ブラックホールは、何でも吸い込む「宇宙の掃除機」って本当?
― 太陽がブラックホールに入れかわっても、地球は同じ軌道を回り続けます
ブラックホールは、近くを通るものを片っぱしから吸い込む。そんなイメージを持っている人は多いはずです。ところが実際には、遠くから見たブラックホールの引力は、同じ重さの星とまったく同じです。ブラックホールが特別になるのは、ほんの数キロまで近づいたときだけでした。
映画やアニメで、宇宙船がブラックホールに引き寄せられていく場面。まわりの星や岩も、渦を巻きながら真っ黒な穴へ吸い込まれていきます。
見ているこちらまで、「近づいたら最後、何もかも飲み込まれる」という気分になります。掃除機の口のように、ブラックホールはまわりのものを吸い寄せ続けている。そう思えてきます。
では、もし太陽が突然、同じ重さのブラックホールに入れかわったら、地球は吸い込まれてしまうのでしょうか。答えは「いいえ」です。地球は、いまと同じ道すじを、同じ1年で回り続けます。
「吸い込まない」理由は2つだけ
引力の強さは、相手の重さと、相手までの距離だけで決まります。重さが同じなら、星でもブラックホールでも、離れた場所での引力は同じです。ブラックホールだからといって、引力が強くなるわけではありません。
宇宙にあるものは、たいてい横向きの速さを持っています。横に動くものは、引っぱられても真っすぐには落ちず、まわりを回ります。地球が太陽に落ちないのと同じ理由で、ブラックホールにも簡単には落ちません。
掃除機は、空気の圧力の差を使って、ものを口の中へ押し込む機械です。ブラックホールにはそんなしかけはありません。ふつうの星と同じ引力が、ただ一点にぎゅっと集まっているだけです。
太陽をブラックホールに取りかえても、地球の1年は変わらない
図1を見てください。左はいまの太陽と地球、右は太陽を同じ重さのブラックホールに取りかえた想像図です。太陽の重さを1か所に押し縮めると、半径およそ3キロメートルの球になります。直径でいえば、小さな町くらいの大きさです。
大きさは劇的に変わりますが、重さは変わりません。地球から見た「中心の重さ」と「中心までの距離」が同じなので、地球が受ける引力も同じです。地球の軌道も、1年の長さもそのままです。変わるのは、昼が来なくなって地球が凍えていくことだけです。
ブラックホールに落ちるのは、むしろ難しい
地球は、秒速およそ30キロメートルで太陽のまわりを回っています。太陽に落ちるには、この横向きの速さをほとんど打ち消さなければなりません。太陽系の外へ飛び出すほうが、加える速さが少なくて済むとされています。太陽へ向かう探査機が、何度も惑星のそばを通って減速するのはこのためです。
ブラックホールのまわりのガスも同じです。ガスは渦を巻きながら少しずつしか内側へ進めず、平たい円盤をつくります。円盤の中ではガスどうしがこすれ合い、何百万度にも熱くなって強く光ります。皮肉なことに、ブラックホールの多くは、この「落ちきれないガス」の光によって見つかっています。
本当に特別なのは、ほんの数キロの内側だけ
では、ブラックホールの何がすごいのでしょうか。それは、普通の星では入れない「中心のすぐ近く」まで近づけることです。星の表面より内側は星の中身なので、引力がそれ以上強くなりません。ところがブラックホールは小さいので、重さを保ったまま、中心へいくらでも近づけます。
図2のつまみで、中心からの距離を変えてみてください。その場所から抜け出すのに必要な速さが表示されます。太陽の表面と同じ距離なら秒速およそ620キロメートルで、光の速さの0.2%ほどにすぎません。半径約3キロメートルまで近づくと、必要な速さがちょうど光の速さになります。光さえ出てこられない境目、これがブラックホールの「黒さ」の正体です。
図1はあくまで想像の実験です。ブラックホールになるのは、太陽よりずっと重い星が一生を終えたときだと考えられています。太陽は約50億年後に膨らんだあと、地球ほどの大きさの白い星(白色矮星)として静かに冷えていくとされています。
2022年には、ガイア衛星の観測から、約1500光年先に太陽の約10倍の重さのブラックホールが見つかったと報告されました。太陽に似た星が、その周りを回っていたのです。光の速さでも1500年かかる距離なので、地球に影響が届く心配はありません。
