⚠ 命を守る科学 熱 予備知識なしでOK 読了 約7分

服に火がついたら、なぜ走らずに「止まって・倒れて・転がる」の?
― 炎の熱は、立った体にそって顔へ駆けのぼります

袖に火が移ったら、だれでも走って逃げたくなります。けれども、それがいちばん危ない動き方です。炎の熱いガスは、まっすぐ上へのぼります。立っている人の体は、その通り道にぴったり重なっています。横になるだけで、熱は体から離れて空へ抜けていきます。

公開:2026.11.03 難易度:★☆☆(予備知識なしで読めます) 数式が出てくるのは最後の折りたたみだけ
まず、こんな場面を思い浮かべてください

寒い夜、ガスコンロで鍋を温めています。奥の調味料を取ろうと、ふわふわのフリースを着た腕を、火の上へ伸ばしました。

ふと見ると、袖口がオレンジ色に光っています。炎は、思ったよりずっと速く腕を這いあがってきます。

頭に浮かぶのは「水のあるところまで走ろう」です。ところが消防は、まったく逆のことを教えています。その場で止まり、倒れて、転がりなさい、と。

走ってはいけない理由は2つだけ

1
熱いガスは真上へのぼる

炎のまわりの空気は熱くて軽く、まっすぐ上へ流れます。立っていると、袖やすその炎の熱が、胸から顔へそのままのぼってきます。

2
走ると空気を送りこむ

火は空気の中の酸素で燃えています。走ると、うちわであおぐのと同じで、新しい空気がどんどん炎に届きます。

「止まって・倒れて・転がる」は、この2つをまとめて断つ動き方です。倒れると、熱の通り道から顔が外れます。転がると、燃えている面が床に押しつけられ、空気が届かなくなります。

立っている体は「煙突」になっている

炎の正体は、光っている熱いガスです。熱いガスはまわりの空気より軽いので、浮かびあがります。お風呂でお湯の上のほうが熱くなるのと同じしくみです。

立っている人の体は、縦に長い筒のような形です。すそや袖で燃えた熱いガスは、体の表面にそってのぼります。のぼる途中で、上にある布を次々に温めます。温まった布は燃えやすくなり、そこに火が移ります。こうして炎は、下から上へ加速しながら広がります。

布を縦につるして下の端に火をつけると、炎は上へ一気に走ります。上の端に火をつけた場合は、下へはゆっくりとしか進みません。熱の行き先が上だからです。

図1を見てください。つまみで体の角度を変えると、熱いガスに包まれる体の長さが変わります。立っているときは、炎から上の体がまるごと熱の中です。寝転がると、熱いガスは体から離れて空へ抜けていきます。

床 熱いガスに包まれる体の長さ 約100 cm 帯:炎から真上へのぼる熱いガス 赤い太線:ガスに包まれる部分 黄色:燃えている袖・すそ 立つ(90度):炎の熱が、胸から顔へ 寝る(0度):熱は体から離れ、上の空へ
つまみを左へ動かすと、体が寝ていき、熱に包まれる部分が短くなります
図1:服の炎と、体の角度の関係。中央の太い棒が人の体、上の丸が頭です。黄色い楕円が燃えている所で、そこから上へのびるオレンジ色の帯と点線の矢印が、のぼっていく熱いガスです。立っていると、赤い太線のように炎より上の体がまるごと帯の中に入ります。つまみで体を寝かせると、体は帯から外れ、赤い太線は20cmほどまで短くなります。

走ると、炎に空気を配達してしまう

もう1つの理由は空気です。炎が燃え続けるには、まわりから酸素が届き続ける必要があります。じっとしていても、のぼる熱いガスに引かれて、下から新しい空気が入ってきます。

走ると、これに向かい風が加わります。たき火をうちわであおぐと勢いが増すのと同じです。しかも走っている本人には、背中や腕の炎の様子が見えません。水のある場所に着くころには、炎はずっと大きくなっています。

転がるのは、この空気を断つためです。燃えている面を床に押しつけると、その面には酸素が届きません。転がって向きを変えるたびに、別の面も押しつけられます。左右に数回ずつ転がり、火が消えるまで続けます。

💡 ふわふわの服は「表面だけ」一瞬で燃えることがある

綿やレーヨンを起毛させた服や、毛足の長い服は、表面の細い毛に火が触れると、炎が表面を一瞬で走ることがあります。「表面フラッシュ」と呼ばれる現象で、消防が注意を呼びかけています。細い毛は軽くてすぐ熱くなり、まわりに空気もたっぷりあるからです。調理のときは袖口のしまった服を選び、火の向こうへ腕を伸ばさない置き方にしておくと安心です。

じゃあ、どうすればいいの?

