眠の姿になります。この姿は煮込みの熱にも耐えます。しかも、空気の少ない場所を好む菌です。

2
大きな鍋は、なかなか冷めない

量の多い煮込み料理は、冷めるのにとても時間がかかります。菌がいちばん増えやすいぬるい温度に、何時間も留まります。室温に置いたままなら、いつまでもその温度帯から抜け出せません。

つまり、「煮込んだから安全」と「ひと晩おいても平気」は、別々に考える必要があります。順番に見ていきましょう。

煮込んでも、殻にこもった菌は生き残る

ウェルシュ菌は、土や水、人や動物の腸の中など、ごくありふれた場所にいる菌です。肉や野菜にも、ふつうに少しついているとされています。

この菌のふしぎなところは、2つの姿を持つことです。ふだんの活発な姿は、熱に弱く、加熱するとほとんど死にます。ところが、居心地が悪くなると、菌は自分の中に分厚い殻をつくって閉じこもります。この殻にこもった姿を「芽胞(がほう)」といいます。芽胞は種のようなもので、増えも食べもしないかわりに、熱や乾燥にとても強いのです。100℃で煮込んでも、芽胞の一部は生き残るとされています。

さらに、この菌は酸素が苦手です。煮込んでいるあいだ、鍋からは泡がさかんに出ます。泡といっしょに、水に溶けていた空気も追い出されます。カレーやシチューはとろみが強いので、火を止めたあとも、表面から空気がなかなか染みこみません。図1を見てください。鍋の底のほうは、酸素が苦手な菌にとって、ちょうどよい場所になっているのです。

左:煮込んでいるとき(約100℃) 泡といっしょに空気が抜ける ◎ 殻にこもった菌(芽胞)は生き残る 冷める 右:ひと晩おいたぬるい鍋 表面の近くにだけ、少し空気が入る 点線より下:空気がほとんど無い ● 殻から目覚めた菌が、底のほうで増える
図1:左の鍋は煮込み中で、上向きの矢印のとおり泡といっしょに空気が抜けていきます。液の中の二重丸は、殻にこもって生き残った菌です。右の鍋はひと晩おいたもので、表面の灰色の層にだけ空気が入り、点線より下はほとんど空気がありません。その下のほうで、小さな点で示した菌が増えます。

大きな鍋は、ぬるい温度に何時間も留まる

芽胞は、温度が下がってくると殻を破り、ふたたび活発な姿に戻ります。そこからが問題です。ウェルシュ菌は、40℃台の温度でとくに速く増えます。条件がそろうと、およそ10分ごとに数が2倍になるとされています。ほかの多くの食中毒の菌より、ずっと速いペースです。

一方で、鍋いっぱいの煮込み料理は、驚くほど冷めません。水をたくさん含んだ料理は熱をたっぷりためこみます。そのうえ熱が逃げられるのは、鍋の表面と側面だけです。量が2倍になっても、熱の出口は2倍には増えません。だから大きな鍋ほど、冷めるのが遅くなります。

図2は、その温度の下がり方をイメージにしたものです。大きな鍋のまま室温に置くと、菌が増えやすい温度帯に何時間も留まります。部屋の温度そのものがこの帯の中にあるので、朝になっても抜け出せません。小分けして急いで冷ました場合は、帯の中にいる時間がずっと短くなります。

火を止めてからの鍋の中の温度(イメージ) 菌が増えやすい温度帯(約50〜15℃) 100℃ 50℃ 15℃ 0℃ 0 2時間 4時間 6時間 8時間 火を止めてからの時間 → 実線:大鍋の まま室温に 点線:小分け して急冷
図2:横軸は火を止めてからの時間、縦軸は鍋の中の温度です。上下の破線ではさんだ帯が、菌の増えやすい温度帯です。太い実線(大鍋のまま室温)は帯に入ったまま右端まで抜け出しません。点線(小分けして急いで冷ます)は、左端の近くで帯をすばやく通り抜けます。数値は説明のためのイメージです。

温め直しても、なぜ安心できないの?

増えた活発な菌の多くは、しっかり温め直せば弱ります。ただし、とろみのある鍋は中まで熱が届きにくく、表面が煮立っても底や真ん中がぬるいままのことがあります。また、殻にこもった芽胞は、温め直しでも残ります。そのため、「ひと晩おいて増やしてから、温め直して帳消しにする」という考え方は当てにできません。大切なのは、そもそも増やさないことです。

💡 においや味では分かりません

この菌が増えても、においや見た目、味はほとんど変わらないとされています。「においをかいで大丈夫だったから」は、判断の材料になりません。

💡 学校や施設の給食で起きやすい理由

この食中毒は、一度に大量に作る給食や仕出し弁当、行事の炊き出しなどで、多くの人が同時に発症する例が知られています。量が多いほど鍋が冷めにくいという、この記事のしくみそのものです。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ 子どもにも伝えられる、3つのこと
  1. 残ったら、浅い容器に小分けするうすく広げるほど、早く冷める
  2. 冷ましたら、すぐ冷蔵庫へ鍋のままコンロの上でひと晩おかない
  3. 食べる前は、底からかき混ぜてしっかり温める表面だけ煮立っても、中はぬるいことがある
⚠ 冷まし方と、具合が悪くなったとき

急いで冷ますときは、浅い容器に分け、鍋ごと水や氷水を張ったボウルに当てます。風通しのよい涼しい場所に置き、ときどきかき混ぜると早く冷めます。粗熱が取れたら、冷蔵庫へ入れてください。