まとめ
ブラックホールの引力は、遠くから見れば同じ重さの星と変わりません。そのうえ横向きに動くものは、落ちずにまわりを回ります。ブラックホールが特別なのは、普通の星では入れない中心のすぐ近くまで、重さを保ったまま近づけることでした。
ブラックホールは、掃除機ではない。
怖いのは引力の強さではなく、近づける近さのほうです。
地球がなぜ太陽に落ちないのかは「宇宙ステーションで体が浮くのは、重力がないからって本当?」で、重い星の行き着く先のひとつは「中性子星は、小さじ1杯で10億トン以上あるって本当?」で読めます。
- 大きめのボウルやサラダボウルを用意し、ふちからビー玉を中心へ向けて真っすぐ転がします。ビー玉はすぐに底へ落ちます。
- 次に、ふちに沿って横向きに勢いよく転がします。ビー玉はボウルの内側をぐるぐる回り、なかなか底に着きません。
- 何周で底に着くか数えてみましょう。横向きの勢いを強くするほど、回る回数が増えるはずです。
ボウルの形は引力の形を正確に表したものではなく、あくまでたとえです。それでも「横に動いているものは、中心へ引かれても落ちずに回る」という感覚はつかめます。ビー玉が少しずつ底へ近づくのは、こすれて勢いを失うからで、円盤のガスがこすれ合って内側へ進むのと似ています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(相対性理論・宇宙物理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 事象の地平線:その内側からは光さえ外へ出られなくなる境目。ブラックホールの「表面」にあたります。
- シュワルツシルト半径:回転していないブラックホールの、事象の地平線の半径。重さに比例し、太陽と同じ重さなら約3キロメートルです。
- 降着円盤:ブラックホールなどのまわりを回りながら、少しずつ内側へ落ちていくガスがつくる平たい円盤。こすれ合って高温になり、強く光ります。
中学高校式で確かめる:太陽と同じ重さのブラックホールの大きさ
「光の速さで投げ上げても戻ってきてしまう距離」を求めると、ブラックホールの大きさが出ます。ここでは単位をキロメートルと秒にそろえて計算します。
| 記号で書くと | r = 2 × G × M ÷ c² (脱出速度は v = √( 2 × G × M ÷ r )) |
| 言葉で書くと | ブラックホールの半径 = 2 × 万有引力定数 × 重さ ÷ 光の速さの2乗 |
| どこから来る式か | 投げ上げた物の運動エネルギーが、引力に逆らって遠くまで登るのに必要なエネルギーとちょうど等しい、というエネルギー保存のつり合いから脱出速度の式が出ます。その速さを光の速さ c と置くと、半径の式になります。 |
記号の意味:r は半径(単位は km)、G × M は万有引力定数と重さの積(単位は km³/s²)、c は光の速さ(単位は km/s)、v は抜け出すのに必要な速さです。
| 太陽の G × M | 約 132700000000 km³/s²(1327億)とされています |
| 光の速さ c | 秒速 約 300000 km |
| 太陽の半径 | 約 696000 km |
| 分子 2 × G × M | 2 × 132700000000 = 265400000000 |
| 分母 c² | 300000 × 300000 = 90000000000 |
| ブラックホールの半径 | 265400000000 ÷ 90000000000 ≒ 2.95 km |
| 比べてみる:太陽の表面との比 | 2.95 ÷ 696000 ≒ 0.00000424 |
| その平方根 | 0.00000424 の平方根は およそ 0.00206 とされます |
| 太陽の表面から抜け出す速さ | 300000 × 0.00206 ≒ 618 km/s |
太陽と同じ重さのブラックホールは、半径約3キロメートル。太陽の表面から抜け出すのに必要な速さは秒速約620キロメートルで、光の速さの約0.2%です。同じ重さでも、どこまで近づけるかで、必要な速さがけた違いに変わります。ちなみに地球をブラックホールにすると、半径はわずか9ミリメートルほど、ビー玉くらいになるとされています。