✅ 服に火がついたら、この3つ
  1. 止まる走らない。あわてて走ると、炎に空気を送りこみ、熱が顔へのぼります。
  2. 倒れるその場で床に横になり、両手で顔をおおいます。顔を熱の通り道から外し、炎を吸いこまないためです。
  3. 転がる燃えている所を床に押しつけるように、左右に転がります。火が消えるまで続けます。
⚠ まわりにいる人ができること

近くの人は、まずコンロやストーブの火を止めて熱源を断ちます。次に、燃えている人に「止まって、寝て、転がって」と大きな声で伝えます。水がすぐ手に届けば、かけて消します。バスタオルや上着は、顔から足の方向へ押しつけて火を包みます。消えたあとも、やけどは水道の流水で冷やし続け、すぐに119番に通報してください。火が家具や壁に移ったら、無理に消そうとせず、全員で外へ逃げてください。

まとめ

炎の熱いガスは真上へのぼります。立った体はその通り道で、袖やすその炎は1秒足らずで顔の高さに届きえます。走れば、炎に空気を送りこみます。止まって倒れると、熱の通り道から顔が外れます。転がると、燃えている面から空気が断たれます。

逃げたいときこそ、その場で横になる。
炎は上へ走り、床の上では息ができません。

炎がなぜ上を向くのかは「ろうそくの炎は、なぜ上に向かって伸びるの?」で、火事の煙から身を低くして逃げる理由は「火事のとき、なぜ姿勢を低くして逃げるの?」で、くわしく解説しています。

🧪 自分で確かめてみよう(火を使わない観察)
  1. やかんでお湯をわかし、口から出る湯気を横から見ます。湯気は、斜めに出ても途中から真上へ曲がっていきます。熱い空気が上へのぼる様子が目で見えます。
  2. 湯気の真上、30cmほど離れた所に手のひらをかざします。同じ距離で、真横に手を置いた場合と熱さを比べます。やけどしないよう、熱いと感じたらすぐ手を引いてください。
  3. 家族で「止まって・倒れて・転がる」を一度、床の上で練習します。両手で顔をおおったまま、左右に転がれるかを試します。

真上だけが熱いと分かれば、立ったままの体がどれほど熱の通り道に入っているか、実感できます。実際に火を使った実験はしないでください。

もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
この先に出てくるラベルの見方
  • 中学中学校の理科で習う範囲
  • 高校高校の「物理基礎・化学基礎」で習う範囲
  • 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
  • 大学高校では習わない、大学の専門科目(燃焼工学・火災工学)の内容
  • 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話

中学用語:この現象には名前があります

中学高校式で確かめる:袖の炎の熱は、何秒で顔に届くか

胸もとの袖で燃えた熱いガスが、50cm上の顔の高さまでのぼる時間を見積もります。熱いガスが受ける浮力から、のぼる速さを出します。

⓪ もとになる式
記号で書くとv = √( 2 × g × h × ( T − T0 ) ÷ T )
言葉で書くとのぼる速さ = 2 × 重力加速度 × のぼった高さ × 「温度差 ÷ 熱いガスの温度」の平方根
どこから来る式か熱いガスが軽い分だけ受ける浮力が、高さ h のあいだに運動エネルギーへ変わる、というエネルギーのつり合い。「温度差 ÷ 温度」は、熱いガスがまわりの空気よりどれだけ軽いかの割合です。
① もとになる数値
重力加速度 g9.8 m/s²
袖から顔までの高さ h0.5 m
炎のすぐ上の熱いガスの温度 Tおよそ 1000 K(約730℃)とします
まわりの空気の温度 T0およそ 300 K(約27℃)
② 計算してみる
2 × 重力加速度2 × 9.8 = 19.6
高さをかける19.6 × 0.5 = 9.8
温度差1000 − 300 = 700
軽さの割合700 ÷ 1000 = 0.7
平方根の中身9.8 × 0.7 = 6.86
顔の高さでの速さ6.86 の平方根は およそ 2.6 m/s
のぼる途中の平均の速さ(はじめは0から加速)2.6 ÷ 2 = 1.3 m/s
顔に届くまでの時間0.5 ÷ 1.3 ≒ 0.38 秒