ウェルシュ菌の食中毒は、食べてから半日ほどで腹痛や下痢が出て、多くは1〜2日で回復するとされています。ただし、小さな子どもや高齢の方は脱水になりやすく、注意が必要です。水分がとれない、ぐったりしている、血の混じった便が出るといったときは、自己判断で様子を見ずに医療機関を受診してください。意識がはっきりしない、呼びかけに反応が鈍いといった場合は、119番へ通報します。吐いたものや便の片付けでは、その場を離れる前に手をよく洗ってください。

まとめ

ひと晩おいたカレーの食中毒は、煮込みが足りなかったから起きるのではありません。煮込みに耐える殻にこもった菌が、空気の抜けた鍋の底で、ゆっくり冷めるあいだに目を覚まして増えるからです。防ぐ鍵は、加熱よりも「冷まし方」にあります。

煮込みは、菌をすべて退治する作業ではありません。
危ないのは、そのあとのぬるい何時間かです。

菌が食べ物を変えていく話は発酵と腐敗は、何が違うの?でも扱いました。100℃では足りない加熱の話は富士山ではご飯がうまく炊けないのに、圧力鍋だと早く煮えるのはなぜ?が詳しいです。反対に、菌が増えられない食べ物の例ははちみつは、なぜ腐らないの?をどうぞ。

🧪 台所で確かめられること(熱いものを扱うので、大人といっしょに)
  1. 同じ温度のお湯を、深い鍋と浅いお皿に同じ量ずつ入れます。熱すぎない50℃くらいのお湯で十分です。
  2. 料理用の温度計で、10分ごとに両方の温度を測って記録します。深い鍋は、真ん中あたりの深さで測ります。
  3. 1時間たったら、2つの温度を比べます。量は同じなのに、浅いほうがずっと早く冷めていることが分かります。

※ 実際の料理を室温に置いて試すのはやめてください。お湯だけで、冷め方のちがいは十分に確かめられます。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「生物基礎・家庭基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(微生物学・食品衛生学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:ぬるい3時間で、菌は何倍になるのか

いちばん増えやすい温度に、3時間留まった場合を考えます。菌の数が2倍になるのにかかる時間を「世代時間」と呼び、単位は分です。条件がそろったときの値を使うので、実際の鍋ではこれより遅くなることが多いと考えてください。

① もとになる数値
世代時間(条件がそろったとき)約10分とされる
1時間あたりに2倍になる回数6回。2を6回かけると64倍
はじめに1グラムあたりにいた菌(仮の値)10個
食中毒の目安とされる数(1グラムあたり)10万個以上
② 計算してみる
2時間で何倍か64 × 64 = 4096
3時間で何倍か4096 × 64 = 262144
3時間後の1グラムあたりの数10 × 262144 = 2621440
目安の何倍に達したか2621440 ÷ 100000 ≒ 26

はじめは1グラムに10個しかいなくても、理想的な条件なら3時間で約260万個になり、目安の約26倍に達する計算です。実際の鍋では温度がずっと最適ではないので、ここまで速くはありません。それでも、図2の実線のように何時間も帯の中にいれば、ひと晩で危険な数に届きうることが分かります。

高校高校+なぜ大きな鍋は冷めにくいのか

高校ためこんだ熱の量は、料理の体積(重さ)に比例します。一方、熱が逃げていく量は、空気や鍋肌に触れている表面の広さに比例します。形を保ったまま大きさを2倍にすると、体積は8倍、表面積は4倍になります。熱の出口が入れ物の中身に追いつかないため、冷めるまでの時間は2倍以上に延びます。

高校+さらに、とろみの強い料理は中で液が動きにくく、熱は主に伝わる力だけで運ばれます。さらさらのスープのように、温かい液が上へ、冷えた液が下へと入れかわる動きが起きにくいのです。このため中心部がとくに冷めにくくなります。浅い容器に分けると、中心から表面までの距離そのものが短くなるので、効果が大きくなります。

大学芽胞の目覚めと、腸の中で出る毒素

芽胞は、加熱による刺激でかえって目覚めやすくなることが知られており、これを熱活性化と呼びます。煮込みは、生き残った芽胞に「目覚めの合図」を与える面もあるわけです。ウェルシュ菌の食中毒は、増えた菌を大量に食べることで起こります。菌が腸の中でふたたび芽胞をつくるとき、腸に作用する毒素(エンテロトキシン)を出し、これが腹痛や下痢の原因になるとされています。食べ物の中で毒素がつくられて起きる型の食中毒とは、しくみが異なります。

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ただし「小分けして早く冷やす」という対策は、しくみの細部がどう明らかになっても変わらない、確かな方法とされています。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科「生物と環境(微生物のはたらき)」菌が土や腸にいる、酸素の好み
高校家庭基礎「食の安全」、物理基礎「熱」冷まし方、体積と表面積
高校+熱の伝わり方の発展とろみのある料理の中心が冷めにくい理由
大学微生物学・食品衛生学芽胞の熱活性化、腸内での毒素
研究芽胞の発芽機構・病原性の研究目覚めの合図、発症に必要な数
生活とのつながり作り置き、お弁当、行事の炊き出し
参考・出典
  1. 厚生労働省「ウェルシュ菌食中毒」に関する一般向け解説資料
  2. 農林水産省「カレーやシチューなどの煮込み料理でのウェルシュ菌による食中毒」に関する消費者向け解説
  3. 東京都保健医療局「食品衛生の窓」ウェルシュ菌の解説
  4. 国立感染症研究所「ウェルシュ菌感染症」に関する解説
  5. 日本食品衛生協会 編『食中毒予防必携』

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。食品の取り扱いは、保健所・自治体・消防等の指示に従ってください。体調に異変があるときは、自己判断せず医療機関に相談してください。