高校高校+軌道は、重さと距離だけで決まる
高校高校物理の万有引力の法則では、引力は「重さの積に比例し、距離の2乗に反比例」します。中心の天体の大きさは式に出てきません。地球の公転の周期も、ケプラーの第三法則により、中心の重さと軌道の大きさだけで決まります。だから太陽をブラックホールに取りかえても、1年の長さは変わりません。
高校+「光も出られないほど重い星」というアイデア自体は古く、1783年にイギリスのジョン・ミッチェルが、上と同じ脱出速度の考え方で「暗い星」を提案したとされています。ニュートン力学で出したこの半径は、のちの一般相対性理論の答えと偶然同じ形になります。また、落ちにくさの正体は角運動量保存で、横向きに回るものは、角運動量を手放さない限り中心へ近づけません。
大学相対性理論で見るブラックホール
正確な扱いには一般相対性理論が必要です。回転していないブラックホールはシュワルツシルト解で表され、事象の地平線の半径がシュワルツシルト半径です。ニュートン力学との大きな違いは、地平線の外でも、中心に近づくと安定して回り続けられる軌道が無くなることです。回転しないブラックホールでは、その境目(最内安定円軌道)はシュワルツシルト半径の3倍とされています。降着円盤のガスはここまで回りながら近づき、そこから先は一気に落ち込みます。近くを通る星が引き裂かれる潮汐破壊現象も、観測で確かめられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:シュワルツシルト半径(ウィキペディア) / 降着円盤(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 巨大ブラックホールは、どうやってあんなに早く育ったのか。 銀河の中心には太陽の数百万倍から数十億倍のブラックホールがあり、天の川銀河の中心のものは約400万倍とされています。宇宙が若いころにすでに巨大なものが見つかっており、どう成長したのかは議論が続いています。
- 落ちた情報はどこへ行くのか。 ブラックホールはごくわずかに熱を出して蒸発するという理論(ホーキング放射)があります。そのとき、吸い込まれたものの情報が失われるのかどうかは、物理学の大きな未解決問題です。
- 中性子星とブラックホールの境目。 星の燃えかすが、どの重さを超えるとブラックホールになるのかは、まだ正確に決まっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ただし「遠くから見れば同じ重さの星と同じ引力」という点は、天体の観測でくり返し確かめられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・地球と宇宙(太陽系と惑星) | 地球が太陽のまわりを回るしくみ |
| 高校 | 物理・万有引力、円運動 | 引力が重さと距離だけで決まること、脱出速度の式 |
| 高校+ | 物理の発展・角運動量保存 | 横に動くものが落ちにくい理由、ミッチェルの「暗い星」 |
| 大学 | 一般相対性理論・宇宙物理学 | シュワルツシルト解、最内安定円軌道、降着円盤 |
| 研究 | 宇宙物理学・量子重力 | 巨大ブラックホールの成長、情報の行方 |
| ― | 生活とのつながり | 映画や報道の「吸い込む」という表現を、引力の法則で見直せる |
- El-Badry, K. ほか (2022) A Sun-like star orbiting a black hole. 英国王立天文学会月報
- アメリカ国立標準技術研究所・基礎物理定数(万有引力定数の推奨値と不確かさ)
- ケプラーの法則(ウィキペディア)
- 小山勝二・嶺重慎 編『ブラックホールと高エネルギー現象』(シリーズ現代の天文学 第8巻)日本評論社
- 国立天文台 編『理科年表』丸善出版(太陽の質量・半径、光速などの定数)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。太陽をブラックホールに取りかえる話は、引力のしくみを考えるための想像上の実験です。