実際の熱いガスは、まわりの空気を巻きこんで少し冷め、遅くなります。それでも時間はおよそ1秒以内です。「熱いと気づいてから走り出す」より先に、熱は顔の高さに届きます。

③ 実感に直す
秒速2.6m を時速に2.6 × 3.6 ≒ 9.4 km/h

早歩きより速い上向きの風が、体にそって吹きあがっている計算です。寝転がれば、この風は体ではなく、空へ向かって吹きます。

記号意味と単位
v熱いガスののぼる速さ(m/s)
g重力加速度(m/s²)
hのぼった高さ(m)
T熱いガスの温度(K、絶対温度)
T0まわりの空気の温度(K)

高校高校+上向きに燃え広がるのは、なぜ速いのか

高校気体は温度が上がると膨らみ、同じ体積あたりの重さ(密度)が小さくなります。ボイル・シャルルの法則から、圧力が同じなら密度は絶対温度に反比例します。1000Kのガスの密度は、300Kの空気の約3割です。この軽さが浮力となり、熱いガスを押し上げます。

高校+縦の布で炎が上へ進むと、炎の上にある未燃の布が、熱いガスと炎の放射で前もって温められます。温まった布ほど早く燃えだすので、炎は進むほど長くなり、さらに先を温めます。これを「上方への火炎伝ぱ」と呼び、加速する性質があります。下向きの火炎伝ぱでは、熱が進む先と反対側へ逃げるため、ゆっくりで一定の速さになります。

大学拡散燃焼と火災プルーム

服の炎は、燃料(布が熱で分解してできたガス)と空気がまざりながら燃える拡散燃焼です。燃える速さは、空気の酸素が炎へ届く速さで決まります。走ると向かい風で酸素の供給が増え、燃え方が強まります。炎の上の流れは火災プルームと呼ばれ、浮力で立ちのぼりながら周囲の空気を巻きこみます。その速さや温度の変わり方は、浮力プルームの理論や、火災科学のマッカフリーの相関式で表されます。

📖 式の導出や、さらに先の内容:拡散燃焼(ウィキペディア) / 浮力(ウィキペディア)

研究まだはっきりとはわかっていないこと

つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ただ、炎の熱が上へのぼること自体は、まちがいのない基本です。

教科書とのつながり(レベル別)

レベル科目・単元この記事のどこ
中学理科(燃焼と酸素、空気の膨張)燃焼の3要素、走ると空気を送りこむ理由
高校物理基礎(浮力・エネルギー)、化学基礎(気体の法則)熱いガスののぼる速さの式
高校+熱の伝わり方の発展上向きと下向きの燃え広がりの差
大学燃焼工学・火災工学拡散燃焼、火災プルーム
研究火災安全工学・繊維の燃焼性服の素材ごとの燃え広がり、教え方の効果
―生活とのつながり調理の服装、ストーブの近くでの注意、家族での練習
参考・出典
  1. 東京消防庁 広報資料「着衣着火に注意」(止まって・倒れて・転がる、表面フラッシュ現象の注意喚起)。
  2. 消防庁『消防白書』(住宅火災の出火原因と死者の状況)。
  3. D. Drysdale, An Introduction to Fire Dynamics, 3rd ed., Wiley, 2011(上方・下方の火炎伝ぱ、火災プルーム)。
  4. 日本火災学会 編『火災便覧』第4版、共立出版、2018。
  5. 米国防火協会(NFPA)の防火教育資料「Stop, Drop and Roll」。

※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の火災では、消防・自治体等の指示に従ってください。やけどをしたら、自己判断せず医療機関を受診してください。